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(本当にもう、色々と前途多難なのだけど……)
アマリアは頭を抱えたくなった。ヘレナが心配そうな表情になる。
「第一騎士団はわりと統率が取れているし、身分もしっかりした人が多いのだけど、それでもやっぱり荒っぽい風潮があるわ。娯楽もお酒くらいしか無いし、魔獣の脅威が身近な環境だし。慣れていない人には騎士団の暮らしはきついと思うわ。アミィさん、都会育ちなのでしょう? 大丈夫?」
「そのあたりは……大丈夫だと思います」
アマリアは伯爵令嬢だったが、貴族令嬢らしからぬ生活を送ってきた自覚はある。聖女の活動ひとつ取っても、他の聖女のような短時間ではなく、患者のいない時間には図書館に出向いて文献を読み漁ったり、魔術の訓練をしたりしていた。町医者のところにも出入りしてさまざまな患者を見てきたし、上流階級の娯楽とは縁遠い生活を送ってきたし、教会とはいえ地下の懲罰房に入れられた経験もある。魔獣について言えば……魔獣よりも人間の方が恐ろしいと断言できる。あの巨大な熊の魔獣や、群れを成して襲ってくる鼠の魔獣を目の当たりにした今ですら、そう思う。
治癒魔術の実際のところを伏せて金持ちたちをカモにしていた大聖女……彼女たちのような人こそ恐ろしい。教会や貴族社会の上層部はある意味、魔の森の深部よりも魔窟だ。
(とはいえ、聖女の治癒魔術を求めてやってくる貴族たちも、悪い人たちばかりではなかったけれど……)
アマリアの追放のきっかけになった公爵のように居丈高で鼻持ちならない人もいるにはいるが、全員が全員そうだというわけではない。アマリアが必要以上の治癒魔術を断っても嫌な顔をせず、こちらの話を聞いてくれた人もいた。肝心なところは話せなかったが、必要に応じて医師にかかるように勧め、治癒魔術に頼るのはよくないと忠告しておいた。よくない理由が謝礼もとい寄付金の高さにあると誤解されていそうだったが、それが当時のアマリアのできた精一杯のことだった。
(でも……もっと何か、できることがあったかもしれないのに……)
「アミィさん? ……どうしたの?」
(王都から追いやられた今だからこそ思うけれど、もっと自分の持つ情報に自覚的になって、先のことを考えて、うまく立ち回れれば……聖女の地位を保ったままでなら、もっとできることは多かったはずなのに……)
後悔しても遅いが、後悔せずにいられない。今この瞬間も、治癒魔術が間違った使われ方をしているだろうに、自分はそれを止めるどころか知ることさえできないのだ。
(治癒魔術の本当のところを明らかにできたら良かったのだけど、さすがにそれは無理があることは分かっていたわ。治癒魔術についての知見も、もちろん聖女たちも、教会が独占している現状ではね。聖女とはいえ一介の人間が何か言っても揉み消されるだけだものね……。言葉どころか存在ごと消そうとしてくるとは思ってもみなかったけれど、それは私が世間知らずだっただけね……)
目の前で手がひらひらと振られてアマリアははっとした。
「アミィさん、どうしたの? 大丈夫?」
「あ……」
自分に呼びかけられているのだと気付かなかった。まだこの名前に慣れない。
「すみません。ぼうっとしていて」
反応したアマリアに、ヘレナはほっとしたように息をついた。
「ここにいらして日が浅いけれど、疲れが溜まっているのかもしれないわ。無理せず休暇はしっかり取ってね。休暇の申請方法とかが分からなかったら教えるから」
「はい、ありがとうございます」
優しい。ヘレナの気遣いに触れてアマリアは、ここの人たちを自分の事情に巻き込んではならないと決意を新たにした。治癒魔術や大聖女の腐敗のことは黙っていられる限り黙っておく。そして、もしもアマリアが大聖女側に見つかってしまったら……迷惑をかける前に出ていこう。
行く当てなどないし、実家を頼ることもできないので、まずは先立つものが必要だ。身分も財産も剥奪されて身一つで放り出された状況だが、幸運にもアマリアにできる仕事が貰えた。バルトはアマリアを、希望通りに客人としてではなく使用人として置いてくれて、きちんと契約書も交わしてくれた。客人という不自然な身分でいるわけにはいかなかったという事情もあり、フェオンの助手という立場がありがたい。給与が出る。
「もっと仕事を増やさないと……」
治癒魔術の真実について、いつまでも黙っているわけにもいかない。大聖女とやり合うという目標は果てしなく遠いが、一歩ずつ進んでいかなければ。
拳を握り締めたアマリアに、ヘレナは微妙な表情になった。
「……私の話、聞いてくれてた……?」




