11
アマリアの剣幕にフェオンは驚いた様子だった。ちょっと勢い込んでしまったかもしれない。だが、そんなことは絶対にないのだと伝えたい。治癒魔術の秘密を明かすわけにはいかないのがもどかしくてならない。
「確かに、治癒魔術は大怪我などを瞬時に治すことができますが……治癒魔術を磨くうちに気付いたのです。培われた確かな技術や知識は本当に重要なものなのだと。治癒魔術に頼りすぎるのは良くないのです」
できるなら、治癒魔術は使わない方がいい。おそらく治癒魔術が最も有効な場面というのは、瀕死の大怪我や手術でのショック症状などだと思う。即座に身体機能を回復させ、延命を図る。医術で対処する時間を稼ぐ。治癒魔術が生きる場面はそうしたものだ。
だから、聖女が最も必要とされるのは王都よりも辺境だとアマリアは思っている。王都でも大怪我がないとは言わないが、わざわざ教会にやってきて悠長に治癒を依頼できるような患者には当てはまらない。それよりも、工事現場や訓練の場に行って即座に対応できるように待機するのが良いはずだ。もちろんこれも、教会の意向にはそぐわないのだが。
「……ふうん」
アマリアは多くを語らなかったが、本気でそう思っていることは伝わったらしい。フェオンの表情が少し緩んだ。
そしてその翌朝。医務室に騎士が溢れ返った。
(何事かと思ったわよね……。強い魔獣が出たのかとか、伝染病かとか、食中毒とか……)
翌朝、医務室に向かったアマリアは、医務室に入りきらないほどの騎士たちが集まっているのを見てぎょっとした。何か大変なことが起きたのかと思い、説明を求めてフェオンの姿を探したのだが、アマリアが姿を見せたとたんに騎士たちが沸き立った。
「うわ、可愛い……」
「天使がいる……」
「噂は本当だったのか……」
「え、え!? 皆様どうなさったのですか!?」
訳の分からない状況に、アマリアは狼狽えた。
(幻覚を見せる毒茸が食事に混ざっていたとか!? それとも集団で何かの病気に罹ったとか!? 怪我ではなさそうだけど……!?)
そこに、医務室の中からフェオンの怒声が飛んできた。
「そいつは見世物じゃないぞ! 怪我人と病人以外はさっさと出てけ! 言っとくけど頭の病気は診てないからな!」
フェオンは平常運転だ。騎士の人々も病気や怪我ではないようだ。となるとこれはまさか、自分を見に来たのだろうか?
(……まずい)
自分に詰め寄らんばかりにする騎士たちから後ずさり、アマリアは冷や汗を流した、この年頃の女性が新入りとして来るのが珍しがられているのだろうが、こちらは素性を隠している身だ。注目は避けたい。
(時すでに遅しだけど……! 思い切り目立ってしまったけれど……!)
ここにいる騎士たちが全体のどのくらいの割合なのかは分からないが、砦の規模はそこまで大きくない。ということはアマリアの存在が全員に知れ渡るのは時間の問題だ。噂が伝わるのは早いし、朝からこんな騒ぎがあったことを、その原因を、知らずに終わる騎士がいるとは思えない。非社交的な者もいるだろうが、この集団生活だ。
(どうしよう、事情を探り出されてしまったら……!)
大聖女の手下たちはアマリアを魔の森に置き去りにし、魔獣を呼ぶお香の巻き添えにならないためだろう、さっさと退散していった。
あの状況からアマリアが助かる可能性はほとんどなかった。バルトが偶然駆けつけてくれなかったら……森を騒がせる気配に気付かなかったら、もしも気付いたのがバルトでなかったら、アマリアは今ここにいない。
とはいえ物事に絶対はない。現にこうしてアマリアは助けられ、命を拾っている。大聖女側が念を入れてこの地域のことを確かめようとしていたら、騎士団の不自然な新参者の存在など簡単に炙り出されてしまうだろう。
(そうなったらここの方々にも迷惑をかけてしまう……!)
アマリアは色々な意味で追い詰められ、思わず泣きそうになった。
そこに、低い声が届いた。
「……お前ら、そこで何をしている……?」
「ひえっ、団長!?」
「何をしているのかと聞いているんだが?」
(バルト様……!?)
騒ぎを聞きつけたのだろう。騎士団長バルトが姿を現すと、騎士たちはあからさまに動揺した。
「……ですが団長、今は自由時間のはずです!」
誰かが声を上げたが、バルトは一睨みで黙らせた。若い団長だが、貫禄はさすがの一言だ。
「医務室を煩わせるような自由を許した覚えはないんだが? 彼女はフェオンの助手として来ているんだから邪魔をするな! 分かったらさっさと行け! ここにいる奴ら全員、砦の周りを二十周!」
「「ええっ!?」」
「五十周に増やすぞ!?」
「「すみませんでした!」」
騎士たちが全員いなくなり、廊下のアマリアとバルト、医務室のフェオンだけが残った。怪我人も病人も、一人もいなかったらしい。
「バルト様……ありがとうございます。申し訳ありません……」
「謝るべきはこちらだ。まったく……」
頭が痛そうにするバルトに、フェオンが医務室の中から声をかけた。
「団長、もっと何か抑止力が必要だと思うんだけど。彼女を団長の親戚だということにしたらどう?」
「ああ、そうした方がいいかもしれない。それでいいか?」
「うう……すみません……」
そうしてアマリアは、フェオンの助手かつバルトの親戚ということになった。
その情報も、瞬く間に砦中に広まった。




