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 騎士は怪我をしながらも自分の足で歩いてきて、「フェオン助けてー、痛いんだけどー」と笑っていたが、血の匂いがした。

 傷口は腕にあった。騎士は腕を高く上げて患部を押さえつつ医務室にやって来たようだが、タオルがぐっしょりと血に濡れていた。普通の貴族令嬢であれば悲鳴を上げて失神してもおかしくないありさまだった。

 フェオンがちらりとこちらの様子を窺う気配があったが、アマリアは表情を変えなかった。確かに深めの傷ではあるが、命に別状はない。そのくらいのことは隣室からでも見て取れる。

 フェオンは騎士に溜息をつき、「まったくお前は」とぼやきつつ出て行って応対した。騎士を座らせて患部の様子を確認し始めたので、アマリアは縫合の準備を始めた。

 続き部屋に控えたまま、助手でしかないことを言い訳に、すべてをフェオンに任せる選択肢もあった。だが団員たちからずっと姿を隠していくわけにはいかないし、ここに置いてもらう以上、役に立たなくてはならない。アマリアは必要なものを揃えてフェオンのところに持って行った。

 続き部屋から出てきたアマリアに、フェオンの他にも人がいるなど思ってもみなかったのだろう、騎士は驚いた顔をした。

「フェオンどうしよう、俺、血を流しすぎて死ぬのかも……天使の幻覚が見える……」

「これくらいで死にゃあしないよ。天使のお迎えも来てないから。そこにいるのは新しく入った人で、僕の助手」

 フェオンは再び溜息をついた。

「え、本物の人間……!? ……って、いだだだだっ!?」

 フェオンは騎士の悲鳴を聞き流し、てきぱきと処置をしていく。アマリアも補助に努めた。

「はい終わり。いだだだだって程度で済んでよかったね。まあ僕の腕がいいからだけど。それにしても心がどっか行ってたね? 縫合に麻酔すら要らなかったなんて」

「いや麻酔使ってほしかったよ!?」

「無くて済むものなら無い方がいいよ。患部に魔力を集中させていたんだろう? 便利なもんだよね。痛覚をある程度とはいえ無視できるなんて」

「そうそう、ある程度は無視できるから訓練がより過酷になって……って違う! それよりも!」

 怪我人とは思えないほど騒がしくフェオンと言い合い、その騎士はくるりとアマリアの方を向いた。

「助手の方なんですってね! お名前は!?」

「……アミィと申します」

 アマリアは答えた。申し訳ないと思いながら本名は伏せる。とはいえこの名前はフェオンがつけてくれた愛称のようなものなので、まったくの嘘というわけでもない。

「アミィさん! 可愛いお名前ですね!」

「……ありがとうございます」

 アマリアは笑顔をひきつらせた。だんだん心苦しくなってきた。

 そんなアマリアの心中を知ってか知らずか、フェオンが騎士を追い払った。

「ほら、治ったんなら行った行った。さぼってるんじゃないよ」

「ええー……俺、血を流しすぎて貧血気味かも……休憩が必要かも……」

「そんなに元気な貧血患者がいてたまるかって。いいから行きな」

 フェオンがしっしっと手を振った。騎士は助けを求めるようにアマリアを見たので、どうしようかと困惑しつつ、首を傾げて曖昧に言った。

「ええと、あの……お大事に?」

「…………! 訓練頑張ってきます……!」

 騎士は顔を赤らめて部屋を走り出ていった。アマリアはぽかんと見送り、フェオンは「単純な奴……」と頭が痛そうにした。

「……貧血にしては血色が良かったですよね……?」

「……他にもっと思うことはなかったの……?」

 フェオンは呆れたようにアマリアを見た。そんなことを言われても、彼のことをよく知らないアマリアには何も考えようがない。

 フェオンの視線から逃げるように、アマリアは作業を始めた。黙々と手を動かし、縫合の後片付けをする。

 ふと顔を上げると、物言いたげなフェオンと目が合った。

「何か間違っていたでしょうか?」

「……いや、その逆。正しいし、丁寧だ。それにしても、いやに手慣れているね?」

「? 必要でしょう?」

「そりゃあ、医師にとってはね。でも、治癒魔術ってそういう過程をすっ飛ばして治すじゃん。聖女様がこういう作業に慣れているのが謎すぎるよ」

「それは……」

 言えない。治癒魔術は一般に思われているほど万能なものではないということを。頼りすぎると本来の回復力が低下してしまうということを。

 だからアマリアは治癒魔術に頼らない医療技術の重要性が分かっているし、慣れてもいる。

 治癒魔術でなければ治せないような重傷者が来たらもちろん躊躇わずに使うつもりではいるが、そうでなければ医学的に解決するのが最善だ。

 アマリアの内心など知らず、フェオンが言った。

「医師としてさ、悔しいんだよね。僕たちが長い時間と経験を積み重ねて培ってきた知識や技術を、治癒魔術は一足飛びに飛び越えてしまう。魔力で治してしまう。まあ、魔力についての理解がまだまだ進んでいない現状だけど、それにしたって規格外だ。僕たちは何無駄なことをやっているんだって気持ちになっちゃうよ」

「そんなこと……絶対ありません!」

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