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ヘレナの表情が少し曇った気がしたので、バルト様ではなく団長と慌てて言い直す。団員たちの手前、団長の名前を気軽に呼ぶのは確かに避けるべきだ。
(名前で呼べというのは本人から言われたのだけど……。まあそれも、場合によりけりよね)
皆に倣って団長と呼びかけたら、なんだかしっくりこないと本人から苦笑されてしまったのだ。様もいらないと言われたのだが、さすがにそういうわけにはいかない。フェオンは気安く呼ばせてもらっているが、団長まで同列というのは無理がある。
それに、確かにアマリアの立場は正規の団員ではない。
辺境騎士団は王国の公的な機関なので、入団には試験があったり推薦が必要だったりするらしい。条件についてはよく知らないが、採用基準をクリアできるか以前に、アマリアは正規の団員になるわけにはいかない。身元を偽るわけにはいかないし、身分を明かすわけにもいかない。公的に登録されるのもまずい。事情が事情なので、正規ではない短期労働者の立場だ。それならバルトの裁量で雇い入れてもらえる。
こうした使用人は裏方で騎士団を支えており、食事作りや洗濯や清掃などの業務を行っている。農閑期の農婦などの応募が多いらしい。裏方なので食事も食堂を使わず、裏方同士で喋りながら賄いを食べているそうだが、アマリアがそちらに混ざることはフェオンに止められた。あまりに浮くだろうし、詮索されたら危ない、という理由だ。確かにそちらは年齢層も上で、世話好きで話し好きの婦人たちが多い印象だ。浮くのは間違いないし詮索をうまく躱す自信もない。話し方ひとつ取っても、アマリアのそれは王都の上流階級のものだ。隠そうとしてもなかなか隠し切れない。
そんなわけでアマリアは、使用人でありながら、フェオンの助手ということで団員たちに準じた扱いを受けている。食事もこうやって食堂で取ることを許されているのだ。
(浮いてはいるけれどね……)
騎士たちがこちらを遠くからちらちらと窺っている。ヘレナはそんな彼らをじろりと見やり、溜息をついた。
「団長とフェオンがついているなら大丈夫だとは思うけれど、あまりにちょっかいをかけられるようなことがあったら言ってね。しばいておいてあげるから」
「あ、はは……。ありがとうございます……」
アマリアは誤魔化すように笑った。実は同じことをバルトにもフェオンにも心配されたのだ。そんなに世間知らずに見えるだろうか。
(目立ちたくない立場なのに、さっそく変に目立ってしまったし……)
新入りの団員ならともかく、使用人の立場ではいちいち皆に紹介などされない。だが、フェオンという騎士団唯一の医師のところにいるためか、アマリア、もといアミィの名前は翌日には騎士団全員の間に知れ渡っていた。
(医師のところに新参者がいたら目につくし、どんな者だろうかと気になるのは当たり前だものね。下手なことをされたら命に関わるのだし。それにしても……ちょっと反応が大きかった気はするけれど……)
騎士団に置いてもらうことになったあと、アマリアは医務室の近くに部屋を宛がわれた。女性騎士と同列の扱いをするわけにはいかず、かと言って他の使用人たちと同じ場所というわけにもいかなかったからだ。そもそも彼女たちは通いの者が多い。
宛がわれたその部屋は半ば物置と化していたが、アマリアに不満はなかった。場所を取るドレスなどを置く必要もないし、そもそも私物をほとんど持っていない。たぶんそんなに増えることもないだろう。ベッドを運び入れてもらったら床のほとんどが埋まってしまったが、寝る場所さえあれば充分だ。折を見て片付けていってもいいかもしれない。
住む場所を最低限だけ整えたアマリアは、湯を使って着替えた。浴室はさすがに使用人たちの方を借りた。長居しなければ問題ないはずだ。
着替えも使用人たちのものを用意してもらった。医務室に詰めるなら清潔な着替えが必要だし、ドレスを着続けるわけにはいかない。かと言って騎士と同じ格好をするわけにもいかないので、使用人用の簡素なワンピースに白衣といった出で立ちだ。フェオンからは「似合っていない」「ものすごく違和感がある」と頭を抱えられたが、アマリアにはどうしようもない。生まれてこの方、ドレスとナイトドレスくらいしか着たことがないから着慣れていないのは仕方ない。
だが、アマリアはこの格好が気に入った。軽くて洗濯しやすそうで動きやすい。安価で替えもあるから汚しても気にならない。スカート丈も充分あり、ブーツと合わせればきちんと足が隠れるほど長かった。「この格好が似合うように精進しますね」とフェオンに言ったら、「……うん、まあ、頑張れ……」と遠い目で返答された。先は長そうだ。
そうして身なりを整えたアマリアは、さっそく働き始めた。医務室の続き部屋でフェオンの指示のもと、医療器具の消毒をしていた時のことだった。
訓練で、深めの切り傷を作ってしまった騎士が医務室にやって来た。




