第8話 好感度アップアイテムとは
シェリー・ブライアウッドが攻略対象である王太子殿下に贈った魔法道具の解析。
「もちろんです。是非是非やらせてください!」
王太子殿下の頼みに、私は前のめりになった。
目の前にある魔法道具は、シェリーが当初私に作らせようとしていた物なのだ。それを解析できるだなんて思ってもみないチャンスだ。
「ありがとう。アルセナルト伯爵令嬢。ジェイデンは?」
「エレインが引き受けたのに、僕が断るわけがないだろう」
ジェイデン様の答えに王太子殿下が口角を上げた。クールな微笑みだ。いつものデレデレからはほど多いが、むしろこちらがパブリックイメージに近い姿だろう。
「それに、彼女にだけ任せておくわけにはいかないからな」
ちらりとジェイデン様が私の方を見る。私一人だって大丈夫ですよ、と言いたいところだけれど、ジェイデン様の存在が心強いのは確かだった。
「ありがとう。ジェイデン」
「かまわない。親友のためだ」
ジェイデン様が緩く首を振った。
私とジェイデン様は、王太子殿下から魔力遮断の袋ごと、好感度アップアイテムと思しき品物を預かった。そしてそのまま工房へと向かう。
袋は私が預かることにした。
これがゲームに出てくる好感度アップアイテムなのであれば、おそらく攻略対象、それもカリスト様だけに効果がある可能性が高い。ただ、これはあくまで推測。
万が一ということもある。攻略対象であるジェイデン様より、私の方が効果がある可能性は低い。
ジェイデン様は心配そうな顔をしていたけれど、そこは譲らなかった。
工房についた私たちは、早速、魔法道具の鑑定をすることにする。
禁呪がかけられている可能性が高いので、私の研究室を使うことにした。そこそこ片付けておいてよかった!
魔力の効果の影響を受けないように、私とジェイデン様はそれぞれ結界の魔法道具を使う。見えない結界が身体を覆った。これは、魔法道具の解析をするときの基本だ。たとえ危険性が低い魔法道具でも、魔法回路が思いも寄らない効果を発することがあるので、対策するにこしたことはない。
実験用の細長い机に二人並んで向かう。魔法の分析は私の方が得意なので、私が主体になって進めることにした。ジェイデン様は気づいたことを指摘してもらう形にする。
まずは茶葉だ。複数ある袋のうち、一つを手に取り封を切る。
机の上に置いた白い皿の上に、中身を全部出した。茶葉というには、いろいろな材料が混ぜられている感じがする。
「袋の方は特に魔力を感じないな。ただの袋だろう」
青い袋を手に取ったジェイデン様が言った。私も同意見だ。
「これは魔法薬に近そうですね……。微弱ですが魔力を感じます。少なくともただのミントティーではないですね」
魔法薬の鑑定であれば、専用の鑑定器がある。鑑定器といっても、使われている材料を教えてくれるだけで、効果は読み解く必要があるのだけれど。
私は研究室にあった小さな白い小箱型の鑑定器に茶葉を入れる。魔力を流すと箱全体が光を発して、文字が浮かび上がってくる。それが鑑定結果だ。
私が成分を読み上げると、ジェイデン様がメモを取ってくれる。
ミントティーだけあって、紅茶はもちろん使われている。シェリーが私にちらつかせたエヴァーミントも使われていた。材料を元にあとは効果を総当たりだ。
もっとも、魅了魔法の成分になると有名なヴェルミア草が使われていたので、結論は既に出たようなものだ。
「ヴェルミア草って、またベタなものを使ってますね」
少量であれば身体を温める成分として人気があるので、魅了魔法の成分としては手に入りやすい方だろう。
もっとも、効果についてはちょっと凝っていた。単純にヴェルミア草を煎じただけであれば、おそらく口にした後最初に視界に入った人に魅了されるはずだ。でも、他の薬草と巧妙に組み合わせることによって、特定の人間――シェリーの特徴と一致する――にのみ魅了されるようになっていたのだ。よく考えられている。思わず感嘆の息をついてしまい、ジェイデン様に呆れられた。
特定人物に対する魅了魔法の効果あり。
結論をジェイデン様が紙に書き付ける。ここまで一時間もかかっていない。
次はハンカチだ。これは青のラインから強い魔力を感じる。慎重に魔法を流すと、案の定、魔法回路が浮かび上がってきた。私とジェイデン様は各々それをメモに書き留める。
魔法回路を解き明かしていく作業はとても好きだ。魔法回路は作成者によって個性が出る。
「あまりきれいではないな。魔法回路を書き慣れない人間が書いたようだ」
「同感です。それと魔力の無駄が多いです。必要以上に複雑に回路を作っていますね」
魔法回路はシンプルな方がメンテナンス性は高いけれど、その分効果が読み取りやすく、複製がしやすくなる。なので、工房で世に出す商品は、わざと回路の一部を複雑にしたりしていた。
でも、このハンカチの魔法回路の場合――。
「ああ。効果を隠すつもりかもしれないが、隠し方が下手くそすぎる」
「同感です。私だったらもっとうまく効果にたどり着けないようにしてみませますよ」
「お願いだから作ろうと思うなよ」
「これと同じ物ですよね。作りませんよ。捕まりたくはありませんって」
最初の内は軽口をたたき合いながら読み解いていた私とジェイデン様だけれど、だんだん解読が進むにつれて、無言になっていく。
回路の内容が難しいからじゃない。
回路の内容に絶句したのだ。
私はぱたりと机の上にペンを置く。
「ジェイデン様。これって、魅了魔法なんていう可愛いものじゃないですよね」
半ば呆然と呟いた私に、ジェイデン様が力強くうなずく。
「ああ。――これは魅了じゃない。洗脳だ」
洗脳魔法。魅了魔法よりも更に危険度が高いとされている魔法だ。
もちろん、禁呪の一つ。
刻み込まれた魔法回路の意味。それは、このハンカチに触れた人間が、シェリー・ブライアウッドの言うことを何でも聞くようになる。――洗脳と言うしかない。
ハンカチに触れる時間が長ければ長いほど、効果は強力になっていく。おそらく一時間ほど身につけていたら、洗脳は完了するはずだ。
本当王太子殿下が魔法を遮断する魔法道具を持ち歩いていてよかった、と心底思う。本当に危ないところだったのだ。
ゲームの私は、本当にこんなものを作ってシェリーに渡していたのだろうか。そう考えるとぞっとする。
魔法道具オタクの私でも、これは言える。こんな魔法道具は作っちゃいけない。
「魅了魔法を作るつもりでうっかり間違って洗脳レベルに強くなってしまった……じゃないですよね。これ」
「ああ。最初から意志をもって洗脳しようとしているな」
「ブライアウッド様は、このこと知っているんでしょうか?」
私に接触してきたシェリーはからは、悪意のようなものは感じなかった。洗脳なんて大それたことを考えそうにはない。
「そこまで深く考えていないことを祈りたい。知っていてカリストにプレゼントしたのだとしたら、確実に国家反逆罪だ」
「そうなりますよね。どうします?」
「どうしますって、正直に報告するしかないだろう」
ジェイデン様も信じられないといったまなざしで、ハンカチを見つめている。
魅了魔法の魔法道具であることは予想していたけれど、まさかその上を行く効果があるものだったなんて。
「カリストはこうなることを予測して、僕たちに鑑定を依頼したのか?」
「どういうことですか?」
「王宮に魔法道具鑑定のプロフェッショナルがいないわけがないだろう」
「確かに……その通りですね」
私ははっとした。ジェイデン様の言うとおり、本来なら専門家に依頼すべきだ。
「ただ、王宮内で頼んだ場合、効果によっては大事になる。だが、僕たちであれば、カリスト次第で内々におさめることも出来るだろう。まあ、洗脳魔法という結果が出た以上、それはおそらく無理だろうが。この鑑定結果は、僕からカリストに報告しておくよ」
「お願いします」
洗脳魔法。
私はテーブルの上のハンカチを見つめる。危険なものなので、管理は慎重にしなければ。
「一体、誰がこんな危険な物を作ったんでしょう」
シェリーは好感度アップアイテムを求めていたけれど、洗脳しようとまでは思っていないはずだ。
アビゲイル様にきいた「フェル学」は、あくまで恋愛とヒロインの成長が主軸で、陰謀などは関わっていなかった。なのにいきなり洗脳魔法。重すぎる。
「うちと関わりがある魔法道具店については調査中だったが、おそらくシロだろうな。あのひどい出来の魔法回路をよしとする人間はいないはずだ」
ジェイデン様の言葉に、確かに、と少し笑ってしまった。
「魔法薬の出来はかなりよかったですから、そちらが得意なところっぽいですね」
「ああ。昔ながらの工房の可能性が高そうだ。――彼女が洗脳魔法のアイテムを渡していたとすると、あの光景にも納得がいくな」
ジェイデン様の呟きに私は首をかしげた。
「あの光景とは?」
「試験結果発表のとき、ブライアウッド嬢が男子生徒を侍らせていただろう? もしかして、彼らは既にブライアウッド嬢に洗脳されているんじゃないか?」
あ、と私は思わず口元を手で押さえた。
定期試験の順位表の前で繰り広げられていた異様な光景。
攻略対象である彼らがシェリーに向ける感情は、好意というよりも信奉のようにすら見えた。
それが、洗脳されていたからだとしたら?
――十分ありえるような気がする。
そして、あの三人が既にシェリーに洗脳されているとしたら、非常に問題だ。何しろ三人ともフェルネア王国では名門とされる家の人間だ。そして能力もそれなりに高い。
シェリーにはそんなつもりはなくても、彼らがシェリーの支配下に置かれている可能性があるという事実だけで重い。
「その可能性は高そうです」
「早々に確認する必要があるな」
私はジェイデン様のその言葉にこくりとうなずいた。
「明日、早速学校で……」
「エレイン。もしかして君は直接確かめるつもりか?」
私が意気込むと、ジェイデン様に咎められる。
「そのつもりですが、何か問題が?」
洗脳されているかどうかを確認するには目を見ればいい。虹彩に時折補色がちらつくのだ。例えば緑の瞳だったら赤。ある程度近くに寄らないとわからない程度のものだ
「問題ばかりだ。相手は洗脳されているんだぞ。そんな危険な相手に君を近づけさせるわけにはいかない」
考えすぎだ、とジェイデン様を笑い飛ばすことはできなかった。
洗脳魔法は、何が相手の刺激になるかわからない。一見普通に見えても、何気ない言葉で相手が豹変してしまう可能性もあるのだ。慎重に接する必要がある。
「でも、確認しないといけないじゃないですか」
もしかしたら、私がゲームで作っていたかもしれない道具。
退かない私に、ジェイデン様がため息をついた。
「君は自分の目で確認しないと納得しないんだろうな。わかった。ただし、僕も一緒だ」
翌日。私は朝早くジェイデン様と落ち合って、ピアソン伯爵令息、ドラクモンド辺境伯令息、シルヴァラン侯爵令息の様子を確認した。
結論を言おう。三人は、皆すでに洗脳されていた。




