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第7話 勇気を出す魔法道具です

 魔法道具のことになると、ついつい私は周囲を忘れて熱中してしまう。

 他にも何人かの研究員がいた開発室は、いつの間にか私とジェイデン様の二人きりになっていた。

 窓の外はとっぷりと日が暮れている。開発室の照明(これも魔法道具だ)が部屋を照らしていた。


「えっと、今、何時でしょうか?」


 私の手元を覗き込んでいるジェイデン様に恐る恐る尋ねる。


「大丈夫だ。日付は変わっていない」

「なんかそれ恐ろしいんですけど!」


 私は慌てて部屋の時計を見る。九時少し前、というところだろうか。まだギリギリセーフ。たぶん。本当にまずい時間になったら、ジェイデン様が力尽くで私を現実世界へ引き戻していただろう。その辺り、謎の信頼がある。経験則だ。


「それで君は何を作っていたんだ?」


 私は出来たばかりの真っ青なチャームに視線を向けた。


「アビゲイル様に贈ろうと思って。勇気が出る魔法道具です」

「勇気が出る?」

「あ。もちろん、合法の範囲内ですよ!」


 魅了魔法を始めとして、精神に干渉する魔法は禁呪に分類されていることが多いけれど、害にならない程度の効果で、短時間で自然に抜けるようなものであれば許されている。何事も加減が大事なのだ。


「そこは別に心配していない」


 私が慌てて言い募ると、ジェイデン様がきっぱりと言い切った。なんだか信用してもらえているようで嬉しい。


「見せてもらえるか?」


 私はこくりとうなずいた。


「指紋つけないでくださいね」

「誰に言っている?」


 ジェイデン様は白い作業用の手袋をはめると、私が作ったばかりの魔法道具に触れた。


「――きれいだな」


 紫色の目を細めながら、ジェイデン様がまぶしげに呟く。

 魔法道具に刻まれた魔法回路(うっすらと魔力を注ぐと見えるのだ)のことを言っているとわかっているのに、思わずドキリとしてしまった。


「エレイン、ここの回路にはどういう意味がある? 周囲とはちょっと効果が違うようだが」


 ジェイデン様が魔法回路について尋ねてきたので、私は彼の手元に顔を寄せる。


「ここは、握るとほんのり温かくなるのを目指してみました」


 気づいてくれるとは思わなかった。とてもささやかな効果。

 他にもジェイデン様はいくつか魔法回路について質問をする。質問は全部的確で、回答する私が嬉しくなってしまう。

 ジェイデン様と魔法回路の話をするのはとても楽しい。いつも気づきがある。


「なるほど。相変わらず、緻密にくみ上げられているな」


 一通り満足するまで質問をしたのか、ジェイデン様が私に魔法道具を返す。


「これでうまくいくことを祈るよ」







 翌日の昼休み。なんだか最近、中庭でご飯を食べるのが恒例化してきた気がする。

 気兼ねなく話ができることもあるけれど、それ以上に外の空気が気持ちいいのだ。売店のサンドイッチも美味しいし。


「アビゲイル様。その、ちょっと思いついて久しぶりに新作を作ってみたんですけど、もらってくれませんか?」


 食べ終わったところで、私は、小さな布包みをアビゲイル様に差し出した。中には昨日作った魔法道具が入っている。


「エレインの新作? いいの?」


 少し前までは、思いつきで突発的に魔法道具を作ってはアビゲイル様にプレゼントしていた。今思い返せば、最初の方なんて魔法道具とも呼べないガラクタだったけれど、それでもアビゲイル様は喜んでくれた。

 アビゲイル様は嬉しそうな顔で包みを広げた。


「これは……チャーム?」


 澄んだ青い魔石に金属のチェーンがついているだけ。アビゲイル様がチェーンの部分をつまんで持ち上げると、球形の魔石がくるくると回転する。光の加減でちらちらと石に魔法回路が刻まれているのがわかる。


「エレインの魔法回路はとてもきれいね。どんな効果があるの?」


 アビゲイル様は、ジェイデン様と違って魔法回路にそこまで詳しくない。もっとも、アビゲイル様の反応の方が一般的。ジェイデン様のように、魔法回路を喜々として読み解く人間は少数派だということは断りを入れておく。


「ほんのちょっと、勇気を出すお手伝いをする効果があります。勇気を出したいとき、この魔石をきゅっと握ってください」

「勇気を……?」


 アビゲイル様に対しては私はこくりとうなずいた。


「あ、もちろん、禁呪にひっかかる効果は入れてませんよ。神に誓います」

「大丈夫。わかってるわ。エレインはそのあたり抜かりないもの」


 にっこりとアビゲイル様が微笑む。


「ありがとうございます。――アビゲイル様。殿下はきっとアビゲイル様のことを全部受け止めてくださいます。だから」


 ――勇気を出して打ち明けてください。私たちに話をしたように。


 全てを言わなくても、アビゲイル様は私の言いたいことに気づいたらしい。


「ありがとう。エレイン。今日こそは、カリスト様に打ち明けてみる」


 アビゲイル様はきゅっとチャームを握ると、決意表明をしてくれた。







 どうやら私の魔法道具はささやかながら助けになったらしい。

 翌日。我が屋敷まで迎えに来てくれたアビゲイル様の表情は、とても晴れやかだった。


「カリスト様に全部打ち明けたわ。私の言うこと信じてくださるって。ブライアウッド男爵令嬢のことも警戒するって。もし、誤解させていたらすまないとまで言ってくれたの」


 学校へ向かう馬車の中でにこにこ語るアビゲイル様はとても可愛らしい。

 ――本当は、あの魔法石に勇気を出すような効果はおまじない程度にしかない。

 アビゲイル様自身で勇気を出したようなものだ。もちろん、魔法回路を見たジェイデン様も知っている。

 隣に座るジェイデン様と視線が合う。彼は小さく肩をすくめてみせた。







 そして翌週。


「こうやってきちんと話すのは初めてだね。アルセナルト伯爵令嬢」


 私は何故か、王太子殿下に呼び出されていた。

 学園の一室。きらびやかな王宮のサロンのようなこの部屋は、王族、もしくはそれに準ずる者だけが使える休憩室のようなものらしい。壁紙も調度品も華やかな一級品でそろえられているこの部屋の存在を、私は、今日ジェイデン様に連れてこられるまで知らなかった。当然か。


 放課後。いつもの待ち合わせ場所に私が到着するなり、ジェイデン様はこう言った。


「カリストが君も含めて話をしたいらしい」


 シェリーは学園ですれ違っても私のことは完全無視だ。なので、最近はアビゲイル様を付き合わせることなく、一人で待ち合わせ場所へ向かっている。


「王太子殿下が?」


 ジェイデン様はこくりとうなずくが、それ以上のことは説明してくれなかった。

 私はジェイデン様に連れられるがままに、殿下が待っているという部屋まで向かう。

 そして通されたのがこの部屋。王太子殿下は既に部屋の中にいらっしゃった。


「アビーやジェイデンから話はよく聞いているよ」


 ふかふかのソファーの向かい側に王太子殿下が座っている。制服をきっちり着こなした殿下は、非常にクールな印象を受ける。アビゲイル様と行動することが多い私は、アビゲイル様に向かってデレデレしている殿下のイメージの方が大きいので、ちょっと新鮮だ。

 それで。王太子殿下の話とは一体何なのだろう。

 まあ、ある程度予想はつくけれど。


「早速だけど、君もアビーの前世については知っているそうだね。アルセナルト伯爵令嬢」


 なんとなく口調にとげがあるのはきっと気のせいではない。


「カリスト。彼女にまで嫉妬するな」


 ジェイデン様が小声でたしなめると、王太子殿下ははっとしたようだ。どうやら自覚はあったらしい。若干ばつの悪い顔をする。


「すまない。アルセナルト伯爵令嬢。アビーが私よりも前に君たちを頼ったと思うと面白くなかったんだ。それがつい声に出てしまった」


 さらりと嫉妬したと認める王太子殿下。


「いえ。気にしませんのでお気になさらないでください」

「そうか。ありがとう。それで、今日わざわざ忙しい君とジェイデンに来てもらった理由なんだが、シェリー・ブライアウッド男爵令嬢の件なんだ」


 やはり。

 王太子殿下がシェリーについてぽつぽつと話し始める。

 毎日強引に挨拶をしてくるシェリーのことを、王太子殿下は最初は迷惑な女子生徒だと思っていた。殿下にアビゲイル様という婚約者がいるのは周知の事実。

 ただ、毎日話しかけられているうちに、シェリーに対する気持ちが、少しずつやわらいでいったらしい。話を聞くくらいなら別にかまわないかと思ったのだそうだ。


「冷静になって考えるとおかしな話なんだけど、それすら認識できなかった。それは私が攻略対象で、毎日の挨拶で彼女に対する好感度が上がっていたためなんだね」


 アビゲイル様に話を聞いたときは驚いたそうだ。だが、それと同時に納得する感情もあった。その途端、すうっと頭の中が冷えたと言う。呪縛から解放された気分だった、と。

 物語の世界だと知ったことでゲームのレールから外れたのだろう、とアビゲイル様は分析したらしい。殿下は続ける。


「アビーに打ち明けるように勧めてくれたのは君だと聞いた。勇気を出す魔法道具まで作ってくれたそうだね。私からも礼を言う」


 両膝に手をついて頭を下げる殿下に、私は慌てた。


「いえ。当然のことをしたまでなので、顔を上げてください」


 しかもあの魔法石、おまじないだし。


「いや、感謝してもしきれない。正直なことを言おう。もう少しで手遅れになるところかもしれなかったんだ」


 顔を上げた王太子殿下がゆっくりと首を振る。反応したのはジェイデン様だ。


「カリスト。手遅れとはどういうことだ?」


 ジェイデン様の問いかけに、王太子殿下はソファから立ち上がると、近くにあった棚に置いてあった透明な袋を持ってくる。

 王太子殿下はそれを目の前のテーブルに置いた。


「この袋に入っているのが、私が今まで、ブライアウッド男爵令嬢から差し入れとしてもらったものだ。微弱だが魔力を感じるから、魔法道具の一種だと思う」


 王太子殿下の言葉に、私は小さく息を呑んだ。

 シェリーが私ではない誰かからアイテムを手に入れている可能性は考えていた。ただ、証拠は存在していなかった。あくまで状況からの推測だった。

 でも、他でもない攻略対象の一人である王太子殿下が、こうしてシェリーから差し入れをもらったと言っている。


 袋の中に入っていたのは、小さな青い紙袋と青いラインの入ったハンカチだ。ハンカチは一枚だけだが、紙袋はいくつか入っている。紙袋はミントティーの茶葉だと言っていた、と王太子殿下が補足する。

 どうやら、ジェイデン様も初めてお目にかかるものらしい。


「いつのまに……」

「ジェイデンがそばにいないときに、挨拶ついでに押しつけられたものだよ。ここ最近だね。王族として、素性のわかるもののみを口にするように教育されているからね、もちろん口にはしていない。ただ、このハンカチを手にした途端、不思議とミントティーを飲んでもいいかと思ったんだ。他でもない、シェリーが用意してくれたものだから、と」


 王太子殿下はそこではっと我に返った。ハンカチに何か妙な魔法がかかっているのでは? と慌てて用心のために持ち歩いていた魔力を遮断する袋の中に入れた。ミントティーも同じく。それが、今品物が入っている透明な袋らしい。


「そして、その日、アビーから前世とゲームについての話を聞いた。おそらく、これらはゲームの好感度アップアイテムなるものじゃないかな。アビーから聞いたアイテムの話とも一致している」


 王太子殿下は、私とジェイデン様の顔を交互に見て言った。


「ジェイデン。アルセナルト伯爵令嬢。魔法道具のプロである君たちに、これらの品物について調べてほしい」


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