表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/17

第6話 恋する乙女は勇気が出ない

 私の提案にアビゲイル様は紫色の目をまん丸にした。


「カリスト様に? 無理よ。頭がおかしくなったと言われるわ」

「そうですか。王太子殿下なら全部受け止めてくれると思いますけど」


 将来このフェルネア王国の国王になる人だ。懐は深いはず。

 というか、アビゲイル様のすべてを受け止める度量がない人に、アビゲイル様は任せられない。それがたとえ王太子殿下であったとしても、だ。


 でも、アビゲイル様は無理と言うばかり。

 私たちには話してくれたのに。


「何か、話したくない理由でもあるんですか?」

「――したのよ」

「え?」

「利用したのよ。ゲームの知識を。私、婚約が決まってから、ゲームの知識を元にしてカリスト様に接したの。カリスト様はフェル学の推しだったから、好きなものの情報は覚えていて。だから、ずるをしたようなものなのよ」


 よくわからないけど、前世からアビゲイル様は王太子殿下が大好きだった、ということのようだ。むしろ、アビゲイル様が大好きな殿下なら喜びそうなものだけれど。


「それの何が悪いんですか? お二人は婚約者同士なんですよね。距離を縮めることは何の問題もないと思いますが」


「――え?」


 アビゲイル様が紫水晶のような目を丸くした。


「王太子殿下の嫌がることをやったわけじゃないんですよね。だったらなにも問題ないと思います。その情報の出所がちょっと特殊だっただけで」


 私が大真面目な顔で言い切ると、アビゲイル様が固まった。おかしなことを言っているつもりはないんだけどな。


「ははははは。さすがエレインだ」


 ジェイデン様が隣で腹を抱えて笑っている。だからおかしなことを言っているつもりは。不本意だと顔に出すと、ジェイデン様が目尻ににじんだ涙を拭いながら言った。


「悪い。非常に君らしくていいと思ったんだ」


 ひとしきり笑った後、ジェイデン様はアビゲイル様に優しい視線を向けた。


「エレインの言う通りだ。アビー。カリストと君の婚約は王家からの申し込みで決まったもの。婚約者同士が距離を縮める努力をしたことは、咎められるようなことじゃない」

「お兄様」

「僕もエレインの意見に賛成だ。確かに僕とカリストの一番の違いはそこだろう。カリストに話をして『攻略』について警戒してもらおう。もちろん、君の口からだ。ブライアウッド嬢に取られるよりはいいだろう?」

「それは……」

「大丈夫だ。カリストは君を嫌いになったりしない。自分が一番に打ち明けてもらえなかったことを拗ねるかもしれないが」


 殿下の親友の太鼓判に反論ができなかったアビゲイル様は、渋々うなずいた。

 確信はないけれど、シェリーがアイテムを持っているかもしれない以上、王太子殿下にも警戒してもらうしかない。







 それから三日後。

 放課後。いつものようにジェイデン様と工房に向かった私は、廉価版「レイゾウコ」のテスト結果を確認していた。試作品がいくつかできあがったのだ。冷え方には問題ないのだけれど、持続性が少し足りない気がする。改良の余地がありそう。


 工房の開発室には職人個人個人に机が割り当てられている、私やジェイデン様の机ももちろんある。

 一応私には研究室という名の個室も割り当てられているんだけど、行き詰まったときの気分転換がしやすいので、みんながいる開発室の机を使うことが多い。ジェイデン様も同じだ。


 私の隣の机では、ジェイデン様が同じように資料を読み込んでいる。魔法回路のメモなどでごちゃごちゃしている私の机と違い、ジェイデン様の机はいつもすっきり整理整頓されている。

 真剣な表情で資料に目を通すジェイデン様。


 こうして一緒に仕事をするようになるなんて、出会った頃は全然思わなかった。

 当初、アビゲイル様がいきなり連れてきた貧乏伯爵家の令嬢を、ジェイデン様は非常に警戒していたから。筆頭公爵家の嫡男として、幼い頃からガツガツとした令嬢たちに絡まれることが多く、私もその一人では? と疑われたのだ。

 が、私の興味は全部魔法道具へ向いていた。ジェイデン様のことはまったく眼中に入っていない。それは態度から明らかだったと思う。


 そしてついに半年ちょっとで「レイゾウコ」のプロトタイプが完成する。

「レイゾウコ」について、ジェイデン様は素直に感心したようだ。私に作りについて尋ねてきたのだ。

 私は、彼が魔法道具に興味を持ってくれたことが嬉しくて、存分に語った。


『魔法が使えなくても、素材の力を借りて、いろいろなことが出来るってすごくありませんか!』


 いや、立て板に水のごとくしゃべりまくる私に、ジェイデン様は若干ひいていたよね。ただ、私の語りはともかく「レイゾウコ」がきっかけで、ジェイデン様は魔法道具に興味を持ってくれたらしい。それから、積極的に「レイゾウコ」に関わるようになった。

 商会の魔法道具部門設立を働きかけてくれたのもジェイデン様で、今では相談役という立派な地位にいる。


「エレイン。テスト結果だが、持続性に改良の余地があるな。魔力消費量を少し抑えたい」

「はい。私もジェイデン様の意見に賛成です」


 私はいくつか考えていた案をジェイデン様に話す。ジェイデン様も賛成してくれた案を、明日打ち合わせで出してみよう。


「それにしても、エレイン。アビーはまだカリストに話していないのか?」

「そうみたいですね」


「レイゾウコ」の話が一段落ついて、ため息交じりで聞いてきたジェイデン様に、私は苦笑いで答えた。

 そう。アビゲイル様、まだ王太子殿下に前世のことを打ち明けられていない。


『――わかってはいるのよ。早く打ち明けた方がいいって。お兄様からもせかされているし。でも怖いの』


 今日の昼食時、それとなく聞いてみたところ、アビゲイル様は目を伏せながらそんなことを言っていた。


「しかたないですよ。アビゲイル様は王太子殿下のことが大好きですからね。恋する乙女としては、打ち明けるのにためらいもあるんじゃないですか」


 私がしたり顔で答えると、ジェイデン様が軽く眉をひそめた。


「恋する乙女なんていう単語が、君の口から出てくるとは思わなかったな」

「まあ、確かに私は恋愛はご遠慮させていただいていますけど。でも、他の人のことなら話は別です。王太子殿下のことを思うアビゲイル様は可愛いなあって思いますよ」

「そのためらいで手遅れになってもか?」

「そこなんですよね……」


 ジェイデン様の指摘は正しい。

 今日もシェリーは王太子殿下とジェイデン様に挨拶に来たという。王太子殿下のシェリーに対する対応は素っ気ないけれど、返事くらいはするようになったらしい。


「私も励ましてはいるんですけど、やっぱり殿下の反応が怖いんだと思います」


 殿下のことは信じている。けれど万が一にでも軽蔑されてしまったら? みたいな。

 だが、ジェイデン様にはその辺りの機微が理解できないらしい。


「僕たちには話せたのに?」

「王太子殿下はアビゲイル様の中で別枠ですから」


 とはいえ、このままシェリーに殿下が攻略されても困る。我が国の未来のためにも。


「いっそのこと、アビーが話せないようなら、僕から話すか」

「だめですよ!」


 私は慌ててジェイデン様を止める。確かに手っ取り早いけれど、それだけはしてはいけない気がしたのだ。


「僕は、ブライアウッド嬢が王妃になるところは間違っても想像したくないんだが」

「それは私も同じですけども。とにかくだめです。せめて一週間は待ってあげてください」

「……わかった。ただ待つのは一週間だ。カリストにはこの国の未来がかかっている。万一にでもおかしなことが起きてはまずい。アビーにもそう伝えておく」


 冷たいように聞こえるかもしれないけれど、ジェイデン様の言うこともわかる。

 順位表の前にいた彼らのように、王太子殿下がシェリーを崇拝するようになってしまったら、取り返しがつかない。権力図の塗り替えを狙って、様々なことが起こるだろう。最悪なのは殿下が王太子にふさわしくないと判断されることだ。殿下は唯一の王子。後継者で確実に揉める。


「わかりました」


 私はうなずく。アビゲイル様に何かして上げられることはないだろうか。

 私には魔法道具しか……って魔法道具があるじゃないか!

 そうだ。魔法道具を作ろう!

 アビゲイル様が勇気を出せるようなものだといい。


「エレイン?」


 ジェイデン様が声をかけてきたけれど、スイッチの入った私には当然聞こえていなかった。






 私は、猛然と机に広げた紙に頭の中で巡る構想を書き付けていく。

 頭の中でアイデアがあふれて止まらない。こんな感覚は久しぶりだ。

 初歩的な内容なのもあるけれど、あっという間に大体の魔法回路の設計は終わる。

 よし。あとは材料を見繕う。


 私は工房の素材部屋に駆け込んだ。その名の通り、魔法道具で使う素材が管理されている部屋だ。エヴァーミントみたいな貴重な存在は流石にないけれど、一般的な素材なら大体揃っている。

 この部屋の素材、正当な手続きさえ踏めば買い取ることが出来る。しかも、卸価格でちょっと安かったりするのだ。


 保管のために薄暗い部屋の中、お目当ては、魔石と呼ばれる魔力を通したりためたりできる石だ。魔法石の材料として広く使われている。

 魔石は引き出しの中に、ざっくりとした色分けをされてしまわれていた。

 魔石の色によって、多少、魔法の相性のいい悪いがあるようだけれど、高度なものでもないかぎり、それらは誤差程度の違いだ。純粋に色で選んで大丈夫だろう。

 お目当ての色の石を見つけた私は、にんまりと笑った。本当は申請を先にした方がいいのだけれど、今はこの時間も惜しい。

 他にも必要な材料を素材部屋から探し出す。


 あとは作成だ。今回作るのは魔法石に近い。

 開発室の机に戻った私は、特殊な透明のフィルムの上に、専用のインクを使って魔法回路を書き連ねていく。細かいので非常に神経を使う作業だ。書き上がってからも、何回もチェックをする。

 たぶん、大丈夫。


 あとは魔石に魔法回路を焼き付ける。方法は簡単。書き上がった魔法回路の上に魔石を乗せ軽く魔力を流してやればいい。

 私の魔力に反応して、魔石が青く光る。


「できた……かな」


 私は軽く握り込んでみる。魔石は淡く光ったままだ。よさそう。

 あとはチェーンを付けて、と。完成! 魔法石のチャームだ。センスが圧倒的に足りないけれど、時間がなかったということで許してほしい。


「それで、エレイン。完成したのか?」


 近くでジェイデン様の声がして、私ははっと我に返った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ