第4話 ヒロインは順調に攻略を進めています?
王立学園には、毎月下旬に学習の習熟度を測る定期試験が存在する。アビゲイル様は「いかにもゲーム的な都合の試験よね」と言っていたけれど、この学園しか知らない私にはよくわからない。
歴史や算術などのテストの他に、芸術や教養を問うもの、そして魔法や運動テストまで。
月末に、各学年、各分野別に上位二十名の名前が貼り出される。
運動関連は男女別れた十名ずつ。魔法は使えない人間も多いので、実技は加味されないのだけれど、だいたい上位に食い込むのは魔法が使える人だ。
「アビゲイル様すごいですね」
私とアビゲイル様は、放課後、職員室前に貼ってある結果を見に来ていた。他にも貼り出されたばかりの結果を求めて、生徒たちがたくさんいる。
二年生の結果。アビゲイル様はどの分野も三位以内に入っていた。
「カリスト様の婚約者だもの。当然よ」
アビゲイル様はさらりとそう言うけれど、その裏で努力をしていることを私は知っている。
ちなみに私は、魔法だけはいつも十位以内に入っている。魔法回路が専門なので!
いつまでも貼り紙の前を占拠しているわけにはいかないので、少し離れたところに移動する。
「流石、私のアビーだね」
王太子殿下の涼やかな声がしてそちらを振り返ると、王太子殿下とジェイデン様が並んでやってくるところだった。
なんというか、二人とも眩しい。銀髪のクールな王太子殿下と、金髪で穏やかな微笑みを浮かべるジェイデン様。絵になる。周囲の女子生徒が目をハートにしているのも無理はない。
もっとも、今は愛しのアビゲイル様が視界に入っているので、王太子殿下はデレデレです。
「カリスト様!」
アビゲイル様がぽっと頬を染める。殿下を前にしたアビゲイル様は恋する乙女という感じで非常に可愛らしい。
「カリスト様もおめでとうございます」
王太子殿下は魔法と教養が一位、学術と運動も二位という素晴らしさだ。
「ありがとう。今回こそはジェイデンに勝ったつもりだったんだけどね」
ちらりと殿下が隣のジェイデン様を見る。ジェイデン様は澄ました顔だ。
そう。三年生の学術のトップは常にジェイデン様。入学以来誰にも譲ったことはないそうだ。他も全部五位以内に入っているのが素晴らしい。
「僕の得意分野は譲るわけにはいかないな」
「来月は私が勝つよ」
王太子殿下の宣戦布告をジェイデン様は笑顔で流した。余裕だ。
王太子殿下はアビゲイル様と共に王宮に向かうそうで、二人で仲睦まじく去って行った。
私とジェイデン様が取り残される。これはさっさとこの場を去った方がよさそうだ。
「すごいわね。グレイグ!」
そのとき、甘ったるい声が私の鼓膜を突き刺した。
「魔法、学年でトップじゃない!」
間違いない。少し前まで毎日のように聞かされていた声。この声の持ち主はシェリー・ブライアウッド。
声がした方を見れば、シェリーが黒髪の男子生徒と一緒に掲示されている順位表を見ていた。
シェリーは男子生徒を褒めそやしている。そして褒められて、デレデレしている男子生徒。どこかで見たことがある気がするけれど、どうにも思い出せない。
うーんとうなっていると、シェリーがおもむろにこちらを見た。
ぱっとシェリーの顔が輝く。
ひっ、と私の身体がこわばった。
ここ数日、シェリーに絡まれることはなくなった。ただ、彼女が諦めたとはあまり思えないのだ。アビゲイル様の読み通り、彼女が前世の記憶があり王太子殿下ルートを目指しているならなおさら。
シェリーは男子生徒を置いて、こちらにやってくる。ジェイデン様は私をかばうように前に立った。
「ジェイデン様! 学術一位おめでとうございます!」
にっこり。シェリーが微笑んだ。
ジェイデン様からひんやりとした冷気が漂う。
「ありがとう。ブライアウッド嬢」
後頭部しか見えないけれど、ジェイデン様は麗しい笑みを浮かべているのだろう。機嫌が悪いときほど彼の笑みは完璧なのだ。
でも、通常の神経を持っているなら、なんとなく不穏な雰囲気を感じるはず。もっとも、平気で王太子殿下でも名前を呼べちゃう彼女には、通じない気がする。
「私も次は名前が載るよう頑張りますね!」
なにも聞かれていないのにそう宣言して、シェリーは男子生徒の方へ戻っていった。
ふう、と息をつく。どうやら私のことは眼中になかったらしい。
というか、懲りずにジェイデン様を名前で呼んでいるんだ。
ジェイデン様は頭痛がしたときのようにこめかみを押さえている。
「エレイン。さっさと工房へ行こう」
さっきは絡まれなかったけれど、たまたまかもしれない。
ジェイデン様の言葉に異論はなかった。
「え? あれ、ピアソン伯爵令息だったんですか。道理で見たことがある顔だと」
工房へ向かう馬車の中。ぽん、と手を叩く私にジェイデン様は呆れたような顔を向けた。
そう。シェリーと一緒にいた男子生徒、彼はピアソン伯爵令息だったらしい。
馬車に乗るなり、「ブライアウッド嬢がピアソン伯爵令息と一緒にいたことについてどう思う?」とジェイデン様に聞かれたのだ。
「少し前に絡まれたばかりだろう。君は本当に人の顔と名前を覚えないな」
「覚える必要がある人は覚えますよ」
ピアソン伯爵家は魔法の名門らしいけど、魔法が使えない私にはあまり関係がないし。
「ピアソン伯爵令息は攻略対象の一人だろう?」
私もジェイデン様も、アビゲイル様にいろいろ「ゲーム」のことを聞かされているせいか、最近、よくわからない用語を使うのに抵抗がなくなってきている。
「あー。そういえばそうでした。かなりシェリーに対してデレデレでしたね。彼。頬なんて紅潮していましたし」
あれだけ赤くなっていれば、相手に好意を持っているのは明白だ。
シェリーが攻略対象の一人であるピアソン伯爵令息と一緒にいたということは。
「王太子殿下のことは諦めたんですかね」
「いや。諦めてないな」
きっぱりとジェイデン様が断言した。
「毎日一回必ず僕やカリストのところにもわざわざやってきて、挨拶だけして去っていく」
顔が非常に不快そうだ。だが、挨拶だけなので咎めがたいというところか。
「アビー曰く、一日一回話しかけると好感度がわずかだが上がるらしい。塵も積もれば山となる、だそうだ」
「まあ、通常、挨拶されて悪い気持ちになるひとはいないですもんね。それで、ジェイデン様はブライアウッド様に対する好感度が――」
「上がっているように見えるか?」
こちらを見る紫色の瞳が若干鋭くなって、私は即座に謝罪した。
「すみません。見えないです」
「わかってるならいい。――ピアソン伯爵令息は、早々にブライアウッド嬢に惹かれているようだな」
こくりとうなずいた。
私はアビゲイル様から聞いた「ゲーム」の説明を思い出す。
通常の学園生活でコツコツと攻略対象の好感度を上げると、その好感度が一定以上で「イベント」と呼ばれる特別な出来事が発生する。そのイベントでうまく行動すると攻略対象の好感度が大きく上がるのだそうだ。
あの様子だとイベントの一つや二つ、終わっていても不思議ではない。
ピアソン伯爵令息にアタックしている様子のシェリー。でもまだ、王太子殿下やジェイデン様にも絡んでいるようだ。先ほど、ジェイデン様に成績について声をかけてきたのも、好感度関係な気がする。
これは明日、アビゲイル様の話を聞いた方がいいかも。
それはそうと。一つ切り出したかったことがある。
「ジェイデン様。五月になっても私の監視を続けるんですか?」
まあ、朝の登校と放課後一緒にいる程度の緩いものなんだけど。
さっきもだけど、シェリーは私に対して興味を失っている気がする。もう不要なのでは?
なのに、私の問いにジェイデン様は力強くうなずいた。
「当然。ブライアウッド嬢がどう動くかわからないからな。何か困ったことでも?」
「い、いえ」
あなたに憧れる令嬢からも視線が少し突き刺さるくらいです……。
「なら、別にこのままでかまわないな?」
あ。はい。ジェイデン様の言葉に、私はうなずくしかなかった。まあ、最近慣れつつあるのは確かだし。
翌日。私は中庭でアビゲイル様とお昼を食べていた。理由はまあ、例によって他に聞かれたくない話があるからです。
「――ピアソン伯爵令息はお兄様と並ぶ攻略が容易なキャラなのよ」
昨日のピアソン伯爵令息のことを話すと、アビゲイル様は少し考えた後にそう言った。
「攻略が容易っていうのは?」
「必要パラメータと好感度が低めってこと。アイテムを使わなくてもベストエンドが見れるの。この二人なら毎日挨拶するだけで、最初のイベントを四月中に起こせるはずよ。ただ外から見てもわかるほどにデレてるってことは、もう二段階目もクリアしているかもしれないわね」
またよくわからない単語をアビゲイル様が使っている。
「でも、ブライアウッド様はジェイデン様にも毎日挨拶しているみたいですが、ジェイデン様は好感度は上がっていないって言い切ってましたよ」
私がそう言うと、アビゲイル様は紫水晶に例えられる瞳を大きく見開いた。それから、ふうと息をつく。
「まあ、ゲームはともかく、現実のお兄様はねえ、上がるわけがないと思うわ。ある意味予想通り。うん。お兄様はヒロインには攻略されない自信があるわ」
うんうん、とアビゲイル様がうなずいている。その力強い様子に、私はちょっぴりほっとした。あのシェリーにメロメロになるジェイデン様は想像したくない。
「でも、どうしてブライアウッド様は、みんなの好感度を上げようとするんでしょう?」
我が国は王族ですら一夫一婦制だ。婚約者を見つけるのであれば、一人で十分では?
「……逆ハーエンド」
アビゲイル様が呟いた言葉を私は聞き逃していた。




