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第3話 アイテムを求められても困ります!

本日2話目の更新です

「エレイン。こんなところにいたのね。どうして図書室にいなかったの?」


 にこにこ笑顔を浮かべながら駆け寄ってくるピンク髪の女子生徒。間違いない。彼女はシェリー・ブライアウッドだ。


 近くで見るシェリーは、非常に愛らしい顔立ちをしていた。透き通るように白い肌に翡翠色の大きな瞳。サクランボのような唇。これで態度がまともだったらモテるだろうに。

 いかんせん、常識が足りなすぎる。


 いや、これが親しい友人だったら私も「図書室なんて約束したっけ?」と答えるところですよ。けど、私とシェリーはまともに口をきいたこともない。クラスも違う。

 えっと、ここはどう反応するのが正しいのだろう。

 思わず固まった私をかばうように、ジェイデン様が一歩前に出た。


「エレインに何か用かな。ブライアウッド嬢」


 にっこりと外向けの笑顔を向ける。シェリーは足を止めると、翡翠色の目を丸くした。


「え、どうしてジェイデン様がここに?」

「何度も言うけれど、名前で呼ぶ許可を出した覚えはないよ。彼女はこれから僕との用事があるから用事があるなら手短にしてほしいな」


 僕との、を無駄に強調しないでください。


 え? とシェリーが大きな瞳を更に大きくした。なんで、とでも言いたげな顔だ。私に何かを目で訴えかけてくるが、私に何を期待しているのだろう。

 まあどうせ、ジェイデン様とこんな地味女が一緒にいるのは何故? とかそんなところだろう。そういう目で見られるのは慣れている。何故って仕事上付き合いがあるからですよ。

 私は軽く息をつくと、シェリーに向かって尋ねた。


「その、私に何か用でしょうか。ブライアウッド様」

「そ、そうだったわ」


 シェリーはごそごそとかけていた制服のポケットから、何かを取り出して私に差し出した。


「ほら、これ」


 彼女の手の平に載っていたのは、一枚の葉っぱだった。形からしてミントだろうか。


「エヴァーミント、よ」

「え?」


 私は驚いてシェリーの顔を見てしまう。それはジェイデン様も同じだった。

 魔法道具を作るには、魔力を帯びた素材が必要。エヴァーミントもその一つなのだけれど、大変貴重なものなのだ。とにかく育てるのが難しい。


「これをどこから?」


 エヴァーミントには魔法の効果を広げる共鳴という珍しい効果がある。以前から気になっていたけど、お目にかかったことはなかった。それが今目の前に。

 私の目の色が変わったことに気づいたのだろう。シェリーが微笑む。


「私の頼みを聞いてくれたら教えて上げる。まだまだたくさん生えてるし」

「え? そうなの?」


 思わず前のめりになったところで――。


「エレイン」


 ジェイデン様は、小声で名前を呼ぶときゅっと私の手の甲をつねった。痛い。

 だが、おかげで私は我に返ることができた。

 危なかった……。もう少しで周りが見えなくなるところだった。


 そもそもエヴァーミントなんて高価な素材、オーダーメイドならともかく、広く流通する商品に使えるわけがない。商会で扱うには不向き。気づいて良かった。

 私は仕切り直すためにこほんと咳払いをした。


「その、ブライアウッド様は私にエヴァーミントを見せて何をしたいんですか?」

「これさえあれば、アイテムが作れるんでしょう?」


 ――来た。

 私は心臓がドキドキするのを感じていた。隣のジェイデン様の存在が、これほどまでに心強いと思ったことはない。


「アイテム?」

「アイテムよ。好感度を上げるアイテム。図書室に文献があるんでしょう?」


 そんな怪しいアイテムを作る文献が図書室にあるの? 今すぐ図書室に行って確認したいけれど、ぐっとこらえる。


「エレイン。私、あなたにアイテムを作ってほしいの」

「お断りします」


 私はきっぱり言った。


「え?」


 断られると思っていなかったらしいシェリーが目を丸くする。


「その、図書室に文献があると言われても、何のことだかわっぱりわかりませんし」

「嘘よ!」

「それに、好感度を上げるアイテムってことは、魅了魔法の効果あるってことですよね。我が国では魅了魔法は禁止されてますよ。犯罪に関わるようなアイテムはちょっと作れません」

「犯罪? そんなわけないじゃない。とにかく作りなさいよ!」

「そう言われましても……」


 どうしたら納得してくれるんだろう。うーむ。

 困っていると、急にジェイデン様に身体を引き寄せられた。こつん、と後頭部がジェイデン様の胸に当たる。


「ブライアウッド嬢。そういうことだから、諦めてくれないか。彼女は忙しいんだ。僕と一緒に工房で魔法道具の開発をしなくちゃいけないからね」

「え? でも」


 どこか驚愕した顔で、私とジェイデン様の交互を見るシェリー。彼が割り込んでくるとは思わなかったのだろう。私もこのタイミングでジェイデン様が口を挟んでくるとは思わなかった。


「じゃあ、そういうことで。失礼する」


 にっこり。とびきりの微笑みを浮かべると、ジェイデン様は私を連れてその場を立ち去った。

 なんと強引な締めくくり。麗しい顔の圧で有無を言わせない。助かったけど。

 ジェイデン様に手を引かれて私は歩く。一刻も早くシェリーの元から離れたいのか早足で、ついて行くのが大変だった。ただ、その気持ちは私も一緒だったので、黙って彼について行く。


「というか、そもそもどうしてモブのエレインと攻略対象のジェイデン様が一緒にいるのよ……」


 そのシェリーの呟きはかなり大きかったので、私たちの耳にも入ってきた。

 モブ。攻略対象。アビゲイル様が使っていた言葉と同じだ。







 工房へ向かう馬車を待たせている場所までたどり着いて、私はようやくほっと一息ついた。シェリーが追いかけてくる様子はない。今日のところは免れたらしい。

 そこで初めて、私はジェイデン様と手を繋いでいたことに気づく。


「どうした?」


 ぎゅっとジェイデン様は私の手を握ったままだ。


「いや、その手が……」

「手? ああ」


 ようやく手が離れる。

 ほっとしたのもつかの間、私は気づく。この手はいつから繋がれていたか。

 シェリーの元を去ったときからだ。目撃者はどれくらいいたのだろう。シェリーから少しでも早く離れたくて、周りのことをあまり気にしていなかった。

 あまり考えないことにしよう。うん。


 ジェイデン様の手を借りて、馬車に乗り込む。彼が隣に座るのはいつものことだ。進行方向に背を向ける席にはお互い座りたくないので仕方ない。

 馬車がゆっくりと動き出した。


「ブライアウッド様。本当にやってきましたね」


 ああ、とジェイデン様がうなずいた。


「ジェイデン様が側にいてくださって助かりました。私一人だったらどうなっていたか」

「君がエヴァーミントに食いついたときはどうなることかと思った」

「すみません……つい抗えなくて」

「いい。そのために僕は君のそばにいたんだから。……って何故驚く」

「いや、絶対お説教されるかなと思ったので」

「ほう、そんなに説教されたいのか?」


 ジェイデン様が目を細めたので、いえいえ、と私は慌ててぶんぶんと首を振った。

 彼の気が変わる前に慌てて話題を探す。


「そ、そういえば、工房の前に図書室に行けば良かったですね。図書室に魔法道具の本があるとかブライアウッド様が言ってましたから」

「今日のところは耐えろ。そもそも学園の図書室にそんな怪しい本があると思うか? ゲームの君が作ったのは魅了魔法の道具なんだろう?」

「確かにその通りなんですけど、でも万が一ということもありますし」

「それでブライアウッド嬢と鉢合わせしたらどうする?」


 うっと言葉に詰まる。

 ジェイデン様の言うとおりなので、私は素直に言うことを聞くことにした。

 シェリーにはできる限り会いたくない。だが、彼女があれで納得するともあまり思えないのだ。そして予感というものは嫌なものほど当たる。


 まあ、とりあえずわざわざ嫌なことを工房に持ち込む必要はない。

 工房についた私たちは廉価版「レイゾウコ」の案について議論を交わす。ジェイデン様は魔法回路の簡略化のアイデアをいくつか出してくれた。

 それはどれも私が思いつかなかったものばかりで、ジェイデン様すごい。






 

「ゲームでエレインとヒロインがアイテムのやりとりをするのが図書室なのよ」


 翌日の昼休み。

 私とアビゲイル様は、校舎の中庭のベンチで二人並んで座っていた。

 いつもは食堂でご飯を食べるのだけれど、流石に「オトメゲーム」の話を人がいるところでするわけにはいかない。私はともかくアビゲイル様がご乱心だと思われるのは困る。


 中庭も決して無人というわけではないけれど、ベンチの間隔は十分空いており密度は圧倒的に少ない。売店で売っているサンドイッチがおいしいことを発見したのも収穫だ。


「私もお兄様の言う通り、あなたが図書室に近づくのはやめておいた方がいいと思う」

「でも、ブライアウッド様は図書室に文献があるって」

「――もうないわ」


 アビゲイル様が事もなげに言った。


「私も、ゲームのエレインが図書室の本をベースにアイテムを作ったことは知っていたから、去年のうちに少し時間が出来たときに本を確認しにいったの。それっぽい本があったから、禁術を扱ってますって司書さんに報告したわ。今は、王立図書館の禁書庫にあるはずよ」


 アビゲイル様は十歳の時に前世の記憶を思い出したらしい。

 私に声をかけたのも、私がフェル学で魔法道具を作ることがわかっていたからだ、と謝罪された。むしろ、私としては謎が解けてすっきりした。いや、本当に天下の公爵令嬢が何で私に声をかけてきたのかわからなかったからね。


 私たちじゃ思いつかない魔法道具の発想は、前世由来なのだろう。これはジェイデン様共々深く納得した。

 前世の記憶について、すんなり受け入れた私たち二人を見て、アビゲイル様はちょっぴり複雑だと言いながらもとても嬉しそうだった。


「なるほど」


 さすがアビゲイル様、抜かりがない! 学校の図書室にそんな本があったのだとしたら見てみたかった、という思いもちょっぴりあるけれど。


「やっぱり、ヒロインはあなたに接触してきたのね。カリスト様狙いなら四月中にはアイテムを手に入れないと攻略はほぼ不可能よ。しばらくは用心した方がよさそうね」


 私も正直昨日の一度だけで彼女が諦めたとは思わない。


「お兄様から聞いたのだけど、ヒロインもモブとか攻略対象とかいう単語を使っていたんでしょう。たぶん、彼女も私と同類なんだと思う」


 ――つまり、シェリーも前世の記憶を持つ。

 まあ、そうじゃないと、何も関係ない私に好感度アップアイテムを作ってもらおうなんて考えないよね。


「大丈夫です。私、絶対アイテムなんて作りませんから!」

「ええ。エレインのことは信じているわ」


 拳を振り上げる私を見て、アビゲイル様が微笑む。その信頼に応えたい、と私は思った。

 彼女を修道院送りには、絶対しない。







 が、予想通り、やはりシェリーはしつこかった。

 登校中、休み時間、放課後、関係無しに私の元に突撃してくる。


「エレイン!」


 困るのはシェリーが毎回毎回貴重な魔法素材をちらつかせること。いや、本当に勘弁してほしい。魔法道具オタクの血が疼いてしまう。

 私はぐっと誘惑に耐えてきっぱりと言い切る。


「あなたの望む魔法道具なんて作れませんから」

「うそよ。エレインなら作れるわ。本だってあるでしょう?」


 いや、禁書庫の中の本は私には見られません。


「私たち、友達じゃない」


 いや、友達になった覚えは正直ありません。


「それに攻略に失敗したらどうしてくれるの? あなたのせいよ!」


 いや、そもそも攻略と言われても困ります。


 私の隣にはアビゲイル様かジェイデン様のどちらかが必ず一緒にいてくれたので心強かった。特にジェイデン様なんか無慈悲にシェリーを引き剥がすこと多数。非常に助かった。




 なんとかシェリーの猛攻に耐えきって、二週間。

 ぱたりとシェリーの襲来がやんだ。私の固い意志を前に諦めたのだろう。たぶん。



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