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第1話 乙女ゲームの悪役令嬢

「私、悪役令嬢になってしまうかもしれない。それが怖いの」


 アビゲイル様が苦しげに打ち明けてくれた悩みは、私たちの想像もしていないものだった。




 そんなアビゲイル様の告白翌日。話をするためにジェイデン様が手配したのは工房――商会の魔法道具開発部がある建物だ――の防音完備の商談室だった。私たち三人は学園の授業が終わると白いブレザーの制服姿のまま、まっすぐ工房に向かう。


 アビゲイル様とテーブルを挟んで向かい合う形で、私とジェイデン様が座った。気持ちとしてはアビゲイル様の隣にいたかったけれど、無言でジェイデン様に隣をぽんぽんと叩かれては座らないわけにはいかない。まあ、話を聞くには確かに顔が見えた方がいい。


 どうやら、アビゲイル様、自分ではいつも通りに振る舞っていたつもりのようだ。私たちが様子がおかしいと気づいていたことに驚いていた。


 まあ、異変に気づいていたのは私やジェイデン様、そして婚約者の王太子殿下くらいだと思う。つまり親しい人以外には完全に隠し通せていた。


「「アクヤクレイジョウ?」」


 アビゲイル様の私とジェイデン様が見事にハモる。初めて聞く言葉だ。


 悪役の令嬢ということだろうか。でも、どうしてアビゲイル様が?

 悪役っていうことは悪いことをするんだろうけど、アビゲイル様のイメージと結びつかない。美貌の公爵令嬢なのに気取っていないし、偉そうでもない。王太子妃としてもう少し威厳を持てと言われることもあるみたいだけど、何より王太子殿下が今のままのアビゲイル様でいいとおっしゃっている。殿下わかってる!


 話がずれた。

 とにかく、悪役からはほど遠い令嬢。それがアビゲイル・ヴァレフォード公爵令嬢だ。


「何だ。それは」

「それは――。言葉を説明する前に、信じてもらえるかわからないけれど、お兄様とエレインには打ち明けるわ」


 アビゲイル様は意を決したように顔を上げると、私とジェイデン様の顔を交互に見てこう言った。


「私には、この世界と違う世界――日本という国で暮らしていた前世の記憶があるの」


「フェルネア王立学園 ~一年でレディになれますか?~」通称フェル学。

 アビゲイル様曰く、この世界は、アビゲイル様が前世大好きだった「オトメゲーム」なるものの世界とそっくりらしい。

 ヒロインは、男爵と平民の間に生まれた「シェリー・ブライアウッド」。彼女が父親に引き取られるところから物語は始まる。

 突如貴族になってしまったシェリーは、貴族の子女が通うフェルネア王立学園に編入。淑女としてのスキルがゼロの状態から努力を重ねつつ、学園の人気者たちと交流し、最終的に恋愛関係になるのを目指す、というのが「ゲーム」のおおまかな流れらしい。


「ブライアウッド男爵が、市井で暮らしていた娘を引き取ったという話は聞いたことがあるな。名前までは知らないが」


 ジェイデン様が呟くと、アビゲイル様の顔がこわばった。私が余計なことを言ったジェイデン様を睨むと、彼は慌てて謝った。まったく。


「そのフェル学のゲームが始まるのが、来月――私たちが二年生に進級したときなのよ。ヒロインと恋愛関係になる候補者のことを『攻略対象』というのだけれど、カリスト様はフェル学のメインの攻略対象なの」


 カリスト様とは、このフェルネア王国王太子殿下カリスト・グラヴィス・フェルネア様のことだ。まだ十七歳ながら、税制改革や一部貴族の特権廃止などを実行しているすごい方。銀髪に深い青色の瞳が一見冷たい印象だけれど、婚約者のアビゲイル様にはひたすら甘い人だったりする。


「そして、私はヒロインとカリスト様の恋路を邪魔する悪役令嬢なの」


「ゲーム」では、婚約者の王太子殿下と交流を深めていくヒロインが気に食わず、アビゲイル様はあの手この手で嫌がらせをする。最終的にヒロインをならず者に襲わせようと計画。間一髪のヒロインを殿下が助け、アビゲイル様はそれが決定打で婚約破棄される、らしい。アビゲイル様は戒律の厳しい修道院行き、そしてヒロインと殿下はハッピーエンド。


 なんだそれ。


「僕には全く理解できないんだが。普通、婚約者がいる相手に手を出す令嬢の方が悪いんじゃないか? 嫌がらせという手段は褒められたものではないが、浮気した側がハッピーエンドなのが納得いかない」


 私も首が取れるほどジェイデン様に同意だ。


「ゲームでの私とカリスト様は『冷え切った仲』という設定だったから」


 苦笑するアビゲイル様の言葉に、思わず私とジェイデン様は顔を見合わせる。


 王太子殿下がアビゲイル様にベタ惚れなのは有名だ。アビゲイル様の社交デビューの際、三曲連続で躍って周囲に見せつけたレベルだと聞く。

 ちなみに私はまだデビューはしていない。学園在学中にデビューすればいいので、ギリギリまで粘るつもりでいる。面倒だもの。


「ちなみにお兄様も攻略対象よ。ヒロインがお兄様を選んだ場合、私は、平民の血が混じった人間が義姉になるなんて認めない、ってヒロインをいじめるの」

「アビゲイル様は絶対にそんなことしません!」


 私は思わず叫んでしまった。工房には平民の職人も多く働いているけれど、アビゲイル様は分け隔てなく接しており、非常に慕われている。


「ありがとう。エレイン」


 攻略対象は全部で五人。アビゲイル様は残り三人の名前を挙げたけれど、私のさっぱり知らない名前ばかりだった。

 いや一人だけ知っていた。グレイグ・ピアソン伯爵令息。どうやら彼の家系は魔法使いとして有名らしい。


「結局、どのルートでも、私はヒロインに難癖を付けていじめるの。そしてカリスト様に婚約破棄されて修道院に送られる。もちろん、これはゲームの話で現実とは違うわ。私はヒロインをいじめるつもりはない。たとえヒロインがカリスト様を選んだって、私はカリスト様のことを信じている。でも」


 この世界がゲームの世界だとしたら、物語が始まるなり、強制力なるものが働くかもしれない。それが怖いのだ、とアビゲイル様は続けた。

 大丈夫だ、と無責任な言葉をかけることはできる。でも、アビゲイル様が求めているのはそんな気休めではないはずだ。どうしたら。

 私の横ではジェイデン様が真剣な顔で何かを思案している。魔法道具オタクの私と違って、王太子殿下の右腕と期待されているジェイデン様なら、何か思いつくかも。

 ジェイデン様がおもむろに口を開いた。


「それで、エレインはその『ゲーム』なるものに登場しないのか?」

「は?」


 思わずそんな声が出てしまった。何、真面目な顔でそんなことを聞いてるんですか。


「いや、アビーがわざわざ声をかけたんだ。エレインも『ゲーム』に何か関係していると思うのが自然だろう」

「さすがお兄様。その通りよ」


 え? そうなの? 私も「ゲーム」なるものの登場人物なの?

 私が思わずアビゲイル様を見ると、彼女はこくりとうなずいた。


「むしろ、エレインがある意味一番重要なキャラよ。立ち絵もない顔グラだけのモブなんだけど、でも、エレインはヒロインに自分の作った魔法道具をアイテムとして提供するの。フェル学のベストエンドには、そのアイテムが必須なのよ」


 正直なところ、アビゲイル様の出した言葉の意味は半分くらいよくわからない。ただ。


「魔法道具ってどんなものですか?」

「気にするのはそこか。君らしいが」


 隣でジェイデン様が呟いているが気にしない。


「好感度アップアイテム。つまり、攻略対象の好感度――好意があがるものよ。攻略対象ごとに専用のものがあるの」

「――え?」


 私は固まった。


「それはつまり、魅了魔法ということか?」


 顔をしかめながらジェイデン様がアビゲイル様に尋ねる。アビゲイル様もその質問ではっとしたらしい。

 そう。私が驚いた理由もそれ。


 好感度が上がる、ということは魅了魔法が関わっていると思うのだけれど、魅了魔法は禁呪だ。魅了魔法の材料になりえるものは、資格者じゃないと扱えないし、資格者だとしても魅了魔法の魔法道具を作るのは禁止されている。つまり我が国では犯罪。

 やらかし具合によっては、死罪になってもおかしくないものだ。


「……ゲームで遊んでいるときは何も思わなかったけれど、確かにお兄様の言う通りね」

「つまり、その好感度アップアイテムなるものは、違法な魔法道具になるな」

「つ、作りませんよ。さすがに」


 私にだって、倫理観というものはある。

 まあ、アビゲイル様のいう好感度アップアイテムは効果対象を絞っているようなので、そこがちょっと気になるのは確かだ。魅了魔法に限らず、効果対象を限定するのはなかなか難しい。どういう風に実現させたんだろう。ゲームの私。


「だが、効果対象を特定しているところが気になるとか思っただろう」


 さすがジェイデン様。私のことをよくわかっていらっしゃる。


「気になるのは仕方ないじゃないですか。魔法道具職人のさがですよ。ジェイデン様だって本当は気になってるくせに!」


 ジェイデン様だって、かなりの魔法道具好きだ。将来、王太子殿下の側近になることが決まっている彼は、殿下の手伝いもあって忙しいはずなのに、わざわざまめに工房に顔を出しているのだから。


「君と一緒にするな!」


 私たちのやりとりを聞いて、くすくすとアビゲイル様が笑っている。


「ムキにならなくても大丈夫よ。エレイン。あなたのことは信じているもの。ただ――あなたがヒロインからアイテムを求められる可能性はあると思うの。フェル学はパラメータ上げがとにかく大事なんだけど、攻略対象の好感度が上がることによって、パラメータを上げやすくなるのよ」


 パラメータは、ヒロインの淑女レベルを測るために存在していて、学術、運動、教養、魔法の四つ。日々の努力(という名の「コマンド実行」だとアビゲイル様は言っていた)で上がる。月一回試験があり、パラメータがうまく上げられないと、恋愛もうまくいかないらしい。


 ちなみに、パラメータなるものは、王太子殿下を除く四人の攻略対象に対応しているそうだ。ジェイデン様は学術らしい。なるほど。それっぽい。


「特にカリスト様を攻略しようと考えるなら、アイテムは必須よ。だから……」


 どうやらゲームではヒロインから魔法素材を受け取り、それを元に私がアイテムを作る流れらしい。

 私がヒロインにアイテムを渡さなければ、それだけアビゲイル様が悪役令嬢になる確率は下がる。


「なら、僕がなるべくエレインを監視することにしよう」


 ジェイデン様がとんでもない発言をした。


「監視ってどういうことですか!」


 抗議する私にジェイデン様が大まじめに言う。


「そのヒロインというのは、ブライアウッド男爵令嬢なのだろう? 彼女がもしエレインに近づいて得体の知れない魔法素材を渡そうとしたら、僕が阻止すればいい、僕ももちろんエレインのことは信じているが、それでもアビーは不安なんだろう?」

「……」


 アビゲイル様は無言だった。ジェイデン様の言うことを肯定するという感じではなく、なんだかちょっと冷たいまなざしを注いでいる気がする。


「それはお兄様にしか得がないのでは?」

「可愛い妹を思ってのことだよ」


 にっこりとジェイデン様が笑う。こちらも妹に負けていない。

 バチバチと兄妹の間に火花が散ったように見えたのは気のせいだろうか。全く意味がわからない。


「それにアビー。エレインにブライアウッド男爵令嬢が近づいてきたとき、僕がそばにいた方がいいんじゃないか。エレインは僕ほど立ち回りはうまくない。そうだろ?」

「それは……確かにそうですわね。ただ、お兄様の監視は反対よ。お兄様の役割は私でもできるもの」


 ありがとうございます。アビゲイル様!

 いや、ジェイデン様は嫌いではないのだけれど、一緒にいると目立ちすぎるのだ。皆の目につくところで一緒にいるのは、なるべく遠慮したい。

 ジェイデン様がちっと舌打ちをした。でもアビゲイル様は動じない。


「常に二人のどちらかがエレインと一緒にいることにしましょう。お兄様。登校はエレインの家まで迎えに行く。学校では私が一緒にします。ただ放課後は王宮へ行かなくてはいけないから、お兄様に譲るわ。これでどう?」

「――どうもなにも、アビーの中では決定事項だろう」


 ため息交じりでジェイデン様が言う。アビゲイル様はにっこり笑った。


「ええ。少なくとも四月中は、エレインにヒロインが近づかないように、私たちで護衛しましょう」


 いつのまにか、監視から護衛になっていた。


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