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第14話 ジェイデン・ヴァレフォード公爵令息

 今でも時折思う。

 もし、あのとき彼女と出会わなかったら、今でも魔法に対してこじらせた感情を持っていたんだろうな、と。




 ジェイデンはヴァレフォード公爵家の長男として生を受けた。

 少し後には国王夫妻にも長子であるカリストが生まれて、ジェイデンは幼い頃から彼の側近になることを望まれることになった。

 周囲の期待通りに、ジェイデンは優秀な成績を収めた。学業分野はもちろん、剣術だって馬術だって人並み以上にこなせた。


 ただ一つ、ままならなかったのが魔法だった。

 カリストは水魔法を使うことができる。将来近衛になることを期待されているカイルは、風魔法が得意で早いうちから剣術にそれを取り入れていた。

 けれど、ジェイデンはいくら頑張っても魔法が使えなかった。魔力量はそこそこあるらしいのに、何故か発動しない。妹のアビゲイルですら、ほんのわずかとはいえど魔法を使えるのに。


 ジェイデンに望まれている役割は頭脳の面でカリストを支えることなので、魔法を使えなくても困りはしない。カリストたちにも、魔法が使えないからと言って何かを言われたこともない。

 だが、今までほんのちょっとの努力で何でもこなせていたジェイデンにとっては、これは大きな挫折だった。

 もちろん、他の誰にも言えるわけがなく、心の中にしまい込んでいた。魔法に対する思いをこじらせたまま。





 転機となったのは、エレイン・アルセナルト伯爵令嬢との出会いだった。

 妹のアビゲイルが彼女を屋敷に連れ込んできた当初は、なるべく近づかないようにしていた。年が近い令嬢が側にいて、ろくな目に遭ったためしがない。


 公爵家の嫡男で、王太子であるカリストとも仲がよいジェイデンは、令嬢たちにとってよい結婚相手らしい。お茶会などの場になると、着飾った令嬢たちに囲まれて、逃してもらえないのが常だった。しかも、令嬢同士で醜い争いすら始まってしまう。

 フェルネア王国の貴族は、義務である王立学園の在学中に婚約者を見つけるのが一般的だというが、実際はその前から有力貴族は内々に婚約が決まっていることも多い。貴族令嬢はどこへ嫁ぐかで幸福度が変わると言うから、目の色を変えるのも仕方がないのだろう。

 ただ、理解は出来るがそれを受け入れるかは別だ。


 エレインも、そのほか大勢の令嬢と同じなのだろうと思い、なるべく近づかないようにしていたのだが。

 彼女は、本当にジェイデンに興味がないようだった。顔を合わせれば貴族令嬢らしく挨拶はしてくれるがそれだけ。すぐに彼女の興味はアビゲイルへと向く。二人で何かを作っているらしく、そちらの方に夢中なのだ。


 そしてエレインが屋敷に足を運ぶようになって半年後。

 アビゲイルとエレインは「レイゾウコ」なる魔法道具を生み出していた。

 ジェイデンはその発想に素直に感心した。子どもが作ったとは思えない内容だ。


 だから、エレインに話しかけてみたのだ。彼女が自分に興味がないことは、この半年間で十分理解していたから。

 魔法道具に関することについて、エレインは驚くほど饒舌だった。聞いてもいないことまで流れるように話し出す彼女を見て、若干話しかけたことを後悔したくらいだ。

 でも。


『魔法が使えなくても、素材の力を借りて、いろいろなことが出来るってすごくありませんか! 工夫すれば、魔法を使うよりも便利なものがつくれるんですよ!』


 甘い蜂蜜のような琥珀色の目をキラキラ輝かせてエレインがそう言ったとき、ジェイデンはがんと後頭部を殴られたような衝撃を受けた。


 ――魔法を使うよりも、か。


 ジェイデンにとって、魔法道具は魔法の代わりに使うものだった。魔法が使えないから魔法道具に頼らざるを得ない。そう思っていたのに、魔法を使うよりも便利だとは。

 どういうことができるんだろう。彼女の目の輝きから察するに、きっとすごいことが出来るに違いない。

 ジェイデンが興味を持ったと感じたのだろう。エレインは楽しそうに語り出した。彼女自身も魔法は使えないけれど、それは当たり前だと受け入れているようだった。


 話しかけた後悔は、もうなかった。

 ジェイデンが魔法回路に興味を持ったのは、それからだ。


 確かにエレインの言うとおりだった。魔法回路は、使い方次第では、普通の魔法よりも便利だった。

 わからないところは、エレインがにこにこしながら教えてくれる。ジェイデンが魔法回路に興味を持ったことを、彼女は心から喜んでくれているようだった。


 エレインの笑顔が見たくて、ジェイデンは積極的に工房に関わるようになる。

 ただ相変わらず彼女は魔法回路しか興味がなくて。

 女の子受けするこの顔すら、エレインには通用しない。

 それをもどかしいと思い始めたのは、いつのことだっただろうか。





「遅い」


 ジェイデンはいつもの待ち合わせ場所で一人呟いた。

 エレインがなかなか現れないのだ。


 ため息をつく。どうせエレインのことだから、また教室で魔法回路に夢中になっているのだろう。この辺り、行動パターンがわかりやすいのは助かる。

 まったく。エレインには振り回されてばかりいる。けれど、それが悪いと思わないのだから、自分もなかなか重症だ。苦笑しながら、ジェイデンはエレインの教室へと向かう。


 ――やっぱり僕が教室まで迎えに行くと約束させておくべきだったな。


 エレインが学内で自分と行動したくないという理由はアビゲイルから聞いている。地味で目立たないエレインは、ジェイデンとは不釣り合いだから、らしい。

 そんなことはないと声を大にして言いたいが、ジェイデンの見た目が派手なのは事実だ。陰湿な令嬢がいることも過去の経験上わかっているので、彼女の意志は尊重することにした。

 エレインには、ゆっくりゆっくり自分が側にいることに慣れてもらえばいいと思っている。二人は決して不釣り合いではない、ということもわかってほしいが、急に距離を詰めても驚かれるだけだろう。長期戦だ。覚悟は決めている。


 けれど、そろそろ悠長なことはしていられないのかもしれない。

 エレインの元に持ち込まれる縁談の数は増え続けている。ピアソン伯爵家だけじゃない。シルヴァラン侯爵家など魔法道具に関わる商売をするところなら、一度は持ちかけているはずだ。


 ――今更彼女を誰かに渡すつもりはない。そのためには外堀から埋めていった方がいいのかもしれない。


 エレインは鈍いにもほどがある。

 ジェイデンがシェリーに揺れなかったのは「ゲーム」であることを知っていただけじゃない。シェリーが入りこむ隙がなかったからだ。


 ――なんてこと、彼女はきっと想像もしていないのだろう。


 そんなことを考えながら道を歩いていたジェイデンだが、何かおかしなことに気づいて、思わず足を止めた。

 校舎を出て待ち合わせ場所である校舎裏へ行く道は、普段からあまり人気がない。


 ――なんでこんなふうに濃厚な魔法の気配がするんだ?


 まるで何個も魔法を使ったあとのようだ。

 嫌な予感がする。

 エレインに何かあったのだろうか。心臓がバクバクと高鳴る。


「ここにいたのか。ジェイデン!」


 そこへ血相を変えてやってきたのは、カイル・ドラクモンドだった。シェリーに洗脳されていた彼だが、後遺症もなくすっかり元気になっている。

 カイルが焦ることなど、滅多にない。そしてわざわざジェイデンを探していたと言うことは。


「カイル。もしかして、エレインに何かあったのか?」


 ジェイデンの問いかけにカイルが目を丸くする。どうやら図星らしい。


「何かあったんだな。何だ。エレインは無事なのか」


 詰め寄るジェイデンの迫力に、カイルが思わず後ずさる。


「落ち着け。ジェイデン」

「落ち着いていられるか!」


 思わず大きな声を出してしまい、ジェイデンははっと我に返る。

 こんな風に感情のままに大きな声を出したことなど、今までなかった。


「すまない。カイル。気が急いていたようだ。それでエレインに何があったんだ?」

「ゼファー・アシュダールに攫われたようだ」


 カイルの言葉にジェイデンは小さく息を飲む。


 ゼファー・アシュダール。

 シェリー・ブライアウッド男爵令嬢の洗脳騒ぎで、魔法道具を彼女に提供した疑いが持たれている人間のうちの一人だった。実家は、魔法工房アルケミアという昔ながらの魔法道具を作る工房を営んでいる。


 シェリーが魔法道具の工房に足を運んでいない以上、魔法道具作成者はどこでシェリーが貴重な素材を持つと知ったのか。エレインの呟きで連想したのが学園内だった。そもそもシェリーは、学内の様々な場所で貴重な素材を見せびらかしてシェリーを釣ろうとしていたのだ。それを傍目で見て、貴重な素材に心を動かされた生徒がいてもおかしくない。

 実家が魔法道具に関わっている相手を中心にリスト化したのだ。アシュダール子爵令息もそのリストに載っている。

 そして、彼は、もっとも疑わしい注意すべき人間の一人だった。


「カイル。ゼファー・アシュダールに攫われたとはどういうことだ?」


 なるべく感情を抑えつけてカイルに問いかける。彼が悪いわけではないが、どうしても責めるような口調を止められない。

 カイルもそれは承知しているのだろう。淡々と説明をしてくれた。

 どうやらゼファーは、エレインが一人で歩いているところに背後から変な薬を嗅がせたらしい。魔法工房の人間らしく、魔法道具を駆使してエレインを連れ去ったそうだ。


 ゼファーを監視していた王宮の騎士が目撃していた。だが、ゼファーが使った魔法道具の中には目くらましの魔法道具もあったようで、見失ってしまった。今、騎士団が絶賛捜索中らしい。

 ジェイデンは唇を噛んだ。


 学園は、生徒が外部の人間に狙われる可能性は考慮していたが、生徒自身が加害者になる可能性はあまり考慮していなかったのだろう。シェリーの件といい、警備体制を見直す必要がありそうだ。あとでカリストに進言しておこう。


「今、騎士団が動いている。それで大人しく――しているわけがないな」

「わかっているじゃないか」


 ジェイデンは口元にわずかに笑みを浮かべた。

 他でもない。エレインが攫われたのだ。じっとしていられるわけがない。


「何をするつもりだ?」

「エレインには別口で護衛をつけてある。彼女が攫われたというのならば、そろそろ連絡が入る頃だろう」


 何のために、とはカイルは問わなかった。

 エレインは、ヴァレフォード公爵家にとっての重要人物だ。用心してしすぎるということはない。それを彼もわかっているのだろう。


「騎士団に連絡は」

「するのはかまわないが、待つつもりはない」


 カイルはジェイデンの紫色の瞳をじっと見て、こちらが本気であると悟ったらしい。

 はあとカイルが息を吐き出した。


「ジェイデンとアルセナルト伯爵令嬢には洗脳を解いてもらった恩がある。お前の好きにしろ。ただし騎士団にも連絡しろよ」


「ああ」







 そして、数刻後。

 ジェイデンは、王都郊外にある屋敷の中にいた。

 ヴァレフォード家で雇ったエレインの護衛たちは、エレインが攫われるという失態を犯したものの、その汚名を返上するようにその後の仕事はきっちりと行っていた。とっさにジェイデンが作った魔法探索機をゼファーに向かって投げていたらしい。

 そのおかげで、ジェイデンが目くらましの魔法道具を使っていても、探索は容易だった。


 護衛のうち一人と共に屋敷の中に忍び込む。しんと屋敷は静まっている。たまに使用しているのだろう。きちんと管理はされているようだった。


「この部屋の中にエレイン様がいます」


 あらかじめ様子を確認していた護衛の男が言う。

 見張りを男に任せ、ジェイデンは部屋の中に入る。

 小綺麗な客室だった。そしてベッドの上に制服姿のエレインが寝かされている。

 とりあえずぱっと見て、怪我をしている様子はない。

 ほっと安堵の息をついたのもつかの間だった。エレインの側に一枚のハンカチが落ちていることに気づいたのだ。ラインこそ茶色だが、どこかで見たことがあるようなデザインのそれ。

 洗脳の魔法道具。

 少なくとも攻略対象五人に配られたハンカチは全て騎士団で押収している。つまり。

 ゼファー・アシュダールが魔法道具作成に関わっていたと言うことか。

 ジェイデンは魔封じの袋にハンカチをいれてポケットにしまった。シェリーの件以降、なんとなく持ち歩いていたものだが、正解だったようだ。


 そして、祈るような気持ちでエレインを揺り起こす。


「エレイン」


 何度か揺さぶって名前を呼んでやると、エレインの琥珀色の目がゆっくりと開いた。


「ジェイデン様」


 かすれた声で名前を呼ばれる。胸がきゅっと締め付けられた。ただ、油断はできない。

 ジェイデンは確認のため、恐る恐る呟いた。


「ゼファー・アシュダール」


 その瞬間、エレインの琥珀色の瞳にわずかに青色が揺らめいたことを見逃さなかった。


 ――洗脳されている。


 一瞬目の前が真っ暗になったが、慌てて自分に言い聞かせる。大丈夫だ。ハンカチの洗脳魔法なら、解除の方法はある。後遺症だってない。だから。

 そうわかっていても、穏やかでいられるわけがない。


「エレイン。君を助けにきた。長居は無用だ」


 ゼファーと接触する前にエレインを遠くへ連れて行かなければ。

 そう思ったときだった。

 人の気配にジェイデンは扉の方を見る。護衛の男――ではなかった。

 部屋の中に入ってきたのは、ゼファーともう一人。プラチナブロンドの中年男性。


「ああ。誰かと思ったらヴァレフォード公爵令息か」


 シルヴァラン侯爵だった。


 どうやら当たりを引いたらしい。ジェイデンは心の中で思った。


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