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第13話 別の道を歩んだ私

 誰かが来た。

 私は思わず身を固くする。


「ああ。気づいたのか」


 姿を現したのは、フェルネア学園の制服を着た男子だった。焦げ茶色の髪の毛に茶色の瞳、そして中肉中背のごくごく普通の生徒だ。ネクタイの色も同じ緑だから同級生。


 彼のことは知っている。というか、今日も話した。

 クラスメイトのゼファー・アシュダール子爵子息。魔法回路に興味を持ってくれた彼は、何回か、私のところに質問に来ている。だからこそ、私が珍しく名前を覚えたのだけれど。


 彼が私を拉致したというのだろうか。何故?

 あまり理由が思い浮かばない。どちらかというと親しい部類に入ると思うんだけど。

 でも、同じ生徒である彼ならば、私を攫うことが可能なのも確かだ。なにしろ貴族の子女が通う学園だ。関係者以外が中に入り込むのは難しい。


「目覚めた時間も計算通り。魔法回路なんかより、俺には昔ながらのやり方の方が向いてるなあ」


 ベッドに座っている私に近づいてきたゼファー(呼び捨てでいい!)が言う。


「こんなことをしてどういうつもりですか?」

「まあ、命令もあるけど興味もあるかな」

「……」

「俺と同い年の伯爵令嬢が、あのフィオレッタ商会の開発主任なんだから」


 ああ。そういう方面での興味か。私はすとんと納得する。


「商売の話だったら商会を通してください。私には何も権力はありません」

「ヴァレフォード公爵家が囲い込んでいるあんたをか?」


 囲い込んでるって人聞きが悪い。


「まっとうな話だったら、公爵家も話を聞いてくれるはずです」

 こんな手段をとっている時点で、話の内容は期待できない気もするけれど。

「どうだか」


 ゼファーが肩をすくめた。


「それに、こういう話は直接本人にするものだ。アルセナルト伯爵令嬢」


 どういうこと? 私が眉をひそめる。


「エレイン・アルセナルト伯爵令嬢。我が魔法工房アルケミアに来ないか?」


 なるほど。引き抜きか。


 ――お断りします。


 私の回答は一択のはずだった。

 過去にも他の魔法道具の工房から同じようなスカウトがきたことがある。私の開発はアビゲイル様の発想ありきなんだけれど、その辺りを誤解している人が多いらしい。

 ゼファーが魔法道具工房に関わっているとは知らなかったけれど。

 魔法工房アルケミア。聞いたことがない名前だから、おそらくフィオレッタ商会との関わりは薄い。

 とにかく、断りの返事をしようとして私は声が出ないことに気づく。

 先ほどまでは、普通に会話が出来ていたのに何故。

 私が戸惑い始めたことに気づいたのだろう。ゼファーが眉根を寄せる。


「おかしいな。まだ効き目が半端なのか? 十分試したはずなんだが」


 そう言って彼が取り出したのは、ハンカチだった。ブラウンのラインが入ったそれと似たようなものを、少し前に私は見たことがある。


 ――洗脳魔法の効果があるハンカチ。


「時間が足りなかったか。ちっ。だから魔法回路は面倒なんだ」

「……もしかして、それは」


 今度は震えたものの、声に出すことができた。


「ああ。あんたは見たことがあるんだったな。そうだよ。洗脳の魔法道具だよ。ブライアウッド男爵令嬢は『コウカンドアップアイテム』なんていうよくわからないことを言っていたが」

「もしかして、あなたがそれを作ったの?」


 私は王太子殿下がシェリーからもらったハンカチを解析したときのことを思い出す。

 非常に稚拙な魔法回路。まるで、初心者が作ったかのような。

 そして、ゼファーが私にしてきた魔法回路の質問は、初歩的なものばかりだった。


「まあ、ここで否定しても仕方ないか。そうだよ。ブライアウッド男爵令嬢が、面白そうな素材をあんたにちらつかせているところを見たからな。あんたが断りまくっているから、代わりに俺が作ることにしたんだ」


 シェリーはところ構わず私に突撃していた。教室にもやってきていたから、級友である彼がその光景を目撃したことは十分に考えられる。

 そうか。シェリーは他をあたってなんかいなかったんだ。道理で、取引先に聞いても証言の一つも得られないわけだ。


「洗脳の魔法道具。初心者が作ったにしてはなかなかいい出来だと思ったんだけどなあ。実際、完全にあの三人には効果があったわけだし。でも、あんたには効果が薄いみたいだな」


 ゼファーが首をかしげている。

 なるほど。否定の返事が出来なかったのは、私が今、半端に洗脳の効果がある状態だからだ。おそらく気を失っている間にハンカチをかぶせられるか何かしたのだろう。だからこそ、私は拘束されていなかった。洗脳されているのなら、逃げられる心配をしなくて済むから。

 ただ、洗脳の効果が薄かった。意識を失っている間だったというのが関係しているのかも。


 半端な洗脳下。自我は保っているけれど、術者にあたるゼファーの言葉に逆らうことはできない、ところだろうか。

 あまりよくない状況だ。いつまでこの状態でいられるかもわからない。

 幸いなのは、ジェイデン様と待ち合わせをしているところだったということ。

 彼なら、私が来ない場合、何かしらの行動を起こすはず。そして、異変に気づいてくれれば。

 そのためには少しでも時間を稼がないと。


「あの茶葉もあなたが?」

「もちろん。エヴァーミントやらサリエルセージやら貴重な素材を確認できるのは面白かったなあ。パッケージの指定があったのは面倒だったが、まあ、貴重の素材と引き換えにと思えば安いものだ」


 そのときのことを思い出しているのか、ゼファーが楽しそうな顔をする。


「ほんと、あんたももったいないことをしたよ。あんな貴重な素材を使える機会なんて滅多に回ってこないのに」


 彼はどうやら心のそこからそう思っているようだ。


「たしかに、あのミントティーもラベンダーティーも、うまく構成が考えられていて、素晴らしいと思いました。私だったら、あそこまで素晴らしい効果を出せたとは思いません」


 あの茶葉の調合を彼がやったのだとしたら、魔法薬の調合についてはかなりのレベルに達していると言えるだろう。私には到底出来ない。

 褒められたゼファーがぱっと顔を輝かせる。


「そうだろう。ブライアウッド男爵令嬢にも効き目がいいって褒められたからな」

「だけど、あの茶葉の効果は明らかに魅了ですよね。そんな法令に違反するようなものを作ってよかったんですか?」


 わからないのはここだ。魔法道具の職人にとっては常識のはず。


「関係ないね。素晴らしい素材が目の前にあって、そして、その効果を客が望んでいるんだったら、それに応えるのが職人の役目だろう? あんただって、貴重な素材を目にしたら、それについて実験したいと思うはずだ。禁呪は上の勝手な都合で禁止したに過ぎない。魔法をすべて悪にするのが間違っている。全部使い方次第だ」


 ――詭弁だ。


 勝手な言い分に腹が立つのと同時に私は思う。


 ――もしかして、私もゼファーと同じ道を歩んでいたのかもしれない。


 ゲームの私は、図書室でシェリーと出会い、貴重な素材と引き換えに、シェリーが望むがままに好感度アップアイテムを作っていたようだ。

 おそらく、好奇心に駆られるがまま。

 自分にそういうところがあるのは、十分自覚している。魔法回路のことになると周りが見えなくなるし。

 現に、シェリーにエヴァーミントをちらつかせられたとき、私は一瞬目がくらんでしまった。


 でも、私には引き留めてくれる人がいた。

 言わずもがな、ジェイデン様やアビゲイル様のことだ。

 彼らが止めてくれるから、そして私を信じてくれるから、私は倫理に外れたものを作らなくて済んだ。

 ものすごく恵まれていたんだな、と思う。


 ゼファーは、ある意味、アビゲイル様に出会わなかった私なのかもしれない。


「それであなたは何が目的なんですか?」

「さっきも言っただろう? うちの工房に来ないかって。フィオレッタ商会が魔法回路を広めたおかげで、こっちは売り上げが年々減るばかりだ。上が腹を立てていてね。昔ながらのやり方だけじゃ生き残れないと魔法回路にも手を出してみたが、うまくいかない。だから、あんたの力を借りたい」


 やっぱり今回も、お断りします、の言葉が出てこなかった。


「魔法薬の調合も悪くないが、魔法回路は可能性が広いのがいい。ブライアウッド男爵令嬢に構想を聞いたときは面倒だと思ったが、意外と作れるものだな。あんたに聞いた話も役だったよ」


 そういえば、彼が魔法回路について聞いてきたのは、シェリーに絡まれる前だ。彼は純粋に魔法回路に興味を持ってくれていたのだろう。

 ああ。もっときちんと話していたら、私たちは友人になる道もあっただろうに。

 私は小さく首を振った。

 彼に同情的になってはいけないのだ。


「あの魔法道具の回路はどこから持ってきたんですか? 洗脳魔法なんて普通、本には載ってませんよね?」

「以前、図書室にあった本に載っていた回路をアレンジしたんだ。ブライアウッド男爵令嬢の希望だと、どう考えても魅了というよりも洗脳だったからな。そういえば、あの本もう一度読みたかったのにいつの間にかなくなっていて残念だったよ。あんたは読んだことがあるか?」


 ――もしかして、アビゲイル様が図書室で見つけたという本だろうか?


「ないです」

「そうか。残念。こんなところに無造作に置いてあるのがびっくりするくらいの内容だった」


 くくっとゼファーが笑う。


「さて。話を延ばそうと努力しているんだろうけど、そろそろ終わりにしようか」


 どうやら、私の目論見はばれていたらしい。


「今度こそ、きちんと洗脳させてもらう」

「その洗脳魔法は、解除の魔法道具が既に存在してますよ」


 術者がシェリーではなくゼファーになっているけれど、解除はそう変わらないはずだ。


「ああ。もちろん知っている。だからこっちも時間が稼げればいい。あんたなら、もっと素晴らしい洗脳の魔法道具を作れるだろう?」


 私は琥珀色の目を見開いた。

 まさか。私を洗脳して洗脳の魔法道具を作らせる。そして、さらにそれで洗脳を上書きしようとしている?

 でも、どうしてそこまでする必要があるんだろう。

 私の代わりになる人材なんて山ほどいる。フィオレッタ商会で換えが聞かないのは、アビゲイル様だ。


「さて。大人しくしてもらおうか?」


 じりじりとゼファーが私に近づいてくる。

 逃げだそうにも、おそらく先ほどの言葉が命令になっているのだろう。身体が全くうごかない。

 ゼファーがほのかな笑みを浮かべた。


「じゃあ、まず、俺の駒になってもらおうか。アルセナルト伯爵令嬢」


 ふわり、と魔力を感じるハンカチが私の頭にかけられた。



明日完結予定です

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