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第12話 つかの間の平穏

 シェリーが捕まって一週間。


 一人の女子生徒が退学したけれど、ただそれだけ。学園は通常運転。

 夏休みが近い学園の雰囲気は、どこか浮き足立っている。


「結局、ヒロインの魔法道具の入手ルートはわからないみたいね」


 昼休み。すっかり定番となってしまった中庭のベンチで、アビゲイル様が言った。

 アビゲイル様は、自分が王宮で妃教育を受けている間にシェリーが捕まったことに衝撃を受けていた。知らない間に終わってしまった、と。

 ただ、私が「それぞれ意志を持った人間だ」ってシェリーに言い放ったことを知って、多少は溜飲を下げてくれたらしい。ジェイデン様から聞いたらしく、すごくすごく褒められた。「私がヒロインに言いたかったことはそれなのよ!」と。


 ジェイデン様と王太子殿下の二人は、次にシェリーが危険なアイテムを渡してきたら、そのときは捕まえるしかない、と決めていたようだ。そして、のこのことシェリーがアイテムを渡してきたので、打ち合わせ通りに捕まえた、と。

 今頃、シェリーは王宮で騎士団から取り調べを受けているはずだ。他の好感度アップアイテムも押収された。


 しばらくはヒロインである自分が好感度アップアイテムを使っただけ、という主張を崩さなかったらしいけど、容赦のない取り調べに、ようやく自分がしでかしたことに気づき始めたらしい。

 と、これは、アビゲイル様から聞いたお話。情報源は王太子殿下だ。


「ブライアウッド様が口を割らないんですか?」

「違うわ。向こうが用意周到だったのよ。ヒロインと違って、魔法道具を作った人間には、好感度アップアイテムがやばい代物だっていう自覚はあったんでしょうね」


 まあ、私も話を聞いただけで違法だと思ったくらいだ。魔法道具に関わる人間であれば、当然の感覚だろう。


「向こうから声をかけてきたそうよ。受け渡しは人を使っていたみたい」


 正直なところ、シェリーは理解しがたいけれど、本気で大それたことをしている自覚はなかった、という結論で落ち着いているそうだ。将来を見込まれている三人を洗脳しても、特にこれといった行動はしていなかったから。

 だからといって無罪放免になるわけではない。おそらく、戒律の厳しい修道院行きになるんじゃないだろうか、というのはアビゲイル様の予測だ。

 となると、気になるのは、洗脳の魔法道具を作った人間の思惑だ。


「そもそも、好感度アップアイテムを作った人間は、どこまで狙って洗脳魔法を作ったのかしら。好感度アップと聞いて、洗脳は普通出てこないと思うのよね」

「まあ、最初聞いたときは魅了魔法かなと思いました」

「でも、ヒロインの贈ったハンカチは、明らかに意図を持って洗脳していたんでしょう?」

「そうですね。私もジェイデン様も絶句しましたもん」

「私、ヒロインが手に入れた好感度アップアイテムは、ゲーム中で使われていたそれとは似て非なる物だと思うのよね。それも効果が高すぎたわ。ゲームと現実は違うってわかっているけれど、ゲーム中で好感度アップアイテムを使っても、攻略対象の態度は普通だったもの。そもそも恋愛を楽しむゲームで、魅了はともかく洗脳はふさわしくない」


 確かに言われてみればそうかもしれない。

 つまり、ゲームの私は洗脳魔法までは流石に手を染めていない?

 それならいいのだけれど。


「まあ、ヒロインが退場した以上、悪役令嬢の私が何か出来ることはないのよね」


 アビゲイル様は小さく肩をすくめた。

 アビゲイル様の修道院行きは免れた。そう考えていいのだろう。







 放課後。いつもの場所でジェイデン様と落ち合って、馬車に乗り込む。工房へ向かうためだ。私たちが洗脳解除の魔法道具にかかりきりだったときにも、他の職人たちが進めてくれたおかげで、「レイゾウコ」の廉価版開発は、順調に進んでいる。


「ふと思ったんですけど」


 馬車の中。当然のように隣に座っているジェイデン様に声をかけると、彼はちらりとこちらを見た。相変わらず、一つ一つの仕草が無駄に絵になるお人だ。


「何だ?」

「ブライアウッド様の件は、もう私たちの手を離れたんですよね?」

「そうだな。カリストの指揮の下、騎士たちが捜査を進めている」

「ってことは、別にわざわざ待ち合わせして工房へ行く必要はないんじゃないですか?」


 放課後、ジェイデン様と待ち合わせるようにしたのは、シェリーの件があったからだ。でもそれが解決した今、惰性のように続けていなくてもいい気がする。


「何か不満でも?」

「不満があるわけではないですが……」


 そもそもこの馬車はヴァレフォード公爵家が用意した馬車。それまで私は乗合馬車や天気が良い日は歩いて工房へ行くことも多かった。乗り心地のいい馬車の移動は、当たり前にしたら絶対だめだと自分を戒めている。


「ならいいだろう」

「でも、ジェイデン様はお忙しいですよね」


 最近、毎日のように工房で顔を合わせるから忘れてしまいそうになるけれど、この人、公爵家の嫡男で、さらに王太子殿下の側近なのだ。


「忙しいことは否定しないが、今が正念場だからな。工房へ行くのも大事だ」


 正念場。何か開発中の品物あったかな。「レイゾウコ」の廉価版は山が過ぎたけど。


「僕も君も行き先は同じ。だったら一緒に行った方が効率がいいだろう?」

「まあ、そうですね」


 私があっさり答えると、ジェイデン様はどこか嬉しそうにうなずいた。

 なんだか最近、こうしてジェイデン様と行動するのが当たり前になってしまっている自分がいる気がする。まあ、彼と一緒にいて楽しいのは確かなのだ。


「そういえば、好感度アップアイテムの出所がまだ不明だってアビゲイル様から聞きました。ジェイデン様、前に取引があるところに確認するって言ってましたよね。あれって結果出たんですか?」

「ああ。予想通り、うちと取引がある工房にエヴァーミントを持ち込んだ少女はいなかった。珍しい素材だからな。それと引き換えに『好感度アップアイテム』を作れなんていうのは、かなり印象に残るだろう。まあ、ブライアウッド嬢の証言を信じるなら、向こうから『好感度アップアイテム』を作らせてほしいと声をかけてきたそうだが」


 声をかけられたのは、学校帰りだという。王都の治安はいい。高位貴族はまだしも、下位貴族の中には、歩いて登下校する者も多いので、シェリーが特別なわけではない。


「そうなんですか……」

「どうした。納得がいかない顔をしているが」


 私はちょっとひっかかったことを素直に口にしてみることにした。ジェイデン様なら、どんな些細なこともきちんと受け止めてくれるとわかっているから。


「ブライアウッド様に声をかけてきたっていう話ですが、彼女が『好感度アップアイテム』を求めていること、どこで知ったんでしょう? ジェイデン様の調査結果を聞く限り、魔法道具屋を手当たり次第訪ねていたのが噂になって……というわけでもなさそうですし」

「言われてみれば……そうだな。どこで知ったんだ?」


 ジェイデン様が顎に手を当て思案する。


「カリストに話をしてみるか。ちょっとした思いつきでも教えてくれと言っていたから」


 洗脳の魔法道具を作った人間は、捕まえないといけない。


「はい」


 ちょうど馬車が工房に到着した。

「レイゾウコ」廉価版については、私の手は離れている。たまに意見を聞かれて答えはするけれど。あと数ヶ月で発売にこぎ着けることができるだろう。


 私は、というと、この前作った洗脳魔法解除の魔法道具について、王宮に提出するための仕様書を書いていた。洗脳魔法についての対抗策はたくさんあった方がいい。洗脳魔法度ごとに対処は違うのだけれど、過去の情報は蓄積しておきたい、と王太子殿下から頼まれたのだ。

 魔法道具開発で仕様書はよく書いているので慣れた作業なのだけれど、王宮に提出するものだと思ってしまうと、どうしても緊張する。

 いろいろ考えてしまって、作業は進んでいなかった。


「エレイン。まだ書いていたのか?」


 私が机の前でうんうんうなっていると、作業内容を知っているジェイデン様が覗き込んでいる。


「珍しい。君ならぱぱっと書ける内容だろうに」

「王宮に出すものですから、そんないつもと同じレベルでいいわけないじゃないですか」

「そうか? 量産するわけじゃないから、情報さえわかれば問題ない」

「王宮慣れしてる人の言葉ですよそれは」

「そんなに大変なら、僕が変わるか? 提出資料作成は慣れてる」


 ぐらり、とジェイデン様の申し出に揺らぐ自分がいる。が、その誘惑を振り切って、ぶんぶんと首を振った。


「大丈夫です。私がやります。私の仕事ですから。甘やかさないでください」

「甘やかしたいと言ったら?」


 なんとなく含みのあるトーンで言われて、私はドキリとしてしまった。

 ジェイデン様の方に視線を向けると、紫色の瞳が私を見ていた。楽しそうに口角が上にあがったのを私は見逃さなかった。


「って、私を惑わせないでください! 楽しんでますよね」

「さあ。まあ、冗談は別として、だ。君が詰まっているのは事実だろう? 王宮向けの書類だからってそんなに緊張する必要はない。僕が相談に乗った方がよさそうだとは思っている」

「それは……その、お願いします」


 私は素直に甘えることにした。

 勉強を教わったときにも思ったけれど、ジェイデン様の指導は的確だ。おかげで悩んでいたのが嘘みたいにあっという間に書類作成が終わった。一人で抱え込むな、というお説教もついていたけれど、これに関してはジェイデン様の言うとおりなので私は甘んじて受け入れるしかない。ジェイデン様の部下になる方は幸せだわ。





 と、こんな風に平穏に日々は過ぎていく、はずだった。

 急転直下の出来事が起きるのは、夏休み直前のことだった。







 小さなうなり声を上げて目を覚ますと、薄暗い天井が目に飛び込んできた。

 私は寝転がったまま、緩慢に首だけを動かして周囲を観察する。


 薄暗いのは、単純にそろそろ日が暮れる時間だからのようだ。小綺麗な宿の一室と言った風情の部屋。もちろん、私の知らない場所だ。ここはどこだろう。

 どうやら私はベッドの上に寝かされているらしい。服は制服のままだ。ブラウスはともかく、プリーツスカートはしわになると面倒なんだけどな、と思ったところで、ずきりと頭が痛んで顔をしかめた。


 えっと、これはどういうこと?

 頭の中に薄いもやが一枚はったような感じがして、うまく考えがまとまらない。

 それでも出来事を振り返る。

 放課後。ジェイデン様との待ち合わせの場所へ向かって……途中でぷっつりと記憶が途絶えている。そうだ。誰かになんか変な薬みたいなのを後ろから嗅がされたんだ。

 ――つまり何者かに拉致された?


 私なんて拉致しても価値は――ないわけではない。

 アルセナルト伯爵家というよりも、フィオレッタ商会関連だ。飛ぶ鳥落とす勢いの商会には敵が多い。仕方のない話だ。


 はてさて。どうしよう。鞄は……この部屋にはないみたい。鞄があれば護身用の魔法道具が入っていたのだけれど。護身用の道具は、とっさに使えないと意味がないと、今日学びました。無事に戻れたら改めて作り直そう。

 ジェイデン様に心配かけているだろうなあ。早くなんとかしないと。

 薬の影響なのか、重だるい身体を無理矢理起こす。幸いなことに身体は拘束されていないようだけれど、なんだか動くのが億劫だ。

 どこかぼんやりしたままベッドに座って、少しでも何か出来ることはないか。そう考えていると。

 ガチャリと部屋の扉が開いた。



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