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第11話 好感度アップアイテムは犯罪です

「エレイン」


 数日後の放課後。ちょうど校舎を出るところで、ジェイデン様と鉢合わせをした。まあ、同じ建物から同じ場所を目指すのだから、たまにはこんなこともある。

 珍しいのは、隣に王太子殿下がいらっしゃったことだろう。


「なんで、そんな『しまった!』みたいな顔をしているんだ。君は」

「え? ジェイデン様の気のせいですよ」


 私は笑ってごまかす。


「ジェイデン様は――」


 私はジェイデン様の隣にいる王太子殿下に視線をちらりと向ける。これだけでジェイデン様は察してくれたらしい。


「ああ。途中まで一緒に帰るところだった」

「そうですか。では邪魔をしては悪いので――」


 そそくさと去ろうとすると、がっしりとジェイデン様に腕を掴まれる。


「どうして同じところへ向かうのに逃げる必要があるのかな?」


 にっこり。

 私は露骨に視線を泳がせた。


「いや、その王太子殿下との時間を邪魔するのは悪いかな、と」

「なんだか妙な言い回しはやめてもらおうか?」

「――遠慮はしなくていいよ。アルセナルト伯爵令嬢」


 王太子殿下が鷹揚に微笑んだ。


「どう考えてもジェイデンにとって邪魔なのは私だから、私が去ろう」


 ちょっと待って。王太子殿下を追い出す女になってしまうの私。そもそも何故王太子殿下が邪魔なの?

 私は大きく首を振りながら言った。


「いえいえいえいえいえ。とんでもないです。えっと、その三人で!」


 ちょっと何を言ったのか自分でもよくわからない。まあ、それくらい混乱していたということにしてほしい。





 ということで。数分後。私は何故か王太子殿下と立ち話をしていた。

 王太子殿下の隣にはジェイデン様が立っているけれど、呆れたような機嫌が悪いような、そんな顔をしている。

 いや、話は単純。私と王太子殿下の話が、変に盛り上がってしまっただけだ。


 私と王太子殿下には、アビゲイル様という共通の知り合いがいる。そして、二人ともアビゲイル様のことが大好きなのだ。

 アビゲイル様がいかに素晴らしい女性か、という点で、私と王太子殿下は話が合った。

 最初はちょっと王太子殿下相手に引け目があったはずなのに、いつの間にか普通に話せるようになっていた。恐るべし、アビゲイル様効果。


「そうか。アビゲイルがそんなことを言っていたんだね」


 アビゲイル様が目指したい庶民にも手が届く「レイゾウコ」の話をしたら、王太子殿下はえらく感激していた。


「貴族のみならず、誰でも便利に暮らせたらいいっておっしゃってました」


 大好きなアビゲイル様のことならいくらでも話せる私だ。


「……カリスト。いい加減に……」

「カリスト様!」


 ジェイデン様の声が甲高い女子生徒の声にかき消される。


「ジェイデン様も!」


 王太子殿下とジェイデン様が振り返る。二人の間から、シェリーが一人でこちらへ駆け寄ってくるところが見えた。

 これは、私は関わらない方がよさそうだ。私はジェイデン様の陰になるように隠れる。

 シェリーはジェイデン様と王太子殿下ばかりにかまうはずだ。そう思いたい。

 これも日課の挨拶なのだろうか。まだ彼らは好感度が少し上がった芝居を続けているはず。


 アビゲイル様から聞いたのだけれど、ゲームでは、ある程度好感度が上がらないとハンカチは受け取ってもらえない設定なのだという。


「今日はお二人にプレゼントを持ってきたんです!」


 にこにことシェリーが笑顔で言う。

 私たち三人の間で緊張が走った。だって、シェリーが持ってくるプレゼントはつまり、洗脳の魔法道具の可能性が高いから。


「ジェイデン様? どうかしました?」


 雰囲気を感じ取ったらしいシェリーが小首をかしげる。ジェイデン様は小さく首を振った。


「いや、何でもない。それでプレゼントとは?」

「あ。はい」


 ごそごそとシェリーが制服のポケットをあさる。


「ジェイデン様。カリスト様。プレゼントのペンです!」


 満面の笑み浮かべたシェリーは、ジェイデン様には紫色、王太子殿下には青色の包みを渡した。

 私の言った言葉は、彼女に何一つ響いていない。


 だって、シェリーにはしっかりと好感度アップアイテムは犯罪だ、と教えたのだ。いや、彼女の心に届いている気は全くしなかったけれど。

 おそらく、ペンも好感度アップアイテムなのだろう。

 ジェイデン様も王太子殿下も、十分対策はしている。洗脳なんてされないはずだとわかっていても、少し緊張してしまう。


「ありがとう。ブライアウッド嬢」

「ありがとう」


 二人に礼を言われて、シェリーは恥ずかしそうに微笑んだ。


「どういたしまして。では私は……」

「待ってほしい。ブライアウッド嬢」


 くるりときびすを返そうとするシェリーを呼び止めたのは、ジェイデン様だった。


「え?」


 おそらくジェイデン様がこのような態度を取ったのは初めてなのだろう。シェリーがぽっと頬を赤らめる。


「何でしょうか。ジェイデン様」


 どこか期待値に満ちた表情で、ジェイデン様を見つめるシェリー。が、その表情が、次の瞬間、びしっと固まった。


「ブライアウッド嬢。君が今僕にくれたプレゼント。君は、これが違法な物だとは知っているか?」


 心の底から震え上がってしまいそうな恐ろしい声で、ジェイデン様が言った。







 ジェイデン様の背後に隠れている私からは、ジェイデン様の顔は見えない。有無を言わせない迫力を持つ笑顔を浮かべているんだろうか。それとも。


「な……にを……」


 シェリーはおそらく笑い飛ばしたいのだろう。しかし声が震えている。翡翠色の瞳が大きく見開かれていた。


「いや、知らないとは言わせない。好感度アップアイテムの危険性は、エレインが何度か君に教えたはずだ。僕も聞いている。だろう。エレイン」


 いきなりジェイデン様が私に話を振ってきて、私は驚いた。

 そして、こちらを見たジェイデン様は、笑顔すら浮かべていなかった。

 本音を笑顔で隠す人だと思っていた。だから、機嫌が悪いときほど笑顔を浮かべるし、あまり親しくない人ほどとびきりの笑顔で接する。


 けれど、今のジェイデン様は、強いて言うならば無だった。

 顔立ちが整っているだけに、非常に迫力がある。それなりに付き合いが長い私でも、こんなジェイデン様は見たことがなかった。

 おそらく、それくらいシェリーに対して頭にきているのだろう。


 ジェイデン様の呼びかけて初めて私の存在に気づいたシェリーが、私に憎々しげな視線を向ける。

 私は腹をくくって、ジェイデン様の隣に立った。

 大丈夫。隣にジェイデン様がいるのだ。悪いことは起こらない。


「その通り、ブライアウッド様が好感度アップアイテムと仰っているものは、魅了魔法、もしくは洗脳魔法に分類される魔法がかかっていますので、所持しているだけでも捕まる可能性があります。それこそ、王太子殿下に使ったとなると、最悪、国家反逆罪で死罪もあり得ます」


 私はなるべく淡々と感情がこもらないように話す。


「な、何言っているの。国家反逆罪? そんなわけじゃないじゃない」


 シェリーの声がわずかに震えている。


「エレインの言っていることは大げさではないよ。ブライアウッド嬢。仮にカリストを洗脳した場合だが、悪いことをしていないから、では済まない。王太子を洗脳したという事実が重いんだ。王太子を操って国を意のままに動かそうと考えていると思われても不思議ではないのはわかるだろう?」

「違う……。私は洗脳なんかしていないわ。エレインが嫉妬して勝手なことを言っているだけよ」

「エレインが君に嫉妬する理由は塵一つないと思うが……まあいい。君が否定しても証拠は残っている」


 ジェイデン様がきっぱりと言い切った。その口調には慈悲の一つも感じられない。


「君がこの前僕にくれたハンカチは、洗脳魔法がかかっていることが判明している。君が僕にハンカチを渡していた姿は、多くの生徒が目撃しているはずだ。証言してくれる生徒も多いだろう」

「でも、ジェイデン様は洗脳なんてされていないじゃない」

「それは、洗脳の効果がないからじゃない。洗脳魔法の可能性が高いことを知っていたから、細心の注意を払ったんだ」

「嘘よ。だって、好感度は上がって……」

「悪いが、君に対して好感を持った覚えは一度もない」


 ジェイデン様はきっぱりと断言した。


「そもそも、初対面でいきなり名前を呼んできて、何度注意しても全く耳を貸さない令嬢のどこに好感を持つと言うんだ?」

「なに、それ。だって、態度は変わって……」


 シェリーの顔が恐ろしいほど真っ青になっていく。


「ゲームの僕がとるという態度を真似ただけだ」


 この言葉に、シェリーの顔が化け物のように歪んだ。


「エレイン! あなたね! 余計なことを言ったのは」


 顔を真っ赤にしたシェリーが私につかみかかろうとしてくる。私は思わず後ずさる。魔法道具オタクの私は、腕っ節に自信などあるわけがない。

 間に入ってくれたのは、ジェイデン様だった。

 文官志望とはいえ、高位貴族の令息である彼は、それなりに武術もたしなんでいる。軽い調子で彼女の腕をひねり上げた。そして、すぐにぱっと離す。


「エレインを傷つけることは許さない」


 ジェイデン様は低い声で言うと、私を守るように前に立った。


「なんで? 私がヒロインなのに。何でモブをかばうのよ!」


 シェリーがわめく。ただ、流石にジェイデン様には適わないことが身にしみたのだろう。暴力に訴えようとはしてこない。


 ――ああ。この人にとっては、私たちはあくまでゲームの登場人物に過ぎないのだろう。


『彼女にとっては、本当にここはゲームの世界なのね。ここは現実。攻略対象にだって、もちろんエレインにだって、意志はあるのに』


 この前、アビゲイル様がぽつりと呟いた言葉が私の脳裏によみがえる。

 私はどこかむなしい気持ちになりながら、シェリーを静かに見つめた。


「ブライアウッド様。あなたにとって、ここは『ゲーム』の世界なのかもしれません。でも、私もジェイデン様も王太子殿下も、みんなそれぞれ意志を持った人間なんです。あなたの思い通りに動くわけがないじゃないですか」


 でも、たぶん、この言葉はシェリーには届かないのだろう。わかっていても言わずにはいられなかった。


「知らないわ。私はヒロインなのよ。あんたが邪魔しなければ、きっと今頃順調に逆ハールートをたどれていたのに」

「洗脳した人にちやほやされて、楽しいですか? 全然意味がわかりません」

「はあ? あんたに何が……」


 再びシェリーが激高する。しまった、と思ったとき、パンパンと王太子殿下が手を叩いた。


「そこまでだ。シェリー・ブライアウッド男爵令嬢」


 いつの間にか、制服を着た騎士が二人、現れていた。王太子殿下の護衛なのかもしれない。

 あっという間にシェリーをがっちりと拘束してしまう。


「君には王宮で聞きたいことがたっぷりとある。正直に話してもらえるのであれば、極刑は回避できるように尽力しよう」

「きょ、極刑ってなによ。私はゲームの通りに攻略を」

「さっきジェイデンも言っただろう。私に洗脳の魔法道具を渡した時点で、知らなかった、では済まされないんだ」


 ため息交じりに王太子殿下に言われて、シェリーの顔がみるみる蒼白になっていく。

 ようやく状況を理解し始めたということころだろうか。


「ジェイデン。あとは任せてほしい」

「ああ。悪い」


 王太子殿下が手を動かすと、騎士がシェリーを拘束したまま歩き出す。


「なによ、それ。私は大好きなフェル学で逆ハールートに入りたかっただけなのに……」


 呆然とシェリーが呟いた。

 あっけない終わりだった。


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