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第10話 それを彼女は知らない

「エレインが転生者?」


 工房へ向かう馬車の中。ジェイデン様が目を丸くしている。私はため息をついた。


「ブライアウッド様はそう思っているみたいです。アビゲイル様がそうだと知られるよりはマシなので、否定も肯定もしませんでしたが」

「ああ。そちらの方がいいだろう。だが、何故? アイテム作りを断ったからか?」

「それもありますけど、一番の原因はジェイデン様ですよ」


 じと目を向けると、ジェイデン様がきょとんとした顔をした。


「僕?」

「チョロいはずのジェイデン様の好感度がなかなか上がらなかったから、側にいることが多かった私が原因だって思われたみたいです」

「なるほど」

「王太子殿下よりジェイデン様の難易度が高いなんておかしい、って文句言っていましたよ」


 ははははは、とジェイデン様が声を上げて笑った。


「そうか。カリストよりか」

「笑い事じゃないですよ。――ブライアウッド様がジェイデン様に好感度アップアイテムを贈った、みたいなことを言ってましたが本当ですか?」

「ああ」


 ジェイデン様は黒革の鞄から、透明な袋を取り出した。魔封じの加工がされたその中には紫色のラインの入ったハンカチが入っている。王太子殿下がもらっていたハンカチの色違いだ。


「サンプルがほしかったから、手に入れたんだ。カリストのハンカチ話をちらつかせたら簡単に手に入ったよ。のちのち証拠にもなるだろう?」


 ジェイデン様が人の悪い笑みを浮かべた。私は小さく息をつく。


「ブライアウッド様は、ハンカチを上げたことでジェイデン様の好感度爆上がりを期待しているみたいですよ。私に謎の勝利宣言をしにきたくらいなんですから。やはり洗脳魔法を使っている自覚は全然ありませんでした」


「まあ、そうだろうな。洗脳魔法について正しく理解していたら、堂々と他の生徒がいる前で僕にハンカチを渡したりしないだろう」


 あ。この人、確実にシェリーを追い詰めるつもりだ、と私は思った。みんなのいる前で受け取ったって要するに証人を作ったってことですよね。ジェイデン様がうまく誘導したのだろう。

 つくづく敵に回したくない人だ。


「ジェイデン様の好感度が上がった、とも言ってましたが」

「ああ。それは演技だよ。アビーに、僕が好感度があがったときの接し方を聞いたんだ。笑顔をやめればいいらしい。もうしばらくはそうやって接してみようと思う」


 ジェイデン様は人当たりがいいので、そのほか大勢にはいつもにこやかに接している。笑顔をやめることで、特別感を演出するのだろう。たぶん。

 演技という言葉に私はほっとした。


「要するに、ブライアウッド様に好感度が上がっているように見せかけたってことですか」

「そういうこと。ちなみにカリストも同じく。少しでも情報を引き出しておくには、うまくいっているように見せかけた方がいいだろう?」

「よく殿下がよしとしましたね」


 アビゲイル様大好きなのに、他の女性に好意があるよう見せかけるのだ。


「流石に重大事態は見過ごせないのと、好意的といっても別にベタベタするわけじゃない。普通に受け答えするだけだからな。アビーも納得したし。それでエレインは?」

「え?」


 急に話を振られて戸惑った。紫色の双眸が、私の様子をうかがうようにこちらに向けられている。


「僕がブライアウッド嬢に好意があるフリをするのをどう思う?」

「ジェイデン様なら、完璧に仕事をこなせると思います」


 私が大真面目に答えると、ジェイデン様は少し困ったように微笑んだ。


「うーん。まあ、予想通りか」


 ちなみに、ジェイデン様が手に入れたハンカチは、洗脳魔法研究に大いに役立ってくれた。

 使われている洗脳魔法は、予想通り王太子殿下のハンカチに使われていた物とそう変わらない。効果の隠し方の稚拙さ含めて、おそらく同じ人間が作った物だろう。

 予想はしていたけれど、洗脳魔法がほぼ同じだったことで、この方向で開発を進めていいという自信にもなった。


 そしてジェイデン様、実はシェリーから一緒にラベンダーティーの茶葉までもらっていたらしい。こちらもありがたく解析してもらった。

 予想通り、ラベンターティーには魅了の効果がかかっていた。こちらについては、魔法回路と違い調合がよく考えられている。落差が激しい。

 やはり、この魔法道具を手がけたのは、昔ながらの魔法道具職人の可能性が高そうだ。







 私とジェイデン様は、休日も工房に通って、洗脳解除の魔法道具作成を進めた。

 月末は定期試験の勉強とも並行しなくちゃだったから大変だった。

 今月はボロボロでもいい、と覚悟していたんだけど、成績トップクラスのジェイデン様に勉強を教えてもらったせいか、むしろギリギリとは言え初めて学術で名前が載ってびっくりした。


 まあ、もっと驚いたのは、シェリーが魔法のみならず、教養と運動でも十番台後半に名前を載せていたことだけど。

 運動は百歩譲っていいとして、教養? あれで?


 シェリーは、相変わらず三人を侍らせて「あなたたちのおかげよありがとう」とやっていた。

 もちろん、王太子殿下とジェイデン様にも突撃していた。ジェイデン様たちの演技はシェリーをうまくだませているらしく、シェリーは少し離れたところにいた私に勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 そして七月に入ってすぐ。

 ついに、私とジェイデン様は洗脳解除の魔法道具を完成させた。







「エレイン! ちょっと! どういうことなのよ!」


 昼休み。アビゲイル様とともに中庭で食事を取っていた私に、シェリーが突撃してきた。

 ちょうど最後のクロワッサンサンドを食べたところでよかった、と心底思う。ちなみに今日私が売店で買ったのは、卵とほうれん草のソテーのサンドだ。バター香るクロワッサンと相性抜群。と、話がずれた。

 どうやらシェリーは必死で私を探していたらしく、ピンク色の髪の毛が若干ほつれている。走っていたせいなのか、顔も真っ赤だ。

 そして特筆すべきは、後ろに侍らせていた男子生徒三人がいないということ。昼休みであれば、彼らはシェリーの後ろにぴったりとはり付いていたのに。


「私に何か用でしょうか?」


 正直なところ、だいたい予想はつく。


「しらばっくれないで。グレイグとカイルとレオンに何かしたのはあなたたちでしょう?」


 ――やっぱり。


「何もしていませんが」


 私はしれっと答える。嘘ではない。表立って動いたのは王太子殿下だから。

 洗脳解除の魔法道具が完成したのは五日ほど前のことだ。といっても、あくまで理論上。

 いくら手元にジェイデン様が手に入れた洗脳ハンカチがあるからといって、テストのために洗脳魔法に身を委ねるわけにはいかない(冗談で言ったら、ジェイデン様にものすごく剣幕で止められた上に、本気で怒られたので反省している)。三人のうち、王太子殿下と一番近い関係であるカイル・ドラクモンド辺境伯令息に協力してもらうことにした。新しく開発した「気分がすっきりする」魔法道具の治験に開発してほしい、と。

 結果は見事に洗脳解除成功。


 自分が洗脳されたと聞かされたドラクモンド辺境伯令息は、顔を真っ青にしていたそうだ。ちなみに、洗脳されていたときのことは、ぼんやりとしか覚えていないらしい。ある意味幸いだろう。

 有用性が証明されたので、残りの二人、ピアソン伯爵令息とシルヴァラン侯爵令息も洗脳を解除した。

 二ヶ月くらい洗脳されていたことになるので、大事をとって安静にしてもらい様子を見ることになった。経過観察ののち、大した後遺症もなさそうなので学校に通っていいよ、という太鼓判が医師から出たのが昨日のことだと聞く。


 今日から三人とも学校に復帰したのだろう。

 だが、洗脳が解かれた彼らは、シェリーをちやほやすることはない。

 その原因をシェリーは私に求めたのだ。


「嘘を言わないで。せっかく学校に復帰したから、こちらから話しかけてあげたのに、グレイグもカイルもレオンも迷惑そうな顔しかしないのよ。カイルにいたっては途中から無視されたわ。絶対、あなたの差し金よね。好感度を上げるアイテムが作れるのなら、下げるアイテムだって作れるはずだわ」

「人の精神に関わる魔法は我が国では犯罪です。場合によっては死罪です。そんなものは作っていません」


 彼女にとって、洗脳を解く魔法道具は、好感度を下げるアイテムに入るのかもしれないけど。


「嘘をつかないで。ゲームでそんな物を作れるのは、あんたしか考えられないもの! ジェイデンを取られた腹いせでしょう!」


 どうやら、シェリーは、三人が冷たくなった(実際は正気に戻ったが正しい)のは、私のせいだと結論づけてしまっているらしい。

 まあ、当たらずともいえど遠からずなんだけど、このままずっと相手をしているわけにもいかない。はてさてどうしたものか。


「――ブライアウッド男爵令嬢。あなた、言いがかりが過ぎるのではなくて?」


 口を開いたのは、ずっと私の隣で黙って見守ってくれていたアビゲイル様だ。

 紫色の瞳を、シェリーにまっすぐ向けている。


「悪役令嬢アビゲイル・ヴァレフォード……」

「ご存じないようなので教えて差し上げるわね。ピアソン伯爵令息、ドラクモンド辺境伯令息、シルヴァラン侯爵令息の三人は、何者かに洗脳魔法をかけられていたの。エレインは魔法道具の知見を買われて、その治療に協力しただけよ。あなたに言いがかりをつけられるようなことはしていないわ」

「だからなんだっていうのよ」


 威嚇してくるシェリーに、アビゲイル様が小さく息を吐く。


「あなたのそばにいた三人が、洗脳魔法をかけられていた。そう聞いて、あなたは何か思うところがないの?」

「ないわ。私は何も悪いことをしていないもの」


 清々しいくらい気持ちよくシェリーは言い切った。


「あなたが殿下たちに差し上げたハンカチが、強力な洗脳の魔法道具だった、と言っても?」

「そんなの知らないわよ。私は好感度アップアイテムを使っただけだもの!」

「その好感度アップアイテムなるものが、危険なものなんです。犯罪になるんです。私、何度かそう言いましたよね」


 私は思わず口を挟むと、シェリーがにらみつけてくる。でも、ひるんじゃいけない。


「今からでも遅くありません。正直に好感度アップアイテムの出所を話してもらえれば、まだ情状酌量の余地が――」

「そうやって、私の攻略を邪魔するつもりなんでしょう?」


 シェリーの言葉に私は開いた口が塞がらなかった。


「モブなんだから、これ以上私の邪魔はしないでちょうだい! わかったわね!」


 捨て台詞を残すと、シェリーは憤懣やるかたないといった様子で去って行く。

 私たちは、その後ろ姿をぽかんと見送るしかない。

 好感度アップアイテムがどういうものなのか、本当に彼女は何も考えていないんだ。


「あれはきっとまだ諦めていないですよね」


 私の言葉にアビゲイル様がうなずく。


「そうね。それにしても、彼女にとっては、本当にここはゲームの世界なのね。ここは現実。攻略対象にだって、もちろんエレインにだって、意志はあるのに」


 アビゲイル様の呟きが私の胸に残った。




 証拠は揃っている。

 シェリーが捕まるのは時間の問題なのだ。それを彼女は知らない。

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