第9話 私は転生者ではありません
「――洗脳魔法、か」
放課後。昨日通されたのと同じ部屋。ただし、今日は私たちの他にアビゲイル様もいる。ただ、深刻な話のため、王太子殿下のデレ度は低い。
昨日のうちに、王太子殿下にもアビゲイル様にも、魔法道具の鑑定結果は伝えてある。
「ああ。それに、今日、僕とエレインでカイルたちの様子を確認したんだが、三人とも既に洗脳されているな。特にシェリーの名に反応していた」
ジェイデン様が確認結果を話す。
シェリーの後ろにいる三人だけれど、彼らは学年がバラバラなので四六時中シェリーと一緒にいるわけではない。
朝や休み時間、彼らが一人でいるところを狙って、ジェイデン様と二人で声をかけたのだ。私一人だったら相手にされなかったかもしれないけれど、そこは公爵令息で王太子の右腕予定のジェイデン様がいる。人当たりがいいこともあって、確認は驚くほどスムーズに進んだ。
近くで会話を交わして、洗脳の証しである虹彩に補色がちらつくことを確認する。
もう少しで自分も彼らと同じようになるところだったと自覚しているのだろう。殿下はぞくりと身体を震わせた。
殿下はその手腕を期待されているけれど、一部貴族の税制優遇などの既得権も問題視していて、敵もそれなりに多い。洗脳された、なんて知られたら、喜々として王太子の座から引きずり下ろそうとする者が出てくるだろう。
「ピアソン伯爵は、王宮魔法使いの重鎮だ。カイルの家は国の要所を守っている性格上、王立軍に次ぐ規模の軍を抱えている。シルヴァラン侯爵家は事業の幅が広い。どこもあまり敵には回したくない家だね」
王太子殿下が淡々と話す。表情があまり変わっていないけれど、状況を危惧しているのは確かなようだ。
「一体、ブライアウッド男爵令嬢は何を考えているんだろう」
「たぶん、何も考えていないかと」
王太子殿下の嘆きをばっさり切ったのはアビゲイル様だった。
「お兄様やエレインの証言より、ブライアウッド男爵令嬢もおそらく私と同じ転生者――前世の記憶持ちです。彼女は乙女ゲームのヒロインですから、それこそゲームのように攻略対象を攻略しているだけかと。好感度アップアイテムだって、どのような代物かも考えずに使っている可能性が高いですわ」
アビゲイル様の言葉には、妙な説得力がある。
シェリーから攻略対象と仲良くしたい、という欲は感じるけれど、この国で権力を持つ家の子息を操って国を手に入れたい、みたいな野望はない気がする。
「だったら、何故、攻略対象を三人も侍らせる必要があるんだい? それに、私やジェイデンのこともまだ諦めていないようだよ」
王太子殿下の疑問はしごくもっともだ。
「たぶん、彼女は逆ハールートを目指しているんでしょう」
「「逆ハールート?」」
王太子殿下とジェイデン様の声が重なる。
「その名の通り、逆ハーレム――要するに攻略対象全員から恋愛感情を向けてもらうエンドのことですわ」
アビゲイル様の説明を、王太子殿下とジェイデン様が信じられないと言った顔で聞いている。私も同感だ。
「私は趣味ではないですが、逆ハーエンドじゃないと回収できないスチルがあったので、挑戦はしました。難易度が高いので、ときめきとは別にやりこみとしてしばりを設けてプレイしている人もいたくらいです」
アビゲイル様の言っている言葉の意味が全然わからない。
「逆ハールートで大事なのは、学校がある日は毎日一回は必ず攻略対象に話しかけること。あとは、早めに少なくとも三人、キャラの好感度を上げておくこと。これはパラメータ上げのためです。好感度が上がれば上がるほど、対応するパラメータの上がりがよくなるので」
五月のテストで、シェリーが魔法の成績を上げていたのは、魔法に対応するピアソン伯爵令息の好感度を上げていたからだろう、とアビゲイル様は言う。
「逆ハールートのエンディングってどんなエンディングなんですか?」
「立派なレディになったヒロインが、五人の貴公子から言い寄られて誰も選べない困っちゃうって感じかしら。明確に誰かとくっつくわけではないの。みんなにちやほやされて終わり」
私の質問にアビゲイル様が答えてくれた――けど、何がいいのかさっぱり理解できない。
「ただ、逆ハールートって言っても、エンディング近く――つまり三月まで専用イベントは出てこないから、それまでは各個人と一対一のイベントを進めるのよ。――あんなふうに男子生徒を従えて学内を闊歩するなんていうのはなかったわ。まあ、彼女は、攻略対象がちやほやしてくれるって喜んでいるみたいだけど」
「不気味な光景だと思っていたが、彼らが洗脳されていたと考えるなら、納得がいくな」
ジェイデン様が独りごちる。
洗脳に気づかなかったのは、まさか洗脳魔法が出てくるとは誰も思っていなかったから。よく観察していたら気づいたのかもしれないけど、近づきたくなかったからね……。
はあ、と王太子殿下が大きなため息をついた。
「問題はブライアウッド男爵令嬢をどうするかだ。彼女が洗脳魔法を使っていた証拠も手元にある。本来なら、彼女を捕縛して裏にいる人間を調べるべきなんだが」
王太子殿下が言葉を濁す。懸案している内容は推測できる。
三人は既に洗脳されているのだ。シェリーが捕縛されることについて、抵抗しないわけがない。それは三人の有望な若者の芽を潰すことにもつながりかねない。
そのためにやらなければならないことは一つ。
私は、ずっと考えていたことがあった。
ぎゅっと膝の上に置いた拳を握ると、私は顔を上げた。
「その、私に、洗脳魔法を解くアイテムを作らせてもらえませんか? おそらく、あの三人にかかっている洗脳魔法も、殿下に送られたハンカチの魔法と基本は同じだと思うんです」
稚拙な魔法回路しか作れない人間が、ハンカチごとに洗脳魔法を変えるとは思えない。彼らの反応を見る限り、虹彩がちらつく状況もそのパターンが似ていた。
私の申し出に、王太子殿下、ジェイデン様、そしてアビゲイル様の視線が集まる。
残念ながら洗脳魔法を解く汎用的な魔法も魔法道具も存在しない。かけられている洗脳魔法を解析して、専用の道具を作る、というのが基本だ。
「あの三人をこのままにしておくわけにはいきません。それに、魔法道具を作る者として、洗脳魔法が仕込まれた魔法道具は許せないんです」
しかも、その魔法道具は私が作っていたかもしれないものだ。
「――いいんじゃないか。僕も手伝うよ」
そう言ったのはジェイデン様だった。
私はジェイデン様の顔を思わず見つめてしまった。
余計なことに首を突っ込むな、とかそういうことを言われるかと思ったのに。
驚きが表情に出てしまっていたのだろう。ジェイデン様が軽く顔をしかめる。
「それとも、僕の手伝いはいらないか?」
私はぶんぶんと首を振る。
「とんでもない。とても、心強いです」
ジェイデン様がふわりとほどけるように笑った。
「いいだろう。カリスト」
ジェイデン様が王太子殿下の方を見ると、殿下はうなずいた。
「フィオレッタ商会は、魔法回路に関してはフェルネア一だ。依頼するには一番ふさわしいところだよ。――ただ、ブライアウッド男爵令嬢が何も考えていない可能性が高いとはいえ、あまり悠長に待っていられる状況ではない。それもわかってほしい」
「わかりました」
――猶予は一ヶ月程度だろうか。夏休み前にはなんとかしておきたいところだ。
その日から、私とジェイデン様の洗脳を解く魔法道具作りが始まった。
「エレイン。ちょっといい?」
シェリーに声をかけられたのは、放課後、ジェイデン様との待ち合わせ場所に向かっている最中のことだった。
ジェイデン様と共に、洗脳を解く魔法道具に着手して十日弱。
洗脳を解くと一口で言っても、そう簡単なものではない。そもそも簡単に解けてしまったら洗脳ではないからだ。それに解き方に無理があった場合、後遺症をもたらし長期間の療養を余儀なくされることもある。
幸い、作成者が魔法回路慣れしていなかったおかげで、仕込まれた洗脳魔法はそれほど強力ではなかった。
ジェイデン様と二人、あーだこーだと首をひねりつつ、案を出す時間は大変だけれど、とても楽しい。こんなことを言ったら不謹慎だろうか。
状況は切羽詰まっているようなものなのに、私の気分は高揚していたのだけれど。
――まさか、再びシェリーに声をかけられるときが来るとは思っていなかった。
校舎の玄関を出てすぐの場所。
シェリーの後ろには、洗脳された三人は一列になって控えている。目の虹彩がおかしいことがわかる距離ではないけれど、どこか異様な雰囲気を感じてしまうのは、彼らが洗脳されていることを知ってしまったからだろう。
「何でしょうか。ブライアウッド様」
魔法道具を作らないと断り続けていたら、そのうち話しかけてくるのをやめたのは向こうだ。それどころか、最近はあからさまに存在を無視されていたように思うのだけれど。
「ふふ。今日は勝ちを宣言しに来たのよ」
口角をあげる彼女は微笑みだけ見れば可憐に見える。
「私は何もあなたと勝負していた覚えはありませんが……」
「あなた、転生者なんでしょう?」
「――へ?」
転生者。そういえば以前アビゲイル様が使っていたことがある単語だ。確か、アビゲイル様のように前世の記憶を持つ人のことのはず。
私がそれに間違えられている?
私の戸惑いを、シェリーはばれたが故の動揺とでも取ったのか、にんまりと笑った。
「おかしいと思ったの。アイテム作成係のはずのあなたが、アイテム作るのを断ってくるし、ジェイデンと一緒にいるし。しかも、本来チョロいはずのジェイデンの好感度がなかなか上がらないんだもの。カリストより難易度の高いジェイデンって何よそれ」
アイテム作成係を断ったのは私の意志ですが、ジェイデン様の好感度が上がらなかったことに私は関係ありません。
そもそも、生身の人間に対して、チョロいとか攻略とか失礼ではないだろうか。
「モブなりに頑張ってジェイデンを攻略したつもりだったんでしょう? 残念だったわね」
どうやら、完全にシェリーは私が転生者だと思い込んでいるようだ。
まあ、アビゲイル様がそうなのだと教えて上げる義理もない。
「どういうことですか?」
私が尋ねると、待ってましたとばかりにシェリーが口を開く。
「ようやくジェイデンがプレゼントをもらってくれるようになったのよ。これでようやく本格的に好感度を上げられるわ」
――シェリーがジェイデン様にプレゼント――好感度アップアイテムを贈った?
ジェイデン様がそう易々と洗脳されるとは思わない。でも、なんとなく心の底がざわつく。
「ブライアウッド様。前も言いましたが、好感度アップアイテムは違法です。魅了魔法も洗脳魔法も、我が国では禁止されています」
「はあ? 何を言っているの? 私が使っているのはヒロインだけが使える好感度アップアイテムよ。違法な品物じゃないわ」
「ブライアウッド様は、後ろにいる彼らの様子がおかしいと思わないんですか?」
「好感度がマックス状態になっているだけじゃない」
――話が通じない。
「もしかして、ヒロインの私に嫉妬してるの?」
どこか誇らしげにシェリーが笑う。
「いえ。私は用事がありますので、ブライアウッド様の気が済んだのなら、これで失礼します」
私はぺこりと頭を下げると、その場をそそくさと去る。
同じ世界に生きているはずなのに、シェリーのことがとても不気味に思えた。




