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プロローグ

「――ねえ、あなた、魔法道具に興味があるの? だったら、私と一緒に魔法道具を作らない?」


 あの日の出会いが、確実に私の人生を変えた。そう言い切れる。


 王立図書館の隅。十歳の私、エレイン・アルセナルトは、魔法道具の本に夢中になっていた。そんな私に声をかけてくれたのが、金髪紫目の美しい少女――アビゲイル・ヴァレフォード公爵令嬢。

 何故、アビゲイル様が、プロの魔法道具職人ではなく、貧乏伯爵令嬢の私に声をかけたのか。それは今でも謎だ。でも一つ言えるのは、私がアビゲイル様の発想に魅せられ、魔法道具の世界に本格的に飛び込んだということ。


 最初に作ったのは「レイゾウコ」なる食べ物を冷やす不思議な箱。公爵家で大好評。噂は瞬く間に広がり、他の貴族あらも注文が殺到。公爵家の経営するフィオレッタ商会に魔法道具部門ができるきっかけとなった。「レイゾウコ」は今では貴族の屋敷に必ず一台は置いてある。

 そして、十六歳の今、私は、フィオレッタ商会の魔法道具開発主任だ。




 * * *




 たぶん、ここの式をこう変えるとより省魔力で動きそう。

 私は教室の机の上に広げた紙に、カリカリと思いついたことをペンで書き連ねていく。

 放課後。教室に残るのは私一人。

 うーん。でもやっぱりこれだと少し効果も弱くなっちゃうかな。魔力の消費と効果の両立は永遠の課題だわ。


 実は今、商会で「レイゾウコ」の廉価版を計画しているのだ。アビゲイル様はもっと「レイゾウコ」を庶民の間にも広めたいらしい。彼女がそう望むなら、それに応えるのが開発者である私の務め。

 本当は商会の工房に私の研究室があるのだけれど、授業中に良いアイデアを思いついてしまい、メモに残すことにした。そのうちに興が乗ってしまって今に至る。

 この魔法式を考えるのが私の至福の時間だ。趣味と実益を兼ねている。

 そして、自分でいうのもなんだけれど、集中すると私は周りのことがあまり頭に入ってこなくなる。先ほどから何か聞こえてくるような気はしていたけれど、特に気にもせず私は魔法式の組み立てを続けていたのだけれど。


「エレイン・アルセナルト伯爵令嬢!」


 かなり大きな声で名前を呼ばれた。さすがの私も驚いてペンを止める。

 目の前に立っていたのは、見知らぬ黒髪の男子生徒だった。私が通うこの貴族学校――フェルネア王立学園の白いブレザーを着ているから、生徒ではあるのだろう。ネクタイの色は緑色なので、学年は一年生、つまり私と同じだ。


「やっと気づいたか」


 ふん、と鼻息荒く男子生徒が言う。私は軽く眉をひそめた。


「私に何か用でしょうか?」


 見知らぬ生徒から声をかけられるなど、ろくなことじゃない可能性の方が高い。


「どうして俺の申し出を断ったんだ!」

「申し出、ですか?」


 何のことだろう。首をかしげる私に男子生徒はイラッとしたようだ。


「婚約だ! 婚約! 先日俺の家がアルセナルト伯爵家に婚約の申し込みをして断られた! 何故だ!」


 何故だ、と言われましても。

 正直なところ、私は婚約とかそういったものに興味が全くない。

 このフェルネア王国の貴族は、学園に通う三年間で婚約者を見つけるのが一般的だ。


 もっとも私は、十歳の時に参加した王太子殿下のお友達探し(という名の婚約者捜し)のお茶会で、いわゆる貴族令嬢的な社交が無理なんだ、と悟り今に至る。

 商会の開発主任の肩書きを得た今、結婚しなくても一人で生きていける収入はあるし。伯爵家の跡取りは二つ下の弟がいる。

 なので、縁談の類いは両親にすべて任せていた。つまりノータッチ。どんな縁談が来ているのか一切把握していない。


「えっと……」


 何も知らないと正直なことを言えばいいのだろうか。火に油を注ぐ気がする。でも、彼が納得しそうな理由なんて全く思いつかない。そもそも私、あなたの名前も知らないのですが。たぶんクラス違いますよね。問い詰める前に名乗るのが礼儀じゃないでしょうか。

 どうすれば。

 私が目の前の男子生徒の対応を考えあぐねていると、教室の扉が開いた。私は救いを求めるように反射的にそちらに視線を向ける。


「ここにいたんだね。エレイン」


 ――正直微妙だった。状況を変えてくれるのは確かだろうけど、あとでお説教も確実というか。


 にっこりと私に向かって微笑むのは、ジェイデン・ヴァレフォード公爵令息。二年生の赤いネクタイをした彼は、何を隠そうアビゲイル様のお兄様だ。商会の相談役である彼とは、仕事の関係でそれなりに交流がある。


 なんというかまぶしい人だ。見事な金髪というものあるけれど、大陸一の美女と言われた公爵夫人の血を受け継いだ甘めの整った顔立ちとか、神秘的な紫の目とか、洗練された仕草とか、こう彼の持つ雰囲気がきらびやかなのだ。

 そんなジェイデン様は、同じく二年生の王太子殿下と学園で人気を二分している。いや、王太子殿下にはアビゲイル様という婚約者がいるから、婚約者不在の彼の方が人気があるかもしれない。


 ジェイデン様が、私の方に麗しい笑顔を浮かべたまま近づいてくる。正直怖い。


「――業務上の秘密もあるから、教室での魔法式の展開は禁止だと言わなかったかな」

「うっ」


 返す言葉もありません。魔法式、見る人によっては何を開発するかわかってしまうから。

 まあ、それだけじゃなくて、たぶん、私が魔法式を書き始めると周りが見えなくなることを心配しているのだろう。それで何度かやらかしている。


「すみません。アイデアを忘れないうちに書き留めておきたくて」


 私が謝ると、ジェイデン様はやっぱりなと言いたげな顔をした。それから、今さっき気づいたように男子生徒の方に視線を向ける。


「それで、ピアソン伯爵令息はどうしたんだい?」


 どうやら婚約を申し込んできた男子生徒は、ピアソン伯爵令息というらしい。

 穏やかに尋ねたジェイデン様に対して、ピアソン伯爵令息は言葉に詰まっている。

 私に来る縁談は、魔法道具のライセンス料で潤った我が伯爵家の財産目当てか、それか、私を通してヴァレフォード家とのつながりを狙っているかのどちらかだ。

 たとえ恋愛感情がなくても、ジェイデン様に断られた理由を問い詰めていたことを知られるのは恥ずかしいのだろう。


「ピアソン伯爵令息? 何か僕に話せないことでも?」

「……すみません。急用を思い出したので、失礼します!」


 逃げるが勝ちとばかりに、ピアソン伯爵令息は頭を下げるとそそくさと教室を出て行ってしまった。

 教室には私とジェイデン様の二人が取り残される。


「行ったか」


 先ほどよりややぞんざいな口調で、ジェイデン様が呟いた。


「その、声をかけてもらって助かりました。正直困っていたので」


 一応お礼は言っておくべきだろう。


「どうせ、縁談を断った理由でも聞かれていたんだろう」

「よくわかりましたね」


 私は琥珀色の目を見開いた。するとジェイデン様は大きなため息をついた。


「わかる。君が困った顔をして男子生徒と向き合ってるときは、大体縁談の話だ」

「なるほど」


 全然自覚がなかった。まあ、彼の言うとおり、縁談を断った理由を聞かれるのは初めてではない。いつも大抵アビゲイル様が間に入ってくれるのだけれど、残念ながらアビゲイル様は授業が終わるなり、王太子妃教育のために王宮にいってしまった。


「どうせ君のことだから、彼から縁談が来たことも知らなかったんだろう?」

「はい。その通りです」

「いくらなんでも縁談に関心がなさすぎだ。自分の将来のことだろう」

「なので両親に任せてるんですよ」

「縁談に興味がないことは否定しないんだな」

「まあ、事実ですから」


 あっさり認めると、ジェイデン様は、じっと何かを言いたげに紫色の双眸で私を見つめた。


「な、なんでしょうか」


 だいぶ慣れてきたとはいえ、輝く美貌の持ち主から見つめられると落ち着かない。

 なにしろ私は、茶色の髪に琥珀色の瞳、顔立ちはそれなりかつ地味な、ザ・普通の女なのだ。アビゲイル様の存在がなければ、きっと一生ジェイデン様との接点はなかっただろう。それくらい生きる世界が違う。


「いや。すっかり約束を忘れているんだなと思っていたんだ」

「約束――あ」


 思い出した。

 昨日、ジェイデン様から明日の放課後話がしたい、と連絡をもらったんだっけ。


「すすすす、すみません。授業中に新しい魔法式を思い出したら、そっちに夢中になっちゃって……」


 言い訳にしかならない。もう、謝り倒すしかない。


「いい。君のことは僕もよくわかっているから。どうせそんなところだろうと思って、教室まで様子を見に来たんだ」


 流石ジェイデン様。とにかく今は平身低頭だ。


「大変大変申し訳ありません」

「かまわない。むしろ君が教室にいただけマシだ」


 脳裏をよぎる過去の様々なやらかし。教室、確かにいい方だ。前、路地裏でうずくまって魔法式を考えていたことがあるから。これでも大分マシになった、たぶん。

 どうも、魔法式のことになると周りが見えなくなってしまう。


「以後気をつけます。それで、話というのは、ここでもできる内容ですか?」


 元々は待ち合わせる予定だったはず。


「ああ。前に、アビーの様子がおかしいという話をしただろう?」

「はい」


 大好きなアビゲイル様の話に、私は表情を引き締める。

 そうなのだ。最近、アビゲイル様の様子がおかしい。どこか不安げというか、心あらずというか。

 ただ、私が話しかけるといつものアビゲイル様に戻ってしまう。

 話を聞く限り、王太子殿下との仲も順調だし、商会の方も絶好調。

 アビゲイル様が何を気にしているのかさっぱりわからない。


「明日、急遽講師都合で王太子妃教育が休みになった。いい機会だからアビーに話を聞こうと思うのだが君も――」

「ご一緒させてください!」


 ジェイデン様が全てを言い終わる前に、食い気味に私は答えた。

 ジェイデン様がぽかんと紫色の目を丸くする。それから大きく息をついて言った。


「わかった。明日、放課後君にも声をかける。お願いだから、今日みたいに魔法式に夢中になって約束を忘れるなよ」

「大丈夫です。アビゲイル様のことなら忘れません!」


 私はどんと胸を張った。だってアビゲイル様は恩人だもの!


「ほんとに君はアビーのことばかりだな」

「何か言いました?」

「いや」


 ジェイデン様は軽く肩をすくめた。


「それはそうと、ここの式は、こうした方が効率がいい。失礼」


 ジェイデン様は私からペンを取り上げると、さらさらっと紙の上にペンを走らせた。


「――あ」


 確かにその通りだ。どうして気づかなかったんだろう。


「すごいですね! ジェイデン様!」


 ぱあっと顔を輝かせて私が褒め称えると、ジェイデン様は何故か疲れたように息をついた。



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