6 白い狐
今日はすごく激しかった。こんなにしたの久しぶり。だって、お風呂でもベットでもしたんだもん。そんなの大学生の時以来じゃない。久しぶりに会ったからって張り切りすぎじゃない?あたし、気絶するかと思った。…ううん、怒っているわけじゃないの。本当。だけど、今でも体が熱い。…でもあなたの体は冷たいね。お互い裸なのにこんな差があるって初めてだし、こんなこと一度もなかった。…なんかあった?どうしたの?最近、忙しい?顔、よく見せて…顔色もどこか悪い気がする。うちに、あんまり心配かけさせないで。お願いだから。
んで、仕事のほうはどうなの?あ、寝かせないよ。だってここ最近ゆっくり話せなかったじゃない。寝るなんて許さないから。良い?分かった?…よし、うちの言うこと聞いて偉い。それで?なにかあった?
…そう、仕事でいろんなお話を聞いたんだ。へえー例えばどんなの?詳しくなくても良いから教えて。鬼?狸?あの昔話に出てくるやつ?…へえーそうなんだ。本当に日本昔話みたい。でも懐かしさを感じる。最近まであったんだね。そういうこと。え?掛け軸と日本人形とかもあったんだ。ん?お見合い?もちろん、断ったよね?…うち、許さないからね。
…ねえ、あたしの話も聞いて。あなたの話を聞いてて思い出したことがあるの。取材の一つとして数えても大丈夫。別に大したことじゃない。どこにでもある話…多分。
あれは私たちが大学で出会う前の話。あなたが先輩で私が後輩として大学で出会う前。あたしの家って神社って話、前にしたでしょ?高校の時ね、あたし毎朝、神社の境内を箒で掃除していたの。うちの神社って大きいわけでもなかったけど小さいわけでもなかった。だから、それなりに掃除に時間がかかったの。その日もあたし、眠たい目をこすりながら箒をもって掃除をしていたの。掃除何て面倒だなーって思って掃除していてね。でも掃除しないとお父さんに怒られるし、また夕方とかに掃除しろって言われるからいやいや掃除していたんだ。あ、ちなみに巫女服とかじゃないから。家の手伝いだったから、パジャマか制服で掃除してた。残念に思う?…うち、今度着てみようか?…冗談。冗談だって。まず巫女さんのあの服、年末年始ぐらいしか着たことないし。
あ、それでね、その日はとっても寒い日で、息をハーって吐いたら白くなるような天気だった。でも空は雲がなくて本当にいい冬って感じだった。掃き掃除をしているとさ、足元ばかり見るじゃない?そのせいで気が付くのが遅かったんだけど…いつの間にか霧が神社を覆ってね。あの綺麗な冬の空も見えなくなっちゃてさ。今まで、そんなことなかったから、驚いちゃった。周りを見回すとうちの神社がすごく神秘的な雰囲気を醸し出しててさ、映画とかドラマで撮ったら絶対に何かしらの賞が取れる!って感じの風景だった。
でもね、不思議なことに、寒くなくなったの。むしろ、あれだけ寒かったのが少し暖かくなったの。うすい長袖一枚で大丈夫な感じ。上着がいらないほどの暖かさだった。今の恰好だったら寒いかもしれないけど。なんだろうね、なんか誰かが包んでくれるような。そんな感じですごく安心感があったの。
何だろうって思って、掃き掃除していた手を止めてさ。周囲を見てみたの。そしたら鳥居のところから白く光るものがこっちにきたんだ。大きさはどれくらいだったのか今はもう分からないけど、でも光の位置は私の膝より下あたりにあったのね。なんだろう?何?幽霊?人魂?って思ってさ。すごく怖くなったけど、その光から目が離せなかった。でも、うち…その光を見ていたら何か怖くなくなってきちゃってさ。むしろ安心するような感じがしたのね。
ずっとその光を見ていたら、私の3歩先目の前で止まってさ。それでよくよく見たらさ…白く光るキツネだった。キツネは白い毛並みですごくきれいでさ、神秘的だった。あと絶対にメス。分かる。女の勘がそう言っている。あ、信じてないでしょ?私の勘は当たるんだから。ほら前に旅行して迷った時、当てずっぽうでこの道って言ったら帰れたでしょ。
綺麗だなーどこから来たんだろう?って思ってさ。アルビノのキツネだと最初は思った。だって神社の生まれ育ったけど、幽霊も妖怪も見たことなかったし、そんなの小説やテレビだけで良いと思っていた。
そのキツネ、私をジーと見てくる感じでさ。最初、何か言いたいのかな?って思ったんだけど分からなかったから、とりあえず聞いてみた。「どうしたの?」って。…あ、笑ったな。この馬鹿記者め。だって聞かないと分からないでしょ。だから聞いてみたの。私を見る目は何か値踏みしているような、それでいて愛おしさにあふれているように見えた。それも私の勘だけど。
何分ぐらいだろう。多分だけど5分ぐらい私が声をかけてからずっと見てたんだけど、急に私に背を向けたのね。あ、どこか行くのかなって思ったらキツネが少し歩いたら私を振り返ってまた見てきた。あ、これついてこいって言ってるなって思ったの。それで私は箒を持ってついていった。一応、何かあっても良いように護身用でさ、箒をもっていったんだけどさ。鳥居をくぐって階段を少し下って、そしたらさ左側に山にいく道があるんだけど。その道にキツネは入っていったのね。あまり父親から山は迷うから入るなって言われてたからその道は入ったことが無かったんだけどさ。私は大人しくついていったのね。道は石の階段とかあってさ。でも整備されているような道ではなかったかな。いたるところに苔とか生えていたし。滑りそうになったりしながらなんとか私、キツネのお尻を追っかけるようについていった。そしたらあるところでキツネが止ったのね。そして光が消えちゃってさ。え?どこ行ったんだろうって思って周り見回したんだけどいなくて。それでキツネが止まったところをよくよく見てみたらさ、小さな祠があって。両脇にはお稲荷様がいて、小さな鳥居があった。それをみた瞬間、ここのお稲荷さんだったのかって思って。もしかして掃除してほしいのかなって考えて、掃除したの。手には箒あったし。それで簡単だけどさ、落ち葉とか、掃いてさ。簡単だったけど掃除したのね。一応、掃除始める前と終わった時に手を合わせたけどさ。
掃除終わった時に気が付いたんだけど、周りにはもう霧がなくてさ。いつもの冬の朝って感じ。それで家に帰ろうと思って多分、5歩ぐらい歩いたときにさ頭に響くような声で「ありがとう」って聞こえたの。驚いて鳥居を振り返ったけど、そこには誰もいなくて。だけどお礼言われたからさ。とりあえず「いえいえ、どういたしまして」って言って自分の家に戻ったの。
何か不思議な体験だったし、誰も信じてくれそうになかったからあなた以外に話したこともないこと。でも本当の話。
その後、いやいやだった神社の掃除なんだけどさ、もっと丁寧にするようになったの。誰も見ていないからいい加減でいいやって以前の私は思っていたし、面倒だと思っていた。でもその体験で、私は誰も見ていなくはなくてさ、一生懸命やったら誰か絶対に見てくれるって考えてさ。だから誰の評価もしない、誰もみていなくても一生懸命やるようになったの。
だからあなたと同じ大学に入れたし、あなたに会えた。今思えば、あのキツネは遠回しにあなたに会えるように仕向けたのかなって思う。…今、うちが考えたんだけどね。
これがあたしのお話し。どう?そんなに大した話じゃなかったでしょ?…え?凄い?そう?へへへ…やったぜ。
ねえ、顔を見せて。手を私の顔にあててみて。…やっぱり冷たい。けどさっきよりはましになったね。
どこにもいかないで。お願い。抱きしめて、少し強く。
しよ。今度はなにもつけずに。大丈夫。私が上になるから。あなたの体温を感じさせて。そして私の体温を感じて。お願い。




