11 螺旋のように
「ほら、早く行くよ」
そう言って君は僕の手を引っ張って家に連れて行こうとする。
昨日まで会社で夜遅くまで編集作業した体には長い石段を登るのは堪える。足が重くてうまく動かないし上がらない。上っている途中、止まって休憩していた僕を見かねて、彼女は僕を引っ張って行こうとする。綺麗な秋空と周りの黄色く色づいた木々が階段を囲んでいて彼女の長い髪が少し冷たい風で揺れていた。
どこに連れて行こうとしているのか、それは分かっていた。石段を登り切ればそこには鳥居があって、神社がある。
そこが彼女の実家だった。
「もう、常に歩いて取材しているんでしょ?鍛えてるって言ってたじゃん。ほら、早く」
そう言ってさっきより強い力でグッと手を握ってくる。僕も彼女に応えるように握り返す。分かっているよという意味を込めて。そしたら、彼女は僕を見て楽しそうに笑った。
本当は言葉に出して言いたかったけど、明るく笑う彼女が愛おしくて、喉のところまで言葉が来ているのに心が詰まって何も言えなかった。
そういえば、大切な人に言った方がいいって聞いた。でも後で良いかと思い、大人しく彼女に手を引っ張られて石段を登る。一段一段、しっかりと踏みしめて。階段を上っていると、螺旋階段の鬼を話してくれた、あの老婆の事を思い出す。初めての取材だった。あの老婆が話すように、木が軋むような足音は石段では鳴らず、螺旋階段でもない。僕は彼女と少しずつ登っていく。
登っている時にふと思い出した。あの螺旋階段の鬼と狸の話をしてくれた老婆から始まり、色んな人と出会っていろんな話を聞いたこと。
取材と称して、いろんな不思議な話、怪異の話を聞いてきた。いつも黙って聞く姿勢をとったけど。取材終わりの電車や車の中でそれぞれの怪異の意味について考えてしまった。
彼女の話を聞いた時は、あ、結婚しようこの人とって思って勢いもあってした。勢いもあったけど、でも彼女の話を聞いて、心の靄が晴れたような気がした。そんな人はこの人しかいないなって思ったんだ。
僕よりも先に石段を登る彼女の後頭部を見ながら考える。あの夜、彼女が話してくれたことを思い出す。…静かに寄り添った夜のことを。改めて彼女がいるおかげで、自分がいるんだなって今になって思う。そんなことをぼーっと考えていると右側に、山に続くであろう道に気がついた。あ、この道が彼女が言っていた道かな。と登りながら考えていた。
「そう、この道。この道の先に行くとお稲荷様がいるよ」
僕の考えを見透かすように、彼女が振り向いて、楽しそうに笑いながら、でもどこかからかうように言う。釣られて僕も笑った。
「お稲荷様と出会ってから怒涛の日々を過ごした気がするけど…何かー不思議だなって思うの。正確に、これが不思議!っていうのはないんだけど…とにかく、うちと貴方が出会ったことが奇跡のように感じるの。もしかしたら、それはお稲荷様のお導きなのかも」
何か僕が言おうとしたところ、どこか感慨深そうに。でも何かかみしめているように話す彼女はどこか過去を振り返っているようだった。
確かになーって思って口を開こうとしたとき。
「ねえ?知っている?」
先に言われたから、僕は彼女を見つめながら「何を?」ってなるべく穏やかに聞こえるように答えた。
「禍福は糾える縄の如しって言葉」
確か、良いことも悪いことも交互にくる、それが人生だよって意味だったと思う。
急にどうしたんだろうって思って聞くことにした。
「急に、どうしたの?」
「あのね、良いこともあったし、悪い事もあったじゃない。私って。もちろん、あなたも」
「まあね。取材で疲れたり、ミスして上司に怒られたりしたしね」
「あと、お見合いの話されたりね…とりあえず、いろんなことがあって、いろんな人と出会って、あなたと出会った。だから今、私幸せなのかなって」
僕もだよって言おうと思ったら、石段を登り終えた。
目の前には鳥居と、お稲荷様の石像が両脇にある稲荷神社が見えてきた。
雰囲気が別の世界へ変わったように、空気が澄んでいるような気がした。
「…さっき言った縄のごとしってさ、縄って1本じゃ縄にならないんだよね」
「ん?…ああ、そうだね、グルグルと螺旋のように糸を編んで縄にする感じだよね」
「うちね、その螺旋って結構大切なことだと思うの。ほら、人って支えあった姿が漢字になったいうじゃない」
鳥居の前で立ち止まった彼女の横に立つ。地面にあった2つの影が1つの影になる。
「これ、うちの考えだし、間違っているかもしれないんだけどさ。誰でもどこかつながっていると思うんだ。でも貴方との繋がりはとても強くて。さっきも言ったけどこうして一緒にいられるのって奇跡だなって思ったの」
「…そうだね」
「それでね、螺旋のように絡み合った、いろんな感情とか出来事とかを一緒に共有して、体験出来たらなって、今思ったの。あなたと共に。私たちに死が訪れるまで」
少し冷たい風が吹いて彼女の長い髪を揺らす。そんな中、彼女が僕をじっと見る。僕も見返す。
彼女の目の奥に愛おしさとやさしさが混在した色が見えた。そんな気がした。
そして、彼女がゆっくりとした歩調で鳥居に向かって歩き出す。
「…ところでさ、神社って女性の身体を象った形をしてるって知ってた?」
初耳だった。さすが神社の娘って思った。同時になんでそういう形をしているのか気になった。
「どうしてそういう形をしてるの?」
「なんでだっけかな…生まれ変わる場所?的な。…神社ってそういう形をしてるらしいよ」
何かあいまいだったけど、それも彼女らしいなって思った。
生まれ変わる。つまり輪廻転生ってことだなって思いながら彼女の横を歩きながら考える。
参拝した後に違う自分に生まれ変わるという事だったら自分は何をしたいだろうか。
今みたいに取材をする生活をまた過ごしても良いかなって思うし、違う道を歩いてみたい。
でも変わらないのは一つあって、どんなに生まれ変わったとしても違う場所で生まれ変わったとしても、彼女と一緒に生きてみたい。
そう思うし、きっとそうする、必ず。
じっと彼女を見つめて考えていたせいで、僕が混乱していると思ったのか、それとも疲れてぼんやりしていると思ったのか彼女が少し慌ててた。
「と、とりあえず、参拝するよ!うちの家にはそれから行こう」
再び僕の手を引っ張っていく彼女の手は暖かくて、その温かさが僕の心に届いて温めてくれるような気がした。
彼女は日頃の業務で疲れている僕を少し落ち着かせてようとしたのかもしれない。…もともと参拝する気だったし、大人しく手を引かれながら一緒に手洗いをして、本殿へ向かった。
2礼2拍1礼で…これで大丈夫だよなって思いながら彼女を見ながら参拝した。
手を合わせて目をつぶって今日まであったことを思いだす。
螺旋階段の鬼、鉄の檻の狸、霧のように消えた車、掛け軸と日本人形、白い狐、送りオオカミ、海辺の子、ぬりかべ、重箱の物語。
あの酒屋の人が言っていたことを思い出す。それぞれには物語があって、線と線が重なるように交差して出会った。そう言っていたように思う。
彼女が言っていたことは本当の事かもしれない。僕と彼女が螺旋のように絡みあうことで良いことも悪いことも乗り越えていける気がした。どんなことがあろうとも。
長い事目をつぶってお祈りしていたように思う。色んなことを感謝しながら。いろんな出会いに感謝しながら。そして考えたのが、これから生まれてくる子供について。
そしたら耳元で彼女じゃない女の人のような男の人のような声が聞こえた。
「頼むぞ。人の子」
目を開けて、声がした方に顔を向けたけど、そこには誰もいなかった。
だけど、とても甘くて良い匂いがした気がする。今の声はこれまでの語り手たちの声が重なって響いたように感じた。そして、何か重たく、だけど暖かいものを背負った気がした。
彼女が僕の方をみて不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「…なんでもないよ。お義父さんとお義母さんのとこに行こうか」
「うん。あ、あとさ。明日の朝で良いんだけど…あのお稲荷さんのとこに行っても良い?」
木々が揺れる音がする。静かに、だけども大きく。行かないという選択肢はなかった。
彼女と明日の予定が決まったことで再び手を繋いで、今度こそ彼女の家に向かう。
向かっている途中、参拝して生まれ変わるということと、今後の事を考える。
参拝して生まれ変わるというのなら、違う自分になるというのなら、今度は僕が語る側にたとう。
今まで誰も語られたことがない話を。今度はこれから生まれてくる子に。ほかの人たちに。
彼女にも語ってみよう。
もしかしたら、それが、僕の、僕たちの今を生きる者の役割の一つ。
語ることで誰かの記憶に残るなら、その役割を全うしてみたい。
そう思う。
これにて完結します。改稿作業及び推敲作業があるので、完結といたしますが、少しずつ変わるかもしれません。ここまで読んでいただきありがとうございました。




