1 螺旋階段の鬼
こんな年寄りの話を聴こうなんて貴方も珍しい人。
周りの人たちが私の事をどんな風に言っているか聞いてきたの?そう、怪談ばあさんとか言われているね。どなたから聞いたんだね?
まぁいろんな人に話しているから良いけどね。貴方は不思議な話や怪異のお話を集めているんだって?物珍しいことするね。百物語でも作るつもりなのかい?
へぇ、いつかまとめて本に。私の話で良かったらするけど、あんまり大したお話ではないんだよ?それでも良いかい?
そうかい、そうかい。分かったよ。面白い話ではないかもしれないけど、それでも良かったら聞いておくれ。え?私が話を始めた切っ掛けかい?そうだね、私が生きたことを少しでも覚えていてもらうため、そんなとこかね。でも大体は老後の道楽さ。
そうだね、どこから話したものやら。今は都会に住んでいるけど、生まれも育ちも田舎の方で。今みたいに携帯電話もなかったし、テレビも私が住んでいる集落には多くなかった。そんな時代だった。でも、それが不自由だとは思わなかった。そんなのが無いのが当たり前だったからね。私が体験したのは6か7つの頃のこと。そう、あれは冬が終わって春になるぐらいの頃の話。
私の家は周りの家と比べても遜色ない大きさではあったけど不思議なところが一つだけあった。それは螺旋階段。うちの父親から聞いた話だと私の祖父が海外旅行に行った際に教会の螺旋階段をえらく気に入ったみたい。
我が家にも螺旋階段を作ってくれということで当時の地元の大工さんに無理言って作っていただいたそうなの。そんな家なんだけど。螺旋階段で2階に上がるとすぐ左側に引き戸があって、そこが私たち家族の寝室。寝室からまた螺旋階段を見ることが出来る障子の引違い戸があったの。私は両親と一緒に寝てたから、よく夜になるとその引違い戸から顔を覗かせて、母が螺旋階段を上ってくるのをみていたものよ。
寝室では家族で川の字になって一緒に寝ていたんだけど、私が螺旋階段が見える障子の方によく寝ていたの。ある日、深夜に螺旋階段を誰かが上ってくる音がしてね。木がきしむ音で、ギィギィって音がするのだけど、それが規則正しく深夜遅く…多分午前2時ごろだったかしら…誰かが螺旋階段を上ってくる音がするの。最初はうちの父親が下の台所にいって水でも飲みに行った帰りかと思ったわ。そしたら暗闇の中、寝室の中をよく見たら母の隣に父が寝ていたの。母も父もいるから、じゃあ物取りが家に入ってきたんだ、と考えたのね。そう思ったから、すぐ隣に寝ている母を起こしたのだけど、母が起きたと同時に螺旋階段の音がピタッと、止まったの。…私は恐る恐る障子をあけてね、螺旋階段を見てみたのだけど、誰もいない真っ暗の中に螺旋階段があるだけ。じゃあ今まで私が聞いていた足音は、誰の足音だったの?って思って。体は鳥肌が立って、心の底から怖くなってね。母に強く抱き着いて、怖い怖いと怯えるように、縋りつくように何度も言っていたわ。そのうちに疲れ果てて寝てしまったの。次に気が付いた時は朝が来てて、父親に揺すられて起こされた時だった。
でもあの日の足音が怖かったけど、妙に気になって。時間が少したつと恐怖から興味に変わったのね、あの時。それで足音を聞く前に起きたことを思い出したの。その日は寝る前に、母から昔話を聞いたということを思い出して、そこから勝手に連想してそんなのを聴いたのかと考えたの。今思えば、聡い子だったなって思う。そして生意気な子供だと親戚に言われたものだわ。…寝る前に聞いた昔話、どんな話だったかしら。昔の事だから忘れてしまったわね。…嫌だね、年を取るって。
子供ながら私は考えて、結果、気のせいだと思うようにしたの。その日だけの事だと思ったし、次の日からは足音何て聞こえないって思ったわ。…でも次の日もそのまた次の日も、深夜に足音が聞こえるの。その足音は私の目がパッチリと覚めた時からなることが数日経ってから分かった。まるで私が起きるのを待つかのように。時を見計らって、私を脅すように足音を、わざとたてて螺旋階段を上ってくる、そんな感じ。私ね、それに気がついた時、急に腹が立ってしまって。だって記者さん、馬鹿にされているような、悪戯されてるような感じがしないかい?それで私、怖いけども螺旋階段をのぼってくるものを見てやろうと決めたの。見ると決めた日は足音を初めて聞いて七日経っていたわ。その夜、いつものように私は目が覚めたら足音が聞こえてきてね。今日、正体をみてやる、って思って足音が障子の前になるぐらいの距離で少しだけ障子を引いて、それを見たの。
そこにいたのは真っ赤な体をした鬼が螺旋階段をのぼっていたの。
嘘だと思うかい?今話している私だって嘘だと思いたし夢だったと思いたいわ。だけど、本当のことなのだよ、記者さん。風神雷神の絵をあなたは見たことあるかい?あと桃太郎で出てくる鬼って分かる?風神雷神と桃太郎に出てくる鬼を足して割ったような感じの鬼。それがいた。
その鬼がギィギィって音を立てながら、螺旋階段を上ってくる。それを見た瞬間、私は体中の毛が逆立った。隣に寝ている親を起こすことも忘れて布団に入りこんこんで「神様、助けてください」って心の底からお願いしたわ。恐怖と同時に凄く寒くてしょうがなくて、体が震えてしょうがなかった。鬼に気が付かれなくて息を吸うのも細くなっていて、すごく苦しかった記憶があるわ。そんな中、気が付いたら足音がなくなっていてね。布団の中では静かな、いつもの寝室になっていると思った。そう思っていたのだけど…私、少し障子を開けたじゃない?鬼を見るために。それで私は閉め忘れていたの。急いで隠れるように布団をかぶったから。足音がしなくなって恐る恐る布団から顔を出して、障子の方に目をやったのね。鬼はもういなくなったのか。もう全て終わったのか確認したくて。
障子の隙間から赤い点が見えたの。
それは鬼の目だったわ。確認しなくても理解できた。右に左に何かを探しているかのように寝室を見ていた。幸い、私のところに視線をまわさないでいたおかげで、目が合うことはなかったけど。今思えば最初に見た時にあちらも気が付いたのでしょうね。誰かが自分をみていることに。あの目を見た瞬間、手の内と背中に変な汗をかいたわ。
それで再び布団にもぐって怯えていたら、いつの間にか寝ていて朝が来ていたわ。それで朝食を食べている時に、母と父に聞いてみたの。「螺旋階段を誰か上ってくる音がしなかった?」って。
誰も、その足音は聞いてないって言われたわ。
今になって思うのだけど。きっとその足音は私にしか聞こえなかったのだろうね。だから母を起こしたときにしなくなった。私が一人の時にしか聞こえなかったのだろうね。あの鬼がこの家にいた意味は分からないけど。でも、私はその日を境に聡いけど、素直な子になったと周りから言われるようになった。
これで私の怪異なお話は終わり、というわけではないの。実はこの話以外にも、もう一つあってね。
少し長くなってしまってごめんなさいね。
時間は大丈夫かい?
そう。じゃあ少しお茶のお代わりを持ってくるわ。少しだけ失礼するね。
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