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第3話 : 極大拳《ウルティマアーツ》のイグニス・クラウド







 これからほんの少しの間、

 あなたの目は一度物語の主軸から離れて、一人の男の半生を共に辿っていくのです……





 その男は、無敵の身体と言うべきものを天から与えられ生まれました。


 その男は、貧困と憎しみ渦巻く路地裏で生まれました。


 子供の頃より怪力で、物心ついた頃には盗みと言えぬような方法で日々の糧を奪っていました。


 その男の子供離れ、人間離れした力は他者より奪うのも簡単でした。


 男の性格は苛烈であり、群れることを嫌い一人で生きて来ました。


 誰も頼らない。誰にも媚びない。


 欲しいものは力づくで奪う男は、人生の絶頂と周りのくだらない人間達から言われていました。


 しかし、男は何一つ満たされませんでした。


 金も、美食も、女も、何も、


 全て己の力で手に入れられるのに、何も。


 何も満たされない、常に乾いている。


 暴力だけが、それをほんの少し忘れさせる手段でした。


 あの時までは。



 それは、ある大きな木の下にある、ティーショップ


 男はただ喉の渇きを癒すためだけに入り、そしていつも通り暴力で脅しました。




 その日、男は、

 初めて、口の中に血の味を感じながら、

 砂を噛み、固い地面にぶつかりながら、

 冷たい夜空を見上げて、意図しない眠りへつきました。







          ***






「……ハッ!」


 その老人は、今修理中の様相の家の隣。

 簡単なテントの中、薄い布団の上で目を覚ました。


「…………バカの半生の夢を見るとは、俺も歳かの……」


 ふと、備考をくすぐる香りに気付く。

 隣を見れば、まだ温かいスープとパン。


 傍のメモは、『食い物を粗末にしたヤツは殺す』


「……殺されたくは無いと思うのは初めてか」


 老人は、世界を作った女神に祈り、そして慈悲の脅しに感謝してから、食べた。




「…………老いて胃まで弱くなったな。最早俺なんて使わずに『儂』とでも言うべき頃か」


 意外なほど腹に溜まった飯の感想を漏らす老人。

 そしてふと、登り始めた朝日の方角を見上げる。


「………………スカー師匠、ようやくです。

 ようやく、俺は()()()()()()()


 そしてふと、懐から赤い巻物を取り出して広げる。



『極大拳』


 そこには、異世界から伝わる文字があった。



「…………何書いてあるか全く分からん。

 これが、『アルティマアーツ』と読めるものなのか、この歳になっても自信持って言えないな」


 老人は学がない自分へと、そして何故書かけたのか分からない師匠へも向けて、笑った。




 ────カン、カン、カン




 ふと、朝焼けの空に響く音が聞こえる。


「?」




          ***



 ミシェルさんの朝は、お店の用意じゃなくて修行から始まるんだよね。


 カン、カン、カン


 この丸太に、3本の枝みたいに伸びる出っ張りと、下の方にアーチ状の部分をつけた謎の器具を叩く。


 これ「モクジントー」っていうんだ。


 異世界の言葉。アーツマスターが持ち込んだ修行用の器具。


 この出っ張りを相手の腕、下のアーチを相手の足と見立てて、この木に技を入れていくんだ。


 首のあたりに一撃、相手の手を払い上げる、頭の後ろに手を回して顔面、右からの攻撃を避けて反撃、左からの攻撃を受けて反撃、その他諸々の動き


 あいにく、弟子もいなけりゃ師匠もいないんで、こうやって体の動きとイメージを重ねられるように練習するしかない。



「────美しい動きだ」



 なんて集中してたら後ろから声。

 昨日のおじいちゃんが、立ってたわ。


「そう?派手な技もないし、地味な技の連続だよ」


「この歳になってようやく理解できたが、派手な技は派手なだけで実用するのが難しい。

 達人ともなると、地味な技の練度がものを言う。

 派手な技を当てるにも必要だろうしな」


「やっぱ、アーツ納めてたタイプか。

 行き倒れなんてしてるのはアレだけどね爺さん?」


「イグニスだ。

 イグニス・クラウド。その節から世話になりっぱなしで恐縮だが……」



 ダンッ!

 ───近所迷惑なレベルの一歩の足音。

 半身を前に、足の側の腕の肘を前に。

 もう片方は、腰だめに構える。



「一手、付き合ってくれんか?」


「……デートのお誘いで、『極大拳(ウルティマアーツ)』使うのは初めてなんだけどぉ?」


「ダメか?あいにく誘い方が下手だったが」


「年下は趣味じゃないけど、」


 じゃあミシェルさんは一歩前、きゅっと内股。

 脇引き締めて両方の手を腰でぐー。そのまますっと前に手を伸ばして、イグニスお爺さんの肘のすぐ近くに。


「朝の運動にはなるかな。

 ま、極大拳相手だと、怪我心配だけど」


「力は歳なんで加減できるが技の加減は出来ん。

 許してくれ」


「しゃあないなぁ……では」


「では」



 一瞬、沈黙がお互いの間に流れる。


 ────このお爺さん、強いな。


 肉体的な強さも若い人と変わんないって、分かるもん。

 でもそれ以上に、身体に力が入ってない。

 ああ、非力とかそう言うんじゃないんだわ。力んでないってこと。


 力みは、技のブレーキになる。

 魔力とかの流れもせき止められるぐらい、アーツでは一番意識しなきゃいけないこと。


 だから、すっと一歩踏み出した足を見た時、


(あ、これ死ぬわ)


 ってなったね。


 ダン!


 普通に踏み出して一歩が出して良い音じゃない踏み込みと、ただの『牽制のための』必殺の一撃。


「マジのベヒーモスかよ!」



 極大拳(ウルティマアーツ)

 ウルティマなんて物騒で誇張気味な言葉使うのは、おそらくこの大陸のアーツ全ての技において、こんな火力出せるのはこのアーツだけだから。

 魔力を飛ばしたりしてないのに、バフをかけてもいないのに、これの使い手は硬いことで有名なドラゴンの、一番硬い背中から素手の一撃で背骨を折った伝説すらある。

 『地ならし』なんて言われる独特の歩法と、緻密で大火力な技で、アーツの技の防御どころか物理的な鎧から魔法の結界までぶち抜いてしまう風格は、


 まさに、『巨獣(ベヒーモス)



 なんて、走馬灯みたいな解説が頭に流れちゃった♪


 いやいや牽制ですら逸らすのがマジで怖い。

 前に戦ったスキルブッパお姉さんの拳がそよ風の必殺牽制パンチを、潜り込ませた腕でなんとか逸らす。

 その動きのまま反対の腕で肘打ち───あ!


 肘打ちを背中からの体当たりでかき消される。


 出たよ極大拳の『甲羅撃』!

 つい手業ばっか鍛えちゃう私らみんながが軽視しがちな『体当たり』を真面目にアーツに組み込んだヤバい技!!


「うぉぉ!?」


 ずざざー、って後ろに飛ばされちゃった。


「……美しいなんて言われてる程度の技じゃあ、受けきれないか。

 何もかもが実用しかない極大拳(ウルティマアーツ)相手じゃ」


「いや……俺の技もまだまだ。

 肘打ちは、効いた」


 軽く背中を叩きながら、イグニスお爺さんが軽口叩くわけで。


「つい、手業というべきか、脆い手指を大した鍛錬もなく皆使うもんだ。

 肘打ちこそ、威力がいる打撃には必要だろうに」


「私が非力なだけだけどね」


 まだやる気か。

 ま、たった一つの技を交わしただけだしね。


 構えて……またお爺さんの地ならしのような踏み込み!


「!」


 を、踏み込んだ瞬間私が足を上から踏みつける。


「ぐっ!」


 技放たれたら防げない。なら技出させなきゃ良い!

 一歩先に踏み込んで、不完全な踏み込みの拳を掴む。

 左手だから、左にくるりと回って私の腕でお爺さんの腕をがっちりホールド!!


 って、なった瞬間、急に相手の力が抜ける。

 あ、ってなった瞬間には地面へ私がお爺さんの体重ごと叩きつけられてた。



「ぐえ……!」


 手を離した瞬間、お爺さんが先に立ち上がる。

 踏みつけるような、蹴りの姿勢!



「参った!!降参!!」



 あ、こりゃ勝てないわ。

 なので降参。


 おじいさんも、大きく息を吐いて、足を引っ込めてくれる。



「……すまん。手加減できんかったな」


「いいよ、私が弱いだけだから。

 朝のいい運動にはなった?」


 とりあえず、ストンと立ち上がって、ちょっとしょんぼりするおじいさんに、手合わせ感謝の一礼。


「にしても、ローデリカ師匠の弟子だけあるね。

 ウルティマアーツマスター、その名に恥じない強さだったじゃんイグニス爺ちゃん」


「!?

 俺を知っていたのか!?」


「まぁ巻物見たけど、一番はさっきの手合わせ。

 だって、喰らった技全部ローデリカのお嬢ちゃんの若い頃と同じだもん!」


 一瞬、すごい呆けた顔。

 そしてハッ、とイグニス爺ちゃんが、笑う。


「あの筋肉ババアを、『お嬢ちゃん』か。

 ミシェル師匠、流石の年の功」


「やめてよ、300歳なんてエルフの15歳だよ!

 …………まぁ、年寄りくさいこと言うと、死んだローデリカの生き写しだったね、加減知らずなところも」


「…………俺が殺した、

 とは言わないのか」


 ふと、イグニスお爺さんが問いかけてくる。

 なんだか、おしゃれなサングラスの奥の目に、ちょっとだけ弱々しい心を見せながら。


「…………ま、そうだけどさ。

 ローデリカお嬢ちゃんは、拾った弟子に殺されたっては知ってる」


「…………なぜ、知っていて俺に優しくしてくれる?」


「殺人鬼には見えない。

 技に人が出るなって言うけど、苛烈さも覚悟も強さもあるけど、暗い愉悦は一切なかった。


 なーんて、負けておいてカッコよく言うの、ダメ?」


「…………ありがとう」



 って、爺ちゃん泣いてる?

 どうしたんよ。





 イグニス爺ちゃんの身の上はこうだった。


「肥溜めから生まれたようなバカガキだった。

 バカのくせに力だけはあってな、いつのまにか悪党の中でも名を馳せた。


 だがな、実は……実はなミシェル師匠。

 俺はアンタにボコボコにされたことがあったんだ」


 ────よくある店に迷惑かけた客。ついボコしちゃった大勢の迷惑客。

 50年も前にいたその一人がイグニス爺ちゃんだったのだ。


「俺は悔しくな。

 か弱い女に、ひ弱なエルフに負けた自分が何より許せんかった。

 力だけは自慢だったのに、その力で負けたからにはな」


「さっきのはお礼参り?」


「かもしれん。だが、勝っても面白くはなかったな。


 ……実は、その後もう一度女に負けた。

 苛立ちのまま道を歩いて肩にぶつかったシスター……

 そう、ローデリカ師匠にだ」


「そっから弟子入り?」


「ああ、師匠に勝ちたかった。

 力でどうにもならない物を許せなかった。

 愚かなまま、ローデリカ師匠から全て奪うつもりで技を覚え……俺は、挑んで勝った。


 勝ったが……負けた」


 そう語るイグニスお爺さんは、本当に苦虫を噛み潰したように、それでいて泣くのを堪えるような顔だった。


「俺は、やっとあのババアを倒した喜びに震えていた。

 だが、血を吐いた死にかけのローデリカ師匠は言ったんだ。


『これで、私の全てを教えた。

 真の極大拳はお前が極めろ』


 俺は意味がわからなかったし、何より俺はお礼参りがしたかっただけで、殺すつもりはなかった。

 だが、そう言って師匠は死んだ。


 死んでしまった。俺が殺したんだ。


 不思議なもんでな、アレほど嫌ってた女の死に、俺は誰よりも悲しみを覚えていたんだ。


 叩かれた。怒鳴られた。邪魔された。小言が多い。

 ババアを殺したいと思った事は何度もあったのに……


 俺は……それが、あのババアを親のように慕い、愛してたと気づいたうちには、形見の巻物を持って肥溜めに戻っていた。


 そこからは散々よ。

 技で殺した。力で殺した。

 最低に殺し屋イグニス・クラウドの誕生よ」




 ………………



「…………散々殺していたが、心が晴れる事はない。

 師匠の技は、俺の馬鹿力に合っていたが、俺はこの極大拳を何一つ使えていない錯覚に陥った。

 事実そうだろう。使えるから使っている程度ではな。


 …………色々合ったが、俺は自ら監獄に入った。


 無意味に殺してしまった皆の罪が、たった50年とは笑わせる。


 だが…………俺は、監獄の中でずっと……

 ただずっと、師匠の技と、極大拳の思想に向き合っていた。


 なぜか、そうしなければいけない気がしてな……」



 …………小娘エルフには、想像もつかない何か。

 ローデリカが、きっと命をかけて伝えたかった何か。

 それを、多分このお爺さんは50年と言う短期間、ずっと向き合ってきたんだろう。


 あの、力任せではない淀みのない強烈な技を食らったから分かる。



「…………理解した?」


「…………それが、全く。

 いや、何かを身体が、心が理解出来ている気はするのだが……

 生きてるうちに理解できるかどうか、と思う内に出所したぐらいでな」


「ここにきたのは、お礼参りついでに何か知りたかったから?」


「…………お礼参りか。

 であるなら、やはりミシェル師匠には礼を言おう」


「何さ改まって?」


「…………あの時、敗北をくれたことを感謝する。

 結局、まともな人生を送れない俺は真のアホだったが、

 あの時の負けがなければ、それ以下だった。


 反省するキッカケを、ふと言いたくなってな」



「…………そんな事でここに、飢えに耐えられないぐらいになるまで来るのは……

 お爺さんさ、案外真面目だね。

 そういうのは、生来以来のものだと思うよ?」


「真面目か。いや、そうなれたのも二人の師匠のおかげ。

 改めて礼を。それどころか一宿二飯もいただいた。

 この恩は、」


「恩を返すって言うなら、やる事は一つでしょお爺さん?」


 まぁ、最初からそのつもりだけど。



          ***



 馬車が、イグドラシルの麓が見える場所を走っていた。


「マックス隊長!見えてきました!」


「落ち着いてください。

 見えてきてからが遠い街です」


 馬車の窓から顔を覗かせる狼の顔。

 近衛隊長のマックスが、街のある木の根のあたりを見る。


「ミシェル師匠、無事でいてください」



          ***

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