第2話 : 変な客が来る日
オーデン王国は、数百年の歴史をもつ国である。
この大陸の南側と北側を分ける巨大な川と湖、その直ぐそばに存在している。
かつては、人間とそれ以外の人のような物、俗に亜人や魔族同士がこの王国の中で長く争っていた。
特に魔族は川を挟んだ北側の大地を国としているために、激しくぶつかる場所は常にここだった。
思えば、この200年の間進んだそういった亜人や魔族との融和を進めたのも、異世界から来た最初のアーツマスターが、誰にでも───それこそこの王国の王族の血を引く者も、敵対する魔族にも技を共に学ばせた、あまり語られない歴史があるからかもしれない……
「賊が王を狙ったぞ!!!」
「捕えろ!!無理なら殺してもかまわん!!」
そんなオーデン王国の首都のワルハラの宮殿で、とてつもない騒ぎがあった。
白の一角の窓を突き破り、黒い装束の人間達が飛び出す。
その顔は黒いベールで隠され、まさに暗殺者といった姿だ。
飛び出した先は高い城の壁。
なんと、落ちながらもレンガ作りの壁にある出っ張りを確実に捉えて降りていく。
「いたぞぉ!!」
「なんて動きだ!?魔法隊!!攻撃!!」
攻撃魔法が壁を降りる暗殺者達へ放たれる。
しかし、なんという恐るべき身のこなしなのか、その光る魔力の弾をギリギリで回避して壁を走り降りていく。
「あちらにいる隊は!?」
「間に合いません!!」
兵士達が松明を片手に急ぐ先、高い見張り台は出口も同然。
黒い暗殺者達が壁から塀の上へ降り立ち、そこへ突き進む。
バスンッ!!
それを阻むよう、目の前に突き刺さる槍が一本。
直後、さらに複数の槍が空から飛んでくる。
「ッ!?」
咄嗟に足を止めて避ける暗殺者達。
─────ウォォォォォッ!!!!
直後聞こえるオオカミの遠吠え。
そして、見上げた空の満月を背に飛びかかる影。
振り下ろされる槍。
そのまま暗殺者達を薙ぎ払うべく横滑りする槍。
澱みない一連の動きを避けた瞬間に、彼らは逃げるべき場所と反対に着地してしまったことに気づく。
「───国王陛下より、暗殺者である皆様に言伝があります」
ダン、と踏み込む獣の脚。
軽装の鎧もなくほぼ衣服のまま、オオカミの顔の獣人が話しかける。
「『そう焦って帰ることもない。一杯茶でも飲んでいけ』
……との事です。
陛下のご厚意を受け入れてはどうでしょう?
なんならば、色々と聞きたいこともあるので我等とお茶会というのは?」
鋭い視線のまま、構えて槍先を向けるオオカミの獣人。
その剣呑な雰囲気で言う笑えない冗談に、暗殺者達は顔を見合わせる。
「フン!
オーデン国王陛下のご厚意は嬉しいが、遠慮させてもらう。
なにぶん、茶菓子用の毒が足りなかった。
改めて必要分用意するべく……帰らせていただくッ!!」
シャン、とナイフを取り出して、投げ放つ暗殺者。
オオカミの獣人は難なくそれをやりではたき落とすが、大きく振り下げた瞬間一人の暗殺者に槍先を踏まれる。
「!」
「隙ありッ!!」
ナイフを握る右手を持ち上げる独特の構えと共に突撃した暗殺者。
瞬間、オオカミ獣人は槍を離す。
そして、半身を一歩引いたまま、前に二つの拳を握って構える。
ゴッ!
次の瞬間、暗殺者の一人の頭に拳が叩き込まれていた。
その威力、大きく吹き飛びながら、顔を隠すベールの下から血を吹き出してしまっていたほど。
「何!?」
「残念ですが……俺に隙はない!!」
オオカミ獣人が、一歩踏み出すと同時に槍を蹴る。
吹き飛ばされた一人の方を槍先が貫き、そのまま城の壁の方へ飛んでいき、磔にされる。
「チィィィッ!!」
「殺す!!」
残り二人がナイフを同時に振り下ろす。
それナイフを持った腕の内側を二つの二の腕で叩くことで弾き、流れるように両腕を腹へ叩き込む。
「「ガッ!?」」
一撃が、あまりに重い。
これは……アーツだ!
暗殺者達は、身をもって理解した。
「殺しはしません。
お茶を飲む程度の傷で済ませた方が、お互い幸せでしょう?」
「〜〜〜ッ!!
舐めるなァァァァ!!!」
左の一人が、指先をすぼめた手の形で獣人の目を狙う。
さっと飛んできた蛾を払うようにその手を払いのけ、流れるように軽く構え半秒とたたず拳を叩き込む。
「ボヘァ……ッ!!」
「あああああああああああ!!!!」
そうして一人へ構っている間、大きく飛んだ別の仲間が獣人の横を通り過ぎる。
「フッ!!」
しかし、片足立ちと言う不安定さを感じない背後へへ向かって放たれた蹴りを空中で喰らい、暗殺者は空中で血を吐きながら一回転し屋根の上へ叩きつけられた。
終わってみれば、3人はあっけなく制圧されていた。
壁に磔にされ、屋根の上に沈み、そして……
「さて、まずは自己紹介を」
今最後の暗殺者が、オオカミの獣人に胸ぐらを掴まれている。
「名をマックスと申します。
牙突拳のアーツマスターであり、この城の近衛騎士の3番隊の隊長をやらせてもらっている者です……
ところで、随分と珍しいアーツを使っているようで。どの流派かは、教えていただけますか?」
ぐぐ、っとオオカミ───マックスは自らの耳に暗殺者の口元を近づける。
「……み……」
「?」
「……陽春……拳……!」
「……」
パチン、と対して痛みはないような、しかし気つけにはなるビンタを暗殺者に放つマックス。
「寝ぼけていらっしゃるようだ。あんな稚拙な技をミシェル師匠が教えるだと?見よう見まねの方がまだ上手く使える。
おっと……失礼。
しかし喋れる元気もないならば、尋問の前にお医者様に見せても良いですよ?
もっとも、今のままでは『逆』になりますが」
「へ……へへ……へあばぼゔぉゔぉゔぉゔぉ……!」
突然、暗殺者の口から泡が吹きこぼれる。
「毒の匂い!?」
慌てて口に指を突っ込むが、直後じゅぅとその指先が焼け爛れた。
ただの毒ではなく、暗殺者の顎が音を立てて溶け出して骨を露出させる。
あまりの匂いに、マックスの自慢の鼻が曲がりそうだった。
「マックス隊長!!
コイツ、毒を!!」
「煙を吸い込むな!!!
……皆、もう彼らは手遅れです!」
顔が溶けてゆく。
これでは、遺体から足跡を追うのも不可能だ。
「……やはり、貴様らはミシェル師匠の名を汚したいだけだったか。
あの人がこんなことをするような相手へのアーツの修行を許す訳がない。
拳を交わしたからこそそう信じられる……!
…………誰だかは知らないが、王の命を脅かすだけでは飽き足らず、俺の恩人であり技を交換しあった尊敬すべき同門をけなすだと?
許せん……!!
必ず正体を突き止めて、正義とは何かを体に教えてやる……!!」
マックスは、静かに怒りながら天を仰いだ。
「…………フッ、すまんな……」
不覚にも、それを誰も見えない位置から見ていた者に気付けず。
***
やぁ、みんなミシェルさんだよ!
…………家の修理がね……すっごい、時間かかりそうなのよね……
「……ごめんねー、二回目来てもらっちゃったのにこんな簡易な場所でさー!」
適当テントの屋根の下に、椅子とテーブルその他諸々。
ミシェルさんのティーハウス営業中だよ、辛うじて。
「いえいえ、お気になさらずに。
好きできているのですしね」
ああそうそう、あの家がぶっ壊れた日に来た新しい顔のお客さんがねー、今常連になってるんだよねー。
それもかなりの細身のイケメン様!礼儀正しいイケメン様だー!!
あー!でも年下かー!!人間だしねー!!
しかも……
「本当、ここのお茶が一番美味しいのよね〜」
奥さんいるか。そりゃいるか。
しかもすっごい美人で……で、ここからがちょっと変わってる。
スタイルも抜群で艶やかな色気たっぷりの奥さん、
尻尾とコウモリみたいな翼が生えてる。
サキュバスだった。珍しいな魔族の奥さんか。
「……てちょっとちょっと店主さん?
ダーリン見過ぎ」
「あ、ごめんなさい。旦那さん超絶カッコいいから」
「でしょー♪でもあげない」
「こらこらモノじゃないよ私は」
「だってユエン〜?」
「はいはい、甘えん坊だねセリアは」
「……ユエン、って北方系の響きだねお客さん。
そこ出身かい?」
ええまぁ、と奥さんを宥めながら夫さんが言う訳ですよ。
「ええ、私はユエン・イエフ。
妻のセリアと、北方から来ました。しがない冒険者です。私が前衛」
「セリアよ、エルフさん。一応魔法使い」
おぉ、オーソドックスな組み合わせ。
通りで剣と杖が荷物にある訳だ。
「ミシェルで良いよ、ユエンさんにセリアさんご夫婦」
と言ったら満更でもない反応すんのさ、ちょっとちょっと新婚さんの空気〜?
「……ゼホッ!?ゼホゼホッ!!」
と思ったら旦那のユエンさんが急に咳き込む。
「ユエン!薬を!
水をもらえる!?」
「アイスティーのが速いよ!」
てなわけで、ホットが普通なお茶の中、うちの自慢のアイスティー氷無しで!
すぐに、咳き込むユエンさんが何かの薬を口に入れてアイスティーで流し込む訳だ。
「…………ふぅー……まったく、我儘な身体だ」
「喘息持ち?随分大変な身体ね」
「いやぁ、お見苦しいところを。
咳が出やすいのと、咳き込みすぎて血を吐くぐらいは健康なんですよ」
「まったくもぉ……そんなんじゃ、今夜はオアズケね」
わーお
「頑張るさ」
わおわお
「…………おかわりいるなら氷たっぷりアイスティーのほうが良いぐらい、お熱い仲だねぇ?」
まったく、ラブラブしちゃってさ。ひゅー、そういうのは見るの好きだぜこのミシェルさんは……っと?
「あら、いらっしゃい」
気がつけば、お客さんが後ろに立ってた。
おしゃれにサングラスをかけた、ユエンさん並みに痩躯で長身なお爺さん。
ヒゲはちゃんと剃ってるし白髪も短く切りそろえたお爺さんが、立ってたんだ。
「……ぅ……」
「え?」
「……み……ずを……」
で、おじいさんが限界って感じに倒れて来た!?
うぇ!?!
「ちょ!!」
咄嗟に、片付けたお皿放り投げて爺さんをキャッチ!
なんてしたら、皿がユエンさんセリアさん夫婦の方へー!?
「あ、やっべっ!?!」
でもそこからが一番驚き。
超高速の手業でキャッチのユエンさん。
あって空中で皿たちを優しく叩いて静止して、威力を殺してキャッチのセリアさん。
あの技……!
「「あ、」」
「ん?」
でも一個あらぬ方向に飛んでったティーカップ!
うぉぉぉぉ、届け私の足!!サンダルで良かった!
裸足の指で、なんとかキャッチ!
危なかった…………ふぃ〜
一応、そろそろと脚でそこのテーブルにティーカップ置いて、ついでに引き寄せた椅子にお爺さん降ろすね……
「その片足の体幹。
本当に、アーツマスターだったのですか……!」
「あの巻物、本物だったのね……」
え、信じてなかった??まぁ胡散臭いか。どっちでも良いし。
「そう言う二人は何さ今の?
ユエンさん、あの手の動きにちらりと見えた複雑な指の形……『魔力点穴破壊』の技なんて知ってる限りは『飛燕拳』しか教えてないよ。
覚えるのも難しい秘密のアーツ、その達人とはね」
「いやハハハ……お恥ずかしいものを」
「そして奥さんのアレ。
一度力を別の方向から加えてかき消して、キャッチする瞬間もわざと下に手を動かす事で帰ってその力が拡散されてしまうって現象をわざと起こした。
『流水拳』の噂通り。
巨人の拳も受け流して、倍返しで放つもあんまり誇張じゃないね?」
「……一瞬で見抜くその目。あなたも流石アーツマスターね」
拳を前で突き合わせ、一礼してもらう。
あ、だけどそんな場合じゃねぇや!
「おじーちゃーん!まだ葬式は要らないよねー?」
「は……恥を偲んで言うが、葬式になりそうなぐらい腹が……」
ぐぅぅぅ、となる腹の音。
「腹が……減った……何日前だ、ネズミ食ったのは……」
「ばっかアンタ人間が死に急いでんじゃねーの!人生短くて80年とかエルフじゃ物心もつかないんだから!!」
「うぅ、金が無い……せめて水だけでも……!」
「元気になってから払いに来なおバカジジイ!!
飢えてるヤツは、ゆっくり飯食うの!!」
そうだわ、今日はコーンポタージュ作ってたわ。
今日のスープから飲ませないと、飢えてる時かっこんだら死ぬって父ちゃんも言ってたし!!
「ったく、変わった客ばっかで飽きないね!!
次は何くると思う?ドラゴンでもやってくる?」
「大変ね、ミシェル師匠」
「お代おいときますね。
そこの老人の分も」
「え?いやいや、私勝手に看病してるだけだし!」
「出会いは一期一会。って、これ起源が異世界の言葉らしいですね。
まぁ、格好つけさせてくださいな」
「ま、元気になったら返してね。
ダーリンの次にイケメンなおじいさま♪」
「……この恩は必ず……!」
「とりあえず火傷しない程度にスープから飲みなー?
あーあー、何してんのさおじーちゃん!」
いや全く、飽きない日々だね!
次は変な客来ませんように!!
***