第13話 : 陽春拳《ミシェルアーツ》の極意
─────空中で開いた傘が、空気をとらえて落ちる速度を抑えてくれる。
そんなわけで優雅に平地に着地して……はい、魔法無しでも空から無事!
「ふいー……後はこのまま逃れれば良いけど、」
「まぁそうはいかないわな」
……魔神さんって気がついたら背後にいるとか好きね。
振り向いたら腕組んでこっち笑って見てるし。
「俺は、アーウィン。
あいにく、女相手でもアンタには酷い目に遭ってるからな。
ガチで行くぜ」
「……ガチで?
嘘つけ。アンタだいぶ優しいよ」
あ、って言いかけた相手に、投げ矢をブッ刺す。
同時に、相手に向かって走り出す。
「て、」
「ガチでっていうなら背後向いている間に倒すのさ」
めぇまで言う前に、ナイフで首の動脈を刺す。
魔神の回復力は舐めないし、パワーも舐めない。
そのまま相手を引き寄せて、相手の片腕捻り上げてナイフ持った腕で押さえて、ついでにもう片方は鎖骨に肘叩き込んで折っとく。
「!?!」
「なんか派手な技やるつもりだった?
派手に戦うつもりだった?
魔力乗せた拳で殴り合い?馬鹿なこと言わないでよか弱いエルフだぞ?」
ナイフで首切り裂くついでに絡めた片腕を変な方向に曲げてやる。
相手が出血。まさか血に毒とかないよね?
「な、」
「ご生憎様。私は身体能力で勝ってる魔神相手に真正面から戦う趣味は、無いの!!」
蹴りで動こうとした足をへし折る。
硬いな……でも折れたし転んだ。
急いで飛びかかって、全力でナイフを背中から肋骨の隙間狙って心臓に突き刺す。魔神の急所だよ。
「後、私の武術はナイフの扱いとかも習うから、魔神の世界で覚えとけ!!」
開幕、数秒。見せ場なしの決着。
悪いね。これが唯一の勝ち筋だった。
「グッ……畜生、こりゃ完敗だ……
次あったら、」
「次は全力で逃げるからね!!」
名乗ってたけど覚えてない魔神の心臓に、さらにナイフ越しにストンピングして深く突き刺して絶命。
いや一応不死身だし、送還ってかな?
この世のものと思えない悲鳴あげて煙になって消えた。よし終わり。
「───ってわけにもいかねぇんだよなぁ!!」
瞬間、煙が後ろで固まって再びあの角付き魔神の姿になった。
死んでないのかい!!
「らぁッ!!」
ブン、と一撃で首から上斬りそうな暗黒魔力纏ってる感じの腕をしゃがんで回避。
油断したのはこっちか。反省。
トンッ
しゃがんだバネで体当たりして、相手をその暗黒魔力纏った一撃の勢いのまま進行方向を大きくぶれさせる。
「うぉあぁぁ!?!?!」
そのまま、あらぬ方向で地面を抉りながら二転三転。
あぶねーな、アレ人に打って良い技?エルフは人間より脆いんだよー?
「ははは!!やっぱすげぇなアーツマスター!!
魔力がデカいとか体が強いとかじゃない強さだ!!」
だけど、即座に影みたいな翼広げて、遠くからやってくる。
ダメージは鼻血ぐらいか。
「……何?聖剣でもなきゃ死にませんって?
やだね、そういうのは持ってないのに」
「いやいや、死んださ。今もちょっと頭がぐらついてる!
蘇生魔法って奴だよ、今の契約者ちゃんは見た目も魔法の腕も抜群の女だ」
さぁて、とか言いながら、相手が拳を前に構える。
「チビだったアンタもたった200年で良い女になったな!!
まだ付き合ってもらうぜ、この喧嘩によ!!」
「……ハァー……魔神ってだから嫌い」
───なんて戦いに純粋なんだろうか。
卑怯で卑劣、陽春拳には容赦とかいう文字はない。
……ちょっと、暗殺拳とかって色が強いのさ。
真面目な勝負が好きな正統派な戦士な心を持つ皆さんにはウケ悪いかこのアーツ。
まぁ通じなかったけどこのあまりにあっけない決着通り、相手の出方すら伺わないレベルで何もさせない、を絵に描いたような技こそ本懐。ガチ殴り合いは面倒いし。
そんなことした相手になお、真面目にやろうぜと言うか。
本気で……はぁ。
「……お見それしたよ、魔神さん」
「アーウィンだ名前ぐらい覚えてくれ」
「じゃあ、アーウィンさん。
分かったよ。良いよ。やるか、真面目に」
足に力を込めてやや内股。
両手は開いて、両腕は右を前にやや肘を曲げてでもほぼまっすぐ、左手は関節のあたりに添えるよう。
私のアーツの基本の構え。
200年間ずっと、この構えから始めてきた。
「陽春拳師父、ミシェル・リューだよ」
「……良いな、今のアーツマスター。
お前みたいな目の奴と戦うことこそ誉だ」
対して、ニィッと笑う相手が改めて拳を前に構えて待つ。
────最悪なパターンを引いた、が内心。
例えば、すごい魔力を纏って大きく薙ぎ払う技だとか、
例えば魔法を乗せて爆発するような一撃を放つとか、
そっちの選択肢を、してくれない。
派手な技は隙が大きいから楽なのに、あくまで相手は殴り合いをご所望らしい。
嫌だね〜……私は女子供エルフ、パーフェクト弱い生き物代名詞全部持ってるのに。
あ?300歳はエルフじゃ小娘じゃバーカ。
コイツ何歳?1000行ってる?小娘に本気かクソジジイ魔神が。
まともに殴り合うと、質量、筋力、骨密度、魔力の量、全てにおいて相手が上で負ける。
それをさせるとは、ああマジでコイツ油断してないと言うことだし。
やりにくい!!
やりたくない!!!
私死ぬ!!
なんて、思ってるけど、一歩、二歩。
ゆっくり、ゆっくり進んで距離を詰めるしかない。
お父さんから受け継いだ武術
それを私の性格と体格、思想に合わせて改めて組み直した陽春拳。
欠点は、私がチビで弱かった頃生み出したし、背も手足も伸びても弱い私の弱い部分を補うべく、
こう……他のアーツより大分射程距離というか、交戦距離が短いんだよな〜!!
イグニスお爺さんの極大拳よりは長いけど……けど……!!
いつの間にか、ああもうお互い拳一つ分かろうじて離れてますって距離。
ブン!拳が鼻先を掠める。
今のは、ただの挑発だ。反応しなくてよし。
いや反応すべきだったかな、何笑ってんねんこの魔神さんは。
(俺の挑発を見切ってやがる……強いなぁ、オイ!)
って顔に書いてありますよー。そりゃ勘違いにも程あるわね。
弱いからさ……常に当たるか当たらないか気にしてんのよこちとら。
「……すぅー……ふぅー……」
心拍数は、上げすぎない。
自分の心臓の音、荒い呼吸の音で、相手の音が聞こえないなんて笑い話だ。
私の陽春拳の要は、技でもなければ卑怯な技でもない。
エルフの使う武術とは何か?
それは、千里見渡す目と言われる視力で相手の僅かな変化を見ること。
それは、森の反対側の針が落ちた音を聞けると豪語する耳で、僅かな心音の変化を聞くこと。
それは、天気が変わる瞬間を肌で感じる感覚で、相手の僅かな筋肉の動きを察知すること。
それは、弓兵か魔法使いかで生計を立てる種族としての高い魔力探知能力で、相手の魔力の変化を感じること。
全てを知って、ただ一瞬。
『先の先』、あるいは『後の先』を確実に取ること。
それが、エルフのアーツ。
それが、陽春拳。
その、基本にして絶技に至る武の思想。
「────シャアッ!!!!」
先手。魔神さんの左の正拳突き。
バキッ!
右腕で左正拳突きを逸らしながら掴んで、引き寄せる腰の動きと慣性で左の拳を顎に叩き込む。
ゴギッ!!
ほぼ同時に相手の左肩を外せた。
「チィ!!」
ちょっとは痛がれよ。
相手は左腕を捨てた。掴まれたままぐるりと一回転して致死の威力の肘。
滑るように左手を相手の体に沿わせて動かして、肩を抑えて肘の威力を止める。
同時に右の拳で顔面。
「ブッ!!」
今だな。
肩甲骨から、両腕を回すように、高速で弓を引いて矢をいるエルフに伝わる独特の射撃技術の応用で殴りまくる。
ただそれだけの、連続パンチ。
多少拳に魔力纏わせて硬くする硬魔功で魔神さんの頑丈な身体でも痛いレベルの威力になってるだけで、基本はただ殴るだけ。
一発で仕留められない。そんな強さはない。
だから、百発叩き込む。
私のアーツのあまりにも単純な必殺技。名前なんにしようかは未定。
「ぐっ!!うっぐ……!」
ただ技っぽいことで言えば、頭を守れば腹を、腹を守れば脇腹を。
相手も硬魔功もどきで身を守るなら、魔力の流れにして魔法の要の点穴へ魔力叩き込んで阻害する擒拿術をして防御をさせない。
まぁ、それでもただ硬い拳で殴ってるだけの、一撃しするわけでもない連続パンチってだけ。
「くそ……エルフ弓兵の制圧射撃かよ……調子に乗るなよッ!!」
ダメージ覚悟で腕を振り払った腕の関節を狙って数発拳と手刀を叩き込んで一時的に痛みで体制を崩して一気に懐に踏み込んで殴りまくる。
ちょっと連続パンチしまくるのは辛いけど、相手に反撃させないで一方的に殴られる怖さと痛さを味合わせなければいつ逆転されてもおかしくない。
「……なんて冷たい目だ……そう言うのは俺らのする目だろ!!」
喋る余裕あるぐらいだしね、再び振り払いとなんと暗黒魔力の衝撃波とか出してきた。
吹き飛ばされる……私は、頭から後ろに倒れるように体が浮き上がった。
その勢いで、相手の顎に蹴りを叩き込みながら。
「─────?」
距離をとったはず。衝撃波で相手は吹き飛んだのだから。
それは吹き飛んでから言うべきで、吹き飛ばされながら蹴りを入れるぐらいはアーツマスターとして弱い部類でもできる曲芸だよ。
顎は、首を起点にテコの原理で、衝撃を加えると最も脳を揺らす部位である。
どんな頑丈な生き物でも、脳みそは繊細で限りなく揺らさないようにしないといけない。
だって、クルリと一回転して着地して暗黒衝撃波を乗り切った私の目の前の、
天を仰いで完全に魂が上に1mぐらいズレてる魔神さんのようになるから。
「シッ……!」
指先を硬魔功で固めて、狙うは肋骨の下斜め。
ずぶり、と指がめり込んだ場所。骨の隙間の肉しか守らない、心臓した部分を指先で感じる。
一歩前へ踏み込み、足先から腰へ、腰からその場で力を腕へ流すよう動かす。
ワンインチパンチ。ワンインチって異世界では短いって意味。
短い距離分、ほんの少し拳をつき込めるだけの距離で、
これだけで、心臓を止められる程度の威力が出る。
「…………えぇ……?」
さぁ、と黒い粒子になって消えていく魔神さんの最後のセリフが、あまりにあっけないことへの疑問なのかなって言葉。
そして、今度こそ魔神さんの体は消えた。
「…………はー、良かったわ最後の最後まで自分が強いからって油断してくれて」
お父さんから受け継いだアーツ。
そこから生まれた私のアーツ、陽春拳の教え通り。
1つ。油断しているうちに畳み掛けて倒せ。相手に技なんか出させるな。
2つ。不意打ちが成功したら間髪入れずに動けなくなるまでやれ。
3つ。攻防しないに越したことなし。一方的にやれ。
概ねその通り、戦えてよかった。
「…………強かっただろうね。でも強いところを見ないまま倒せてよかったよ。
じゃあ、だれ助けに行こう?」
切り替えてこう。
他の人も苦戦してたらやばいし!
「────ギェェェェェェェッッ!!!!!?!?」
と、そう思っている間に後ろからすごい叫び声が吹っ飛んできて、すぐ近くの岩にめり込むようぶつかりましたとさ……
岩の方に顔向けたら、亀みたいな魔神が全身の硬そうな身体をヒビだらけにして岩にめり込んでました。
「───力加減を誤ったか。未熟な」
と、トコトコ吹っ飛んできた方角から、頭をかきながらあーあー間違えっちゃったみたいな顔のイグニス爺さんが歩いてくる。
「…………爺さん、強く打ち込みすぎ!」
やっぱイグニス爺さん強いなぁ!
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