プロローグ:むかしむかしの奇妙なお話
この世界には、異世界からやってきた人の伝説がたくさんある。
アーツマスターと呼ばれた人間も、そんな一人の人間で、当然伝説があった。
ある日ふらりと現れたその異世界の人は、とんでもないほど強かった。
剣でも槍でも強かったし、なんなら魔法を覚えるのも速かった。
でも、それ以上に恐れられたのは、
この異世界人が素手でもだいぶ強かったってこと。
自分より力のあるオークを一撃で負けを認めさせ、
もっと大きな巨人を投げ飛ばしたとも言われてた。
かと思えば風のように早い妖精を一切傷つけず捕まえられて、不定形なスライムの見えないはずの核を正確に打ち抜いて倒す技量と速さもあった。
「なんでそんなあなたは強いのか?」
という質問に、その人はこう答えた。
「武術だ」
アーツっていう言葉は、今じゃ彼の使う『武術』のこと。
この人は、さらに森のエルフの大魔法使いから魔法も学んで、
さらには各地の剣術やら槍なんかの武器術も取り入れて、よりこのアーツっていう物を強化していった。
アーツマスター、って呼ばれるようになったのは、本人の名前が聞き慣れないせいだって言われてもいたけど、
その無敵になれるような武術を惜しみなくみんなへ教えてくれたからこそ、魔法使いの師匠のようにみんなが慕ってくれたからとも言われているわけで。
教えを乞われれば、どんな人にも、エルフやオークや獣人にも、
さらには、たとえ悪名高い魔族達にも、
アーツマスターは、来るもの拒まず、平等に分け隔てなく自分の技を教えていた。
でも、時の権力者達は、そんなアーツマスターの存在を恐れたんだ。
人間の王も、魔王も、言っちゃえば敵対することで、何よりどちらかの敵味方って言う括りが欲しいって人たちがね。
アーツマスターの命が狙われたとき、
彼は進んで処刑台に行ったんだ
弟子の皆がなんでそんなことを、問いただしたとき、アーツマスターはある巻物をその時の弟子達に渡してこう言ったわけ
「自分のせいで、世界に迷惑をかけた。
アーツを広めた事を悪とは思わないが、彼らは私の命を差し出さなければ皆を傷つけるだろう。
元凶は私一人にして、皆は解散し生きなさい。
それでも私を慕うなら、その巻物に私の技の全てを記した。
それを修め、自らの『武術』を作り、
皆が新たな『アーツマスター』となりなさい」
アーツマスターは死んだ。
案外、静かな処刑だったらしい。
だけど、その技は残った。
ある弟子は、あえて女神様の教会に入って、その技を異端ではないと示すべく尽力した。
ある弟子もその力を示すべく、王国に使える騎士になった。
同じ理由で魔王四天王に上り詰めた弟子もいた。
この二人は、生涯のライバルだったって言われてる。
やはり、この世の中自体全て許せなくて、二つの勢力を滅ぼそうと言う意思で一つの国を拳で作った弟子もいた。
秘密結社を作って、裏で暗躍し続けた弟子もいた。
もちろん、普通の職業について、静かにそのアーツを磨いてきた弟子もいた。
今、その弟子達と、その弟子達のアーツを紡いできた人たちこそが、
アーツマスター
その名前と技を紡いできた、達人達なんだ。
***
「で、そこの壁にかけてある、変な文字書いてある巻物が、一応アーツマスターの証なんだよね」
さて、今日の『ミシェルさんのティーハウス』のお昼の軽食セット出しつつ、冒険者のみんなに店の壁に置いてある巻物の説明するわけです。
『いや、まずそんな大切なもん壁にかけて見せもんにすんなよ!』
そして、みんなのツッコミにたははと笑う私なのでしたー。