第6話:盗賊のアジト
盗賊のアジトは、ファカが聞き出した通り、クリル森を北へ向かった先にある洞窟だった。
ごつごつとした岩肌が剥き出しの、陰鬱な雰囲気が漂う場所だ。
物陰に身を潜め、辺りの様子を窺う。
洞窟の入口には篝火が焚かれ、いかにも見張りといった風体の男が二人、
あくびをしながら座り込んでいる。
そして、少し離れた場所をもう一人が巡回しているのが見えた。
「まず、巡回中のやつを倒そう。
ファカ、あいつを色仕掛けでどうにか出来ないか?」
俺が小声で提案すると、ファカは妖艶に微笑んだ。
「お任せくださいまし♡」
夜の森、盗賊の見張りが一人で巡回している。
肩に剣をぶら下げ、気怠げに口笛を吹きながら歩いていると、
闇の中からか細い声が聞こえた。
「助けて下さいまし、モンスターに追われておりますの!」
声のした方へ目を向けると、胸元をはだけさせ、胸を大きく揺らしながら、
美女がこちらへ駆け寄ってくるではないか。
ファカはわざと足をもつれさせ、男の腕の中へ倒れ込むように見せかけた。
「おいおい、なんだ、こんな所に女とは……こりゃツイてるぜ」
男が下卑た笑みを浮かべ、ファカを抱きとめようと腕を伸ばす。
その懐に飛び込む寸前、
しなやかな身体の動きはそのままに、鳩尾へ向けて鉄拳を叩き込む。
「棘手・麻痺拳!」
「がはっ…!」
鈍い打撃音と共に、男の身体がくの字に折れ曲がる。
紫色の霧がふわりと広がり、男は白目を剥いて全身を小刻みに痙攣させると、そのままピクリとも動かなくなった。
(ファカさんグッジョブです)
俺は親指を立てた。
「ふふ、案外楽しいものですわね♡」
残るは入口の二人。
篝火を囲んで座り込んでいる男たちは、まだ何も気づいていない。
「あの二人を片付けますわ」
ファカが俺の耳元で囁く。
その声には、獲物を前にした捕食者のような冷たさが宿っていた。
「静かにそっとだぞ。ツタで締め上げろ!」
ファカは軽く頷くと、音もなく闇に溶け込んだ。
彼女の腕から例の紫黒のツルが、まるで生き物のように伸びていく。
ツルは洞窟の壁を蛇のように這い上がり、
見張りの男たちの真上へ回り込むと、音もなく背後へ垂れ下がった。
次の瞬間、二本のツルが同時に男たちの首に巻き付く。
「ぐっ!?」「な、なんだ!?」
悲鳴を上げる間もなく、ツルが締め上げられ、二人の身体が宙吊りになる。
足が地面を離れ、もがき苦しむ男たちの顔がみるみるうちに紫色に変わっていった。
ファカは冷徹な瞳でその光景を見つめ、ツルをさらにきつく締める。
男たちの抵抗が弱まり、ぐったりと手足が垂れ下がったところで、ツルを緩めた。
気を失った二人の身体が、ぐしゃりと音を立てて地面に落ちる。
「……おいおい、それじゃあ、まるで必殺仕事人だよ」
俺が呆れ半分、感心半分で言うと、
ファカはくるりと振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふん。ご主人様が夢中になっておられた番組ですもの。
水槽越しに、固唾をのんで観ておりましたわ!」
そう言って、彼女はどこか誇らしげに胸を張った。
どうやら、俺がリビングで見ていた時代劇、
水槽の中から一緒に鑑賞していたらしい。
魚の身でありながら、人間の娯楽を完全に理解していたというのか……。
(フグ、恐るべし……!)
◇
「あとは、洞窟の中の六人だな」
俺が洞窟の奥を窺いながら呟くと、隣のファカが物騒なことを言い出した。
「ふふっ、まとめて毒を流し込んでしまいましょう♡」
「は?」
「ですから、毒でいっきにちゃちゃっと…済ませませんこと?」
まるで部屋の掃除でもするかのような気軽さだ。
「それは、いかんだろ。囚われた人がいるっていってただろう」
山賊の話では、女もいると言っていた。巻き込むわけにはいかない。
「まぁ……死にはしませんわ。
痺れさせるくらいの弱い毒なら問題ありません」
ファカは自信満々に胸を張る。
「うーん、むやみに突っ込むのは危険だし、それで行くか!」
「はい。御主人様♡」
ファカはそっと洞窟の入口に身を寄せ、胸いっぱいに息を吸い込む。
次の瞬間、その紅い唇から、淡い紫の吐息が霧のように漏れ出した。
「幻花・睡蓮の吐息」
甘く、どこか心を溶かすような香りが夜気に漂い、
洞窟の奥へと静かに流れ込んでいく。
それはまるで見えざる川となって、隅々にまで染み渡っていった。
やがて、中から聞こえていた下卑た笑い声や怒号が、悲鳴に変わる。
しかしそれも束の間、鈍い音と共に物が倒れ、やがて間の抜けた鼾だけが残った。
「……終わりましたわ♡」
ファカがにっこりと微笑む。
俺たちは静かに洞窟の中へ足を踏み入れた。
内部は広く、生活の痕跡が散乱している。
が、物陰から突然マスクをした盗賊が斧を振りかぶって飛び出してきた!
(っ――!痺れていない!?)
「グラビティ・バインド!」
とっさに魔法を放つ。
盗賊の動きが鉛のように鈍り、斧が俺の額を裂く寸前で止まった。
「ファカ! まだ動いてるやつがいる!」
「あらあら……」
ファカは優雅に振り返ると、残像のような速さで接近。
鈍った盗賊の首筋へ、寸分の狂いもなく手刀を叩き込む。
乾いた音と共に、盗賊はその場に崩れ落ちた。
その奥、洞窟の隅に粗末な木の檻が設置されているのが見えた。
中には、ファカの毒で痺れた二人の女性が、痙攣しながら怯えている。
「俺は冒険者カイです。大丈夫ですよ。今助けますから」
俺は檻に駆け寄り、習得したての支援魔法を発動させる。
「解毒の魔法:ピュリファイ!」
俺の手のひらから放たれた柔らかな光が、女性たちを包み込む。
二人の痙攣が収まり、安堵の表情を浮かべた。
覚えたての支援魔法も役に立ち、
こうして、俺たちの異世界最初の拠点は、無事に(?)手に入ったのだった。