第41話:ラザムとの戦い
玉座の間の空気が、刃のように張り詰める。
ラザムは長剣を抜き、ゆったりとした足取りで間合いを詰めてくる。
その動きには一切の隙がない
「震えているぞ、小僧」
口元に笑みを浮かべ、ラザムが挑発する。
「仲間を救いたいと口では言うが……お前の腕で何ができる?」
俺は短剣を構え、喉の奥で息を押し殺す。
「やってみなきゃ、わからないだろ」
刹那、空気が爆ぜた。
ラザムが一息に距離を詰めてくる。速い!
身をひねって直撃を躱すが、あえて剣先を腕にかすめさせ、血しぶきを上げた。
「ほう……わざと当たりに来たな」
「ああ。お前に“恩”を返すためにな」
俺は低く呟き、魔力を解き放つ。
「――素早さ強化、対象・ラザム」
ラザムの瞳が、侮蔑から驚愕へとわずかに揺らぐ。
「……何の真似だ?」
この瞬間のために、俺は一人で訓練を重ねてきたのだ。
対象者への魔法の多重がけ――常識外れの荒業を。
「――素早さ強化! 対象、ラザム!」
(そうだ、こういうときの為に俺は1人で訓練してきた)
ありったけの魔力を込めて、立て続けに同じ魔法を放つ。
次の瞬間、ラザムの身体が弾丸のように跳ねた。
いや、壁に当たった銃弾のように、予測不能な軌道で空間を暴れ回る。魔力に肉体を引きずられ、その動きはもはや彼の意思の範疇を超えていた。
「もっとだ!――素早さ強化!」
「クソッ……! 体が……!」
ラザムは壁を蹴って軌道修正を試みるが、殺しきれない勢いのまま燭台に激突。油を浴びて床を転がる姿は、さながら暴走した魔弾だ。
彼の瞳が、一瞬、獣のように見開かれる。己の肉体に裏切られたことへの、純粋な恐怖の色が浮かんでいた。
「……ッ、止まれ……!」
その叫びは怒号ではなく、もはや懇願だった。
だが身体は命令を聞かず、弾丸のように空間を跳ね回り続ける。
威厳ある王は、ただの暴走する傀儡へと変わり果てていた。
油で滑る手足をもたつかせ、必死に立ち上がろうとするラザム。その隙を、俺は見逃さない。床に片手を突き、奴の影を睨みつける。
「――重力の枷!」
「ぐっ…! 体が…鉛のように……!」
見えない力で床に縫い付けられるラザム。
「――これで終わりだ!」
俺は壁の松明を引き抜き、身動きの取れないその体めがけて投げつけた。
轟音と共に炎が燃え広がり、ラザムは生きた松明となって断末魔の叫びを上げる。
そのとき、ラザムの影から、ベニーの姿が音もなく現れた。
俺はラザムを縫い付けていた重力魔法を解き、叫ぶ。
「今だっ!!」
ナイフの煌めきが走り、氷のように冷たい声が響いた。
「喉斬り」
煌めいた銀閃が、炎の轟音にかき消されそうな鈍い音を立てて肉を裂く。
炎に焼かれながら、ラザムは絶叫一つ上げなかった。崩れ落ちたのではない。最後の場所を選ぶように、ゆっくりと膝をついた。その瞳は、彼を包む炎よりも激しい光を宿し、俺を射抜いていた。
切り裂かれた喉から、血と煙の混じった呪詛が漏れる。
「……お前のことは……決して忘れん。
死んでも……魂を追い詰めて……必ず、殺す……」
それは断末魔ではなかった。
滅びゆく王の、最後の呪詛――そして勝利の確信に満ちた哄笑だった。
「さっさと燃え尽きろ、化け物が」
ベニーは冷たく吐き捨てると、追撃のナイフをラザムの眉間に突き立てた。
「旦那さんの魔法、本当にえげつないですね」
「お前の刃もな。見事だ、ベニー」
俺たちは床に転がった鍵を拾い上げ、地下牢へと続く鉄扉へ急いだ。
◇
地下市場の最奥――。
重厚な鉄扉の前に立ち、俺は固く鍵を握りしめた。
ベニーが託してくれた、希望への鍵だ。
「ここからは旦那さんの役目です。
……ちゃんと王子様の役目、果たしてくださいよ」
その言葉が脳裏に響く。柄じゃない。
だが、今だけは――俺が揺らぐわけにはいかない。
深く息を吸い、扉を押し開けた。
ひやりとした空気が肌にまとわりつく。
壁に打ち付けられた鎖。その先に繋がれた、俺の全てだった。
サリヴァは唇を噛み締め、ムーは虚空を見つめ、
ショウコは震えも忘れたように項垂れていた。
そしてファカ――赤い髪が床に垂れ、魂の灯火が消えかけていた。
「……みんな」
絞り出した声は、自分でも驚くほどかすれていた。
その声に、ぴくりと最初に反応したのはファカだった。
伏せていた顔がゆっくりと上がり、虚ろだった瞳が、俺の姿を捉える。
揺らぐ焦点が、やがてはっきりと像を結んだ瞬間、
その瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。
「ご、しゅじん……さま……?」
信じられない、とでも言うように。
夢を見ているのかと疑うように。
その声は、希望と絶望の狭間で震えていた。
「待ってろ、今助けてやる」
俺は最初に、最も心を閉ざしているショウコの元へ駆け寄った。
鎖を外し、肩に触れると、彼女は幼子のように泣きじゃくりながら胸に飛び込んできた。
「旦那様……! もう、会えないかと……」
「もう大丈夫だ。俺は生きている」
震える背中を強く抱きしめる。
サリヴァは鎖が外れると、無言で俺の胸に額を押し付けた。
その肩が、悔しさと安堵に細かく震えていた。
ムーは俺をそっと抱きしめ、涙を流しながら呟いた。
「主様……ごめんなさい。わたくしが盾なのに……」
「お前がいたから、みんなの心は折れなかった。ありがとう」
ファカは鎖が外れると、震える手で俺の頬に触れた。
「ご主人様……また、生きて戻られましたね……」
「当たり前だろ。お前を置いていくわけがない」
彼女は笑おうとしたが、すぐに崩れ、俺の胸に顔をうずめて嗚咽を漏らした。
「怖かった……ご主人様のいない世界は、暗くて、寒くて……本当に、怖かったのです……」
四人の温もりが、俺を包む。
裸であることなど気にならなかった。
ただ、傷ついた彼女たちを、力の限り抱きしめ返す。
俺は自分の上着を脱ぎ、最も震えているショウコの肩にかけた。
「帰ろう。俺たちの家に、みんなで一緒にだ」
その言葉に、四人は涙に濡れた顔で、しかし確かに頷いた。
外に出ると、ベニーが馬車を用意して待っていた。
乗り込んだ馬車の中には、静かに座席に横たわるあの翠玉色のエルフの美女がいた。
俺たちは、お互いの存在を確かめ合うように寄り添い、
傷だらけの体と心を温め合った。
馬車は、光の差す俺たちの拠点へと、静かに走り始めた。




