余命二ヶ月の聖女の初恋は
マルケは目鼻立ちの整った美しい少女だったが、それは際立った特徴というわけではなかった。
マルケはファルガウス王国建国時以来、ほぼ三〇〇年ぶりに現れた聖女として有名だったのだ。
先代の聖女は、大ケガで落命寸前の始祖王を救った偉大な存在として知られている。
当代の聖女マルケもまた、偉大であることを期待された。
マルケが聖女として見出されたのは五年前だ。
きっかけは一二歳に達した子供達が参加する選別式だった。
神に選ばれし者が出現した時神託が下るのは、幾度かの例がある。
マルケが聖女であるとの神のお告げに、村の教会はそりゃもう大騒ぎだった。
マルケは神託を受ける以前にも聖女の力を使えたはずだが、気付いてはいなかった。
自分には聖女の力が無効だということもある。
自分の傷一つすら治すことができなかったから。
たまたま事故で瀕死になった男をあっという間に治し、聖女の力は紛れもなく本物だと認められた。
マルケは王都の聖愛教会に迎えられ、聖女としての勤めを果たすとともに、教育を受けさせられることになった。
聖女ともなると王侯貴族と面会する機会もあるから。
この時代、回復魔法や治癒魔法、また浄化の術が発達していたので、三〇〇年前に比べれば聖女の出番は少ないのではないかと考えられていた。
しかし聖女の力は圧倒的だった。
単なる治療術師の手には負えない病気や身体欠損にまで、聖女の力は有効だったからだ。
マルケが王都に来て三年目、王都は流行り病に襲われた。
しかしマルケの大活躍により、被害は最小限に抑えられた。
このことが聖女マルケの名声を高めた。
しかし聖女マルケの運命に暗雲が漂う。
最初に異変に気付いたのは宮廷占術師だった。
何と聖女マルケの寿命がほとんど残っていないではないか。
以前に見た時はまだ十分な寿命を残していたのに!
泡を食った宮廷占術師は、国王と聖愛教会大司教に報告した。
マルケと聖女について徹底的に調査された。
そして一つの仮説が立てられた。
代償なのではないか、と。
聖女の力を使うには、代償として寿命を必要とする。
先の疫病の解決により聖女マルケはかなりの力を使用し、そのため寿命を消費したのではないか?
伝承によると、先の聖女が始祖王を癒した時、聖女自身は倒れて亡くなったという。
事実に矛盾しない。
直ちに聖女の力の使用は停止された。
知らぬこととは言え、マルケには大きな負担をかけてしまった。
しかし王都を病魔から救った大殊勲者であることは厳然たる事実なのだ。
長くない余命であるが、せめて安らかに過ごしてくれと、離宮が与えられた。
それから二年の月日が経過する。
◇
――――――――――十七歳になった聖女マルケ視点。
もう私に残されている寿命は二ヶ月ほどだそうです。
悔いがあるかと言われればそんなことはないですね。
聖女として尊敬され、世のため人のために精一杯尽くすことができました。
満足ではあります。
心残りというか、欲なのかもしれません。
残念なのは恋愛ができなかったことですか。
愛を尊ぶ聖愛教会の聖女でありますのにね。
皮肉なものです。
……私が初めて聖女の力を使ったあの方。
事故でお腹が潰れた状態で運ばれてきて。
見た瞬間に助からない、ムリだと思ったけど、聖女の力を信じろと皆に励まされ。
祈りを込めて手を当てたら、強い光に包まれてあっという間に治ってしまいました。
あのダームと名乗った方は王都の魔道士で。
何度も何度も感謝してくれて。
私が王都の聖愛教会預かりになってからも時々会いに来てくれました。
魔道士って陰気なイメージでしたけど、ダームさんは快活な方です。
いつも私を笑わせようとしてくれました。
ダームさんがいらっしゃるのは本当に楽しみだったです。
会うたびに躍る胸。
思えばあれが初恋だったんですね。
幸せな日々でした。
私が離宮詰めになってしまうと会えなくなりました。
いえ、離宮は王宮庭の隅にありますから。
訪れることができるのは本当に限られた方々で。
もう一度ダームさんに会いたいですねえ。
できれば最期を看取ってもらいたいなあ、とも思います。
贅沢ですかね。
おや、どなたかがいらっしゃったようです。
「陛下ではございませんか。こんな普段着で失礼いたします」
「いや、いいのだ。先触れもなく急にすまぬ。聖女マルケよ」
どうされたのでしょう?
陛下もお付きの方々も焦っているように思われます。
「率直に言う。我が弟が暴漢に襲われ、命が危ういのだ」
「王弟殿下が?」
王弟殿下は隣国ロニエル王国との折衝に携わっているお方。
学生時代にロニエルに留学なさっていたので多くの伝手があり、我がファルガウス王国では最大の親ロニエル派と目されています。
今王弟殿下が亡くなってしまうと、我が国とロニエルとの関係が悪くなる?
「治療術師達により傷は塞いだ。ただ血を失い過ぎているのだ。医師の見立てで予後はよくないとのこと」
「わかりました。私が参ります」
「すまぬ!」
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
王弟殿下は平和に必要な大事なお方。
私の最後の御奉公です。
王弟殿下が運び込まれている王宮医務室に急ぎます。
「政治的背景はないのだがな。護衛もなしにふらっと出かけて、強盗に遭ったのだ。自分の身の重要性も理解していないバカが」
「王弟殿下も気晴らしくらい必要ですよ」
「うむ。しかし状況としては反ロニエル派に襲撃されたようにも見えるだろう? 偶発的に襲われただけと事実を述べただけで、我が国が隠し事をしているように思われてしまいそうなのだ。実によろしくない。ロニエルの疑心を生んでしまう」
陛下の憂慮が深いです。
もし王弟殿下が亡くなると、戦争にでもなってしまいそうな事態なのですかね?
医務室に到着です。
「聖女殿!」
「王弟殿下のお命は?」
「まだかろうじて……」
あれ?
そこにいらっしゃるのは?
「ダームさん?」
「と、仲間の宮廷魔道士だ。時間がないから話は後で」
後でって、多分王弟殿下を救うと私は寿命を使いきっちゃいますけれどね。
でも最後に大好きなダームさんに会えてよかった。
幸せな気分で最後の聖女の力を使えます。
王弟殿下を癒せ。
魔力が高まり光を発するとともに、目の前が暗くなります……。
◇
「……うーん……」
爽やかな目覚めです。
目覚め?
私は王弟殿下に力を使って息絶えたのでは?
まだ少し寿命が残っていたのですかね?
「失礼。聖女殿で間違いないか?」
「あっ、ダームさん。おはようございます」
ここは医務室?
私で間違いないかとはどういうことでしょうか?
躍り上がって喜ぶダームさん。
「おい、お前ら成功だ! 聖女マルケは生き返った!」
「「「「うおおおお!」」」」
宮廷魔道士が何人かいますね。
生き返ったとは?
ちょっとわけがわからないです。
医務室では静かにした方がいいですよ。
「聖女殿、状況を説明しようか? もうすこし落ち着いてからの方がいいか?」
「大丈夫ですよ。説明願います」
「聖女殿は王弟殿下に力を使い、寿命がゼロになって死んだんだ」
「やはり……」
目の前が暗くなりましたものね。
それで生き返ったとはどういうことでしょう?
「ホムンクルスだ」
「ホムンクルス、と言いますと?」
「宮廷魔道士の研究している肉人形だよ」
体組織を培養して成形した人造の肉体なのですって。
ビックリです。
そんなものがあるとは。
本来は戦争で人造兵士を投入するために研究されていたものだそうです。
まあ、怖い。
理論的には完成しているのですが、ホムンクルスに封入する魂と作製コストという大きな二つの問題があり、実用化にはこぎつけられないとのことでした。
「つまり寿命を使い切ったことで聖女殿の魂が肉体を離れつつあったんだ。それを捕まえてホムンクルスに封入した」
「寿命を失っても老化しているわけじゃないから、魂は劣化していない。また怪我でも病気でもないから、魂が傷ついているわけでもない。魂をそのまま使えるレアなケースでしたよ」
「鏡だ。自分の顔を確認してごらん」
ああ、私の顔です。
嬉しいですね。
「ありがとうございます。そのままです」
「だろう? かなり拘ったからな!」
まあ。
ダームさんがこの肉体を作ってくださったのですね。
ちょっと恥ずかしいです。
「身体を動かしてみてくれるか? 違和感はないか?」
「大丈夫のようです……胸が大きい気がしますね」
「好みで盛った!」
もう、ダームさんったら。
アハハと笑い合います。
「我慢できん! 命を救ってもらった時から、いつか君を嫁にと決めていたんだ!」
「こらダーム。確認が先だ」
確認とは何でしょう?
私は聖女である限り、王家ないし聖愛教会に所属するのですが。
ダームさんのことは私も好きですけど、結婚はできそうにないです。
宮廷魔道士のリーダーが言います。
「マルケ殿。今聖女の力が使えるかどうか教えてくれまいか? いや、実際に使わなくていいから」
「わかりました」
あれ?
力を集められない感じですね。
「……おかしいですね。聖女の力がなくなってしまったようです」
「やはりか。予想の範疇ではある」
「どういうことでしょうか?」
「ホムンクルスは神の作りたもうたものではないからな。魂が元のままでも神の恩恵たる聖女の力は使えまいという推論が出されていたのだ」
ではもう私は聖女ではない、のですか。
残念な気もしますが、ホッとする気もしますね。
「マルケはオレがもらう! そう決めていたんだ!」
「マルケ殿もよろしいか? 思い込みの激しいところはありますが、ダームは信頼できる優秀なやつです。ホムンクルスを利用してマルケ殿を生き返らそうというアイデアを出したのはダームでした」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「ダームはマルケ殿を欲しいといっているのだが」
「はい、よろしくお願いいたします」
「やったっ!」
喜んでもらえると嬉しいですねえ。
私の初恋でもあるんですよ。
ダームさんは。
「おいダーム。陛下と聖愛教会へ報告するのが先だぞ」
「もちろんわかってるって」
「ハハッ。では、宮廷魔道士全員が協力して、マルケ殿とダームを後押しすることにしよう。マルケ殿とダームに祝福あれ!」
◇
――――――――――後日談。
聖女ではなくなったマルケであったが、王弟を救った功績もまた大きかった。
王弟が瀕死に陥ったものの聖女の力で救われたエピソードはそのままロニエルに伝えられ、ロニエル側の印象が良くなった。
ファルガウスとロニエルの友好に大きく貢献した形になった。
マルケは離宮にそのまま住むことが許され、また宮廷魔道士ダームとの交際も認められた。
静かな余生をということで訪問を憚っていた王族や聖愛教会の幹部達、また宮廷魔道士等も遊びに来るようになり、離宮は少し賑やかになった。
当初マルケは余生という気持ちが抜け切らなかった。
が、ダームの積極さに導かれ、次第に人生を考え直すようになっていく。
「一八歳の誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
「マルケも成人だな。よし、結婚だ!」
「うふふ」
マルケは抱きしめられると心が熱くなるのを感じた。
確かにマルケはダームを好いていた。
が、かつて聖女だった自分の境遇のこともあり、結婚を具体的に考えたことなどなかったのだ。
元聖女マルケが考えていた幸せとは、まだ蕾にも満たない段階だったかもしれない。
ダームが水をやり肥料をやり、今花を開かんとしていたのだ。
それは愛という名の花だった。
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