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第12話 『エピローグ:帰郷準備と巡礼ラッシュ、胃痛の未来』



王都の夜は、まだ明るかった。


昨日の“神話誕生”から一日経っても、街の熱狂は冷めていない。


人々は広場で火を囲み、歌い、祈りを捧げていた。


城の外には、朝からずっと行列ができている。


「神童様を一目見たい!」

「祝福を授かりたい!」


王都の門が開くたびに、他領や他国から来た巡礼者が押し寄せる。


もはや王都は完全に“聖地”扱いだった。



俺は窓辺からその光景を見下ろし、胃を押さえて呟いた。


「……もう、田舎に帰りたいです……」


昨日、あんなことがあった後じゃ、もう逃げられない気がする。


王都中どころか、国全体が俺を“神域の守護者”と信じ切っている。


「……胃薬、王都ごと買い占めたい……」


背後から父上の声がした。


「リヒト、帰郷の準備を始めるぞ」


「本当ですか!? やった!!」


一瞬で顔が輝く。


やっと家に帰れる。やっと森の静けさに戻れる。


あの、誰も俺のことを神童様なんて呼ばない日々に……!


でも、父上の次の一言が俺の希望を粉々に砕いた。


「ただし、帰路の巡礼者が多すぎる。道が詰まっている」


「……え?」


「列が……国境付近まで続いているらしい」


「…………」


胃が、もげた。



エミリア姉上が、にこにこと言う。


「リヒちゃん、大人気だね~。すごいね~」


「嬉しくないですぅぅぅ!!」


「みんなが会いに来てくれるんだよ?」


「俺、平穏が欲しいだけなんですぅぅぅ!!!」


カイル兄上は腕を組んで真顔で言った。


「この調子じゃ、家に戻っても巡礼が絶えないな」


アルヴィン兄上がため息をつく。


「きっと領地ごと聖地扱いになる……」


「やめてぇぇぇぇぇ!!!」


狸はというと、相変わらず窓辺でぽふんと尻尾を揺らしている。


こいつが全部の元凶だというのに、まるで他人事。


「なぁ、お前責任取れよ……」


狸はあくびをして、目を閉じた。



出発前、城の広場で王様が見送りに出てきた。


「リヒト、国を救ってくれたこと、心より感謝する」


「いえ、あの、俺なんもしてな……」


「この国は、そなたと神獣に永遠の感謝を捧げよう」


「胃が痛いですぅぅぅ!!!」


国王は俺の肩に手を置き、真剣な目で言った。


「この国はもう、君なしでは成り立たないだろう」


「成り立ってくださいぃぃぃ!!!」


「また会おう、神童よ」


胃が、粉々になった。



王都を出る時、道の両脇に並ぶ巡礼者たち。


遠くから来たという人々が、地面にひれ伏して手を合わせている。


「守護者様、祝福を……!」


「奇跡をもう一度……!」


父上に抱えられ、馬車に押し込まれた俺は泣きそうになった。


「もうやだぁぁぁ!!!」



森が見えてきた頃には、やっと少し呼吸が楽になった。


懐かしい空気。静かな緑の匂い。


「やっぱり俺にはここが一番……」


でも、次兄がぼそっと呟いた。


「噂は止まらないだろうな」


父上が静かに頷く。


「この国の歴史は、今日から変わった」


胃が、またねじれた。



夜。


久しぶりの我が家のベッド。


天井を見上げて小さく呟く。


「……平和に暮らしたいだけなのに……」


狸が足元に丸まっている。


「お前もそうだよな? 静かに過ごしたいよな?」


狸は無言で尻尾を揺らす。


(もう二度と胃が痛くなるような騒ぎは嫌だ……)


そう思った瞬間、家の外から遠くのざわめきが聞こえた。


巡礼者たちが、領地の門まで押し寄せているらしい。


胃が再び悲鳴を上げた。



その頃、遠い空の上。


神様がゆったりと笑っていた。


「ふむ……想像よりずいぶん早く、あの子は世界に名を轟かせてしまったな」

「まだほんの始まりだ。

あの子が本当に世界を変えるのは、これから――」


そして、神様はそっと目を閉じた。


リヒトがこの先、さらに多くの“誤解”を背負いながら歩む未来を思い浮かべながら。



こうして、一部の物語は幕を閉じる。


神童リヒト。


神獣と共に国を救った伝説の子。


……ただの田舎の慎重すぎる子どもが、

知らぬ間に歴史を動かし始めた物語は――。


まだまだ、続いていく。


胃痛と共に。



これで第6章(王都編)=一部完結となります。


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