第12話 『エピローグ:帰郷準備と巡礼ラッシュ、胃痛の未来』
王都の夜は、まだ明るかった。
昨日の“神話誕生”から一日経っても、街の熱狂は冷めていない。
人々は広場で火を囲み、歌い、祈りを捧げていた。
城の外には、朝からずっと行列ができている。
「神童様を一目見たい!」
「祝福を授かりたい!」
王都の門が開くたびに、他領や他国から来た巡礼者が押し寄せる。
もはや王都は完全に“聖地”扱いだった。
◆
俺は窓辺からその光景を見下ろし、胃を押さえて呟いた。
「……もう、田舎に帰りたいです……」
昨日、あんなことがあった後じゃ、もう逃げられない気がする。
王都中どころか、国全体が俺を“神域の守護者”と信じ切っている。
「……胃薬、王都ごと買い占めたい……」
背後から父上の声がした。
「リヒト、帰郷の準備を始めるぞ」
「本当ですか!? やった!!」
一瞬で顔が輝く。
やっと家に帰れる。やっと森の静けさに戻れる。
あの、誰も俺のことを神童様なんて呼ばない日々に……!
でも、父上の次の一言が俺の希望を粉々に砕いた。
「ただし、帰路の巡礼者が多すぎる。道が詰まっている」
「……え?」
「列が……国境付近まで続いているらしい」
「…………」
胃が、もげた。
◆
エミリア姉上が、にこにこと言う。
「リヒちゃん、大人気だね~。すごいね~」
「嬉しくないですぅぅぅ!!」
「みんなが会いに来てくれるんだよ?」
「俺、平穏が欲しいだけなんですぅぅぅ!!!」
カイル兄上は腕を組んで真顔で言った。
「この調子じゃ、家に戻っても巡礼が絶えないな」
アルヴィン兄上がため息をつく。
「きっと領地ごと聖地扱いになる……」
「やめてぇぇぇぇぇ!!!」
狸はというと、相変わらず窓辺でぽふんと尻尾を揺らしている。
こいつが全部の元凶だというのに、まるで他人事。
「なぁ、お前責任取れよ……」
狸はあくびをして、目を閉じた。
◆
出発前、城の広場で王様が見送りに出てきた。
「リヒト、国を救ってくれたこと、心より感謝する」
「いえ、あの、俺なんもしてな……」
「この国は、そなたと神獣に永遠の感謝を捧げよう」
「胃が痛いですぅぅぅ!!!」
国王は俺の肩に手を置き、真剣な目で言った。
「この国はもう、君なしでは成り立たないだろう」
「成り立ってくださいぃぃぃ!!!」
「また会おう、神童よ」
胃が、粉々になった。
◆
王都を出る時、道の両脇に並ぶ巡礼者たち。
遠くから来たという人々が、地面にひれ伏して手を合わせている。
「守護者様、祝福を……!」
「奇跡をもう一度……!」
父上に抱えられ、馬車に押し込まれた俺は泣きそうになった。
「もうやだぁぁぁ!!!」
◆
森が見えてきた頃には、やっと少し呼吸が楽になった。
懐かしい空気。静かな緑の匂い。
「やっぱり俺にはここが一番……」
でも、次兄がぼそっと呟いた。
「噂は止まらないだろうな」
父上が静かに頷く。
「この国の歴史は、今日から変わった」
胃が、またねじれた。
◆
夜。
久しぶりの我が家のベッド。
天井を見上げて小さく呟く。
「……平和に暮らしたいだけなのに……」
狸が足元に丸まっている。
「お前もそうだよな? 静かに過ごしたいよな?」
狸は無言で尻尾を揺らす。
(もう二度と胃が痛くなるような騒ぎは嫌だ……)
そう思った瞬間、家の外から遠くのざわめきが聞こえた。
巡礼者たちが、領地の門まで押し寄せているらしい。
胃が再び悲鳴を上げた。
◆
その頃、遠い空の上。
神様がゆったりと笑っていた。
「ふむ……想像よりずいぶん早く、あの子は世界に名を轟かせてしまったな」
「まだほんの始まりだ。
あの子が本当に世界を変えるのは、これから――」
そして、神様はそっと目を閉じた。
リヒトがこの先、さらに多くの“誤解”を背負いながら歩む未来を思い浮かべながら。
◆
こうして、一部の物語は幕を閉じる。
神童リヒト。
神獣と共に国を救った伝説の子。
……ただの田舎の慎重すぎる子どもが、
知らぬ間に歴史を動かし始めた物語は――。
まだまだ、続いていく。
胃痛と共に。
⸻
これで第6章(王都編)=一部完結となります。




