第11話 『神獣無双、伝説が神話に格上げされた日』
王都の外で、地鳴りが響いた。
魔物の咆哮が空気を裂く。
兵士たちは動きを止め、皆が不安げに空を見上げる。
俺は城の医療室の片隅で、震える胃を押さえながらその気配を感じ取っていた。
(ああ……あれ絶対ヤバいやつだ……
昨日までの“ちょっと強い”魔物とは次元が違う……!)
でも、次の瞬間。
もう一つの気配が、ゆっくりと外へ歩いて行った。
ぽふん、ぽふん。
軽い足音。
小さな狸の姿の神獣が、ゆったりと門の方へ歩いていく。
◆
【神獣視点】
あーあ、結局こうなるのか。
あの子があんなに頑張って命を繋いだっていうのに。
わざわざ強い魔物を連れてきて、こんな場所で暴れさせるなんて。
人間って、本当に厄介な生き物だ。
……ま、仕方ないか。
あの子の“胃”がこれ以上痛まないように。
さっさと片付けるとしよう。
俺は門をくぐり、巨大な魔物を見上げた。
黒い甲殻に覆われた四足獣。
王都の外壁より高い背丈、凶暴な牙。
普通なら、王国最強クラスの騎士団でも相手をするのに苦戦する相手。
でも、俺からすれば――。
「ただの、ちょっと大きい犬だな」
尻尾を軽く一振り。
空気がびりっと震え、周囲の魔力が一気に静まる。
魔物が一歩動く前に、俺の前足から細い光の線が走った。
刹那。
魔物の動きが止まった。
……そして、崩れるように地面に倒れた。
そのまま、もう二度と起き上がらなかった。
「終わり」
俺は軽くあくびをして、尻尾で埃を払った。
誰も傷つけさせない。
あの子の前で、もうこれ以上血が流れないように。
それだけで十分だ。
◆
【リヒト視点】
轟音が止んだ。
あまりに突然の静寂に、皆が息を呑んだ。
遠くの門の方から、兵士の叫びが聞こえる。
「ま、魔物が……一撃で……!」
「神獣様の神域の力だ……!」
「いやいやいやいや!!!」
俺は薬瓶を持ったまま叫んだ。
「俺じゃないです! 俺はずっとここにいたんですってば!!!」
でも、周囲の騎士たちは感極まった顔をしている。
「神童様が後方から力を授けられたのだ……!」
「いやぁぁぁ! 薬作ってただけですぅぅぅ!!!」
胃が再びぐるんとねじれる。
◆
門の向こうから、ゆっくり歩いてくる小さな影。
のほほんとした顔の狸。
ぽふんぽふんと足音を響かせながら、まるで散歩帰りみたいに戻ってくる。
兵士たちは震えながらひざまずいた。
「神獣様が……王都をお救いくださった……」
「この地はもう完全なる神域だ……!」
誰かが泣きながら叫んだ。
「これは伝説だ! 神童様と神獣様が国を救った日だ!」
瞬く間にその言葉が広がる。
「神話の誕生だ!」
「今日が歴史に刻まれる!」
「神童様万歳!!!」
胃が、爆発音を立てた気がした。
◆
父上たちが戦場から戻ってきた。
剣を肩に担ぎ、落ち着いた顔をしている。
「……終わったか」
「父上、あれ俺のせいになってません!?!?」
「リヒト、お前は命を救った。それが全てだ」
「胃が死んだことも全てに入れてくださいぃぃぃ!!!」
カイル兄上がぼそっと呟いた。
「国中が、いや他国にまで噂が広まるだろうな」
アルヴィン兄上が真面目な顔で頷く。
「もう伝説級だな」
「やめてぇぇぇぇ!!!」
◆
その夜。
王都は眠らなかった。
人々が街中で火を灯し、歌い、踊り、泣き、祈った。
「神童様と神獣様が、国を救ってくださった!」
「この国は永遠に守られる!」
俺は城の窓辺から、その光景を見て胃を押さえた。
「……俺、何もしてないのに……」
狸は横で丸くなり、尻尾を揺らしている。
「お前さぁ……なんで毎回こうなるの……?」
狸はあくびをして、俺の足に尻尾をぽふんと当てた。
……その仕草だけが、ほんの少しだけ安心をくれた。
◆
こうして、王都を救った“神話”が誕生した。
歴史書にはきっとこう書かれるだろう。
「神童リヒトと神獣が、王都を覆った闇を一夜にして祓った日」
……でも、真実は。
俺はただ、必死に薬を作って、胃を壊していただけだ。
胃を抱えながら、俺は心の中で叫んだ。
(頼むから……もう平和な日常に戻らせてくれぇぇぇぇ!!!)




