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第9話 『王都が神域国家化し国民が熱狂』



朝から、王都はお祭り騒ぎだった。


昨日、国王陛下が「神獣の加護は本物だ」と宣言した瞬間から、もう止まらない。


夜のうちに“神域の守護者来訪”という話が王都全域に広まり、

朝日が昇る頃には――。


「国が救われた!」「新たな時代が始まる!」と、街中が熱狂の渦になっていた。



俺、リヒト。

グランメル伯爵家の三男、ただの田舎の子ども。


今、その田舎っ子が何をしているかというと――。


城の窓から、外の光景を見て震えている。


道という道が人で埋まっている。


旗がひらめき、鐘が鳴り、笛や太鼓が鳴り響く。


「神童様万歳!」

「国の未来は安泰だ!」

「祝福をもう一度!」


いやいやいやいや!

祝福した覚えなんて一回もないですからぁぁぁぁ!!!


胃がキリキリどころか、もはや胃の形をしていない気がする。



朝食を終え、部屋で震えていると、エミリア姉上がやって来た。


「リヒちゃん、今日は外の広場まで顔を出すんですって」


「えっ……なんで……」


「陛下がおっしゃっていたの。“国民が会いたがっている”って」


「胃がぁぁぁぁぁ!!!」


もうやだ。俺の平和はどこへ行ったの……。



城の大扉が開く。


目の前に広がるのは、昨日の謁見以上の人の海。


王都中の人間が押し寄せているんじゃないかと思うほどの群衆。


俺が姿を見せた瞬間、歓声が爆発した。


「神童様だぁぁぁ!!」

「守護者様が降臨されたぞぉぉぉ!!!」

「今日も奇跡を……!」


無理。もう無理。帰りたい。


でも父上の後ろに隠れても、全員の視線が俺を貫いてくる。


背中が焼けるように熱い。


胃薬が欲しい。いや、もう胃薬風呂に入りたい。



狸はというと、俺の足元でのほほんと座っている。


時々あくびをしたり、尻尾をぽふんと振ったり。


それだけで「神獣様が祝福を送っておられる!」と大歓声。


お前何もしないで伝説作りすぎだろ……!



群衆の中から神官たちが出てきた。


長い杖を掲げながら大声で宣言する。


「今日よりこの王都は、神域に守られし都となった!」


「神童様と神獣様が国を選ばれたのだ!」


人々が地面にひれ伏し、祈りを捧げる。


どこかの詩人が勝手に歌を作って歌い出す。


新しい宗教の開祖になった気分だ……いや、なってないからな!?


胃がズキズキと悲鳴を上げる。


「もう帰ろうよ……」と小声で呟いても、誰にも届かない。


父上ですら「もう流れは止められん」と肩を竦めるだけ。



その頃――。


王城の会議室では、別の熱が広がっていた。


「神童を国教の象徴にすべきだ」

「いや、王国軍の旗印にした方が民の士気が上がる」

「神獣を王城に常駐させられないか」


貴族や神殿の高官が、リヒトの存在をどう利用するかで議論を交わしている。


一部の貴族は冷たい笑みを浮かべた。


「この力を国だけで抱えるのは惜しいな……うまく縛り付ければ、他国との交渉でも……」


小声で囁かれる、あまりにも危ない思惑。


王都の外の勢力にこの話が漏れれば――。


“神童を手に入れろ”という命令が出るのも時間の問題だった。



俺はというと。


群衆の前で、父上に促されて手を振らされていた。


「リヒト、皆に挨拶を」


「む、無理ですぅぅぅぅ!!」


「笑顔を」


「胃が爆発しますぅぅぅぅ!!!」


でも、結局逆らえずに小さく手を振った。


その瞬間、広場が揺れるほどの大歓声。


「奇跡が降臨したぞ!」

「国の未来は救われた!」

「この日を一生忘れない!」


胃が、完全に終わった。



夕方。


ようやく城に戻った俺は、部屋のベッドで動けなくなっていた。


胃が痛すぎて、息をするのもしんどい。


エミリア姉上が心配そうに覗き込む。


「リヒちゃん、今日は大変だったね」


「もう……帰りたいです……」


「でも、みんなリヒちゃんのことが大好きなんだよ」


「俺の胃は大嫌いみたいですけどぉぉぉ……」


狸が枕元で丸まっている。


こいつが一番の元凶なんだけどな……。


「なぁ……お前のせいで俺の人生めちゃくちゃなんだけど……」


狸は尻尾を揺らすだけ。


「なにその“諦めろ”って態度……俺、諦めたくないんだけど……」


胃がズキズキ痛む中、明日のことを思う。


これ以上騒ぎが大きくならなければいい。


……でも、絶対そうならない。


王都全体が火がついたみたいに熱狂している。


そして、俺はまだ知らなかった。


この熱狂の裏で、“誰かが動き始めている”ことを。



その夜。


城の外れの暗がりで、フードを被った数人が密談していた。


「神童を確保しろ。あの力は我らのものだ」

「王都の守護が強くなった。明日が勝負だ」


黒い影が、音もなく夜の闇に消えていく。


こうして、“事件”の種火が静かに灯った。


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