第9話 『王都が神域国家化し国民が熱狂』
朝から、王都はお祭り騒ぎだった。
昨日、国王陛下が「神獣の加護は本物だ」と宣言した瞬間から、もう止まらない。
夜のうちに“神域の守護者来訪”という話が王都全域に広まり、
朝日が昇る頃には――。
「国が救われた!」「新たな時代が始まる!」と、街中が熱狂の渦になっていた。
◆
俺、リヒト。
グランメル伯爵家の三男、ただの田舎の子ども。
今、その田舎っ子が何をしているかというと――。
城の窓から、外の光景を見て震えている。
道という道が人で埋まっている。
旗がひらめき、鐘が鳴り、笛や太鼓が鳴り響く。
「神童様万歳!」
「国の未来は安泰だ!」
「祝福をもう一度!」
いやいやいやいや!
祝福した覚えなんて一回もないですからぁぁぁぁ!!!
胃がキリキリどころか、もはや胃の形をしていない気がする。
◆
朝食を終え、部屋で震えていると、エミリア姉上がやって来た。
「リヒちゃん、今日は外の広場まで顔を出すんですって」
「えっ……なんで……」
「陛下がおっしゃっていたの。“国民が会いたがっている”って」
「胃がぁぁぁぁぁ!!!」
もうやだ。俺の平和はどこへ行ったの……。
◆
城の大扉が開く。
目の前に広がるのは、昨日の謁見以上の人の海。
王都中の人間が押し寄せているんじゃないかと思うほどの群衆。
俺が姿を見せた瞬間、歓声が爆発した。
「神童様だぁぁぁ!!」
「守護者様が降臨されたぞぉぉぉ!!!」
「今日も奇跡を……!」
無理。もう無理。帰りたい。
でも父上の後ろに隠れても、全員の視線が俺を貫いてくる。
背中が焼けるように熱い。
胃薬が欲しい。いや、もう胃薬風呂に入りたい。
◆
狸はというと、俺の足元でのほほんと座っている。
時々あくびをしたり、尻尾をぽふんと振ったり。
それだけで「神獣様が祝福を送っておられる!」と大歓声。
お前何もしないで伝説作りすぎだろ……!
◆
群衆の中から神官たちが出てきた。
長い杖を掲げながら大声で宣言する。
「今日よりこの王都は、神域に守られし都となった!」
「神童様と神獣様が国を選ばれたのだ!」
人々が地面にひれ伏し、祈りを捧げる。
どこかの詩人が勝手に歌を作って歌い出す。
新しい宗教の開祖になった気分だ……いや、なってないからな!?
胃がズキズキと悲鳴を上げる。
「もう帰ろうよ……」と小声で呟いても、誰にも届かない。
父上ですら「もう流れは止められん」と肩を竦めるだけ。
◆
その頃――。
王城の会議室では、別の熱が広がっていた。
「神童を国教の象徴にすべきだ」
「いや、王国軍の旗印にした方が民の士気が上がる」
「神獣を王城に常駐させられないか」
貴族や神殿の高官が、リヒトの存在をどう利用するかで議論を交わしている。
一部の貴族は冷たい笑みを浮かべた。
「この力を国だけで抱えるのは惜しいな……うまく縛り付ければ、他国との交渉でも……」
小声で囁かれる、あまりにも危ない思惑。
王都の外の勢力にこの話が漏れれば――。
“神童を手に入れろ”という命令が出るのも時間の問題だった。
◆
俺はというと。
群衆の前で、父上に促されて手を振らされていた。
「リヒト、皆に挨拶を」
「む、無理ですぅぅぅぅ!!」
「笑顔を」
「胃が爆発しますぅぅぅぅ!!!」
でも、結局逆らえずに小さく手を振った。
その瞬間、広場が揺れるほどの大歓声。
「奇跡が降臨したぞ!」
「国の未来は救われた!」
「この日を一生忘れない!」
胃が、完全に終わった。
◆
夕方。
ようやく城に戻った俺は、部屋のベッドで動けなくなっていた。
胃が痛すぎて、息をするのもしんどい。
エミリア姉上が心配そうに覗き込む。
「リヒちゃん、今日は大変だったね」
「もう……帰りたいです……」
「でも、みんなリヒちゃんのことが大好きなんだよ」
「俺の胃は大嫌いみたいですけどぉぉぉ……」
狸が枕元で丸まっている。
こいつが一番の元凶なんだけどな……。
「なぁ……お前のせいで俺の人生めちゃくちゃなんだけど……」
狸は尻尾を揺らすだけ。
「なにその“諦めろ”って態度……俺、諦めたくないんだけど……」
胃がズキズキ痛む中、明日のことを思う。
これ以上騒ぎが大きくならなければいい。
……でも、絶対そうならない。
王都全体が火がついたみたいに熱狂している。
そして、俺はまだ知らなかった。
この熱狂の裏で、“誰かが動き始めている”ことを。
◆
その夜。
城の外れの暗がりで、フードを被った数人が密談していた。
「神童を確保しろ。あの力は我らのものだ」
「王都の守護が強くなった。明日が勝負だ」
黒い影が、音もなく夜の闇に消えていく。
こうして、“事件”の種火が静かに灯った。




