第6話 『父レオンハルト、伯爵に叙爵される』
胃痛が治まらない。
むしろ謁見の間の空気が、どんどん重くなっていく。
狸は相変わらずマイペースで毛づくろい。
……でも、現実は残酷だった。
◆
王様が玉座に座り直し、場を見渡した。
「――これほどの神域の加護が国に現れたこと、誠に喜ばしい。
リヒトを守り育てたグランメル家の功績もまた、計り知れぬものだ」
ざわめく謁見の間。
(え、功績? 俺、普通に育てられただけなんですけど……)
王様が父上に視線を向ける。
「レオンハルト」
「はっ」
「お前はかつて、この国を幾度も救った勇士であり、今なお領民と家族を守る剣だ。
今回の件で、神獣すら共に歩む加護を再びこの国にもたらした。
――よって、グランメル男爵家を伯爵家へと叙爵する」
一斉に響く拍手とざわめき。
俺は耳を疑った。
(えっ!? 今なんて!? 伯爵!?)
心臓が飛び出そうになる。
◆
父上は一瞬だけ目を瞬かせたが、深く頭を下げた。
「……身に余る光栄」
いやいやいや! 父上!!
それ受けちゃダメなやつぅぅぅ!!
俺らの平和がさらに遠のくんですけどぉぉぉ!!!
貴族たちが口々に称賛する。
「さすがはグランメル殿……」
「神獣と共にある家、国の誇りだ」
(……待って! 俺も狸もそんなつもりゼロだからぁぁぁぁぁ!!!)
◆
俺は必死に父上の袖を引っ張る。
「父上! 断りましょうよ! 伯爵なんてなったらもっと目立つじゃないですか!」
「……リヒト、もう流れは止まらん」
「止めてぇぇぇぇ!! 俺の胃が死んじゃうよぉぉぉ!!!」
狸は横で満足げに尻尾を揺らしている。
お前も原因の一つなんだから、責任取れよ!?
この状況、半分お前のせいだからな!?
◆
王様が続ける。
「伯爵家となれば、王都との連携も強まる。
リヒトの存在は、この国の未来そのものだ。
グランメル家は、もはや地方だけに留めておくには惜しい」
貴族たちがまたざわつく。
「国の要だな……」
「未来を託せる家だ……」
胃が限界を超えて逆流した。
(やめてくれぇぇぇ!! 騒ぎをさらに拡大しないでぇぇぇ!!!)
◆
狸に小声で話しかける。
「なぁ……もう帰ろう? このまま帰っちゃおう?」
狸はあくびをしただけ。
「なにその“諦めろ”って顔!? お前も被害者仲間じゃないのかよ!? 一緒に逃げようぜ!!」
周囲の神官が感極まった声を上げる。
「ご覧ください……神獣様と未来の守護者様が密談を……!」
「違う違う違う! ただの逃亡計画だからぁぁぁぁぁ!!!」
◆
叙爵式がそのまま始まった。
金色の証書が父上の手に渡され、剣が肩に当てられる。
「――この瞬間をもって、レオンハルト・グランメルを伯爵に叙す」
再び大歓声。
父上がにっこり笑って俺を見る。
「リヒト、これでお前の未来はさらに守られる」
「いや守られるどころか炎上してますから!! 俺の平和どこ行ったの!?」
「家も領地も、もう揺らぐことはない」
「俺の胃が揺らぎまくってますぅぅぅぅ!!!」
狸がぽふんと尻尾を俺に当てる。
(……受け入れろ)
そんなメッセージが聞こえた気がした。
◆
こうして父上が伯爵に叙爵。
グランメル家は“神獣を連れる伯爵家”と呼ばれることになった。
国の未来?
守護者?
そんなもの求めてない。
俺はただ、平和に生きたいだけなのに。
……胃が……もう、完全に終わった。




