第2話 『狸が勝手に護衛隊長になった件』
出発から三十分。
俺の胃は、すでに旅の限界を迎えようとしていた。
馬車の揺れが胃袋を直撃する。
外からは騎士団の武具の音と、遠くから響く歓声。
そして――。
「……なぁ、お前……」
俺は馬車の上を見上げた。
そこには、当たり前の顔をして座る狸。
ちょこん、と丸まった背中。ぽふんとした尻尾。
朝から当然のように乗り込み、誰も止められなかったその存在。
「……なんでいるんだよぉぉ……」
◆
朝、出発準備が整った時。
気づけば狸が馬車の屋根に座っていた。
兵士たちは最初ざわめいたが、父上が一言。
「……あれは害がない」
それで誰も手を出さなかった。
いや、害がないどころか、存在が害になってるんだけど!?
案の定、騎士団の一人が叫んだ。
「神獣様が、神童殿を直々にお守りくださるとは……!」
「おおお……! 加護が……加護がさらに強くなった……!」
そこからもう、騎士団も巡礼者も大騒ぎ。
完全に、狸が「神獣護衛隊長」のポジションを確立してしまった。
俺は馬車の窓から小声で愚痴る。
「……お前も迷惑だよな?」
狸は無言で毛づくろい。
「な? 俺だって神の子扱いされて胃が死にそうなんだよ……」
狸はちらっとこちらを見た。特に反応なし。
「おい……聞いてる? お前も被害者だろ? 俺と同じだろ?」
狸は大きなあくびをした。
「興味なさそうな顔すんなぁぁぁぁ!!!」
外から誰かの声がした。
「見たか!? あの子、神獣様と会話を……!」
「まさか、意思疎通ができるなんて……やはり選ばれし子だ……!」
「いや違う! 愚痴ってただけぇぇぇ!!!」
胃が、またひとつ潰れた。
◆
道中。
行列はさらに長くなっていた。
騎士団、商人、村人、神官、よくわからない楽器隊まで加わっている。
完全に、王都に向かう聖行列。
狸は馬車の先頭に移動し、てちてち歩きながら道案内を始めた。
その後ろを二百人の騎士が行進し、さらにその後ろを数百人の巡礼者が歩く。
俺は馬車の窓を押さえながら叫ぶ。
「お前ぇぇぇぇ!! なに勝手に先導してんだよ!!」
狸は振り向きもせず、尻尾をぽふっと揺らした。
……誇らしげに。
外から声が響く。
「神獣様が先導なされている!」
「これが神域の行進か……!」
「いやだから俺もお前も普通の一般狸と一般子どもですぅぅぅ!!!」
◆
昼食休憩。
野営が整い、兵士たちが焚き火の準備を始めた。
狸は当然のように俺の横に座り、差し出された木の実をもぐもぐ食べている。
誰も不思議に思わない。むしろ神官たちが拝んでいる。
「なぁ……お前、もう降りろよ」
狸は首をかしげる。
「俺、これ以上“神獣とセット”扱いされたら死ぬんだよ」
狸は「ぽふん」と尻尾を叩いた。
「いや、うなずくな! なんで仲良しコンビになってんの!? 俺とお前、被害者同盟だろ!?」
狸はもぐもぐと木の実を食べ続ける。
「お前絶対わかってないだろ……」
その光景を見て、近くの騎士が呟いた。
「……まさか、あれが神域の言語か……」
「神獣様と人間が、こんなにも自然に心を通わせるとは……」
「いやいやいや! 愚痴ってただけだってばぁぁぁぁぁ!!!」
胃が今度はキリキリどころか、燃えているように痛い。
◆
午後。
馬車が再び進むと、沿道に村人が並んでいた。
拍手と歓声の中、狸が馬車の上にひょいと飛び乗った。
そして、胸を張って前足を掲げる。
「ほら見ろ、神獣様がお導きくださる!」
「選ばれし子を、王都へ!」
「うおおおおおお!!!」
俺は顔を両手で覆った。
もう無理だ。誰がどう見ても、俺と狸はセットで神話級の存在。
このままじゃ、王都に着いた瞬間に伝説が国レベルに爆発する。
(もう帰りたい……)
(いや、帰ったところで噂は消えない……)
(俺の人生、完全に狸と運命共同体になってるぅぅぅ!!!)
狸はぽふんと俺の肩に尻尾を置いた。
……まるで、「諦めろ」とでも言うように。
胃が完全に終わった。




