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第2話 『狸が勝手に護衛隊長になった件』



出発から三十分。


俺の胃は、すでに旅の限界を迎えようとしていた。


馬車の揺れが胃袋を直撃する。


外からは騎士団の武具の音と、遠くから響く歓声。


そして――。


「……なぁ、お前……」


俺は馬車の上を見上げた。


そこには、当たり前の顔をして座る狸。


ちょこん、と丸まった背中。ぽふんとした尻尾。


朝から当然のように乗り込み、誰も止められなかったその存在。


「……なんでいるんだよぉぉ……」



朝、出発準備が整った時。


気づけば狸が馬車の屋根に座っていた。


兵士たちは最初ざわめいたが、父上が一言。


「……あれは害がない」


それで誰も手を出さなかった。


いや、害がないどころか、存在が害になってるんだけど!?


案の定、騎士団の一人が叫んだ。


「神獣様が、神童殿を直々にお守りくださるとは……!」


「おおお……! 加護が……加護がさらに強くなった……!」


そこからもう、騎士団も巡礼者も大騒ぎ。


完全に、狸が「神獣護衛隊長」のポジションを確立してしまった。


俺は馬車の窓から小声で愚痴る。


「……お前も迷惑だよな?」


狸は無言で毛づくろい。


「な? 俺だって神の子扱いされて胃が死にそうなんだよ……」


狸はちらっとこちらを見た。特に反応なし。


「おい……聞いてる? お前も被害者だろ? 俺と同じだろ?」


狸は大きなあくびをした。


「興味なさそうな顔すんなぁぁぁぁ!!!」


外から誰かの声がした。


「見たか!? あの子、神獣様と会話を……!」


「まさか、意思疎通ができるなんて……やはり選ばれし子だ……!」


「いや違う! 愚痴ってただけぇぇぇ!!!」


胃が、またひとつ潰れた。



道中。


行列はさらに長くなっていた。


騎士団、商人、村人、神官、よくわからない楽器隊まで加わっている。


完全に、王都に向かう聖行列。


狸は馬車の先頭に移動し、てちてち歩きながら道案内を始めた。


その後ろを二百人の騎士が行進し、さらにその後ろを数百人の巡礼者が歩く。


俺は馬車の窓を押さえながら叫ぶ。


「お前ぇぇぇぇ!! なに勝手に先導してんだよ!!」


狸は振り向きもせず、尻尾をぽふっと揺らした。


……誇らしげに。


外から声が響く。


「神獣様が先導なされている!」


「これが神域の行進か……!」


「いやだから俺もお前も普通の一般狸と一般子どもですぅぅぅ!!!」



昼食休憩。


野営が整い、兵士たちが焚き火の準備を始めた。


狸は当然のように俺の横に座り、差し出された木の実をもぐもぐ食べている。


誰も不思議に思わない。むしろ神官たちが拝んでいる。


「なぁ……お前、もう降りろよ」


狸は首をかしげる。


「俺、これ以上“神獣とセット”扱いされたら死ぬんだよ」


狸は「ぽふん」と尻尾を叩いた。


「いや、うなずくな! なんで仲良しコンビになってんの!? 俺とお前、被害者同盟だろ!?」


狸はもぐもぐと木の実を食べ続ける。


「お前絶対わかってないだろ……」


その光景を見て、近くの騎士が呟いた。


「……まさか、あれが神域の言語か……」


「神獣様と人間が、こんなにも自然に心を通わせるとは……」


「いやいやいや! 愚痴ってただけだってばぁぁぁぁぁ!!!」


胃が今度はキリキリどころか、燃えているように痛い。



午後。


馬車が再び進むと、沿道に村人が並んでいた。


拍手と歓声の中、狸が馬車の上にひょいと飛び乗った。


そして、胸を張って前足を掲げる。


「ほら見ろ、神獣様がお導きくださる!」


「選ばれし子を、王都へ!」


「うおおおおおお!!!」


俺は顔を両手で覆った。


もう無理だ。誰がどう見ても、俺と狸はセットで神話級の存在。


このままじゃ、王都に着いた瞬間に伝説が国レベルに爆発する。


(もう帰りたい……)


(いや、帰ったところで噂は消えない……)


(俺の人生、完全に狸と運命共同体になってるぅぅぅ!!!)


狸はぽふんと俺の肩に尻尾を置いた。


……まるで、「諦めろ」とでも言うように。


胃が完全に終わった。


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