第6章 第1話 『王都行きが決まった日、準備地獄スタート』
王都からの招待状が届いた日――。
俺の胃は、たぶんもう半分くらい消し飛んだ。
◆
「リヒト。正式な召喚状だ」
父上が真顔で差し出した封筒。
王家の紋章が押されている。煌びやかな赤い封蝋。
……見た瞬間、もう嫌な未来しか見えなかった。
「……やっぱり、俺、行かなきゃダメですか?」
「行かないと失礼になるな」
「父上だけ行ってきてもらえないでしょうか……」
「お前宛てだ」
「やっぱり胃薬を――」
「リヒト」
父上の手が肩に置かれる。
優しいのに、有無を言わせない圧力。あ、これ完全に逃げ場ないやつだ。
兄二人が横でニヤニヤしていた。
「ついに来たな、神の子のご指名」
「国の守護者が王都デビュー……歴史が動く日か?」
「やめて……! そういうこと言わないで……!」
胃がぎゅるぎゅる鳴った。
◆
会議はすぐに始まった。
王都までの護衛はどうするか、馬車は何台出すか、食料と水はどれほど持っていくか――。
母上は頬に指を当ててのんびり言った。
「そうねぇ、王都までは二日かしら? お弁当いっぱい作って……リヒちゃん用におやつも♡」
「母上、観光じゃないんです……命の危険が……」
「じゃあ非常食も♡」
「そういう問題じゃないんですぅぅ!!!」
カイル兄上が妙に真面目な顔をした。
「護衛は……うちの兵だけじゃ足りないな。王都までの道が今、巡礼者でいっぱいらしい」
「巡礼者……?」
「“神域の守護者が王都へ向かう”って噂がもう広まってる」
「誰が流したんですかそれぇぇぇぇぇ!!」
ああ、思い出すだけで胃がひっくり返る。
俺が“神域の守護者”なんて名乗ったこと、一度もない。
勝手に誰かが勝手に言って、勝手に拡散してる。
俺はただ、安全第一で生きてきただけなのに。
アルヴィン兄上が冷静にまとめる。
「王都からも騎士団が護衛に来るらしい。それと……」
「それと?」
「沿道の町や村が、歓迎の準備を始めていると」
「……歓迎?」
「多分……パレードみたいになる」
……。
……パレード……?
(死んだ。俺はもう死んだ。)
胃が、完全に終わった音がした。
◆
「とりあえず荷造りからだな」
父上の一声で、家全体が動き出した。
いや、動き出す速度がおかしい。
兄たちは馬車の確認、母上と姉上は食料準備、使用人たちは防具と薬品の山を積み上げる。
何が怖いって――その量だ。
「剣十本、槍五本、弓三張り……全部持ってく?」
「非常時に備えて魔力ポーションは百本」
「胃薬は……俺の分は百二十本くらい必要です」
「リヒちゃん、そんなに飲んだらお腹壊すわよ〜♡」
「死ぬよりマシです!!」
さらに父上が言った。
「王都の連中が何を仕掛けてくるかわからん。最悪、魔物の襲撃もある」
「えっ!? そんな危険地帯なんですか王都!? 行きたくないんですけど!!」
「念のためだ」
「父上の“念のため”は信用できないんですううう!!!」
準備は雪だるま式に膨れ上がる。
魔法障壁用の水晶、非常用結界道具、馬車の予備車輪。
なぜか棺桶まで準備しようとしている兵士がいて、俺は泣きそうになった。
「やめてぇぇぇぇぇ!! 出発前から死亡フラグ建てないでぇぇぇぇ!!!」
◆
夕方、準備が一段落した頃。
縁側に腰掛けて、ぐったりした俺の前を、小さな影が横切った。
――あの狸だ。
森で見かけたあの子が、いつの間にか屋敷に来ていた。
俺にしか見えない距離感で、首をかしげ、てちてち歩いてくる。
「……君までついてくる気じゃないよな?」
返事はない。
でも、狸は尻尾をぽふんと揺らしながら、まるで「任せろ」と言っているような顔をした。
(やめて……勝手に護衛体制敷かないで……余計に伝説が強化されるから……!)
胃の奥がきりきりと悲鳴を上げる。
俺は空を仰いだ。
(もうだめだ……逃げ道がない……)
王都行き決定。パレード確定。巡礼者行列。騎士団護衛。狸の勝手なボディーガード。
これ以上何が起きるっていうんだ。
……いや、俺がフラグ立てるとだいたい起きるんだよな。
たぶん、まだ始まったばかりだ。
◆
夜、寝室。
布団を頭までかぶり、震えながら決意する。
(頼む……どうか無事に帰って来れますように……)
(もう“神の子”とか“守護者”とか、勝手に呼ばないでくれますように……)
(胃が爆発しませんように……!)
祈りながら、俺は眠りに落ちた。
その祈りが届くことは――たぶんない。
むしろ明日から、誤解の炎はさらに燃え上がるのだ。
(……もう、俺の人生、準備しても追いつかないんじゃ……)
そんな予感しかしないまま、王都行き初日が終わった。
6章始まります。
読んでくださる方がいるのに感謝しかないです。
最後まで書き上げますのでよろしくお願いします。




