第13話 『神話化した森と神童伝説がさらに暴走』
胃が死んだ。昨日までで五回は寿命を迎えている。
今日こそ何も起きないはず。そう思って布団の中に潜っていた俺の耳に、兄アルヴィンの声が突き刺さった。
「リヒト……お前、また新聞の一面に載ってるぞ」
「……は?」
俺は恐る恐る顔を上げる。アルヴィン兄上が手にしていたのは王都から届いた新聞だ。
「『神童リヒトと聖獣が森を神域に変えた――奇跡の御子、国の守護者か』」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
布団を蹴り飛ばして叫んだ。
俺は何もしてない!薬草を拾っただけ!狸も勝手に来ただけ!
どこに神域要素があったの!?
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その日の昼、屋敷の窓から森の方を覗いた俺の目に、恐怖の光景が飛び込んできた。
森の入り口に、昨日よりもはるかに多い巡礼者たちが押し寄せていた。
テントが並び、屋台まで出ている。もう巡礼じゃなくて祭りだ。
「神童様が通った道だ!」
「ここで加護を授かれる!」
「この枝は御子様が手を触れた神木だぞ!」
いや触ってないよ!?安全確認しただけだよ!?
なんなら俺が避けた倒木を“神童様の試練の障害物”とか言い出してる人もいる。
胃がギュウゥゥと悲鳴を上げた。
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父上が騎士団を出して整理させようとしたが、巡礼者たちは善意で来ているため強制的に追い返せない。
一部は祈りながら森に座り込み、森の空気を吸うだけで「加護が得られる」と言っている。
マルタばあちゃんはその光景を見て、のんきに笑った。
「ほっほ、ありがたいことじゃのう」
「ありがたくない!!俺の胃がもうダメ!!」
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さらに、隣領からも人が流れてきた。
「神童様の奇跡を一目見たい!」
「森の聖域で祝福を授かりたい!」
これが噂の力か……。俺は窓際で膝を抱えて震えた。
アルヴィン兄上が新聞をめくりながらぼそっと言う。
「王都の貴族が“神童を王都に呼ばないのは失態だ”って騒ぎ始めてるらしい」
カイル兄上が肩をすくめる。
「逆に“あんなのただの誇張だ”って悪口を言ってる貴族もいる。完全に争奪戦のネタだな」
「やめてぇぇぇぇぇ!!もう平穏なんて存在しないじゃん!!」
胃がキリキリ、ズキズキ、今度こそ穴が開きそうだ。
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夕方にはさらにおかしな連中が現れた。
「神殿を建てるべきだ」
「国宝として祭壇を」
自称・神官までやってきて、「神童様を拝ませてほしい」と屋敷の門で叫び続けている。
「俺、神の使いじゃないです!!安全確認マニアなだけです!!」
でも外では「神童様は人類の希望」「国を超える存在だ」と盛り上がっていた。
胃がもう異世界転生二回目を考え始めるレベルで痛い。
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夜、父上が家族を集めた。
「……他領や神殿の連中が勝手に動き出している。このままでは領地が危険視される」
カイル兄上がにやりと笑う。
「久しぶりに“家訓発動”だな」
「家訓?なにそれ怖い!俺の胃が死ぬ予感しかしないんだけど!!」
父上が真剣な顔で頷いた。
「外から手を出される前に、グランメル家が本気で動く。外部干渉を潰す」
アルヴィン兄上が補足した。
「つまり、“手を出すと面倒くさい家”って再認識させるってことだ」
俺は震えた。
(こわっ……この家族、元冒険者の時代から怖い話で有名だったやつだ……!)
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その後も、窓の外からは「神殿建設の署名を!」とか「王都へ神童様を!」とか叫ぶ声が響き続けた。
俺は布団に潜り込み、心の中で泣いた。
(もう無理……この世界、俺に平穏を与えてくれない……絶対王都送りが決まる未来しか見えない……)
胃が再び寿命を迎えた音がした気がした。
こうして、森が勝手に神域扱いされ、神童伝説が国規模で暴走し始める。
そしてグランメル家がついに本気を出す時が、目前に迫っていた。




