第11話 『森に謎の巡礼者集団が現れる騒動』
胃が死んだ。いや、もう三回目の寿命を迎えた気がする。
俺は布団の中で丸くなりながら、自分に言い聞かせた。
(今日は何も起きない……何も起きないはず……)
その希望は、朝一番で打ち砕かれた。
「森に、巡礼者の集団が現れましたー!!」
使用人の悲鳴まじりの声が廊下に響き、俺の布団はカイル兄上の手によって無理やり剥がされた。
「リヒト、起きろ。大変だぞ」
「大変じゃない日がこの家に存在したことあったっけ!?」
⸻
リビングに連行されると、父上、アルヴィン兄上、エミリア姉、マルタばあちゃん、そしてじいちゃんが揃っていた。
使用人が青ざめながら報告を続ける。
「森の入り口に、見慣れぬ人々が十数人……“神童様の通った道を歩きたい”と申しております」
「通った道……?え、それ俺の散歩ルートのこと!?」
俺は頭を抱えた。
アルヴィン兄上が新聞を片手にため息をつく。
「王都の噂がさらに暴走してる。どうやら“リヒトの歩いた道は聖なる加護が宿る”らしい」
「いやただの安全確認散歩だよ!?あの道、倒木だらけだし、普通に泥だらけだよ!?」
カイル兄上が肩をすくめる。
「“泥こそ神童様が踏んだ証”だそうだ」
「そんな証明いらない!!」
胃がギュウゥと縮んだ。
⸻
午後、実際に森の入り口に行ってみた。
俺の目に飛び込んできたのは、地面にひざまずく巡礼者たちの列だった。
道端の石を拾って拝む人、俺が座った切り株を聖遺物扱いする人までいる。
「いやいやいや!そこただ休憩しただけ!安全確認で座っただけだから!!」
しかし、誰も聞いてくれない。
むしろ「神童様は我らに試練を示された……」と神妙な顔で頷く始末。
胃が完全に死んだ。
これで四回目の寿命を迎えた。もう異世界ライフどころじゃない。
⸻
エミリア姉が目を輝かせて言う。
「リヒちゃん、すごい人気だね〜♡」
「嬉しくない!怖い!!」
マルタばあちゃんはのんきに笑う。
「ほっほ、完全に聖地巡礼じゃのう」
「そんなブランド化いらない!!やめて!!」
⸻
父上が真剣な顔で騎士団を動かした。
「巡礼者は一旦森の外へ下がらせろ。ただし乱暴に扱うな、余計に騒ぎが広まる」
だが使用人が苦い顔で言った。
「彼らは善意で来ているようで、強く止めるのが難しく……」
「詰んでるぅぅぅ!!!」
俺はその場に崩れ落ちた。
⸻
帰り道、じいちゃんが森の奥をじっと見つめて立ち止まった。
「……おるな」
「え?なにが?」俺が首をかしげる。
じいちゃんはしばらく沈黙し、森の奥の封印跡あたりに向かってぼそりと呟いた。
「わしの声、届いとるかのう……。次の町行き、少しばかり手を貸してくれると助かるんじゃが」
俺は首を傾げる。
「じいちゃん、誰と話してるの?」
「気にするな」
そう言って歩き出したじいちゃんの背中が、なんだか怖かった。
(なにあれ……また新しい秘密兵器呼んだの……?噂が加速する未来しか見えないんだけど……胃が死ぬ……)
⸻
屋敷に戻ると、父上が言った。
「次の町行きは護衛をつける。もう一般の外出じゃ対応できん」
「俺の薬草納品がどうして軍事作戦みたいになってるの!?」
マルタばあちゃんが笑顔で頷く。
「わしと父上で護衛しよう。じいさんも“手を打った”ようじゃしのう」
「手を打ったって何!?噂がもっと燃えるやつじゃん絶対!!」
誰も答えてくれなかった。
⸻
その夜、俺は布団に潜ってうめいた。
(もう平穏な納品なんてできない……これ絶対、次も騒ぎになるやつ……)
胃がズキズキと痛む。俺の平穏第一計画は、また一歩遠ざかっていった。
そして、次の町行きが“何かに守られた大移動”になるフラグが、確実に立ったのだった。




