第20話 『森こそが安全地帯(本人だけがそう思っている)』
町から屋敷に戻った俺は、玄関をくぐった瞬間、床にへたり込んだ。
「……生きて帰れた……!」
全身がガチガチに強張っていて、足が棒みたいだ。
4歳児が遠征帰還兵みたいな顔をしてるのはおかしいけど、俺にとっては命懸けの戦いだった。
カイル兄が笑いながら言った。
「いやー、リヒト、大人気だったな」
「人気じゃない!ただの噂の的だよ!!」
「でも、あんなに人に囲まれて無事帰ってきたんだから、やっぱ神の加護じゃね?」
「ちがううぅぅぅ!!!」
アルヴィン兄が優しく肩を叩く。
「でも、本当にすごい噂になってたぞ。
町の人みんな、リヒトを“神様に選ばれた子”だって思ってる」
俺は両手で顔を覆った。
(なんで……なんで俺が歩くだけで伝説が増えるの!?)
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姉エミリアが笑顔で言った。
「でもね、リヒちゃん、ケーキ美味しかったでしょ?」
「……うん、ケーキは美味しかった……でも……俺もう町は怖い……」
母セリーヌがぽわんとした声で答える。
「まぁまぁ、また今度ゆっくり行けばいいのよ。
今日は初めてだったし、緊張したわよねぇ」
俺はうなずいた。
家に帰った瞬間、心臓の鼓動がやっと落ち着いてきた。
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その日の夕方。
どうしても気持ちを落ち着けたくて、俺は森に足を向けた。
森の空気は、やっぱり優しい。
木々のざわめき、柔らかい風、光の粒が舞う景色。
町で縮こまっていた体が少しずつ緩んでいく。
「……やっぱ森が一番安全だな……」
木の根元に座り込み、深呼吸をした。
(町はもう無理だ……あんな人混み、俺の心臓がもたない……)
ここなら避難経路も頭に入ってるし、危険は全部想定済みだ。
何より、森は俺を守ってくれている気がする。
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枝の上から、小さな影がじっと俺を見ていた。
神獣は小さなため息をついた。
(……あの子、今日は外で何をされてきたんだ……?)
町の噂が森にまで届いている。
“神の加護を受けた奇跡の坊ちゃん”
“触れると幸運を分けてもらえる子”
そんな話が広がっているらしいが、神獣から見ればおかしな話だ。
(俺が加護を与えてるのはこの森だけだぞ……あの子が光ってるのは、ただ緊張で魔力が漏れてるだけだし……)
枝の上でころんと寝転び、神獣は小さく笑った。
(まぁ、あの子が町で困っても、俺は助けに行けないけどな……
でも、森では絶対に安全にしてやる)
魔力をそっと流す。
枝の棘が消え、道の石が転がり落ち、毒草がしおれていく。
この森に危険は一切残さない。
下を見れば、リヒトが安心しきった顔で木に背を預けていた。
「……ふぅ……やっぱ森が一番落ち着く……」
(……いや、実は俺が全部片付けてるからなんだが……)
神獣は小さく尻尾を揺らした。
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夜、屋敷に戻ったリヒトは布団に潜り込みながら思った。
(……やっぱり俺には町より森がいい。
あそこなら危険を全部把握できるし、準備もできるし……)
そう心の中で決意した瞬間、世界のどこかでまた噂が膨らんでいた。
“森を歩けば神域が生まれる奇跡の子”
本人はまだ知らない。
誤解がまたひとつ増えていくことを。
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こうして、俺の森デビューと町初体験の一年は幕を閉じた。
次の目標は――もっと準備を完璧にして、絶対に安全に過ごすこと。
……なお、その準備がまた新たな伝説を生むのは、この時の俺はまだ知らなかった。
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