第3話:魔力感知は4歳から?……俺、もう回してますけど何か。
魔力訓練は、危険だ。
どこかの誰かが言っていた気がするが、俺は実体験でそれを知った。
ほんのちょっと流すだけで、心臓がバクバク、目の奥がチカチカ。
うまく巡らせたときの達成感と、その直後にくる猛烈な眠気──というか気絶。
(このままじゃ本当に死ぬ……。でも、やらなきゃ死ぬ)
どっちみち死ぬってどういう状況だ。
いや違う、正確には「目立って殺される未来を避けたい」って話なんだけど。
慎重な俺は、今日も全力で“赤ちゃんのふり”をしていた。
訓練は、寝たふりをして行う。母の腕の中で、姉のうたた寝中に、兄の読書タイムの横で。
(ふぅ……今日も魔力の基本巡回ルートはOK。次は速度変化を……)
「ねぇお母さま、リヒちゃんって寝てばっかりよね?」
「ほんとよね〜。それがまた、かわいいのよ〜」
(よし、偽装完了)
◇
そんなある日。
家族が昼食を囲む中、さりげない話題から耳がダンボになった。
「そういえば、領内のカイン家の子が、四歳で魔力を感知したらしいぞ」
父の声だ。いつもの穏やかな口調。でもなんかすごい情報が飛び出してきた。
「まぁ、早いほうじゃない? 魔力量もそこそこだったって聞いたわ」
「僕は五歳だったな……。父さんに褒めてもらったの覚えてる」
「俺は六歳! でも、そこからぐんぐん伸びたからセーフ!」
(え、ちょっと待て、今の俺──生後半年なんだが)
俺はすでに魔力の巡回ルートを固定し、属性の気配を感じ取り、さらには“微細操作”を実践している。
(普通って……4歳とか5歳で、初めて“感じる”レベル?)
まさかの“10倍速成長”じゃないか。
「そういえば、おじいさまが言ってたわ。昔は“10歳で魔力感知すれば充分”だったって」
「まぁ、魔力の才能も個性もあるしな。早けりゃいいってもんじゃない。使えなきゃ意味がない」
「そうだね、魔力って命を扱う力でもあるし……焦らず、安全第一でいいんだ」
(お、おう……)
家族の話を聞いて、心の中で崩れ落ちそうになる。
俺、全然“安全第一”じゃない。むしろ真逆。
(この半年間、何度も魔力訓練で気絶してるんだけど!?)
しかもそれ、毎日。朝昼晩。睡眠中すら呼吸と心拍数を確認しながら制御してる。
その結果、魔力は安定して流れるようになった。
うまくいけば2巡目の循環も可能。だが──
(正直、体がついてこない……!)
魔力を回せば回すほど、体が熱を持ち、筋肉がぴくぴくする。
赤ん坊の筋力じゃ、耐久性がない。なので今日からは「半巡回+深呼吸」にシフトすることにした。
戦術目標:生き延びる。
戦略目標:バレない範囲で鍛える。
行動指針:気絶しない程度に訓練する。←最重要。
◇
午後、姉が俺を抱っこしながらこんなことを言った。
「リヒちゃん、ふにゃふにゃしてる〜♡ でも手、あったかいのよね〜。魔力っぽい?」
「いや、赤ちゃんの体温は高めだし、まだ魔力は感じないよ」
「……そうだよねぇ、可愛いだけだもんねぇ♡」
(今、ちょっとだけ風属性の巡回試してたんだけど!?)
バレていない。これは訓練成功の証だ。
(俺はリヒト。世界一ビビりな赤ちゃん。目立たず、気づかれず、でも確実に成長する……!)
◇
夜、父がぽつりと呟いた。
「魔法は“戦う力”じゃない。“生きる力”だ。守りたいもののために使え」
それを聞いて、俺は思った。
(俺も、誰かを守れるようになりたい……でもまずは、自分の命と情報漏洩を守らねば)
今日も訓練は成功した。気絶はしていない。眠気はあるけど、安全圏だ。
(ふぁ……明日は、属性ごとの“反応の違い”を見てみよう)
リヒト0歳6ヶ月。
まだ誰にも魔力を感じさせないまま、彼の魔力訓練はひっそりと、しかし確実に進んでいく──。