第1話: 使い魔契約──九尾の緋花と、運命の学園へ
森の奥、冷たい風が木々を揺らす中、少年は静かに膝を抱えていた。目の前の闇は深く、過去の痛みが胸を締め付ける。
「俺なんて…価値がない」
声にならない呟きを風がさらっていく。だが、その時、音もなく現れたのは艶やかな赤毛と三本の狐の尻尾を揺らす獣人、緋花だった。
「生きている意味を教えてやる」
彼女の声は冷たくも温かく、少年はその腕の中で少しずつ心の凍てつきを溶かされていった。
十五年後、王立魔導学園の壮麗な門の前に立つ少年。緋花と共に歩き出す。
「ここでお前は試される。学園は甘くない」
入学試験の日。少年は試験会場の大広間に足を踏み入れた。そこには緊張した顔の受験生たちが並び、威厳ある教師たちが待ち構えている。
「模擬戦で己の力と精神を示せ」
試験官の厳しい声が響く。
試験開始。少年は最初の攻撃をかわしながら、憑依スキルを試す。だが、まだ未熟な力はうまく制御できず、隙を突かれてダメージを受ける。
「甘い…」
試験官の先生は冷静に、時に厳しく攻撃を続ける。少年は焦りながらも、頭をフル回転させて相手の動きを読もうと必死だ。
「負けるわけにはいかない」
必死の抵抗の中、少しずつ憑依の感覚を掴み始める。だが、力を使いすぎれば自分にも負担が来る。
試験は終盤を迎え、少年の心も体も限界を迎えつつあった。
「これ以上は…無理だ…」
憑依の力を無理に引き出そうと、少年の身体が震える。目の前の試験官は容赦なく攻撃を繰り出す。
「やめろ…!」
緋花の声も届かない。少年の中で何かが弾けた。
眩い光が身体を包み込み、憑依の力が暴走を始める。狐の尻尾が9本に増え、赤い炎が渦巻いた。
「なんだ、これは…!」
試験官の攻撃が止まった。次の瞬間、少年は圧倒的な力で反撃し、一撃で試験官を倒し気絶させてしまった。
会場が凍り付く。学園長たちが駆けつける。
「一体何が起こった!?」
「憑依の力が制御不能に…しかし、見事な破壊力だ」
少年は倒れこみ、意識を失っていた。
試験での暴走の後、少年の意識は深い闇の中へと落ちていった。
森の中で見つけられたあの日と同じように、彼は無防備に倒れていた。だが、今回は違った。
「離さない。絶対に」
緋花の声は震えていた。彼女はそっと少年の額に手を置き、彼の温もりを確かめるように目を閉じた。
教室の隅で、教師たちや学園長がざわつき始める。
「憑依の暴走は極めて稀だ。だが、あの少年はただ者ではないな」
一人の学園長が眉をひそめながら言った。
「確かに彼の力は脅威だ。しかし、制御できなければ己を滅ぼすだけだ」
会議室の空気は緊迫していた。
数日後、合格発表の場。
「漣焔、名前は…」
掲示板に書かれた文字を指で辿る。ギリギリの点数で、自分の名前がそこにあった。
胸の奥で何かが震えた。安心と同時に、まだ満たされぬ不安が渦巻いている。
「やった…でも、これがスタートだ」
夜、学園の庭先。
緋花が静かに漣焔の隣に座る。
「まだまだこれからよ。憑依は危険だけど、お前ならきっと使いこなせる」
彼女の瞳は真剣で温かかった。
漣焔はその言葉に強く頷いた。
「ありがとう、緋花。俺、絶対に強くなる」
夜の王立魔導学園。
広大なキャンパスは静寂に包まれ、星明かりだけが柔らかく地面を照らしていた。
高くそびえる塔の影が、月光に淡く縁取られ、風に揺れる木々のざわめきが闇に溶け込む。
その向こう、遠くの闇の中で、かすかな動きがあった。
黒い影が、ゆっくりと形を変えながら、静かに息を潜めている。
漣焔と緋花は背を並べ、遠くの夜空を見上げていた。
まだ知らぬ試練が、そして強敵が、彼らを待ち受けていることを感じさせる夜だった。




