『ゴジラ ―1.0』公開記念! シサマは『ゴジラ対メガロ』が大好きです!
文化の日のタイミングで公開が始まった映画、『ゴジラ ―1.0』。
前作『シン・ゴジラ』に代表される、『シン・特撮映画シリーズ』の大成功に気を良くしたのか、意外と短いスパンでゴジラの新作映画が完成しました。
しかしながら、より多くの観客が望めそうな夏休みやお正月の公開ではなく、何故文化の日のタイミングに合わせたのでしょう?
実は1954年に製作された『ゴジラ』第1作の公開日も、文化の日だったのです。
両作品の舞台となる年代を考慮すると、夏休みやお正月のライバル映画を避けたというよりは、映画会社が文化の日に合わせてきたという印象。
つまり、そんなトリビアを知っているマニアを真っ先に映画館に呼ばなければ、少子高齢化が顕著な現在の日本で特撮映画のヒットは難しいのでしょう。
ちなみに、私はまだ『ゴジラ ―1.0』を観ていませんし、実は未だに『シン・ゴジラ』すら観ていません。
映画館で観た最後のゴジラ映画は、『ゴジラ対ビオランテ』で、テレビで観た最後のゴジラ映画も『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』です。
つまり怪獣映画、特撮映画は好きですが、既に現役のファンとは言い難く、童心に帰れるノスタルジーを求めているだけの「普通の日本のおじさん」になってしまったのですね(笑)。
私の怪獣、特撮愛好ライフは、幼い頃に初めて触れた『ウルトラマン80』や『仮面ライダー(スカイライダー)』に夢中になり、やがて昭和の怪獣、特撮映画とドラマを遡っていくものでした。
昨今とは事情が異なり、昭和末期から平成初期は怪獣、特撮映画とドラマにとって冬の時代。
東映の戦隊ヒーロー、メタルヒーロー以外にレギュラーシリーズはなく、ゴジラは勿論、ウルトラマンや仮面ライダーでさえ単発だったのです。
しかしながら、だからこそ過去を遡る時間はたっぷりとあり、私の怪獣、特撮嗜好は『昭和』でガッチリと固まりました。
それは手短に表現して、「いい大人が子ども向けの作品に対して、バカ正直なほど真剣に取り組み、正義感や倫理観の土台の下からたま〜に現実を覗かせる」という、良くも悪くも健全なエンターテインメント。
私が小学6年生の時、たまたま初代の『仮面ライダー』が夕方に再放送を始めました。
当時、それなりのクソガキに成長していた私と友達は、15年も昔のファッションや価値観が土台にある特撮ドラマを、半ばネタギャグとして楽しんでいたのです。
とは言うものの、当時25歳とはとても思えない藤岡弘さんの濃い顔に渋い声、JJサニー千葉(千葉真一)さんの弟として知られている、千葉治郎さんの腰の入ったアクションは格好いい。
そして如何にも昭和の父親、実家の様な安心感を醸し出す(笑)小林昭二さんにすっかり魅了され、今でも時折DVDを観る程に愛着のある作品となりました。
勿論時代とともに表現は進化し、現在の特撮映画やドラマの脚本、演出ディテールは昭和を軽く凌駕しています。
ただ、若いイケメンに人生を悟らせたクールな役柄を当てはめる傾向が強いため、キャラクターの体温みたいなものだけは不足していると感じてしまいますね。
さて、長〜い前フリの後、タイトルにもある私の大好きな怪獣映画、『ゴジラ対メガロ』の登場ですよ!
いや、別に私は、昭和の想い出補正で昔の特撮の方がいいとか抜かしたりはしません。
そもそも、『ゴジラ対メガロ』を真面目に傑作とか言う奴は絶対頭おかちいですから、街で見かけても構っちゃダメです(笑)。
『ゴジラ対メガロ』は1973年に公開された、ゴジラ映画の第13作目。
ライバル会社の『東映まんがまつり』に対抗してか、『東宝チャンピオンまつり』という子ども向け映画オムニバスの大トリとして、あくまで子ども向けに、制作費は全盛期の3分の1にまで減らされて(泣)、堂々の登場となりました。
ゴジラ映画が数を重ね、ウルトラマンをはじめとする特撮ヒーローが濫造されていた時代、怪獣はすっかりお茶の間に市民権を確立。
そして、世の中に怖いものがなくなったオバサマ達を中心に、怪獣の持つ怖さから愛嬌へと関心が移り、この時代のゴジラは可愛らしい人間の味方になっていたのです。
ゴジラ映画は第1作の『ゴジラ』から律儀に順を追って鑑賞してきた私も、流石に『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』あたりでは、ボクが観たいゴジラはコレジャナイ感がピークに到達。
しかし、先述の『仮面ライダー』と同様ネタギャグとして開き直り、大人になってから観た『ゴジラ対メガロ』には、私が観たかった怪獣映画の魅力が全て詰まっていました!
『ゴジラ対メガロ』どこが面白い?
①全編ツッコミどころの嵐
②細かく狙ったとしか思えない、ヤケクソ気味の配慮と工夫
③刺さる人にだけ、頭から爪先ヘ貫通するくらいブッ刺さるカルトオーラ
まずは①、いちいち説明するくらいなら本作を観て欲しいのですが、本作のメインキャラクターは僅かに3名。
『ジェットジャガー』という人型ロボットを作っている科学者と、アクションもカーチェイスも出来る彼の後輩であるレーサー、そして、科学者と20歳くらい歳が離れているのに何故か「弟」という設定の男の子です。
母親や姉、マスコミなど、これまでのゴジラ映画に出ていた女性は登場しません。
恐らく、制作費の激減と撮影期間3ヶ月というハードスケジュールから、名の知れた女優さんも演技指導が必要なアイドルも呼べなかったのでしょう。
だがそれがいい。
スクリーンから、無理やり「華」を期待されてしまう女性を排除する事で、120%怪獣や兵器に集中出来るのです。
これは性差別ではない。
世の女性には、『ゴジラ対メガロ』よりもふさわしい舞台があっただけなのだ。
勿論ストーリーもツッコミどころの嵐。
地球の核実験により平和を脅かされた海底王国、シートピアの民が怒り(←儀式を行うシートピアの住民の中にだけ、女性がいます)、王国の守り神である怪獣メガロを地上に派遣。
ところが、科学者の開発したロボット、ジェットジャガーの活躍や自衛隊の作戦、更にはジェットジャガーがゴジラに応援を頼んだ事により形勢の不利を察知したシートピア側は、海底からいきなり宇宙に交信を始め(!)、何故か友好関係にあるというMハンター惑星から、『宇宙怪獣ガイガン』のレンタルを実現するのです。
サッカークラブかよ!?
ただならぬ地球のピンチに内部回路の自我が拡張し、本来人間と同じ身長だったジェットジャガーが巨大化。
顔だけアントニオ猪木みたいで悪役っぽい、50メートルのブツに成長します。
メガロとガイガンに挟まれ、実際問題としてフクロボコりにされていたジェットジャガーにゴジラが合流し、大味な怪獣タッグマッチに勝利。
ジェットジャガーは普通の人型ロボットに戻り、シートピア側は無念のまま海底に戻る決断をしたものの、結局地球の人間は悪いんじゃね? というすきま風に乗せて、「パンチパンチパ〜ンチ!」とかいうアツい歌詞のエンディングテーマに殴られて映画が終わる……。
ハイハイ、②にいきますよ!
『ゴジラ対メガロ』は、ゴジラ映画の中でも屈指の低予算と撮影期間の短さを誇る作品。
従って、過去の東宝特撮映画からの流用シーンが目立ちます。
自衛隊の攻撃シーン、日本国民の避難シーンなどは流用しやすいのですが、物事には限度がありますよね。
自衛隊の出撃、攻撃シーンでは、『ゴジラ対メガロ』から18年も遡る『空の大怪獣ラドン』からのシーンまでが流用されており、ミニチュアのクオリティと画質の粗さが気持ちよく噴飯ものでした。
そして日本国民の避難シーンには、本作から9年前の『モスラ対ゴジラ』のシーンも流用され、ミニスカートの流行も終わった昭和48年にモンペ姿のお母さんが走るという衝撃により、台所で解凍していたはずの鮭も再凍結します。
更に本作が大胆なのは、前作『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』からゴジラとガイガンの対決シーンまで流用されている点。
前作の対決シーンは夜で、本作の対決シーンは夕暮れ時。
当然、画面の明るさが変わり、ゴジラの着ぐるみの顔も違います(笑)。
こんなに見どころが一杯あって、実は俺は今、とてつもなく贅沢なエンターテインメントを観ているのではないか……?
そんな幸せな気分になれますね。
そしていよいよ③。
すっかり人間の味方になり、小さなお子様やお母さんも安心な可愛らしいゴジラの着ぐるみ。
しかし、私はこの着ぐるみの顔をじっくりと観察し、本作のゴジラが実在する、とある人物にそっくりである事実を突き止めました!
『ゴジラ対メガロ』のゴジラは、往年のサッカーパラグアイ代表の名ゴールキーパー、『ホセ・ルイス・チラベルト』選手とほぼ同じ顔なのです!
どんだけ~脚本が破綻しようと、どっしりとした安定感でジェットジャガーに的確なコーチングを施し、ワールドクラスの作品セーブ力で突っ込みどころを笑いに変えてくれる理由がここにあったなんて……特撮ファンは長生きするもんじゃき〜。
更に本作の敵役であるメガロとガイガンは、どちらも半機半獣とでも言うべき、近未来的なフォルム。
カブトムシをベースにしたメガロは勿論、ガイガンにもカマキリの様な雰囲気があり、偶然にもソリッドな統一感があります。
アメリカでは熱狂的なファンが多い両者ですが、なるほど、私もアメリカのエンターテインメントが好きで、アメリカのドラマ的な小説を書いているだけに、私が『ゴジラ対メガロ』を愛してやまない理由が分かりましたよ!
最後に、突っ込みどころはこちらにも多いシートピア陣営。
シートピアの代表であるアントニオさんを演じているのはアメリカの俳優さんですが、彼は普通に日本語で演技が出来ます。
しかし、一応悪役という認識のためか、声優さんが吹き替えでメリハリのある演技を行っているんですよね。
その声優さんが、あの銭形警部で有名な故・納谷悟朗さん。
突っ込みどころだらけの台詞のはずなのに、まるで実家の様なこの安心感は何なんだ……。
俺は、いや日本人の全てが、銭形警部の言葉に整合性や正しさなど求めてはいない……。
東宝はこの映画の欠点を熟知した上で、ネタギャグとして楽しめるためにあらゆる手を打っていた事が分かります。
……おや、もう夜も更けてきた様ですね。
ここまで『ゴジラ対メガロ』の魅力を徹底的に語ってきましたが、実はまだまだ突っ込みどころが沢山ある、汲めども枯れない泉の如き映画です。
怪獣、特撮映画に限らず、近年の映画……特に日本映画は、はじめからやる気の見えないふざけた作品と、全力で取り組んだ結果、最初から最後まで息苦しい作品が増えた様に感じます。
しばしば日本のエンターテインメントの特徴とされがちな『間』を勘違いしたのか、90分にまとめられる映画が140分になっている様にも思え、若い世代の映画早送り現象も、結局はそこに気づいているのかも知れません。
だからこそ、80分でここまで楽しめる『ゴジラ対メガロ』を、せめて冥土の土産に観ていただけると光栄であります。