(3)
私達は遅めだったようで会場にはもう既にたくさんの人が居た。ナヴィルが入ってきた瞬間に女の子達のが色めき立つ。やっぱりモテるんだな。階段を下りて、まず主催者である王太子夫妻へ挨拶に行く。
一通り形式的な挨拶を済ませた後にルルレッタに話しかけた。
「久しぶりね。ルル。元気にしてた?」
「ええ、元気よ。リシィも変わりない?」
「相変わらずよ。」
肩を竦めてそう言う。ルルレッタは思い出したかのように顔を寄せてきた。
「そうだ、あれ災難だったわね。わたくしも
居たけれど、まさかあんなことされるなんて。」
私もこの前の夜会の事を思い出した。
「本当に災難だったわ。結局婚約破棄したけど……。あんなことやるなんて正気じゃないわ。」
ルルレッタは驚いた顔をした。
「破棄したの?」
「ええ、相手がそうしたいって言うんだもの。別にいいかなって。」
「それもそうね。あんなのリシィに相応しくないわ。」
ルルレッタは吐き捨てるように言う。王太子妃がこんな言動していいのか?
「そういえばリシィ、最近お店閉めてるわよね。今日、貴女のドレスがきたかったのに。」
「そうなの。布が届かなくて……。」
はあとため息をつくと、ルルレッタが怒ったように言った。
「それならわたくしに相談してちょうだい!!」
「ごめん、迷惑かけたくなくて。」
ルルレッタの心配が嬉しかった。するとさっきまで王太子と談笑していたナヴィルが口を挟んできた。
「その件なら何とかなると思うよ。」
「本当に?」
初耳だ。まさかナヴィルが動いてくれてるとは。驚いてる私を見たルルレッタが憐憫の目をナヴィルに向けた。ナヴィルがルルレッタから目をそらす。王太子も微笑ましそうな目をしていた。
「ほら、もうすぐ音楽がかかるわ。踊ってらっしゃい。」
ルルレッタに促され、私達は広間へ向かった。
踊り終わった瞬間ナヴィルは女の子に囲まれた。ああ、これは壁の花になるやつか。
大人しく壁の方へと向かう。途中で差し出された飲み物を受け取って夜会の様子を見守る。
ぱしゃ
音がして下を見るとドレスの裾からワインが滴っている。
「ごめーん。」
前を見るとナルがグラスを持って立っていた。
「わざとじゃないのぉ。ごめんねぇ。」
いや絶対わざとだろ。そう思ったけれど騒ぎにしたくなかったので笑って許す。
「そういえばぁ。あなたってナヴィル様と知り合いなんですかぁ?」
ナルが人差し指を頬に当てて聞いてきた。私はめんどくさくなって適当に答える。
「そうですけど……。」
ナルは私に近づいてボソッと言った。
「あんま調子乗んなよ。」
「へ?」
「それじゃあ。」
手を振って去っていく。なんだったんだ?
「おい、ナヴィル・ツヴィ・ハティツリュー。話がある。」
真ん中の方でセルトールの声が聞こえた。ナヴィルの事を呼んでいる。気になって近づくとセルトールがナヴィルに詰め寄っているのが見えた。
「私の家の取り引きを邪魔しているのはお前だな?やめてくれ給え。」
家の取り引き?確かアンドレー家は小麦とかの食料を取り引きしてるはず。それをナヴィルが邪魔するってどういうこと?
「そうだけど?何?」
ナヴィルがしれっと答える。セルトールはその態度にさらに怒った。
「何とはなんだ!!貴様のせいで我が家は大変なのだぞ。」
「あのさぁ、俺が手を出したのは君の家がやってる違法な取り引きだけだよ。他のところは知らない。噂聞いて止めたのかもね。」
ナヴィルは肩を竦めた。セルトールは動きを止める。言葉を探すように目線を泳がせた。
ナヴィルは呆れたように言う。
「ていうか君のところの違法薬物の件、もう国王に話つけてあるから。皆にばらすつもりなんて無かったけどまさか自分から言い出すとはね。驚いた。」
「証拠はあるのか!!」
セルトールが叫ぶ。ナヴィルは当たり前だと言わんばかりの表情をした。
「もちろんそれも提出済み。今ここで出すメリットはないから信じるかどうかは君次第だけど。」
セルトールは苦虫をかみ潰したような顔をしている。ナヴィルはにっこり笑ってセルトールの肩を叩いた。
「君さ、リシィに同じことしてたみたいだけど、良かったね。リシィの気持ちがわかったみたい。」
青い顔をしたセルトールにナヴィルが囁く。
「もう二度と手出すなよ。」
もはや立っていられなくなったのかセルトールが膝をついた。ナヴィルは私に気がついたようで近づいてくる。
「リシィ!見てたんだ……って何そのドレス!」
ナヴィルが私のドレスを見て顔色を変える。私は笑ってナヴィルにさっきの出来事を話した。
「いや、かかっちゃっただけだから大丈夫。」
「でも、これ新作でしょ?」
ナヴィルの言葉に周りがざわっとする。次々にさっきのことを話し始めた。
「ねぇ、わたくし見たのだけど、ナルって子がそちらの令嬢にぶつかっていましたわ。」
「私も見ました。わざとらしくなかった?」
「貴女もそう思う。わたくしもあれはわざとだと思いますわね。」
ひそひそと噂されてナルは居心地悪そうにしていた。ナヴィルは私の手を引いて、休憩室へと入っていく。休憩室には何着かのドレスが用意してあった。
「ルルレッタ妃に相談して用意してもらった。好きなの選んで。」
俺は外で待ってるねと言い部屋を出ていく。私は言われた通りにドレスを着替えた。
「もう大丈夫だよ。」
ナヴィルにそう声をかける。ノックの音が3回響いて扉が開かれた。
「リシィ。そのドレスも似合うね。可愛い。」
「ありがとう。」
ナヴィルに褒められ照れてしまう。あまりこういう賛辞に慣れていない。
ナヴィルは私の手をとるとそのまま部屋を出た。会場に戻るのかと思いきや、バルコニーへと連れていかれた。
「ナヴィル?どうしたの?」
「少し2人で話がしたくて。ごめんね。1人にしちゃって。」
ナヴィルは私がひとりでいた事を気にしていたらしい。
「大丈夫だよ。ナヴィルこそたくさんの人に囲まれてたけど大丈夫だった?」
そう聞くとナヴィルは分かりやすいくらい疲れたため息を吐いた。
「大変だった……。俺は知らない人ばっかりだったし。」
ナヴィルが困っているのは気がついていた。でも私が助けに入るともっと拗れそうだったので静観するだけだった。ほとんどナヴィルと婚約したい人達ばっかりだったし。
そういえばナヴィルって恋人とか作らないのかな。
ナヴィルに恋人がいるのを想像する。なんだかもやもやした。
「見て、リシィ。星が綺麗だ。」
ナヴィルが空を指す。満天の星空が広がっていた。
「綺麗……。」
「リシィの方が綺麗だよ。」
ふとそう言われてドキッとする。慌てて冗談だと心を落ち着かせた。
「もう、何言ってるの……。」
呆れてそう口にしようとして言葉が途切れる。ナヴィルの顔があまりにも真剣だったからだ。
「本当にリシィは綺麗。」
私は戸惑いつつもドキドキしていた。こんなナヴィルは見たことない。ナヴィルは私の手を取ってそっと口付ける。
「好きだよ。リシィ。」
ナヴィルがふっと微笑む。その瞬間自分でも分かるくらい顔が熱くなった。
「な、ナヴィル……?」
「全然意識してくれないからもう伝えることにした。好きだよ。俺の恋人になって。」
いつになく真剣な表情でそう言われて思わず答えてしまう。
「はい……。」
それからはあんまり覚えてない。そのまま会場に戻って放心状態で過ごし、ナヴィルに屋敷まで送ってもらった気がする。
家に帰って改めて考えてみるとどうやら私はナヴィルのことが好きだったみたいだ。
思えば初めて会った時からぼんやりとこんな人と付き合えたらなと思っていた。言わば一目惚れだ。
自覚してしまえば好きじゃない理由を探す方が難しく今まで無自覚だったことが怖い。
思いが実ったことで幸せな気持ちになり、それをルルレッタに伝えるとやっとかと呆れられた。どうやら王太子もルルレッタも随分前に気がついていたらしい。
恋人になったナヴィルは以前にも増して優しくなった。というより甘くなった。元々甘かった気がするがなんというか全体的に糖度が増した。
会う度にキスもハグもしてくれるし言葉にもしてくれる。私もそれに返したいが、まだ恥ずかしくてあまり言えていない。もっと言葉や態度に出せるようになりたい。
あれからアンドレー侯爵家はナヴィルが渡した違法取り引きの証拠により取り潰しになったそうだ。なんでも取り引きしていたのがヤバめの違法薬物だったようで国王がたいそうお怒りになった。
セルトールは辛うじて子爵の位を持っていたため貴族のままだ。だが、家は困窮しているらしい。そのせいでナルには振られたそうだ。
私の元へ何度か復縁の手紙が来ているが全て無視している。
なんでかって?
私にはナヴィルという素敵な恋人がいるし、だいいち彼のことなんて知りませんから。
読んで頂きありがとうございました。
これにて完結です。