(2)
事態が動いたのはナルが店に来てから1週間がたった頃だ。
ドレスを作るのに使う布が1枚も届かなくなったのだ。
私が今ナヴィル以外と取り引きしているところは全部で3つある。その全部から布が届いていない。恐らく何らかの圧力がかかっている気がした。
そして、その相手は簡単に予想できる。セルトールだ。
私ははぁと息を吐いて便箋を取りだし、セルトールに手紙を書いた。
「やぁ、久しぶりだね。リリシア嬢。ナルが世話になったようだ。」
セルトールが私の目の前で足を組みかえた。
私は今アンドレー侯爵邸へ来ている。セルトールに話を聞くためだ。会いたいという要望は案外直ぐに通り、手紙を出した2日後にはこうして相見えることが出来た。
「まぁ楽にしたまえ。」
セルトールが紅茶を1口飲んだ。私は出された高級なクッキーを1枚食べる。
「して、どのような用件かね?君とはもう婚約者ではないのだけれど。」
「私の取引相手に圧をかけたの貴方ですよね。」
白々しいと思いつつ説明というより問い詰める。セルトールはわざとらしく笑みを浮かべると頷いた。
「そうだ。私だよ。で、何か問題かい?」
面倒くさ。面倒くさいよこの人。
私はもう既に会話をするのが疲れている。私の様子がお気に召したのか勝手に喋り始めた。
「そもそも、女の身でありながら働くのは如何なものか。金を手に入れたら女は図に乗る。私ら男の元で大人しくしていれば良かったのだよ。そうすれば愛人くらいにはしてやったのだがね。」
要は私が働いているのが気に食わないらしい。なんでこんな男と婚約させたんだよ母様。
「とにかくやめて貰えませんか?布が届かなかったら服が作れなくてお客様に迷惑がかかるんですけど。」
「嫌だね。」
お願いが一瞬にして却下される。まあそうだろうと思ったけどね。
そうとなればここにいる必要性はない。私は帰ることにした。
「なんだ?もう帰るのかね?」
セルトールが驚いた顔をする。それを無視して私はずっと気になっていることを口にした。
「最後に聞きたいことがあって。ナルさんとどういうご関係で?」
セルトールはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑顔になった。
「ナルは私の運命の人だよ。」
うっとりとした表情をしている。あ、これは語り出すな。
もうこれ以上聞きたくなかったので帰らせてもらうことにした。
ーーーーーーーー
セルトールにあった4日後夜会の招待状が届いた。差出人はルルレッタ。どうやら王太子が主催しているらしい。
私はどうしたものかと考える。あれから布は届いていない。そのせいでお客様を待たせてしまっている。そんな中、夜会に行ってもいいのだろうか。
……いやこんな時だからこそか。
でも、問題がひとつある。エスコート相手だ。私には婚約者がいた。だけどもうエスコートはしてくれない。じゃあ兄に頼むか?いや、兄も招かれているだろうし、その場合は自身の婚約者と一緒に行くだろう。
では、ナヴィルか?それが1番いい気がするがナヴィルとは数日連絡が取れてない。
うーん。ダメ元でも送ってみるか。
と、店の扉が開いた。ここ数日は店を閉めているので誰だろうと疑問に思う。入ってきたのはナヴィルだった。
「ナヴィル!ちょうどいいところに!」
「リシィ。連絡、返せなくてごめんね。ちょっと忙しかったから。」
ナヴィルは申し訳なさそうにそう言う。私は別に気にしていないし、怪我がないのならよかった。
「ナヴィル、今度夜会があるんだけどね、それのエスコートを頼まれてくれない?」
言ってみて思う。ナヴィルってあんまこういうの出なかったよね。
「王太子主催の?それなら俺にも招待状届いてるから。是非エスコートさせて。」
まさかの了承。びっくりしたけれどナヴィルにエスコートして貰えるなら嬉しい。
私はにっこり笑ってお礼を言った。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
ナヴィルも微笑んでそう言った。
夜会当日。いい宣伝になるかと思って、少し前に自分がデザインしたドレスを着ていた。我ながら綺麗だと思う。亜麻色の髪は結い上げて、編み込んだ。そして首元にはナヴィルが贈ってくれたネックレスが光っている。
届いた時にはそれはもう驚いた。まさかそんなものを贈ってくれると思わなかったからだ。しかも見るからに高そうなものを。
瑠璃色の宝石なんて珍しい。しかも大きい物だ。きっととても貴重なものだろう。
色んな気持ちが入り交じって、感謝の手紙を5通くらい送ってしまった。
ナヴィルは迎えに来てくれるらしく、伯爵邸でそれを待つ。
程なくして、1台の馬車が私の家の前で止まった。ナヴィルだ。
私は急いで外へ出た。ナヴィルはもう既に馬車から降りて待っていてくれている。私に気づくと微笑んで近づいてきた。
「リシィ。今日は一段と綺麗だね。ドレス似合ってる。可愛いよ。」
ナヴィルの口からすらすらと賛美が出てきた。私は思わず照れてしまう。
「あ、ありがとう。ナヴィルもかっこいいよ。」
そう言うとナヴィルは一瞬固まった。直ぐに私の手を取って口付ける。
「ありがとう。」
て、手馴れてる……。モテるとは聞いていたけれどこれ程スマートとは。ナヴィルの格好も相まってか私はドキマギしっぱなしだった。
今日のナヴィルの装いは普段よりもきっちりしていた。紫紺のジャケットに少し明るい紫のタイをしめている。いつも無造作にながしている肩まである黒い髪はきっちり結われていた。耳には深い青のピアスをしている。
いつもとは違う雰囲気に緊張してしまう。そんな私に気づいているのかナヴィルはいつもよりもずっと柔らかく接してくれた。
ナヴィルに手を引かれ馬車へと乗る。そのまま馬車は王城へと向かった。
馬車の中で他愛もない話をする。ふとナヴィルが聞いてきた。
「セルトールとは婚約破棄したの?」
「うん。なんか勝手にされてたみたい。私はなんの思い入れもないんだけどね。」
私とセルトールの婚約はいつの間にか破棄されていた。知らない間に婚約して知らない間に破棄される。一体なんだったんだろうか。
「ていうことは、今フリーなんだ。」
「そうだよ。でも、私も結婚はまだいいけど
恋人くらいは作りたいな。」
私がそう言うとナヴィルは何か言いたそうにする。だが、彼が言葉を発する前に馬車は王城に到着した。
「着いたよ。」
「うん。」
ナヴィルは先に降りて私に手を差し伸べた。
何か言いかけた彼に気を使わせてしまっている。私が躊躇っているとナヴィルは私の手を取って馬車から下ろす。そして私にそっと顔を近づけて囁いた。
「後でね。」
ふっと微笑んだナヴィルの顔が近くてドキッとする。そんな私を見て満足そうな顔をしたナヴィルに手を引かれ城へと入った。
読んで頂きありがとうございました。