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新しいお話です。短めです。

「リリシア・フィシィ・フィルムーア!お前との婚約を破棄する!」

今日は久しぶりに参加した王弟主催の夜会。

親しい友人と会えると楽しみにしていた最中、そんなことが起こった。

私の目の前には眩いばかりの金髪に胡氷色の瞳をした端正な顔立ちの男の人が仁王立ちで立っている。

周りは固唾を呑んで見守っている。


だが、私は彼のことをまっっっったく知らないのだ。


まじで誰だよ…


今目の前にいる人は確かに私の名前を呼んだが、私は知らない。つまり一方的に知られていると言うことだ。怖い。

しかも、婚約を破棄すると言ったから、この人が正しければ私は目の前の青年と婚約していたことになる。

すなわち、私は私のことを一方的に知っている人と婚約を結んでいたことになる。

恐怖以外の何物でも無い。


「……あの〜どなたですか?」


私がそう言うと緊迫した空気が一瞬で霧散した。

会場のみんなはおろか目の前にいる彼もポカンとしてしまった。

でも、知らないのは知らない。

ポカンとしたいのはこっちの方だ。


「ど、どなただって…お前の婚約者だぞ!?」


「婚約者…?私婚約なんてしてませんよ?」


婚約どころか恋のこの字も無い生活をしてきた。

デザイナーとして王都一と呼ばれるマダム・リリィのもとで修行して早5年。やっと独り立ちして店をかまえ、その店も軌道に乗り始めたのだ。婚約も恋もしてる暇がない。それに社交界に滅多に顔を出していなかった。


「貴方と婚約してた…?ようですけれど、私知らないので。破棄したいのでしたらどうぞ。」


やっとのことで絞り出した答えに目の前の男の人は不服そうな顔をしていた。












ーーーーーー













「あははははっ傑作だねぇ。それで?どうなったの?」


店のカウンターに肘を置いてバシバシと叩いて笑っている私の友人を呆れたような目で見る。

褐色の肌に黒髪、瑠璃色の瞳が美しい、綺麗な顔立ちの彼は私の取引相手だ。

名前はナヴィル・ツヴィ・ハティツリュー。隣国の帝国の公爵家の三男らしいが、本人に権力は無く、気ままに商売をしている。

頭が切れて商才がある彼はこの国でも有名な商人だ。うちの店も布を取引している。


「笑い事じゃないわよ。ナヴィル。大変だったんだからね。」


私はため息をついた。私の一言で一旦あの場は落ち着いたが、その後も金髪の彼はずっと見てきたし、皆腫れ物に触るような扱いをしてきて楽しめなかった。


「ルルレッタにも会えなかったし……。ほんと散々だったわ。」


会えなかった友人を思い出して悲しくなる。ルルレッタは王太子妃でこの店を懇意にしてくれている。小さい頃から仲良しでしばらく会えてなかったのだ。


「ルルは王妃教育で忙しいし……。いつ会えるのかしら?」


もう一度はぁとため息を吐く。ナヴィルが疑問を口にした。


「ねぇ、そいつのことリシィは知らなかったんでしょ?婚約なんてしてたの?」


「してたわ。残念なことにね。」


私は乾いた笑みを浮かべた。


私の家、つまりフィルムーア家は伯爵家だ。歴史が深く先々代くらいまでは公爵家に匹敵するほどの力を持っていたらしいが今は普通の伯爵家よりも力がない。

というのも先代の一人娘と結婚し、婿に入った私の父がよく言えば穏やか、悪く言うとぽんこつな人なのだ。母は私が幼い頃に病気でなくなった。その後伯爵家を任された父は権力争いから距離を置き、趣味である園芸に精を出した。そのお陰でうちの庭は無駄に豪華になっている。

とにかく父は伯爵に向いていない。祖父や曾祖父のように野心があり、有能で気が利く兄が早く家督を継いだ方がいい。


そんな感じの父親だったので、当然私の婚約事情にも無関心だった。兄の方が余っ程興味津々だ。

夜会の後問いただしてみると、私の婚約が幼い頃にもう既に決まっていたことを白状した。

病に倒れた母が私の行く末を心配して縁のある侯爵家の息子と婚約を結ばせたそうだ。

それなら何故今の今まで私がそれを知らずにいたのかと言うと、父が私に伝え忘れていただけだった。

というのも顔合わせの日に私が熱を出してぶっ倒れたらしい。責任を感じてもあれだしと伝えないでおいたら、母が亡くなった。葬式の準備やらなんやらで顔合わせは伸びまくり、最終的になかったことになった。

そして、父も私に婚約のことを伝えることはなく今に至る。


衝撃の事実に私は頭を抱えた。一晩たった今でも飲み込めそうにない。私はこのことを面白がっている友人を眺めながら店の準備を始めた。


私の店は完全予約制でオーダーメイドドレスを販売している。客層は貴族に絞った。ナヴィルにそうした方がいいとアドバイスされたのだ。彼曰く


「リシィのような1人経営なら、予約制で客層を絞った方が作業効率がいい。」


そうだ。アドバイス通りにして、広報でルルレッタの力を借りたら、いい感じに繁盛したので間違いでは無いと思う。


今日は2人予約が入っている。なので午後から開店だ。ちなみにうちのお店は紹介制になっているのでいわゆる一見さんお断り的な感じだ。そうした方が価値が上がるらしい。


「今日はお客さんは2人?」


ナヴィルがそう聞いてくる。


「うん。だから午後から開けるからそれまでいてもいいわよ。」


私がそう言うとナヴィルは嬉しそうな顔をした。私は彼のそんな無邪気な表情にとても弱い。


「このお店もだいぶ繁盛してるね〜。」


ナヴィルは店をぐるっと見回した。内装はルルレッタと一緒に考えて、女の子がわくわくするような感じにできた。


「それもこれもナヴィルのアドバイスのおかげなんだけどね。」


「違う。俺のアドバイスが生きてるのはリシィの腕が良いから。ブランド力があるのはリシィの今までの努力の成果だよ。」


ナヴィルはいつも私を褒めてくれる。それに胡座をかくつもりは無いが、やっぱり嬉しい。


私がにやついていると、ドアが勢いよく開かれた。中に入ってきたのはストロベリーブロンドの髪をふたつに高く結い上げた蜂蜜色の瞳が可愛らしい女の子だった。


予約している人ではないので不思議に思って声をかける。


「あの?どちらさ……。「しょっぼい店ね!!」



女の子が突然大きな声を上げた。私はぽかんとした。女の子はお構い無しに続ける。


「セルを振った女がいるって聞いてみれば、こんなしょぼい店を経営してる芋臭い女なんてね!!」


女の子に睨みつけられた。

それにしても芋臭い?私デザイナーとして服装には気を使ってたつもりだけど……。

女の子の言葉に少し傷つく。するとずっと静観していたナヴィルが口を開いた。


「ねぇ、お前誰?」


棘を含んだ声に驚く。ナヴィルがこんな声を出すなんて。女の子は私からナヴィルへと視線を移した。そしてナヴィルを見た瞬間分かりやすく目がハートになる。


「い、イケメン……。」


その様子を見てナヴィルはあからさまに嫌な顔をした。ナヴィル、ああいう子嫌いだからな……。


顔が整っていて、お金もあって、地位もあるからナヴィルはとにかくモテる。そして彼自身も派手に遊んでいた。私も彼と知り合う前にそんな噂を聞いたことがある。

来る者拒まず去るもの追わずの彼でも人によって態度を変える人は苦手というか嫌いらしい。

そういえば最近ナヴィルのそういう噂聞かなくなったな。


私が思いを馳せていると、女の子がナヴィルに近づいてその手をギュッと握った。おお、大胆。

ナヴィルはその手を振り払うと眉をひそめて言った。


「何?」


「わたしぃナルっていいますぅ。あ、フートレータ男爵って知ってますぅ?わたしぃそこのお嬢様なんですよぉ。」


猫なで声でナルが言うのをナヴィルは嫌そうに聞いていた。そしてため息をつくとはっきりと言った。


「出てけ。」


途端ぴしりとナルが固まった。私はさすがに可哀想になったので話しかける。


「あの、ナルさん?でしたっけ。どのようなご用件で?」


ナルは私には返事をせずにずっとナヴィルの方を見ていた。でもナヴィルが自分の相手をするつもりがないと分かると


「バカ〜〜!!」


と叫びながら走って店を出ていった。ナヴィルはその様子を冷めた目で見ると、私の方を向いて微笑んだ。


「準備しよっか。」


その表情がいつものナヴィルだったのでほっとする。さっきまでは私の知らない顔をしていた。商人だし色んな顔があるのは知っている。でも私の前のナヴィルは柔らかい表情をしていることが多かったのでなんだか少し怖かったのだ。


「そうだね。」


ナヴィルの言葉に返事をして私は準備を始めた。ナヴィルは別に手伝ってくれるわけではないらしく私の手元をじっと見ていた。


「ねぇセルって誰?」


突然聞かれて暫し手を止める。直ぐに作業を再開してナヴィルの疑問に答えた。


「ああ、私の婚約者。本名はセルトール・ド

・アンドレー。」


「ふーん。」


ナヴィルは興味無さそうだった。なんで聞いたんだ。


準備を一通り終えて一息つく。あのパーティーで婚約破棄をしてきた人を思い出してた。


あの人はセルトール・ド・アンドレーと言うらしい。私は会った記憶が無いが、私の婚約者だ。もう“だった”なのかな。というか今の今まで手紙の一通も寄越さずになんで急に婚約破棄なんだよ。んで、あのナルって子とどういう関係なんだ。なんだかムカムカしてきた。


ナヴィルが突然立ち上がった。何かを思案するような表情をしている。


「帰る。」


と一言だけいい、私の返事も待たずに出ていってしまった。

その様子になにか引っかかったがそれが分かる前にお客さんが来て、いつの間にかその事は忘れていた。











読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 婚約者だったのに今まで一切交流が無い謎の関係なのになんで相手は顔を知ってたんだろうね?
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