無力な雑魚
――「アイツ、急に弱くなったな」「何だったんだよ」――
「……っ」
アレから、寄生スキルを何ども試してみたが全く効かなかった。
無職は、寄生スキルによりスキルを取得。相手のステータスを減らし――じりじりと攻めるのが強み。
そしてその寄生スキルが使えなくなった今。
俺は、ただの人って訳。
あの剣士の様に動きが弱いのなら良いが相手はプロ。素手戦闘なんて仕掛けた瞬間返り討ちだ。
「――『シャイニングブレード』!」
「ぐっ……」
派手に吹っ飛ぶ身体。
気付けば、築き上げた体力差は近付いて。
あっと言う間に俺のHPは10%。
《――「特別じゃ無いんだよ、君は」――》
まるで呪いの様に。
その言葉は、頭の中を駆け巡る。
《――「……現在、ログイン中のプレイヤーの中に『無職』の方はございません」――》
……でも。
それが救いであるかの様に、その過去のアナウンスが流れていく。
「――終わらせます」
――「やれー!」「さっさとやっちまえよ」「やっぱ勝つのはレイちゃんか」――
歓声を背に。
勝利を確信したのか、ゆっくりと歩いて向かう彼女。
――ああ、そうだ。
この“無職”は――俺が、初めて“特別”になれたモノだから。
負けたくない。
だから、最後まで足掻くんだ。
あの時宣言した言葉を、仮想世界の魂に響かせる。
「俺は――」
“職業『無職』を諦めない”。
「――ッ」
俯いて地面を見る。
これは絶望のモーションじゃない。
“対象”を、視界に入れる為だ。
「――『寄生』――」
見えているプレイヤーは誰も居ない。
そう――俺自身以外は。
《寄生状態になりました》
「――え?」
――「何だアイツ」「何があったの?」「なんで状態異常が」――
固まるレイ。
そしてざわつく観衆の声。
その理由は間違いなく――
《サトウ 状態異常:寄生状態》
「……ははっ」
思わず笑う。
起死回生、宿ったその策。
半ばヤケでやった行為だが――今はそれに縋るしかない。
「来いよ」
「ッ! ふざけないで下さい――!」
寄生状態のまま煽れば、彼女はハッとして攻撃に移る。
対して俺は戦闘態勢。
さあ、時間を稼がなきゃな。
「『シャイニングブレード』」
「――っ」
瀕死で状態異常(自演)の俺に躊躇したか。
回避は容易――そして拳を振り上げる。
「――ッ!」
流石の反射神経。
盾を構えるが――どうやら、もう忘れてしまったらしい。
おさらい代わりにくれてやる。
「きゃッ!?」
回避の瞬間、振り上げていた拳はブラフ。
そのスキルを発動と同時に、右足で蹴り上げ
る。
だが、今回はお前じゃない。
蹴ったのは地面――要は距離を取りたかっただけ。
舞い上がる砂埃と共に後方への退避。
なぜならば。
もうすぐ、アレが来るからだ。
さあ。
一体、何が起こるんだ?
《寄生段階が上昇します》
《条件を達成。特殊称号が解放されます》
《特殊称号『束の間の自立』を獲得》
《『束の間の自立』スキルが発動します》
流れるアナウンス。
そしてそれは、これまでに聞いた事のないものだらけだった。
「寄生を自分にすれば、自立か――なるほどな」
《サトウ 状態異常:自立状態》
今、“寄生”は“自立”となって裏返った。
笑いがこぼれる。
そんなもん、気付ねぇよ。
でも見つけた。
制作陣に感謝を。
このゲームは、神ゲーだ。
「ッ――『シャイニングブレード』!!」
「っと」
レイはペースを乱されたか、動きが遅い。
……いや、違う。
俺が早くなっているんだ。
この感じ――ステータスが上がっている。
「逃げるんですか!」
「うん」
「ッ~~!」
回避後、逃げる様に走って距離を取る。
聖騎士はAGIはそこまで高くない。
だから、足が速くなった今鬼ごっこで勝てるのは俺だ。
――「逃げんなよ無職」「何か足早くなってね?」「なんだアイツ」――
「――スキルオープン」
というわけで、レイの様子を伺いながらスキル説明をチラ見。
□
《スキル説明:束の間の自立》
自身が寄生状態となり、寄生段階が1になった時発動。
30秒間、全ステータスが上昇する。
更にこれまで『寄生』・『職業訓練』スキルにて取得した事のあるスキルの中から、一つだけ選んで使用出来るようになる。
『束の間の自立』効果時間終了後は、以降30秒間の間全てのスキル発動が不可能となる。
再使用時間は60分。
現在の発動可能スキル一覧――――
□
「一回だけ、か」
追ってくる聖騎士から逃げながら思考を回す。本当にこの職業は使いにくい。
だが、俺好みだ。
「――やぁッ!」
「っぶね」
鬼ごっこは終了。
ジャンプする事で距離を縮め、剣を振り下ろし飛び込んでくるレイ。
それを跳んで避け――
「捉えました――ッ!」
着地の隙を狙う様に、剣を振りかぶるレイ。
みるみる内に成長し、対人戦闘が上手くなる彼女。
本当に恐ろしい。PvPを未経験だとは思えない。見た目だけじゃない――プロに勧誘される実力は確かにある。
「『シャイニングブレード』!!」
スキル詠唱――彼女の手の中で光り輝くその剣。
眼前に迫る。
跳んで回避は不可能。
攻撃しようにも、出来るのはパンチぐらい。
相打ちで終わり。
……なら。
発動するスキルは、決まっている。
「――っ」
なあ、レイ。
外見も才能も持ち合わせ、更に同じチームには優秀なメンバーも居て。
既にレベルは20越え。
そんなお前は。
このゲームの一番の雑魚の事なんて、とっくに忘れてるよな?
「――『スライムタックル』」
それは、ひたすらに狩り続けたモンスターのスキル。
『スライムタックル』……それは、ただの体当たりじゃない。
何時間もスライムへと寄生を繰り返し、そのスキルを使い続けた俺だからこそ分かる事。
「ッ!?」
驚くのも無理はない。
なぜなら、彼女の剣が到達しようとした寸前――俺の身体は、急スピードで“後ろ”へと引っ張られたからだ。
そして。
「『スライムタックル』」
空振りした武技の隙は逃さない。
後ろへと移動した俺の身体は――今度は前へと突撃。
しっかりと、肩を入れてね。
VRラグビーは、俺の大好きなゲームの一つだ。
「!? きゃッ!?」
――「えっ?」「今何が」「何だよアレ」――
――『スライムタックル』。
それは、始まりの街、一番最初に現れる正真正銘の初心者用モンスター。
攻撃手段は一つ、そのタックルのみ。
無力な雑魚が持つそのスキル。
きっと、寄生スキルを持つ俺しか知らない情報だろうが。
このタックル、前方以外にも発動可能。
例えば重心を後ろにずらす――身体を後ろに倒すイメージ――と、後ろへとタックル(移動)する。
また、スライムには足なんて無いわけで。
例えジャンプ中だろうが、問題なく発動出来る。
そして何より大きいポイント。
これ、再使用時間が“ゼロ”なのだ。
非力なスライムだからこそ、許されたソレ。
「――やあッ!!」
「『スライムタックル』」
迫る剣。
足は動かず、ホバー移動さながら俺の身体は後ろへと移動。回避。
「なっ、なんで――!!」
「『スライムタックル』」
「きゃあッ!?」
そして前方にタックル。
もう、彼女に為す術は無い。
何とかしようと抗うも――俺がそうはさせない。
「『スライムタックル』」
レイは、スライム程度すぐに越したんだろう。
だが俺は、ソイツをひたすら狩ったおかげで勝てるんだ。
「『スライムタックル』」
回避、一撃。
繰り返し。繰り返し。繰り返し。
三十秒の間、俺は彼女を蹂躙して。
《レイ様のHPがゼロになりました》
本当に、あっけなく。
会場の空気なんて関係なく。
プロとか素人とか、どうでも良いと思えるほどに――
《レイ様との決闘に勝利しました!》
そのアナウンスが流れたのだった。




