王妃殿下は今日も寵妃を可愛がる
「王妃殿下!見てください!国王陛下が私のためにこんなにステキなドレスを仕立ててくださったのです!」
「それは良かったな。私もちょうど国王陛下から今度の夜会のためのドレスを仕立てていただいたところだ。…すまぬなぁ。せっかく可愛らしく着飾ろうとも、国王陛下が横に置くのはこの私だけなのだ」
王妃アナイス。この国の国王の正妃である彼女は、国王の寵妃たるブノワトに喧嘩を売られていた。そして買った。
「むむむ…でも、靴も、装飾品だって…!」
「私も素晴らしい装飾品をいただいた。見よ、このネックレスに付いているのが何か分かるか?ブラックダイヤである。それだけ国王陛下は私を尊重してくださっているのだ」
「ぶ、ブラックダイヤ…!?」
ブラックダイヤはこの国で採れる宝石の中でも最高級の宝石である。
「…えーん!王妃殿下のばかー!」
逃げ帰るブノワト。王妃殿下にバカとは何事かとその場にいた使用人たちはざわざわしたが、アナイスは止める。
「皆、控えよ。これはブノワトと私の戦い。口を挟むのは許さぬぞ」
使用人たちは黙って下がる。彼女たちは、アナイスはブノワトに甘すぎるとため息を吐いた。実際のところ、アナイスはブノワトを気に入っている。
国王ヴァレールは生まれた頃からアナイスの婚約者であった。二つ年上の完璧な公爵令嬢。女性なのに文武両道で、見た目も中性的でかっこいい。女性ファンの多い婚約者は、憧れだけど恋愛相手にはならなかった。
ヴァレール自身もアナイスほどではないが、有能だ。武術こそ嗜む程度だが、知識量はかなりのもの。国王としての資質もある。見目も美しい。
そんな彼はアナイスを常に大事にする。恋愛相手とはならないが、大切な幼馴染で国を支えるパートナーである彼女を尊重していた。
でも、彼は可愛いもの好きである。美しくかっこいい女性より、可愛らしく何も知らない無垢な女性が好みだった。
だから、ヴァレールが華奢で可憐、ちょっとおバカなブノワトに傾倒するのは無理もなかった。
それでもヴァレールは決してアナイスを蔑ろにはしない。それがおバカさんなブノワトには不満だった。
ブノワトは何の狙いもなく、純粋にヴァレールが好きだ。もちろん、彼女の周囲の者はそんなブノワトを利用しているが、それだけ。ブノワトは心からヴァレールを愛している。だからアナイスがムカつくのだ。それでも憎しみまで行かないのが、ブノワトのバカ可愛いところである。
アナイスはブノワトの純粋なヴァレールへの愛を知っている。そして、その気持ちに拍手を送りたいくらいだった。アナイスは、ヴァレールと同じく結婚相手を幼馴染兼パートナーとしてしか見られなかった。
アナイスはヴァレールを王妃として支えることは出来るが、癒してやることは出来ない。ヴァレールを真に愛し癒せるのはブノワトの方だ。だから、アナイスはブノワトを排除する気などさらさらない。
下手に後継者争いになるのは避けたいのでブノワトより先に子供を作る気は満々で実際そう動いているが、おイタさえしなければむしろ守ってあげるつもりである。
さっきのあれだって、ちょっと悪戯が過ぎるのでわざと乗ってやっただけである。本気で噛み付いてくるなら話は別だが、そんな日は来ないだろう。
「王妃殿下!ご機嫌よう!」
「ご機嫌よう、ブノワト。早速だが、食べるか?」
「はい!」
数日後、夜会が無事終わりアナイスはブノワトを自室に招き入れた。
「王妃殿下の淹れてくださる紅茶、楽しみです!」
「そうか」
「今日も手作りのお菓子ですか?」
「そうだ」
「わーい!」
ブノワトは甘党である。そして、おバカさんだ。恋敵であるはずのアナイスでも、お茶に誘われては付いていく。
ブノワトは貧乏男爵家の末っ子長女だ。甘やかされはしたが、基本的に恵まれない生まれである。お菓子も満足に食べられなかった。それでも、平民よりはマシだが。
だから、ヴァレールに嫁いでからしばらくして、アナイスの作る手作りのお菓子はブノワトの大好物になった。
ちなみに先先代の借金のせいで貧しかった男爵家は、ブノワトが国王の寵妃となったことで結納金をもらって普通の貴族と変わらぬ生活を送れるようになった。しかし、そのために逆に禁忌に手を染めたが。
「王妃殿下、いただきます!」
「ああ。存分に楽しめ」
「はむっ。…んー。…美味しいー!」
一見大袈裟にも見える喜びよう。しかし、ブノワトの場合はこれが素だとアナイスは知っていた。主に王家に仕える諜報部隊の調査で。
「どうだ?フォンダンショコラは気に入ったか?」
「はい!中のトロトロチョコがとってもリッチな気分になります!」
「リッチの基準が相変わらず低いな。ほら、マリトッツォも食べるがいい」
「わー!クリームがたくさん!王妃殿下大好きー!」
「ふふ、ういやつめ。クリームが口の端に付いているぞ」
アナイスはブノワトの口の端に手を寄せる。指でクリームを掬い取れば、そのままぺろりとその指を舐めた。
「…うむ。私の菓子はやはり美味いな」
ブノワトはそんなアナイスに不覚にもドキドキした。だが、興味は早くも次の菓子に移る。
「これは?」
「タルトタタンだ。美味いぞ、食え」
ブノワトは一口食べて感動した。
「これ、すごく美味しいです!なんだかとっても懐かしい味!」
「そうだろう。そなたの領地の農家から高値で買い取った林檎を使ってみたのだ」
「え」
「そろそろホームシックになる頃だと思ってな」
「王妃殿下ぁ…っ!」
お菓子一つで絆される辺り、やはりブノワトは王妃には向いていない。寵妃として、ヴァレールやアナイスに守られながら何も知らずに幸せに暮らすのが一番いい。そう、何も知らずに。
「それで、ヴァレール。結局、ブノワトの実家の男爵家が行った奴隷売買をどうするのだ」
「この国では奴隷売買はご法度だからねぇ…見せしめにする必要があるね」
「爵位と領地は残してやってくれ。ブノワトが不憫だ」
「うん。だから主犯である男爵と男爵夫人には毒杯を下賜して、関わった長男と次男は禁固刑にするよ。爵位は何も知らなかった三男に継がせる。一応何かあった時領主となるべく教育は受けているようだから、問題はない」
「ブノワトの耳には入れるなよ」
アナイスは、無邪気で無垢なブノワトを守る。それが本人の望む形でなくとも。ヴァレールを癒すという、大切なお役目を果たしてもらうために。
「…アナイス」
「ブノワトを愛しているんだろう?なら、幸せな夢をいつまでも見させてやれ」
「わかったよ」
鳥籠の中の雛は、今日も外を知らずに幸せに生きる。全ては大好きで大嫌いな、正妃様の御心のままに。