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尖兵『機械仕掛けの骸と、伝承を背負い歩く英雄』

 《ビビアンの世界》


 ぼくはエイドリアンの面倒を見ながら、クリプトンと共にニーナの改良案に目を通している。


「外見の改良、擬似的な飲食の再現、発汗や紅潮による感情の補足機能……までは仕上がった。人間的な機能を付与するという目的は達成されつつある」

「ずいぶん早いな。私が寝ている間にそこまで……」

無限の魔力(ニコル)が手に入ったからね。疲労を度外視すれば、いくらでも進める」

「疲れ知らずが魔物の強みか。……何百年経とうと、人が悪魔を滅ぼし切れないわけだ」

「ひひっ。それ、軍人の前で言うなよ?」


 広げた設計図の前で軽口を叩いていると、クリプトンは唐突に声色を変える。


「ビビアン。君がいてよかった」


 疲れが滲んだ声。病床にいるためだろうか。それとも長い年月がそうさせたのだろうか。

 ぼくは口を閉じて、彼の言葉に集中する。


「私の技術を受け継ぐどころか、更に発展させて私に見せてくれる。まるで未来を先取りしているような気分だ。人生の後日談とでも言うべきか……」

「引退したら詩人にでもなるか?」

「それも悪くない」


 冗談を交わし合うと、クリプトンは痰の絡んだせきと共に、痩せ細った体を震えさせる。


「もう長くは生きられないだろうが、それでも……私の後に未来は続くのだと確信できる。ありがとう」

「……縁起でもないことを言うなよ」


 ぼくにとって、クリプトンの死は考えたくもない悲劇だ。

 精神的にはともかく、技術的な側面においてはノーグより多くのものを彼から受け取っている。つまりは人生最大の恩師なのだ。できればいつまでも自分の先を歩んでいてほしい。


 ぼくは図面の片隅に指を置き、とんとんと音を鳴らす。


「名義を見ろ。ぼくの上にクリプトンの名前があるだろう。各専門家たちの頂点に立つ、工房の責任者として。まだまだ生きてもらわなければ困る」

「だが、新しい時代は既に芽吹いている」


 クリプトンは落ち窪んだ両目でぼくをしっかりと捉えている。


「君には託せる。人望があって技術も申し分なし。ピクト家との仲も上々だ」

「その条件、あんたの方が当てはまるんだぞ」


 クリプトンに先代はいない。ピクト家の工房は、ニーナのために作られたからだ。

 領地を代表する技術者の集いとして発足したのだから、当然ピクト領の全ての学者が納得する人物としてクリプトンが選ばれたことになる。派閥や流儀による文句はあれど、それを黙らせるだけの魅力が彼にはあったのだ。


 ……経験の浅いぼくが、彼の全てを引き継ぐわけにはいかないだろう。彼の後釜となるべく地道にやってきた連中が、納得しない。


 クリプトンは、さもおかしそうに俯いて笑う。咳き込むことさえいとわず笑う。


「ふふふ……。ぐふっ……ははは……はー、はー、ぜぇー……」

「無理するな。いや、無理してでも長生きしろ。死に物狂いで生きろ」

「君こそ、な。これからは忙しくなるだろう。商会と工房、どちらも抱えていかねばならない」

「そうだよ。これから大変なんだ。だからこそ、せめて……せめてもう少しだけ生きていてくれって頼んでるんだよ。今のぼくの足じゃ、重荷を支えきれない」


 いずれクリプトンの地位を引き継ぐにしても、今じゃないだろう。ぼくはここに来て1年も経ってないんだから。

 まだ会ったこともない有力者がたくさんいるんだ。彼らにぼくの名を売って、味方に引き込まないと。それから、商会と工房の連絡を更に密にして……あと、後方の街に部下を送って手を広げなければ。

 ……問題は山積みだ。このままではピクト領の代表面はできっこない。


「ぼくはまだ、主任技師になるには早い。この屋敷に仕える全ての技師をまとめ上げる資格なんてない」

「ふふ。私だって、最初はそうだったさ」


 クリプトンは部屋の隅に飾られた花を眺めている。

 温室で育てられた花だ。工房の保管庫の片隅では、そういうことも行われている。かかる費用の割に貴族受けが良いので、ピクト家などの身内向けに始めたそうだ。これを提案したのも、クリプトンだったか。


「知っての通り、私は人付き合いが下手だからな。やっかむ奴も少なくなかった。私は、私を嫌う者たちも納得してくれるように、誠心誠意努力しただけだ。彼らに対して後ろめたい真似はできなかった……」

「それが凄いと言ってるんだ」

「あんまり買い被らないでくれ。君の目からは立派に見えているのかもしれないが……私にとっては、君こそが憧れだ」


 ……ぼくが?

 どうして?


「私と同じ場所に、私より遥かに早く辿り着いた。私が君だったら、もっと色々できたはずだ。若さに任せて、ちょっとした無茶だって……」

「無茶、とは?」

「たとえば、今の君みたいに隣人を囲うことだよ。私には縁が無かったが、今の地位に健康な体が加われば違ったかもしれない。……顔がいけないか。ははは」


 クリプトンにも、そういう願望があったのか。工房の奥に腰掛けて、ぼくの作る物を見て的確な指示をくれる人だったから、それが全てだと思い込んでいた。


 ぼくは、ぼくを知らない芸術家が作った作品を思い出す。

 商会の会長室に飾ったあれは、クリプトンから見たぼくに近いものだったのかもしれない。名声や業績といった、表に出る部分だけで作られた偶像。若々しく力強い未来。

 ……案外、あれは的確な代物だったのか。


「ぼくは他人に憧れられるような立派な存在に見えるんだね?」

「そうだ。良いところなら他にもあるぞ。腕っ節の強さや、貴族らしい優雅さ。あとは、やっぱり顔か。顔だな」

「……あんたに口説かれても嬉しくないぞ」

「そうか。歳の差は残酷だな。ははは……」


 ……クリプトンは案外、面白い奴だ。それでいてニーナの全てを任されるほど真剣で、信頼される部分がある。真面目さと不真面目さは両立できるのか。

 ならばぼくも、精一杯取り繕えば……なれるのだろうか。領地を背負う筆頭に。


「もう少し、聞きたいことがある。付き合ってくれるよな?」

「よかろう。暇だからな」


 ぼくは厳しい指摘を恐れず、ぼくの成果である設計図を語ることにする。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 新しいニーナさまを作る。今日、ビビアンからそんな発表があった。

 私たちから得た研究成果を使って、いよいよ製作に取り掛かるらしい。あの会合から何日も経っていて、ちょっと遅すぎる気がしないでもないけど、そんなものなのかな。

 簡単に作って、気に入らなかったら壊して……なんて事はできないのかもしれない。お貴族さまの命を預かっているわけだから、みんな慎重なんだろう。


 そういうわけで、ニーナさまとビビアンが戦場に出られなくなる代わりに、しばらく私が前線に立ちっぱなしになる。

 つらくはない。これが私の仕事だ。むしろ最近は街中で挑みに来る人が増えてきていて、面倒だと思っていたところだ。ここなら戦ってすぐに軍に引き渡せるから、楽になるだろう。


「皆さん、よろしくお願いします」


 私が軍の人に連絡すると、彼らの中に戦慄のようなものが走る。観測部隊の人たちは恐怖を、魔法部隊の人たちは警戒を、それ以外の前線の人たちは……安堵を浮かべている。

 どうせ『白き剣士』の物語のせいだろう。それともさっき倒した挑戦者たちがそばに転がっているせいかな。

 ……どっちでもいいか。こういう反応にも慣れてきた。


「で、では、これより会議を始める。ニコル様は、あちらのお席でお寛ぎください……」


 魔法部隊隊長のゲルマニクスというおじさんが、私のために椅子を引いてくる。

 そういう役目は下っ端の人にやらせた方がいいと思うんだけど。威厳とか見栄とか、必要ないのかな。


 私は「ありがとうございます」とだけ返事をして、大人しく会議を聞いていることにする。

 難しい戦術はあの人たちの領分だ。邪魔をしたら悪いからね。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 数日後。

 ビビアンは工房にこもってニーナさまの組み立て。アンジェは魔法でその手伝い。私は変わらず戦場に。ナターリアはやっぱりふて寝。エイドリアンはいつものお勉強。そんな感じだ。


 とりあえず前線に出て目に見える魔物を蹴散らした後、私は暇を持て余してアルミニウスさんと雑談を始める。


「戦果はありますか?」

「なんだ、その呑気な聞き方は……。俺たちは釣り人じゃねえんだぞ……」


 アルミニウスさんは身の丈ほどある大きな剣を磨いて、魔物の血を落としている。

 使い込まれた傷だらけの剣。男の生き様って感じがする。私は面倒くさがりだから、剣がこんなになるまで戦う事はできそうにない。


 アルミニウスさんは禿げた頭を掻きながら、後方にいる部下の人たちをぼんやり眺める。


「あいつらが運んでるだろ? あれだよ」


 シュンカが一体。フウカが何体か。雀の魔物であるジャクラがたくさん。それくらいかな。魔法部隊が撃ち落としたらしい、焼け焦げたものもある。あれは使い物にならないだろうなあ。勿体ない。


「こっちにも結構来たんですね」

「観測班から連絡行ってるだろ」

「直接目で見ると、やっぱり壮観ですから」


 私は蔦で運んできた獲物を見せる。こちらは倍くらいあるけど、数を競っても仕方ない。自慢みたいにならないよう、覆って曖昧にしておこう。


「これ、後方に渡してきます」

「お前のところにも、役目の奴がいるだろう」

「出払ってます」

「そうか……」


 渡される魔物の数が多すぎて、回収が追いついていないらしい。今日はずいぶん多い日だから、そういうこともあるよね。


 するとアルミニウスさんは、塵が舞う地平線の彼方を見つめ、頬に年季を刻む。


挿絵(By みてみん)


「これは、()()だろうな」

「悪魔ですか?」

「ああ。それも大物だ。多い日は、来る」


 長年の勘だろう。私に足りない、実践経験。その差がここに表れている。

 悪魔が来る。私たちの村を襲った誰かだろうか。敵討ちができるかもしれない。そう考えると、頭にぼうっと血が昇るのを感じる。


 するとアルミニウスさんは、その筋肉に似つかわしくない軽い仕草で私の肩を叩く。


「お前には及ばないかもしれないけどよ……俺たちだってこの街の盾だ。援護くらいはさせてくれよ?」

「……わかりました」


 私たちのすぐ後ろにいる分厚い鎧の軍団は、簡単に突破されるほど弱くない。重装部隊は私の爪を止められるし、歩兵部隊の槍はシュンカより素早く正確だ。

 悪魔をそっちに追い込んだり、足りない手数を補ったり……色々任せてしまってもいいのかな。


 私は花を生み出して、アルミニウスさんに手渡す。


「これ、離れていても会話ができる花です。持っていてください」

「なんだこれ。声がしやがる。……そういうことか。こんな便利なもんがあるなら、最初から出してくれ」

「観測班の人たちで十分ですから」

「あー、まあ……そうか。次からは会議の時に提出するように」


 アルミニウスさんはその髪飾りを付けようとして、自分に髪がないことに気がつき、舌打ちをする。

 ……違う形の方がよかったかな。


 アルミニウスさんが服の内側に花をねじ込んだ時、観測班の人から連絡が届く。


「報告! 1号接敵……不明の悪魔!」


 アルミニウスさんの言う通りに、敵が来た。しかも不明ということは……普段は谷の奥底にいる、腕自慢の奴だろう。


 地に突き立てられた大剣が、頼もしい音を鳴らす。まだ見ぬ敵にも臆さない、鋭い金属音。


「早速だな。位置につけ。……その腕、借りるぜ」

「はい」


 手筈通り、私は元の配置に戻る。

 作戦は単純明快。観測班の指示通りに動いて、まず私がぶつかる。その周りで重装部隊が壁を作り、魔法部隊が援護する。


 さて、相手はどんな奴だろうか。見覚えがあるといいんだけど。


 〜〜〜〜〜


 《ナターリアの世界》


 あたいは病床で横になり、本を読んでいる。

 あんまり活字を読む習慣がなかったけど、アンジェちゃんに見繕ってもらったものだから、意外なことにすらすら読めます。頭が良くなった気分です。


 あたいが戦の場面に差し掛かると、すぐ近くにいる小動物のような温もりから、甘ったるい声がする。


「これね、実話なんだよ。凄いでしょ?」

「ほんとにあったんすか? 弓の部隊で雨のような矢を降らすなんて」

「あった。というか、一応この街の軍にもいるよ。弓の部隊。人気ないけど」

「マジすか。絶対あった方がいいでしょ、これ」


 戦場での弓矢の描写から、あたいがその壮絶な威力を想像していると、黒髪の子供……アンジェちゃんはコロコロと玉を転がすように笑う。


「悪魔祓いは弓矢使わないもん。誰だって苦手な分野で勝負したくはないからね」

「えー……そんな理由……」

「そういうものだよ」


 アンジェちゃんはあたいのすぐ隣に寝そべって、代わりに頁をめくっています。


 もちろんアンジェちゃんは暇人じゃないので、もう片方の手で魔道具の小物に魔力を込めまくっています。

 せわしない様子ですけど、当のアンジェちゃんは苦もなくこなしてます。凄い。


 彼女は内容を知っているだけあって、あたいの反応を逐一窺ってきます。物語の山場や解説し甲斐のあるところに差し掛かると、口の端をにんまり吊り上げてこちらを覗き込んでくるのです。


 ……たまに目が合うと、その度に恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「えへへ。なんだか仲良しだね、オレたち」


 ああ……可愛いなあ、アンジェちゃん。

 ……と、あたいが膝の上の温もりを感じていると。


 不意にけたたましい声が鳴り響く。


「警報です。警報です。第一基地に悪魔が襲来しました。住民の皆さんはただちに避難してください」


 悪魔の襲来を知らせる放送だ。屋敷どころか、街のあらゆるところでこれが鳴り響いているようだ。

 初めて聞いたけど、うるさいなこれ。そうでないと意味がないとはいえ、耳の奥が痛いです。


 アンジェちゃんはすぐに飛び起きて、危ない魔道具をまとめて外に飛び出そうとします。

 ……そして、病室の扉に手をかける直前で、あたいの方を振り向く。


「ナターリアはどうするの?」

「どうもできません。お医者さんが来ると思いますから、されるがままに……」

「そうじゃなくて」


 アンジェちゃんは……今までに見たことがないくらい鋭い笑顔になって、あたいに問いかける。


「ニコルが戦ってるんだよ?」


 日常のどうでもいい時に枝を使っておいて、非常事にだんまりを決め込むつもりか。彼女はそう言っているのですね。

 ……でも、あたいみたいな素人が前線に出ても邪魔なだけでしょうし……大人しく避難するのが一番だと思います。他に考えが浮かびません。


「あたいはこの体です。どう動くべきなんすか?」


 あたいが答えを求めると、アンジェちゃんは部屋の隅を指差して、簡潔に述べる。


「君にしか動かせない人がいるでしょ。お姉ちゃん」


 その細い人差し指が示す先には……あたいがよく知る、魔法の枝がある。

 なるほど。そういうことすか。


「わかりました。あたいにできること、やり遂げてみせましょう」

「お願いね。オレたちは避難民に混ざれないから」


 部屋に飛び込んできたお医者さんたちと入れ替わりに、アンジェちゃんは去っていく。

 ……あの子は何をするつもりなんでしょうね。ま、どうせ命を張ってしまうんでしょう。悪魔に強い恨みがあるようですし、あたいじゃ止められません。


 あたいはお医者さんに頼んで、さっきまで読んでいた本を避難先に持っていくことにします。

 あたいの浅知恵かもしれませんけど……たぶんこの戦記が、参考になるはずですから。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 私は今、その悪魔と対峙している。

 黒塗りの体はまるで鋼のような光沢を纏い、私たちに人の無力さを伝えようとしている。柔らかい肌と傷つきやすい肉を持つ私たちを嘲るように、悠々とそこに立っている。


 機械。そう、機械の悪魔だ。生き物じゃない。

 こいつには見覚えがある。アース村を襲った軍勢の中に、いた。

 私とアンジェを拘束し、薬を打ち込んだ実行犯だ。


「オイラは狂い目の中堅……名は『ガシャンドクロ』だ。だ。だ!」


 そいつはふざけた口調でケタケタと笑い、金属の顎をガチガチと鳴らしている。

 軽薄な話し方。だけど見上げるほど大柄で、底知れない威圧感を放っている。学の有無と強さは、必ずしも一致しないらしい。……私もそうだからね。


 部下の人たちに指示を終えたアルミニウスさんが、私の隣に立つ。


「馬鹿でも強くなれるのが悪魔って生き物らしい。まったく、いいご身分だな」


 部族の守り手として剣を学んできた彼は、経験に裏付けされた立ち姿で構える。

 対照的に、悪魔は短絡的に怒りを露わにし、地団駄を踏みながら両腕を振り回す。


「誰が、誰が馬鹿だって!? もういっぺん言ってみろよ! 切り刻んで幼虫の餌にしてやる!」


 風を切りながら唸りを上げる大腕。塔のような外見のそれらには、先端に巨大な刃が備わっている。人を斬るにはあまりにも大袈裟な、単純極まる暴力の塊。山でも両断するつもりだろうか。


 私はアルミニウスさんと、その悪魔を見比べて……自然と、剣を抜く。


 英雄を偽る私の構えは……悪魔の方に似ている。人が紡いできた剣を知らないから、当然だ。

 だけど、私には人の意志が乗っている。英雄の肩書きに……打ち倒してきた宿敵の陰に……人の重みが乗っている。


 ならば、私は。


「『白き剣士』として、お相手します」


 そう言って、目の前の脅威に立ち向かう。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 悪魔の剣が振り抜かれる。

 片手での、力任せの叩きつけ。人間だったら、悪手にしかならない動き。

 しかし悪魔の贅力と巨躯によって、大地をひび割れさせるほどの一撃に昇華されている。……当たったらひとたまりもない。


 舞い散る砂埃を払うため、私は翼を呼び出して風の魔法を纏う。


「シャアッと!!」


 ガシャンドクロは機械の関節をぐわんと曲げて、剣を持ち上げる。

 あの体には衝撃による痺れや疲れが無いのだろう。力いっぱい叩きつけたばかりの剣を、反動さえ無視して別の方向に振り払っている。


 剣が飛ばす土や石ころを警戒して、私は大きく距離を取る。

 あの剣を受け止めるのは難しいだろう。一回くらいは大丈夫だけど、二度目以降は間に合う気がしない。ひたすら避けて、隙を探ろう。


 私が冷静に攻撃を避けていると、ガシャンドクロは目の色を赤く変えて、アルミニウスさんの方に意識を逸らす。


「アー、めんどくせえ! コッチからいくか!」

「けっ。勘がいいねえ」


 回り込んで背後を取っていたアルミニウスさんは、飛び上がってその巨大な剣を振り下ろす。

 狙いは奴の最頂部。人間の限界値であるこの人が、脳天めがけて全力を叩き込んで、それでも効かないようなら……作戦を練る必要があるだろう。


「ンなもん効くかよッ!」


 ガシャンドクロはもう片方の腕でアルミニウスさんを受け止める。金属と金属がぶつかり合って、凄まじい轟音が空気を裂く。

 耳の奥の痛みに私は怯む。アルミニウスさんと悪魔も、歯軋りをして……。いや、彼らは違う。


「ちっ。通らねえか」

「あァん!? 吹っ飛ばねえ!? 重すぎだろ、このチビ!」

「ハゲとは何度も言われてきたが、チビは初めてだ」


 お互いの剣が成果を上げなかった事実に顔を歪めている。……音なんかに怯む私は、戦士としてまだまだだね。


 悪魔の片腕が出払っている今の内に、私は追撃を仕掛ける。

 狙うは脚の関節だ。これでよろめいてくれれば、アルミニウスさんが上から追撃できる。


「『魔剣・二の足』」

「させるかよッ!」


 振り下ろされた腕より早く動き、私は奴の金属の脚を蹴り付け、宙返りをしながら関節まで駆け上がる。

 回転。反転。上昇の頂点で、横薙ぎに剣を振る。


「ふんっ!」


 黒い剣と奴の膝がぶつかり、鈍い音を立てる。効いただろうか。わからない。

 私は落下しながら、魔法で視界を広げて敵の様子を見る。


「いってえ! こんのクソ虫が!」


 体勢が僅かに崩れた。反応から察するに、痛みを与えられたらしい。……痛覚があったのか、こいつ。

 だけど、それだけ。有効打には至らなかった。悔しいな。


 アルミニウスさんは競り勝つことができず、巨腕に押され、吹き飛ばされてしまう。


「ぐおっ!」


 踏み込む足場がなく、勢いもないあの状態で追撃されたらまずい。そう思い、私はガシャンドクロの注意を引く。

 身を翻し、落下の勢いを借りつつ、奴のつま先に向けて剣を振り下ろす。


「せっ!」


 衝突と同時に火花が散る。手に伝わる衝撃が腕を通り、肩で霧散する。

 結構な威力だったはずだ。……だけど、あいつには効いていないらしい。


「邪魔だッてんだよ、羽虫が!」


 私の体より何倍も太い足が振り上げられ、恐ろしい速度で私の顔面に打ちつけられる。

 視界が金属で埋まる。錆びついた臭いが一瞬だけ漂い……たちまちのうちに、濁る。

 顔面に走る鈍痛。弾ける視界。鈍る思考。


「ぶっ、ぐ……!」


 僅かな血を飛ばしながら、私は宙に投げ出される。

 痛い。あのエコーさえ霞むほどの一撃を、正面から食らったのだ。こうして痛みを感じていられるだけマシだろう。


「ニコル!」


 アルミニウスさんが着地しながら叫んでいる。私が即死したように見えたのだろう。あの人の剣よりずっと重い脚で蹴られたのだから、そう思ってしまうのも無理はない。

 だけど、私は悪魔だ。頑丈で、怪力で、すぐ治る。

 鼻は折れていない。歯も欠けていない。目も大丈夫だ。何も問題はない。


 私は翼で即座に体勢を立て直し、風を纏って奴の懐に入る。

 遠巻きに戦っても、奴の長い剣で一方的に攻撃されるだけ。ならばハエのように纏わりついてやろう。奴が嫌がる戦法を徹底するのだ。


「『魔剣・二の舞』」


 私は無詠唱の風魔法で補佐しつつ、空中で踊るようにくるくると回る。『魔剣・二の足』に魔法を加えることで、空中での発動を可能にしたのだ。

 私は私の剣を行く。止まらず進化し続ける。前へ進まずとも、人の道を逸れるとも……上へ、空へ、竜のように舞う。


 私は再度接近し、奴の前で宙返りをしながら斬りつける。

 蹴りのために上がった脚。それをつま先から股まで痛めつける。

 指。(くるぶし)(すね)。膝。内腿。股間。

 黒い剣で、あらゆる箇所を殴る。斬れずとも、響かせるように打ち付ける。


 これだけの連撃を叩き込んだのだ。流石に効いたと思いたい。期待しつつ、私は顔を上げる。


「……こンやろう! クソッたれ!」


 ガシャンドクロはびくともしない。苛立ってはいるものの、まるで堪えた様子がない。動きが鈍るわけでもなく、当たり前のように暴れ続けている。


 ……頑丈すぎる。


「オイラは汚ねえネズミ頼りのエコーとは違う! 誰よりも硬い。誰よりも強い! わかったか小蝿め!」


 ガシャンドクロの無茶苦茶な剣を回避しながら、私はアルミニウスさんに目配せを送り、花を使って声を伝える。


「(作戦変更ですね)」

「(お? ……なんだ、花か)」


 彼は頷き、構えを変える。

 剣をまっすぐ正面に構えて、防御重視の心構え。やるべきことは、戦闘の遅延だ。


「しょうがねえ。明日は寝る日だな」

「ですね」


 私たちには仲間がいる。時間を稼いで、彼らに頑張ってもらおう。

 頼んだよ、ビビアン。それと……無理しないでね、アンジェ。


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