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改造『辺境伯の潤滑液を赤く変える試行』

 アンジェたちはビビアンによって集められ、採取された魔力を元にした研究結果を報告されている。ナターリアが動けないため、彼女の病室での会議である。

 何故かニーナも一緒だ。旧式の義体に押し込まれ、窮屈そうにうずうずしている。


「わたくしは緑の小鳥に挨拶をしなければなりません。つまり青田買いですの」

「そんなにあたいに会いたかったんですか。照れますねえ」

「是なり。すなわちメジロのつがいが……」


 ナターリアとニーナが楽しそうに会話をしている。ニコルとの逢瀬の話を持ち出して、きゃいきゃいと黄色い声をあげている。当人を前にしてはしゃぎすぎではないだろうか。


 アンジェがニコルの様子を窺うと、彼女は意味深な笑みを浮かべつつ2人の会話に耳を傾けている。ナターリアではなく、ニーナに関心を向けているようだ。彼女とも仲良くなりたいのだろう。


 アンジェとしては、ニコルの交友関係が広くなることに嫉妬を覚えないこともない。ニコルの1番が他の誰かになる可能性を考えると、いてもたってもいられなくなる。

 それでも、ナターリアは大切な友人であり、ニーナは友人たちの恩人だ。無碍にしてはならない。ニコルを孤立させたくはないのだから。


「はぁ。またナターリアが阿呆なことを言い始めてるよ。しょうがないから、さっさと本題に入るよ」


 ビビアンはニーナとナターリアの腰をコツンコツンと軽く叩き、ついでにニーナの頭を強めに叩く。

 鋼の腕で殴ったので、かなり痛かっただろう。くわばら。


 一同はアンジェが用意した巨大な黒板と、その前に立つビビアンに注目する。


「魔力の性質とか、色々調べてみた。ついでに最大魔力量を測定できる魔道具ができたから、みんなの魔力をかけてみた」

「おお……」

「じゃ、各人に向けて、結論から言いますか。その方が退屈しないだろうし」


 ビビアンは水魔法の応用で塗料を操り、大きく題字を刻む。具体的には、この場にいる面々の名前だ。


「まずはアンジェ」

「はい」

「君の魔力は言い逃れのしようがないほど悪魔的だ。元々人間だったとは思えないほどに、純粋なる悪魔の魔力で肉体が構成されている。……普通、元になった生物の名残が残るはずなんだけどねぇ。よっぽど悪魔の薬とやらがヤバかったんだと思う」


 特に責めるような口調でもなく、気軽な様子でそう言って、ビビアンは笑う。

 アンジェが悪魔であろうと、問題はない。人間の中で暮らしている姿を見てきているのだから。そう言いたいのだろう。


「まぁ、大丈夫。アンジェはアンジェだから」


 ビビアンは黒板に『悪魔』と記入すると、続けて細かい字で補遺を書き始める。


「今年度の領軍の魔法部隊構成員の平均魔力量を10と定める。すると、アンジェの魔力量は……4771だとわかった」

「多い……のか?」


 極めて単純に言えば、アンジェひとりで4771人分の働きができるということだ。旅の最中、自分の魔力量はやけに多いとは思っていたが、これほどとは。


 ……しかし、結局のところアンジェはひとりしかいない。当然、口はひとつだけ。詠唱のことも考慮すれば、実際の能力は数値より遥かに劣ると見て良いだろう。


 何故か目を丸くして驚いているニーナをよそに、ビビアンは水の腕でナターリアを指差す。


「次に、ナターリア」

「あたいっすか。ま、結果は知れてますね」


 半ば諦めつつも、どこか期待しているような目つきだ。もしかすると眠れる才能があるやもしれない。そんなことを考えているのだろう。

 だが、ビビアンはニヤニヤ笑いながら無慈悲に告げる。


「ナターリアは人間。魔力量は……0!」

「ですよねー」


 ナターリアは首を大きく後ろに倒し、天を仰ぐ。

 魔力が完全に無い人間など聞いたことがないが、エイドリアンを産んだ結果なのだろう。魔法をまったく使えない体というわけだ。


 それにしても、悪魔を生み出し、その枝を操れるにも関わらず、人間のままだったとは。体が魔力でできていないため、悪魔に変じようがないということだろうか。ナターリア本人の感情はともかく、研究者としては興味深い結果だ。


「落ちこむことはない。ナターリアは非常に稀な……というか、前例がない状態なんだ。エイドリアンを通じて悪魔の魔法を間接的に操れる人間……。研究対象として、これからもよろしく頼むよ」

「はいはい。あたいはこれからも自由になれなさそうですねー。せめて待遇は改善してくださいよ?」


 目の光を失ったナターリアから目を逸らし、ビビアンは隣にいるニコルに声をかける。


「次、ニコルね」

「うん」


 ニコルは緊張した面持ちでぎゅっと握り拳を作り、膝の上に置く。


「ニコルは人間。魔力量は測定不能。最低値でも99999より上で、どれだけ純粋魔力で希釈しても底が見えなかった。正直なところ、君が一番イカれてる」

「ん?」


 どの部分から指摘しようか迷ったものの、ひとまずアンジェは最初の発言に反論する。


「人間……。人間?」

「うん。悪魔じゃなかった」

「なんで……!?」


 ニコルは立ち上がり、動揺した様子で目を見開く。

 おそらくアンジェも同じ顔をしていることだろう。


「私は……私は悪魔に薬を投与されて……体が爆発して吹き飛んで、それでも治って……」

「そうらしいね」

「今も、ほら……こんなになっちゃうんだよ!?」


 ニコルは角を生やし、龍の腕や翼を発現させる。力強く、アンジェの好みに合致した、素晴らしい神秘。

 鋭い爪を握り、自らの手のひらに食い込ませ、ニコルは叫ぶ。震えた声で主張する。


「こんな体の人間が何処にいるの!? 硬くて熱くて乱暴で、傷つけて殺すことしかできない、こんな体の女の子じゃ……人間を名乗れないよ」

「……正直なところ、領軍も民衆も貴族も、誰もニコルを悪魔だと思ってないし……」

「悪魔じゃなかったら、膨れ上がっていく私の欲望は何なの!? まるで私が変態みたいじゃん!」

「うん。ぶっちゃけそれは、ただの血筋」


 錯乱したニコルを見て、アンジェは少しだけ冷静になり、考察する。


 ニコルは魔力の擬態が異様に上手かった。悪魔祓いだろうと誰だろうと、絶対に悪魔だと気づかれない程に人間を装うことができていた。そう思われていた。

 しかし、ニコルは人間だった。故に周りに人間だと思われた。悪魔だと誤認させたのではなく、人間だと確認された。それだけのことだったのだ。

 悪魔になったという主張は、アンジェとニコルの勘違いが生み出した嘘だったのだ。


「わ、私は……」


 ニコルは爪で頭部を掻きむしり、真っ白な肌を引っ掻く。

 爪を立てられて、血がだらだらと流れ落ちる。しかし次の瞬間には、傷は塞がってしまう。


「治るのに? 変化するのに? 人間?」

「そういう人間だ」

「なに、それ……」


 無限の魔力が成せる業に、混乱している。

 そんな彼女を見て、ビビアンは動揺が伝染してしまったのか、慌てた様子で説明する。


「魔物や悪魔は、似た動物の魔力を自分の魔力で上書きして、変化させる。でも、ニコルは()()()()無限の魔力を持っていた。だから悪魔特製の新薬であったとしても、ニコルを乗っ取ることはできなかった。今でもニコルは人間のままなんだ」

「こんな……こんな! 私がずっとこうだったなら……私は、村のみんなを騙して……。気持ち悪い……気持ち悪い!」


 ニコルが爪を伸ばして胸をぐちゃぐちゃに引き裂くと、ナターリアが起き上がり、ニコルを取り押さえる。


「ニコルさん。ニコルさんの体は、この世の誰よりも素敵です。そんな扱いをされたら、あたいは狂ってしまいます」

「ナターリア……」


 少しだけムッとしたアンジェは、ほんのりと嫉妬心を感じつつ、ニコルに抱きつく。


「オレもニコルの体が好きだ。心も好きだ。何もかもが大好きなんだ。だから、大切にしてほしい。すぐに治るとしても、傷ついた姿を見るのは……つらい」


 ニコルの背中越しに、ナターリアが頷く。

 ニコルを取り合う仲ではあるが、彼女と妙にウマが合うのも事実だ。そして、彼女が本気でニコルを大切に思っているということも……。


 ニコルは少しだけ弱々しくなった笑みを浮かべる。いつもの作り笑顔ではないが、だからこそ痛々しい。


「ごめんね、アンジェ。私、同じになってあげられなかった。アンジェと一緒なら、悪魔にだってなれるのに……私だけ人間なんて……」

「オレは正直、ホッとしたよ。人間のままなら、生きやすくなるからね。オレたちと違って、魔力で差別されることもない」


 アンジェはニコルが順風満帆な人生を歩めることに安堵しているが、ニコルはアンジェと同じ存在になれないことに苦痛を示している。想いは大きくすれ違っているが、これはどうしようもないことだ。時間が癒してくれるのを待つしかない。


 ニコルは変化した体を元に戻しながら、ビビアンに尋ねる。


「こうやって体を変えられるのは、どういうこと?」

「固有魔法だろうね。普通は魔物や悪魔が生まれ持つものだけど、十分な魔力を持つなら、人間でも可能性はある。悪魔の薬による荒療治で覚醒したってところかな」

「……うーん」


 ニコルはまだ納得がいかない様子で、椅子に座って地面を睨んでいる。


「なんで私なの? 私は薄汚い田舎娘で、白くて弱くて醜い、奇形の体なのに……」

「これは魔力研究とは関係のないことだけど……アース村は英雄の村だ」


 突然故郷の村が出てきたことで、アンジェとニコルは弾かれたように顔を上げる。

 エイドリアンとナターリアは話についてこれないようだが、ニーナには何か思うところがあるようで、顎に手を当てて思案を始める。


 ビビアンはマーズ村で知ったらしい、アース村にまつわる伝説を語る。


「アース村の初代村長は、先代魔王を倒した英雄だ。彼を慕う者たちと共に隠居した土地が、アース村とマーズ村になったんだ」

「……それがどう関係してるの?」

「汚い部分を除いて話すと……ニコルはおそらく、英雄の血が非常に濃い子孫なんだ。だから魔力が強く、固有魔法まで持っている」


 ビビアンは堂々たる動作で歩いていき、ニコルの前に立つ。


「白き剣士と謳われるようになったのも、必然だったわけだ。魔王を打ち倒すほどの力を秘めた、究極の人間なんだから」

「私に、そんな力が……」

「日光への弱さや大きすぎる胸も、ついでに性欲の強さも、まあ……遺伝かな。文句は頭のおかしい祖先に言ってくれ。あいつらが家系図をぐちゃぐちゃにしたせいで、後の世代が苦しむ羽目になったんだから」


 ビビアンの愚痴にも似た一言により、アンジェはアース村の英雄が起こした騒動の詳細を、限りなく正解に近いだろう形で推測してしまう。


 親の血は、その内部に含まれる形質と共に子に受け継がれる。だが血が濃い相手との交配を繰り返すと、形質が極端なものになっていく。

 日光への弱さなどは、歪な配合が繰り返されたことによる不具合だったわけだ。


 つまるところ、アース村は何代も……。

 ……考えるだけで恐ろしい。村での思い出を穢されたような気分で、吐き気がする。


 ニコルはそんな真実に気づいていない様子で、少しだけ明るさを増した微笑みを湛える。


「じゃあ、私が役立たずだったのは……でも、そのあと強くなれたのも……ご先祖さまのおかげなんだね」

「そういうことになるねぇ」

「感謝した方がいいかな? ありがとう、英雄さま」

「それはしなくていいと思うよ。英雄はただ、やりたいようにやっただけだ」


 アンジェとビビアンは、揃ってニコルの発言を否定する。

 外道に合わせる手などない。祈る言葉も感謝の言葉もかけたくない。自分たちの先祖なら、もう少しまともな倫理観を持つ存在であってほしかったものだ。


「……じゃ、ぼくの結果でも言うか」


 ビビアンはため息を吐きつつ、強引に元の話題へと戻す。


 種族は悪魔、魔力量は3100だったそうだ。魔物だったのはアウス時代の話であり、アンジェの魔力を吸い取り、すっかり別物となった今では、もはや一端の悪魔となっているらしい。


 考えてみれば、今のビビアンが魔物であるはずがなかったのだ。アウスは言語を解する代わりに、人間の依代と維持用の魔法陣が必要な、不安定な魔物だ。しかし今のビビアンにそれらは不要となっている。推測する材料が揃っていただけに、アンジェは事前に当てられなかった自分を悔しく思う。


「最後に、エイドリアンね」


 緊張で口をキュッと結んだエイドリアンに対し、ビビアンはあっさりと告げる。


「種族は悪魔。魔力量は10613だ」

「高い!!」

「強い!!」

「ドリー!!」

「……いや、ドリーって何だよ。どういう反応だよ」


 高らかに叫んだエイドリアンに向けて、ビビアンは困惑の視線を向ける。


 アンジェの倍以上とは。一騎当千ではないか。枝の魔法も合わせれば、本当に千人分の仕事をこなすことさえできてしまうだろう。


 ……アンジェは強い敗北感を覚え、エイドリアンの師匠としての立場が揺らがないよう、より一層努力して学んでいくことを誓う。

 ナターリアが頼りない以上、エイドリアンの教育の要はアンジェにかかっている。負けてはいられない。


「各々の力量を把握したところで、次に行こう」

「待つのだ。我の家計簿は……」

「ニーナは悪魔で8292。さ、本題に入ろう」

「語るべきこと! 更に健康なり!」


 ビビアンは黒板の文字を消し、ニーナを前に連れてくる。


「さて。先日、ニコルとナターリアがいちゃいちゃしている間に主任技師のクリプトンと話し合って、ニーナの改造に加わる権利を得た」

「そうであるぞ! 初めて故、優しく扱うが良い!」


 口うるさいニーナを拳で黙らせ、ビビアンは黒板に題字を書く。


「我々の魔力量や種族がはっきりしたところで……次の目標は、少し方針を変えて……ニーナの新義体製作だ」


 一際力強く書かれた文字が、黒板の隅から隅まで埋め尽くす。


 ニーナ・フォン・ピクト。この地を統べる辺境伯であり、希代の大英雄。そして……機械で擬態した悪魔でもある。

 一般的な貴族より遥かに不自由な人生を送る彼女の力となるべく、ビビアンは熱弁を奮う。


「現在のニーナの体は、見ての通り旧式だ。本体を覆う箱の予備があまりなくてね。規格に合わなかったんだ」


 ビビアンによる義体の改良が、箱を作るクリプトンの能力を追い抜いてしまい、こんな状態になってしまったそうだ。

 ビビアンは知らず知らずのうちに師匠である彼を超えてしまい、良かれと思っての努力がニーナを苦しめる結果となった。歯痒い気分だろう。


 ナターリアはニーナを一瞥し、頷く。


「あたいにもわかりますよ。めっちゃボロボロですから」

「ニーナは一度魔王に敗北し、その時に体を一新している。今使っているのはそれ以前の義体だから、正直かなり問題が多い。駆動音が聞こえるし、関節に砂が入ると不具合を起こすし……」

「お勝手口が複数ございますわ」

「……見ての通り、会話もままならない」

「鮮血!」


 ニーナはよくわからない部品をガシャガシャ鳴らしながらそう答える。

 一見お気楽に見えるが、それが彼女の本心であるかはわからない。ただでさえ意思疎通に難がある状態なのだ。感情を隠すように振る舞われてしまったら、何も判別ができなくなる。


 ビビアンは黒板が揺れる勢いで拳を叩きつけ、ここぞとばかりに主張する。


「そこで、ぼくたちは新しい体を作る必要がある。今までのものとは違う、画期的な、最高の体を!」

「おおー」


 エイドリアンが柔らかい手を無邪気に叩いて拍手をする。


 ……まあ、ここまでは予想通り。ニーナが呼ばれた以上、この話題が持ち出されることはなんとなく察しがついていた。話はここからだ。


「どう協力すればいいの?」


 アンジェが尋ねると、ビビアンは仕立ての良い服の襟をただして答える。


「まずはいつも通りの日常を強化するところから」


 ビビアンは黒板にずらりと内容を記入する。


「アンジェは知識の海と自分の知恵を貸してくれ。ニコルはぼくの代わりに戦場に出る回数を増やしてほしい。エイドリアンはぼくが指定した植物の育成。ナターリアは……寝てろ」

「えっ。あ、あたいも……」

「いいから、今はさっさと体を治せ。それで十分助かるから」


 その後、ビビアンはひとつひとつ各人への要望を付け加えていく。


「で、それに加えて……ニコルは無限の魔力を持っているから、指定された魔道具に魔力を注入してくれ」

「私でいいの?」


 ニコルが不安そうに確認すると、ニコルの魔力の凄まじさをよく知っているであろうビビアンは、歯を剥き出して苦笑する。


「ニコルじゃないと駄目だ。魔力は武力であり、食糧生産の要であり、経済活動を支える潤滑油でもあるんだ。ピクト領が血眼になって強者をかき集めているのは、何処の領地よりも魔力に依存した文化を築いてしまっているからだ」

「我が道、戦いを戦い、欲を欲する。すなわち燃料が足りないのです。満たされないのです」

「尽きない魔力だなんて、夢のようじゃないか。ニコルの頑張り次第でぼくたちの未来が決まると言っても過言ではない」

「わたくしも! 深海魚になるのです!」


 ニーナの熱い声援を受け、ニコルは白い顔を真っ赤に染めながら微笑む。


「それなら、やります。私にやらせてください」


 ニコルは心優しい。自分に負担がかかるとしても、他人のために身を粉にできる。アンジェも見習いたいものだ。


 ……それにしても、無限の魔力とはなんと恐ろしいものか。ビビアンの言葉を借りるなら「夢のよう」ではあるが、それと同時に危うさも感じる。魔力は万能だが不安定で、掴みどころがない。そんなものに依存した文明など、簡単に揺らぎそうで信頼できないではないか。


 ずっと魔法に頼りきりで、これからも魔法におんぶに抱っこで生きるつもりのアンジェが言えたことではないのだが。


「(ニコルというひとりの人間に頼らないように、ちゃんとしないとな)」


 気負うニコルの横顔を見て、アンジェは彼女を守っていく決意を新たにする。


 ……その後、エイドリアンの製薬修行や各人への魔道具講座などの予定が組まれ、今回の会議は解散することとなった。


 〜〜〜〜〜


 《ビビアンの世界》


 ぼくはニーナの体を支えながら、病室を後にする。

 この後は軽く整備をして、病み上がりのクリプトンと打ち合わせだ。彼とは魔力研究の詳しい内容を踏まえて詳細を詰めていかなければならない。

 人の健康を預かる身として、努力は義務だ。


 それに、ニーナが貴族としてのあらゆる会合を欠席しているため、ドムジの野郎は大忙しだ。独立しちゃった手前、ぼくが代わりに出席するというわけにもいかないし。


 さっさと新しい体を作ってあげないといけないね。みんなのために。


「群青。貴様は誰と因果を手繰る?」


 ニーナは使用人たちの目を気にしつつ、悲しそうな顔でぼくに尋ねる。

 こんな場所でするべき話じゃないと思うけど、周りにいるのは気心の知れた人ばかりだ。大丈夫だろう。


「結婚か……。誰とするんだろう」

「暗黒ではないのか?」


 勿論、アンジェと結婚できたらそれが一番だ。でもアンジェはニコル至上主義者であり、ぼくを含めた他の人たちを二番手以降に置きたがるだろう。


 ……ニーナはぼくを好いている。そして、今やぼくは彼女に相応しい地位にある。人脈と資金提供を受けてはいたものの、おさがりでも借り物でもない権力を手にして、自分の足で立っている。


「……ピクト家の意向は?」

「聞くまでもあるまい」

「だよね」


 ドムジたちも、ニーナの結婚相手としてぼくを推すだろう。悪魔でありながら、人として生きるぼくを。貴族としての箔もついているぼくを。

 彼がアンジェを試したり、研究に参加することに苦言を呈したりしたのも、そうした方針の表れだ。アンジェとぼくが結ばれるのを良しとしていないのだ。


 ……ぼくは使用人のラインたちの様子を見つつ、考えを告げる。


「欲張りだけど、言わせて。……重婚したい」

「法が許さん。我も許さん。我が第一の相棒たる群青は、ほかに止まり木を持つ者であってはならん」


 ニーナは正妻にこだわるつもりらしい。家の当主なのだから、当然か。そもそも世界的な観点で見ても、ぼくたちの結婚観の方がおかしいのだろう。


 ニーナは少し首を傾げて、呟く。


「此度の魔を測る知略。あれは何のための機構だ?」


 ぼくが編み出した、魔力量を測る仕組みのことか。あれのおかげでアンジェたちに内在する魔力量を数値として表すことができるようになったが、ニーナはそれに気掛かりな点があるらしい。


 どうせ欠陥について指摘するつもりだろう。少し知識のある人からすれば、火を見るより明らかな問題を抱えているからね。ぼくはそう予想して苦笑しつつ、答える。


「あの数字が変数に変数を重ねてできた、不正確なものだってことでしょ?」


 人の魔力量は体調や気分、食事内容、性生活などによって容易く変わる。ブレを小さくするために、同じ食事や同じ訓練など画一化された集団行動を営んでいる領軍に頼んで基準値を採ってみたが、それでもぼくが直々に頼んだ時点で緊張は避けられなかっただろうし、正確な計測ができたとは思えない。


 アンジェはエイドリアンの魔力量を見て、千人分の魔力量があるとみなしたが、実際には振れ幅があると考えていい。

 それに、魔力量だけがすべてじゃない。アンジェがエイドリアンより弱いわけじゃない。


 ニーナは、首を横に振る。彼女が問題視しているのは、魔道具のことではないようだ。


「群青よ。研究は、家のためか? それとも愛を燃やすためか?」


 ニーナが気になっているのは、ぼくがそうした努力をする理由の方か。

 必死に知恵を絞って、学者たちに力を借りて、領軍に頼み込んで、組織まで立ち上げて。そんなことをするのは誰のためだと聞いているのだ。


 ぼくは迷うことなく答える。


「ぼくのためだ。偉くなり、守りたいものを身勝手に守れる力を手に入れるためだ」


 他人の陰謀、欲望、通せんぼう。そいつらをまとめて砕けるだけの力が欲しいのだ。ぼくにとって大切な人たちを抱え込むために。

 究極のわがままだ。世界の全てを欲しがるような、子供じみたわがままを、ぼくは押し通そうとしているのだ。


 ……ニーナはもはや珍しくもなくなったしおらしい口調で、ぼくの耳元に声をこぼす。


「群青。水は禍福を等しく運び込むが……貴殿ほど毒のない聖水は他に覚えがない」

「ぼくは優しくなんかないよぉ」

「読み聞かせか?」

「はっ! くだらない」


 ぼくが聖人なら、尊厳や財産、果ては命さえ捨ててぼくを守ってくれるみんなはどうなるってんだ。


 ぼくはニーナの部品が軋む音を聞き、音の違いから不具合を探りながら、改良案を考えることにする。

 調子が狂う時は、頭を忙しくするに限る。

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