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第57話『三者三様の疲労体』

 《エイドリアンの世界》


 ドリーは、悪い子です。

 生きているだけで、みんなを苦しめます。

 魔力を見せるだけで、みんなが怖がります。

 どうすればいいのか、わかんないです。


 ドリーは街のみんなを助けました。拾って、おうちに入れて、守りました。約束したから、喧嘩もしませんでした。

 なのにみんな怒りました。ドリーは悪い子だって言いました。悪魔は生きてちゃいけないって、言いました。おうちに帰してって言いました。


 ドリーはみんなの家を壊してしまいました。エコーさんをやっつけるために、仕方ないと思ってました。でもみんな、怒ってました。ドリーは悪いことをしたんです。


 だからドリーは、泣きました。みんながいいよって言ってくれるまで、謝りました。


 ……誰も許してくれませんでした。


 ドリーは、つらいよ。ドリーは、苦しいよ。

 誰か助けて。お姉ちゃん……お父さん……アンジェちゃん……。


 〜〜〜〜〜


 《ナターリアの世界》


 あたいはドリーちゃんを抱きしめる。

 腕の感覚があんまり無いから、体の感触を堪能することはできないけど、それでもドリーちゃんのために抱きしめる。


「ドリーちゃん。よく頑張ったね」


 あたいはドリーちゃんを精一杯褒めてあげる。


 今のドリーちゃんに必要なのは、心の支えだと思うから。

 いけないこともいっぱいしたけど、それ以上に辛い思いをしたはずだから。


 まずはお叱りを受け入れられる健康な心を取り戻させて……お説教はそれからだ。


「おねえちゃん……。おねえちゃん!」


 ドリーちゃんは大好きな「ぎゅっ」をしてくれる。


 こんなに可愛くて人懐っこいドリーちゃんを、大の大人が寄ってたかって虐めるなんて。信じられない。

 ……魔力って、なんて残酷なんだろうね。人間じゃないってだけで、どうしてこうも非道になれるんだろうね。


「おねえちゃん……。ドリー、わるいことしました。みんなのおうちこわしました。エコーさんにおくすりのざいりょう、あげちゃいました。おかあさんのおみせにいきたくて、かってにおへやひろげてました!」


 ドリーちゃんは自らの罪を告白している。


 家を壊したのは、見ればわかります。地下室の件も、前から知ってました。

 悪魔に手を貸していたのは、初耳です。でもネズミなら忍び込むのは容易いし、友達に飢えているドリーちゃんに取り入るのも楽だったでしょうね。


 閉じ込めていたあたいが悪いのでしょうか。でも、魔力を隠せない限り、外に出すのは危険だし……。

 ……ああ、もう。どうしてもっと丈夫な体に産んであげられなかったんだろう。右目を痛めて産んだ身として、不甲斐ない。


 あたいが自分を責めていると、ニコルさんが両腕を広げて、ドリーちゃんを包み込む。


「いいんだよ。確かに良くないところもあったけど、ドリーちゃんはみんなを守ったんだから、それは誇っていいんだよ」


 ニコルさんは、慈愛に満ちた表情でドリーちゃんを包んでいる。

 あたいも抱かれたい。そう思わせるほどに、温かい抱擁だ。いいなあ……。


 ニコルさんはドリーちゃんの髪を撫でながら、申し訳なさそうに謝罪する。


「さっきは剣を向けてごめんなさい」

「おしばいでしょ? かっこよかった、です」


 ああ、ドリーちゃんは賢いなあ。ちゃんと意図を汲んで、完璧な答えを……。

 こんなに賢いのに外に出られないなんて、もったいないなあ。本物のお芝居を、いつか見せてあげたい。


 あたいがドリーちゃんの健気さに号泣していると、ニコルさんは急に真面目な顔になって、あたいの方を向く。


「2人は、これからどうするの?」


 今後の相談のようですね。

 あたいがやるべきことは、決まってます。


「ドリーちゃんを連れて、逃げます」


 ドリーちゃんは街を襲った悪魔として扱われ、顔を覚えられてしまいました。

 そして、あたいはドリーちゃんとちょっと似ています。疑われるのに十分な根拠となるくらいには。

 だからあたいとドリーちゃんは、人里を離れてひっそり暮らさないといけない。この街にいたら殺されちゃいます。


 現状の整理も兼ねて、あたいは思いつく限り、逃げなければならない理由を述べてみます。


「あたいたちは家を失いました。家と同時に、家業も失いました。それに、あたいを守ってくれるお父さんとお母さんも……もういません」


 ドリーちゃんは黙っているけど、あたいはもう察してます。

 死んだんでしょ。お父さんとお母さん、2人とも。


 だって、生きてたら宿の中にいるはずだもの。ドリーちゃんの巨人に、守られているはずだもの。

 ここにいないってことは、そういうこと。一夜にして親なしになっちゃった。ハハハ。ハハ……。


 ……嗚呼。


 まあ、泣いても仕方ない。状況の整理を続けましょうか。ドリーちゃんが見てるし。


「芸の才能はありませんし、ドリーちゃんを隠す場所ももうありません。よって新天地を目指すべきと判断しました。……以上っす」

「歌の才能はあると思うけど……まあ、いいか。それで、何処に行くつもり?」


 それなんすよねえ。

 何処に行っても、ドリーちゃんはドリーちゃんだ。受け入れてくれる場所なんて、魔王軍くらいしかないと思います。

 ……でもこの街を襲った魔王軍に肩入れするのは、絶対に嫌。あたいは人間だし、ドリーちゃんを人間の敵にしたくもない。


 誰一人訪れない辺境の地で、ひっそり暮らすのが良いのかなあ……。ドリーちゃんの未来を奪うみたいで心苦しいんですけど……。


 あたいが悩んでいると、ニコルさんはドリーちゃんを離して、唐突にあたいの方を抱きしめてくる。


「ぴえっ?」


 いやいや。こんな瓶底眼鏡ブスのあたいに、そんなことする価値なんか無いっすよ。

 それよりほら、ドリーちゃんを慰めましょうよ。まだまだ笑顔には程遠い、辛気臭い顔しちゃってます。あの子を幸せにするのがあたいの務めなんすよ。


 こんなことされたら、嬉しくなっちゃうじゃないですか。ダメですよ。


「ナターリア。私と一緒に来て」


 ……あたいは、ニコルさんが旅をしてきたことを思い出す。

 すっかり忘れてたけど、旅人なんすよね、ニコルさんたちは。あたいに近い年齢の旅人なんて滅多にいないから、感覚が狂ってしまう。


 ……旅かあ。今まで考えもしなかったなあ。まあ、宿があるうちは街を離れようと思わないから、当たり前っすね。

 嬉しいけど、すっごく嬉しいけど、まだ心の準備ができてないっす。ニコルさんと一緒の生活なんて、思い浮かべることすら難しい。


 あたいは頭の中に言い訳らしいものを並べて、断る理由を探す。


「あたいってこんなですから、足手まといにしかならないっすよ」

「料理の手伝いくらいできるでしょ。もし何もしなくても、ナターリアがそばにいてくれるだけで、きっと毎日が楽しくなるよ」

「……言いたくないんすけど、ドリーちゃんも手間がかかりますよ?」

「望むところ」


 参ったなあ。どう足掻いても断れないっすね。意外と押しが強い人なんすね、ニコルさん。


 ……ということは、本当にあたいたちを欲してくれてるんすね。心の底から、真心込めて。


 そっか。こういうのも、アリなんすね。こういう生き方があっても、いいんすよね。

 なんだ。案外明るそうじゃないすか。未来。


 あたいはぴくりとも上がらなくなった腕をごそごそと這わせて、ニコルさんの背中に回します。

 そして、念のためにドリーちゃんの意見も聞く。


「えーと、ドリーちゃん」

「いっしょにいく!」


 そう言うと思った。

 あたいとドリーちゃんは絆で結ばれてるから、言わなくてもわかっちゃうんすよね。ふへへ。


 じゃあ、もう、断る理由なんて無いっすね。


「末長く、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうしてあたいたちは、旅の仲間に加わることになった。


 ……宿を継ぐと同時に、失った夢。失った自由。それらが一気に、また戻ってきた。

 ビビアンちゃんみたいになれる。芸人さんたちみたいになれる。良いじゃないか。素晴らしい。


 こんな時だけど、すごく不謹慎なことを言わせてください。


「あたい、しあわせっす」

「……そっか」


 ニコルさんも、とても幸せそうに微笑む。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 ナターリアの今後について決まったところで、次の話題に移ろう。

 私にとっては、次こそが最重要だ。


 私は居住まいを正して、精神的に安定してきたエイドリアンに詰め寄る。


「ドリーちゃん。質問があります」

「なあに?」

「アンジェを見かけましたか?」


 そう、私はまだアンジェを見つけられていない。

 街中に蝶を飛ばしているというのに、東区で暴れているのを見た後、影も形もなくなっている。

 深い傷を負って潜伏しているとしても、エコーがいなくなった後も出てこないのは、流石におかしい。

 東区を回って生存者を回収していたエイドリアンなら、何か知っているはずだ。


 エイドリアンもその話題をしたがっていたようで、驚いた表情で食いついてくる。


「アンジェちゃん、みたよ」

「何処で!?」

「ドリーのおかあさんの、おみせのとこ。こわいひととたたかってた」


 それは私も知っている。蝶で加勢しても邪魔にしかならなかっただろう、野性的な戦いだった。


 問題はその後だ。両腕を失ったアンジェは、錯乱して魔法を乱射し始めた。そのあたりから連絡が取れていないのだ。


 その後のことを聞いてみても、エイドリアンは首を横に振るだけだ。


「あとは、わかんない」

「そう……。教えてくれてありがとう」


 エイドリアンでも見ていないとなると、東区にはいないのかな。南区にもいなかったし、残る西区か北区に避難したのかな……。


 ひとまず、ここでわかるアンジェの情報はこれくらいか。新しい仲間のことも話さないといけないし、早く見つけないと。


 私は腰を上げて、2人に直近の予定を伝える。


「アンジェを探しましょう。手当たり次第に探し回っても仕方ないので、まずはドイルさんと会って、協力を得たいと思います」


 その時、エイドリアンは私の服を引っ張って、声をかけてくる。

 奥で枝が蠢いている。……何か、先端についているような。


「にもつ、あるよ」


 なんとエイドリアンは、宿にあったお客さんの荷物を全て守り抜いていた。

 私とアンジェの大きな鞄も、そっくりそのまま残されている。所持金もある。


「うおーっ! あたいがもらった金貨もあるぅ!」


 えらい子だ。これで旅を続けられる。感謝してもし足りない。


 早くアンジェに会いたいなあ。きっとエイドリアンと良いお友達になれると思う。

 私、アンジェ、ナターリア、エイドリアン。……もしかしたら、ドイルさんも。良い旅路になりそうだ。


「そうだ、ドイルさんに連絡しなきゃ」


 私は蝶を飛ばして、ドイルさんにここまで来てほしいと伝える。

 エイドリアンを悪魔祓いがいる西区まで連れて行くわけにはいかないからね。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 外に出た私たちは、ここまで急行してきたドイルさんと鉢合わせる。


 伝言したのはさっきの今なのに、もう着いたのは驚きだ。移動速度が人間離れしている。それなのに息が上がっている素振りもない。まだまだ余裕そうだ。


 ドイルさんは蔦に巻かれているナターリアの方を見て、忠言する。


「ナターリア。お前は魔力が弱い。通常の人間ではあり得ないほど弱い」

「ぐふう……弱い弱いって連呼しないでほしいっす」

「気にするな。お前がよわ……及ばないのは魔力だけだ。意思は強い。体も人間としてはかなり強い」

「……強いと言われるのも、なんか微妙っすね」

「ならどう扱えばいいんだ……」


 2人は仲の良さそうなやり取りをしている。やっぱりお似合いだよ、ドイルさんとナターリア。


「魔力は魔法に変えずとも、人の力を陰ながら支えている。魔力を使わずに溜め込んでいれば、傷の治りは早くなる。ナターリアはそれができないから、常人よりよわ……課題を抱えていることになる」

「配慮が下手っす……。もう弱いでいいっすよ。間違ってないんだし」

「……弱者なら弱者なりの工夫をしろ。自分の体の治し方くらい学んでおけ」


 ドイルさんは私が巻いた蔦と支えの木を直して、しっかりと固定し直す。

 修羅場を潜ってきた達人だけあって、応急処置もお手の物だ。私の杜撰な治療を瞬く間に改善してしまった。


 アンジェがいてくれれば、ドイルさんも唸るような完璧な処置ができたはずなんだけどね……。


「ニコル。お前はアンジェに頼りすぎず、自分でも知識を身につけろ。いつでもアンジェに聞けると思ってはいけない。お前の脳の中に、経験を積め」

「……はい」

「肝に銘じておけ。お前はこれから、ナターリアを守らなければならないのだから」


 正論だ。アンジェなしの私は、ちょっとだけ喧嘩が強いだけの女の子でしかない。だからひとりでも旅できるくらい、優秀にならないと。


 ……でも、今の言い方からは、なんだか別れのような雰囲気を感じたなあ。ドイルさんは旅に同行してくれないのかな。


 そして、ドイルさんは私の荷物をぽんと叩く。中にいるエイドリアンと話がしたいのかな。

 エイドリアンはそれを受けて、荷物の中からぽんと頭だけ飛び出す。


「……悪魔」

「……うっ」


 歴戦の悪魔祓いと、生まれたばかりの悪魔。剣呑な雰囲気が、一瞬だけ漂う。


 ところが、ドイルさんはエイドリアンの頭を撫で、特に戦う様子もなく、じっくりと観察する。


「ナターリアの妹か。あまり似ていないな」

「……あ、あの、どちらさま、ですか?」


 エイドリアンは人を殺していそうな風貌のドイルさんに怯えている。

 ドイルさんは悪魔祓いだけど、他の人ほど悪魔に対する敵意が強いわけではない。エイドリアンには優しく接してくれるはずだ。私やアンジェを相手にそうするように。


 私の期待通り、ドイルさんは愛想のない無表情でエイドリアンに自己紹介をする。


「俺はドイル。旅の狩人だ。よろしく」

「え、えと、よろしく、おねがいします。です」

「見たところ、お前は強い。お前ほどの悪魔はそうはいない。……その力で、ナターリアを守ってくれ」

「え? えと、はい」


 ドイルさんは困惑するエイドリアンと一方的な握手をして、私の方を向く。

 挨拶はおしまい。ここからが本題だ。そう言いたそうな、引き締まった表情。

 私たちの悩みを本気で解決しようとしてくれる、頼りになる大人の態度だ。


「アンジェが行方不明だそうだが、探すアテはあるのか?」

「最後に目撃されたのは、東区です。ナターリアの家族が経営していた酒場の辺りです」


 そこでの戦いは、蝶を通して私も見ていた。

 しかしアンジェは傷ついた体のまま戦い続け、ついには痕跡ひとつ残さず消えてしまった。


 私がそう言うと、ドイルさんは何かを理解したようで、言いにくそうに小声で意見を出す。


「……東区で死んだようだな」

「えっ」


 そんなわけないでしょ。アンジェが死ぬわけない。

 確かに死にかけたことはあったけど、結局戻ってきたんだから。負けることはあっても、必ず生きて帰ってくる。


 私が抗議の意を込めて睨みつけると、ドイルさんは仏頂面のまま訂正する。


「奴は肉体的に死亡しても、また再生する。地面に残る()()になっても、そこから体を取り戻すことができる。つまり、そういうことだ」

「……今は体を治している途中ってことですね」


 なんらかの理由で私たちでも視認できないくらい小さな体になってしまって、そこから戻ろうと頑張っている最中ってことだね。


 そう言ってくれればいいのに。うっかりドイルさんに掴みかかるところだった。いけないいけない。


 ……アンジェがアンジェの姿をしていないなら、私たちはアンジェが最後に目撃された東区の辺りを徹底的に捜索して、それらしいものを探し出せばいいわけだ。

 肉片でも血溜まりでもいいから、アンジェのものだとわかりさえすれば、それでいい。それを大事に守っていれば、いずれアンジェは復活する。


「悪魔祓いに見つかる前に、場所を押さえないと」

「ああ。東区は俺に任せるよう、モズメに伝えておきたい」


 私たちは蝶でモズメさんに連絡してから、崩壊した東区の探索に向かう。

 荷物の中のエイドリアンと、死にかけのナターリアを引き連れながら。


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