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第55話『極大豪炎大魔王・エイドリオンN』

 《ニコルの世界》


 エイドリアンを説得することができた。だいぶ気が立っているみたいだったけど、やっぱり根が優しいんだろう。すぐに私の言葉を受け入れてくれた。


 今は巨人の体内に東区の生き残りを匿ってくれている。大胆に暴れられると街が壊れてしまうけど、救助に専念してくれれば派手な動きはしないはずだ。


 あとは、私がエコーに勝てばいい。

 それが1番の難題なんだけどね……。


「あれを戦力として引き入れないとは、甘く見られたものですね」


 街中のネズミを吸収して膨れ上がったエコーは、エイドリアンの次に大きな体を持つに至った。

 だいたいドイルさん10人分くらいの身長かな。南区にあるどの建物よりも大きいから、たぶん中央広場からでも頭が見える。


 今頃大勢の人が、エコーを見て怯えているだろう。

 正直、私も勝てる気がしない。つい半年ほど前まで喧嘩すらしたことがなかったんだから、こんな大きな相手と戦うなんて、我ながら無茶だと思う。


 ……それでも、奴の相手は私しかできない。アンジェは行方知れずだし、ドイルさんは守るのに忙しい。悪魔祓いの人たちも、魔力が残っているのはモズメさんくらいしかいない。あの人は信用できない。


 私は龍の脚に力を込める。


「行くよ!」


 私が大地を蹴ると、視界が大きく揺れ動き、空へと投げ出される。


 運動能力に、動体視力が追いついていない。自分がどれほどの速度で突っ込んでいるのか、自分でも把握できない。


 それでも私の腕はエコーの体に突き刺さる。的が大きいから、余程のことがなければ外さない。


 私は龍の爪でエコーの皮膚を引き裂く。汚らしい色の血が飛び散り、腐臭が漂う。


「『刀兵災(ブレイドダンス)』」


 初めて聞くエコーの詠唱。以前の飄々とした雰囲気からは想像もつかない、強者の貫禄。


 私が被った返り血が、瞬きひとつのうちに、無数の小さなネズミへと変化する。

 あいつが生み出している部下のネズミと同じ姿だ。詠唱することで大量生産が可能になったのか。


 私は咄嗟に翼を振り、風の魔法でネズミを引き裂きながら距離を取る。


 私の体は想定外の動きに弱い。自分から攻める分には頑丈だけど、敵からの攻撃には脆い。たぶん魔力の使い方が下手だからだと思う。

 だから小さなネズミが相手でも、囲まれると非常にまずい。ここは逃げの一手だ。


 私が放った風を、エコーはお腹でわざと受ける。

 風で裂けた皮膚から、更なるネズミが生まれる。弾け飛んだ血のネズミたちも、再び寄り集まって飛びかかってくる。


「(嘘でしょ……。飛んでくる!)」


 血のネズミたちは空気を蹴って()と鳴く。

 逃げても逃げても追ってきそうだ。かといって、倒す手段も思いつかない。


 私は飛び上がって、エコーの顔面へと向かう。

 細かい攻撃を繰り返すのは危険だ。急所以外を不用意に傷つけるべきではない。

 顔面に攻撃を叩き込んで、一気に仕留めるべきか。


 私の考えくらいお見通しなのか、エコーは不細工になった顔を歪めて詠唱する。


「『飢饉災(ブレイクルーム)』」


 詠唱に合わせて、空気が悲鳴をあげる。エコーのとてつもない魔力が、世界そのものを歪めているのか。


 私の四方八方から、空気の壁が打ち付けられる。風なんて生やさしいものじゃない。巨大な鈍器で殴打されているかのような衝撃が、私の内外を駆け巡る。


 そして、少し遅れて風による斬撃が飛んでくる。剣とは違う、鋭い牙のような、荒々しい斬撃。


 飢えた獣の群れに放り込まれたかのような猛攻に、私は身をよじる。


「ぐふっ……がふっ……が、ハッ、あぐ……!」


 頭。翼。胸。肩。脚。隅々まで叩きのめされ、私は墜落する。

 たった一度の詠唱で何十発もの攻撃を繰り出すなんて、卑怯だよ。エコー本人は動いてもいないのに。


 私は空中で前転しつつ、体勢を立て直す。

 取り乱している場合ではない。血のネズミに追いつかれてしまう。


 幸いにも、あの攻撃は狙いが定まっていない。やわいところに当たらなければ耐えられるし、治療も簡単だ。


 私はもう一度、エコーの口元に突撃する。

 さっきの痛みを思い出して、唇が震える。それでも恐怖を克服しなければ、奴には勝てないんだ。突っ込むしかない。


 死ななければ、負けない。アンジェもそれを証明しているじゃないか。


「ほう。『飢饉災(ブレイクルーム)』」


 案の定、また同じ魔法を繰り出してきた。


 エコーの詠唱に合わせて、私は両腕で顔を庇いながら、一気に速度を上げる。

 大雑把にしか狙えない。それはつまり、速度の変化についていけるほど器用な魔法ではないということ。


 案の定、私を狙う見えない獣たちは、遥か後方でぶつかり合って消え去る。共食いだ。


「オラァ!」


 私はエコーの頬を両足で蹴る。

 メキメキと割れるような音を立てて、エコーの分厚い顔の皮が揺れる。

 どうだ。龍の脚は強いだろう。


 私は噴き出る血液がネズミに変わる前に、素早く翼をはためかせて暴風を生み出す。

 血液が飛び散り、私は加速する。


「いっけえええええ!!」


 爆発のような強風が背中を押す。私はそれを受け止めて、力に変える。

 強く押された私の体は、エコーの皮膚を貫き、口内へと侵入する。魔法を詠唱させないためには、口の中で暴れるのが一番だろう。


 それにしても、臭い。汚い。一瞬で片付けてやる。


「『火の腕:ムツ・ミ・アイ』!」


 腕に炎を灯し、エコーの真っ暗な口の中に、炎の矢を叩き込む。

 右腕から1本。左腕からもう1本。


 ……まだだ。もっと。もっと!


「うおおおおおおっ!!」


 触手から1本。触手から1本。触手から1本。触手から1本。触手から1本。触手から……。


 思考を無にして、炎。炎。炎。

 そのうち、喉の奥から凄まじい轟音が響く。


「ゴアアアッ!!」


 暗闇から吹き寄せる突風と、分厚いエコーの舌で、私の体は否応なしに押し出される。

 ……これで死んだとは思わない。まだ叫ぶだけの力が残っているんだから。もっともっともっと!


 私はエコーの息による追い出しを、翼で切り裂く。

 自由自在に動く翼。意のままに私を押す風魔法。2つが合わされば、どんな向かい風にも負けはしない。


 私は背中の翼を体の前に持ってきて、翼の風魔法でエコーの風を受け流す。

 その間に魔力を溜めて、詠唱を整える。喉と舌を、万全に保って……。


 直後。私の体に異変が起きる。


「うっ……!?」


 体が軽い。考える間もなく勝手に動く。そのせいで魔力が上手く定まらない。

 それに、視界がチカチカする。光に対して過敏になっているような、そんな気がする。


 ……まさか。


「『疾疫災(カクテルパーティ)』!」


 エコーの魔力が、人々を狂わせた悪しき魔力が、私の中に叩き込まれる。

 薬による全能感。圧倒的な多幸感。その後に待っているのは、生きる気力を見失うほどの、到底争い難い虚脱感。


 頭が痛い。目が痛い。吐き気がする。体が重い。口の中に長居したのが良くなかったのか。


 この感覚を押しつけて、皆を薬に依存させてきたのか。薬が抜けた苦しみから逃れるために薬を求め、更に強い苦しみから逃れるために……。


 ……ふざけるな。人間を、馬鹿にするな。

 この街に生きる人の営みを、破壊するんじゃない。


「おのれ悪魔!」


 私は気力を振り絞って前を向く。

 エコーの拳が目前まで迫っている。

 何の変哲もない、ただ大きく、ただ無法なだけの、血も涙もない拳。


 私はそれを、真正面から受け止める。

 龍の手。龍の翼。人間の腕。全て使って、防御に徹する。


「ゴアアアァァッッ!!」

「ぐううううっ!?」


 誇りを捨てた野蛮な雄叫びと共に、圧倒的な質量の肉塊が、私の腕と衝突する。


 腕が軋む。お腹から上が丸ごと折れて吹き飛びそうな錯覚。いや、錯覚なんかじゃない。抵抗していなければ、きっとそれは現実になっていたはずだ。


 私はあっさりと押され、全身に最悪の衝撃を叩き込まれる。

 体が揺さぶられ、爪先から脳まで振動を受ける。

 気絶しかけている。魔力が魔法になってくれない。翼の風は、もはや意味を成さない。


「う、ぐ……」


 私は拳で殴られた勢いのまま、広場に墜落する。

 ……中央広場だ。人の避難が済んだ後でよかった。


 衝撃のおかげで多少目が覚めたけど、まだ奴の魔力は抜けきっていない。体がふらつき、意識がぼんやりと霞んでいる。

 それでも、休んでいるわけにはいかない。人に近い位置まで飛ばされてしまったのだから、すぐに起き上がって戦わないと。


 私は着地によって剥がれた石畳を蹴り飛ばし、また立ち上がる。

 脚がおぼつかない。疲労のせいではない。傷の蓄積のためでもない。奴の魔法のせいだ。


 私は己の中にある魔力を高めて、奴の魔力を追い出そうと試みる。

 自分の中にどれだけの魔力が残っているのか、わからない。あれだけの大魔法を連発したからには、それほど多くないはずだ。


「(ここが正念場かな)」


 私が命を落とす覚悟を決めて、またエコーに立ち向かおうとした時。

 広場に残っていた悪魔祓いの男の人が、声をかけてくる。

 モズメさんの部下の一人だ。3人のうちの誰かは、見分けがつかないからわからないけど。


「ニコルはあんたか」

「……そうです」

「ドイルさんから伝言だ」


 男の人はこちらに向かってくるエコーの方を睨みつけながら、早口で告げる。


「『ナターリアがいない』だそうだ」

「……えっ」


 ナターリアが、ドイルさんの目を盗んで、何処かに行ったということ?

 ドイルさんは何をやって……。いや、あの状態のナターリアがひとりで勝手な行動をするとは、私も思えない。あまり強く責められないなあ……。


 私は思わず、龍の脚力で悪魔祓いの人に詰め寄ってしまう。


「どっちに行ったの!? いつからいないの!?」

「知らねえ。ナターリアが誰かもわからん。その蝶で探せばいいだろ」


 彼は私の魔法について知っているらしい。ドイルさんから聞いたのかも。

 あるいは私が悪魔だということも伝えられたかもしれない。


 ……今の私って、彼らの敵にしか見えないと思うんだけど……それでも斬らないんだね。ドイルさんには後で感謝しておこう。


「わかりました。ありがとうと伝えてください」

「そんな暇あるか。自分で言え。勝ってからな」


 悪魔祓いの人は西区の方に去っていく。


 伝言を残してくれただけ、ありがたい。せっかく蝶を召喚したのに、戦っている時の私は余裕がなくて、そっちに意識を割けない。それを見越してドイルさんは人を残してくれたのだろう。


「……ナターリア」


 私は街のどこかにいるはずのナターリアの身を案じる。

 あの人は突拍子もないことをするけど、その行動にはちゃんと理由がある。無理をしてまで動くなら、それなりの考えがあると思う。

 特に、信頼しているらしいドイルさんに黙って動いたのは手がかりになるかもしれない。何か危険なことをしようとしているのかも。


「ドリーちゃんを探しに行ったのかな……」


 だとすると、今頃東区の宿巨人に確保され、保護されていることだろう。

 ……ナターリアのことを心配する暇はないから、私の想像通りであってほしいな。


 私はエコーの接近に備えて、体の動作確認をする。

 翼よし。腕よし。爪よし。ツノよし。尻尾よし。脚はちょっと悪し。頭は元から悪し。

 何処も欠けていない。昔はもっと脆かったけど、今は魔物より頑丈なくらいだ。


 さて。


「再戦と洒落込みますか!」


 私が意気込んで脚に力を入れた、その瞬間。

 東区で轟音が鳴り響く。


「えっ!?」


 私だけでなく、エコーも立ち止まっている。東区で起きた変化は見逃せないらしい。

 それもそのはずだ。宿屋で生まれた木の巨人が、動き出したのだから。


「ドリーちゃん……じゃない」


 以前とは少し様子が違う。腕の片方を落として、落ち着いた素振りでエコーへ向かっている。


挿絵(By みてみん)


 人の気配は、置いてきた腕の方に集中している。私がエイドリアンにあげた蝶も、そこにいるみたいだ。


 私はそちらの蝶に意識を集中して、エイドリアンとの連絡を試みる。

 まずは声。エイドリアンの美声が脳に直接届く。あんなことがあったけど、無事みたいだ。

 しばらくして、風景も視界の片隅に映る。エイドリアンの褐色の肌が見える。視界が暗いのは、手に包まれているからか。


「えっと、ドリー、です。おはなし、できてる?」


 エイドリアンは勝手がわからないようで、自信なさげに蝶に向かって話しかけている。


 周りを見ると、エイドリアンと同じ空間に押し込まれた人々がガタガタと震えている。東区で起きた騒動によるものか、それともエイドリアンが醸し出す悪魔の魔力によるものか。


 私はエイドリアンに状況説明を求める。


「そっちはどうなってるの?」

「おねえちゃんががんばるから、まってる」


 お姉ちゃん。つまり、ナターリア。

 そうか。今、巨人の本体を動かしているのはナターリアなのか。


 ……なんて無茶なことを。


 私は巨人に蝶を飛ばしつつ、急いで巨人のところに向かおうとするも、意外にも巨人は俊敏で、当然ながらエコーは機敏だ。追いつけない。


 2人は至近距離で向かい合う。


 何をどうやっているのか、巨人の中から、ナターリアの声が響く。


「あたいのドリーちゃんに手を出したこと、億万回死んで償ってもらいますよ!」

「フフフ……この数でも、流石に万は死ねないなあ。千くらいで我慢してくれないか?」

「じゃあ死ぬまで殺すの刑で妥協してやりますよ!」


 そしてナターリアは、エイドリアンよりも遥かに上手く巨人を操作し、エコーに殴りかかる。


 木の巨人ほどではないものの、かなりの巨体を誇るエコーは、両腕で建造物の拳を受け止める。

 そしてそのまま大口を開き、自信に満ちた声で高らかに詠唱する。


「『疾疫災(カクテルパーティ)』」


 私の動きを狂わせた魔法だ。薬を常用していたナターリアには、抜群に効いてしまうだろう。

 だけど巨人は怯まない。隻腕の体をもう一度捻り、全力の拳を叩き込む。


「どりゃああっ!!」


 ナターリアの鉄拳が、エコーの頭部を陥没させる。顎を叩き割り、鼻を折り、口を塞ぎ、怯ませる。


 これは、ナターリアには魔法が効いていないと見ていいのだろうか。エコーの魔力を既に取り込んでいるはずなのに、どうして?


 私は空に飛び上がりつつ、巨人の内部に潜り込ませた蝶から、声を張り上げる。


「ナターリア!」

「ぴぃん!? びっくりさせないでくださいよ!」


 ナターリアは巨人ごと飛び跳ねて驚愕している。

 エイドリアンより上手く巨人を操れているのはどういうことだろう。姉妹だからってこと?


 その辺りの疑問は頭の隅に追いやって、私はナターリアが動いた理由を尋ねる。


「どうして戦ってるの!? もうヘトヘトだったはずじゃ……」

「……へへ。そっすよ。あたい、もう限界っすよ」


 少し遅れて、蝶が視界を届けてくる。

 ナターリアは……いつもの瓶底眼鏡を外して、その目を露わにしている。


「ナ……タ……?」


 私は飛行を止めてしまうほど、その姿に釘付けになる。


 ナターリアは著しく消耗している。全身汗だくで、青白い顔をしている。呼吸も荒い。

 ただでさえ体力の限界だったのに、東区の巨人まで駆けつけて、更に巨人を動かしているんだ。いつ倒れてもおかしくない状態だ。


 ただ、それだけじゃない。それよりもっと衝撃的な姿が、私の目に飛び込んでくる。


 ナターリアには、左目が無い。

 まぶたは糸で縫い合わされている。その奥は暗く、落ち窪んでいる。義眼さえ入れていないのだろう。


 ……今こうなったわけじゃない。最初に会った時から……あるいはもっと昔から、こうだったんだ。


 ナターリアはまぶたの糸を外して、空虚な眼窩を見せる。


「あたいはもう、一歩も動けないっす。……それでもドリーちゃんが作ってくれたコレなら、まだまだお役に立てるんすよ」

「やめて……ナターリア……もうやめて!」


 私は嫌な予感に突き動かされ、思わず叫ぶ。

 巨人がいないと勝ち目がない。そんな考えは、何処かに吹き飛んでいる。

 ナターリアに、犠牲になってほしくない。ただそれだけだ。


 ナターリアは私の叫びを聞いて、悲しそうに、でもどこか嬉しそうに微笑む。


「さあ……看板娘なり損ないのナターリア、一世一代の晴れ舞台っすよ! 観客の皆さん、とくとご笑覧あれい!」


 そばに張り巡らされたエイドリアンの枝。そのひとつを掴んで、ナターリアは左目があった場所に刺す。


 言葉にならない絶叫。噴き出る血液。のたうちまわるナターリア。


 ……ああ、そうか。

 悪魔エイドリアンが生まれたのは……ナターリアが原因なんだ。


 何もないところから、悪魔が生まれるはずがない。魔物は他の生物を乗っ取って増える。

 エコーでさえ、自分の魔力を千切って配下を生み出しているんだ。あんなに強力なエイドリアンが、ひとりでに発生するはずがないんだ。


「ぐ、ううううっ! 詠唱、『一緒に遊ぼう(カドリーユ)』! 操縦者ナターリア、接続っ!」


 過去に何があったのかはわからないけど、ナターリアは彼女なりの確信をもってこうしている。

 ……覚悟を決めて、その身を捧げようとしている。止めるべきではない。


「グゴオオオオォ!」


 巨人が怯むのを見て、エコーはすかさず腕を振る。

 陥没した頭のせいで、詠唱はできない。だから肉弾戦でナターリアを葬ろうとしている。


 ……させない。

 私がいる限り、ナターリアは殺させない。


「オラァ!」


 私はエコーの前に飛び出し、風を纏った全力の蹴りでその拳を弾く。

 真正面から攻撃を止めた反動で、全身がビリビリと痛む。それでも、ナターリアの苦しみはこんなものじゃないはずだ。


 拳は逸れ、エコーの体勢が揺らぐ。効果はあった。


 痛みから復帰したナターリアは、左目に刺した枝の影響か、かつてないほど魔力に満ち満ちた姿で、更に巨人の力を引き出していく。

 その戦い方は、もはや鈍重ではない。人間と変わらない動作で、俊敏に戦場を駆け巡る。


 巨人は崩壊していない家を丁寧に避けながら、エコーの背後に回り込む。


「『可愛いおてて(カドリー・ドリー)』!」


 エイドリアンが作った拳が、エコーのぶよぶよした体に突き刺さる。

 一見深傷を負わせたように見えるけど、表皮を傷つけただけだ。奴と交戦した私にはわかる。


 ……木の巨人は宿や周辺の建物を巻き込んで構成されている。拳に当たる部分には、工房らしき煙突が伸びている。

 ナターリアは何をどうやったのか、そこから大量の煙を巻き上げつつ、火炎を放つ。


「即席の……火の指、カ・リュウ・カイっす!」


 エコーの腹部に刺さった煙突から、とてつもない炎の奔流が放たれる。

 いや、もはや炎なんかじゃない。炎の柱。光の束。全てを飲み込む大噴火。


 発射された圧倒的な魔法は、エコーの腹部を貫き、夜空へ伸びて雲を破る。


「ガアアアッ!!」


 私は焼け落ちたエコーの体を避けつつ、万が一にも蘇生しないように、すれ違いざまに爪で切り刻む。

 落下した肉片は、既に崩れた廃墟に沈み、音を立てて焦げている。ネズミになる兆しはない。


 エコーはぐらぐらと揺れている。詠唱することさえできず、それでも殺意を捨てずにもがいている。


 エコーの顎からネズミの群れが飛び出る。飛び回る私の周りに、無数の見えない牙が襲いかかる。魔力を帯びた空気が、私の思考を妨げる。


 無詠唱でも、当たれば効く。私はエコーの魔力による激しい頭痛に耐えながら、攻撃を避けて奴の注意を引く。


 戦いの余波で周囲の家が崩れていく。放棄された店が壊れ、誰かの生活が破綻していく。

 それを見て、私は怒りで意識を保ち、一気に攻勢に出る。


「うおおおおおっ!」


 狙うは、巨人の手が届きにくいエコーの足。ナターリアが攻めにくい部分を攻撃することで、動きを封じる。


 私は魔力の斬撃や風の壁をぶち破り、捨て身で奴の足へ突撃する。


 まずは飛び蹴り。足の甲を潰して、隙を作る。

 私は強力無比な龍の脚を、翼の風と重力を借りて、一気に叩き込む。


 エコーの足に体が埋まる。気色悪い。


 私は風の魔法で肉の中から飛び出しつつ、今度は脛を狙う。

 昔とは桁違いの強度を持つ龍の角で、突き刺す。


 鋭く残忍な角は、エコーの皮膚を容易く破り、筋肉をズタズタに引き裂き、骨までへし折る。


 湧き出る血液からネズミが這い出そうとしている。でもねじ曲がった角による傷口は複雑で、ネズミも体が折れた妙な個体ばかりになっている。

 ……これは運がいい。狙ったわけじゃないけど、好都合だ。


 見上げると、巨人が腰を捻って力を溜め、とっておきの攻撃を放とうとしている。


「『異説ッ』!!」


 足を傷つけられたエコーは、避けられない。口が戻っておらず、詠唱もできない。腕を犠牲にして受け止めるしかない。


「『ドリーちゃんへの(エイドリアンズ・)惜しみない愛情(デイドリーム)』!!」


 ナターリアの詠唱と共に、巨人の腕が体から離れ、旋風を纏って猛進する。

 体を犠牲にする異説魔法の一種だろう。巨人の腕を使い捨てにして、勝負を決めるつもりのようだ。


 胴体というくびきから解き放たれた巨人の腕は、炎と後光を纏いながら、ただ真っ直ぐに突き進む。エコーの体にめり込み、その巨大な体を持ち上げても、まだ止まらない。


「いっけえええええええ!!」


 ナターリアの叫びに応じ、拳はその身を離れて尚、勢いを増していく。

 そして、ついにエコーの背中を突き破り、血飛沫を巻き上げながら天へと駆けていく。


「グアアアアアアアァァッ!!」


 エコーの喉の奥から響く、太い断末魔。

 腹部に空いた穴を押さえながら、エコーは必死に再生しようともがく。

 次々と湧き出るネズミたち。吹き荒ぶ風の壁。それらが混ざり合い、魔力と魔力が衝突し、無差別に暴れ回り、制御不能できない混沌へと陥り……。


 エコーの体は、爆発する。


 ……勝った。

 私たちは、勝ったのだ。

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