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第49話『例外が混ざる』

 《ナターリアの世界》


 深夜。

 あらゆる業務が片付いた後、あたいは疲れた体に鞭を打って、西区まで移動しています。


 寝巻きに一枚羽織った姿のまま、ただひたすらに駆ける。暗闇の中、見知った道を止まらずに進む。


 どう考えても日を改めた方が良いんですけど、訳の分からない薬を飲み続けていた恐怖が、あたいを突き動かしてしまったんです。


 朝起きて、薬を飲む。夕食の後に、薬を飲む。それが当たり前になっていた事実に、あたいは怯えているんです。

 今のあたいは無事なのか。病気になったりしないだろうか。あたいが平気でも、酒場のみんなは……。


「はあ、はあ、はあ……!」


 生活区域を抜け、中央の広場を通り過ぎ、西区に入る。

 衝動のままに突き進んできたけど、流石に脚に限界が来ました。この辺りで休みましょう。


 あたいは今日の見物客が落としていったゴミを蹴飛ばしながら、道端に座り込む。


 息が上がっている。周りが静かすぎるせいか、自分の呼吸音がうるさい。大量の汗が寝巻きの内側を流れていって、気持ち悪い。

 今になって、飛び出してきたことを少し後悔しています。でも、ここまで来てしまったものは仕方ない。


「ぜえ、ぜえ……やると決めたら、やらなきゃ……あたいが、やらなきゃ……いけな、ぜえー……」


 あたいは眼鏡を外して()()()()()、呼吸を整える。


 ……しばらく休んでみたけど、限界が近い。ここからは歩くとしましょうか。

 このままだと朝までに家に帰れそうにないですね。怒られるだろうなあ。嫌だなあ。


 〜〜〜〜〜


 《ナターリアの世界》


 この街は東西南北で4つの区域に分かれている。今あたいがいる西区は、芸術区域。

 だけど、仕切りや塀で正確に区切られているわけじゃない。境目はどちらともつかない曖昧な場所になっています。


 例えば、北区と西区の間には、貴族が多い。

 北区にある領主さまの屋敷に挨拶に行った後、西区の劇場を見物する。それがこの街を訪れる貴族の典型的な行動だからですね。


 そのせいか、裏通りも綺麗に掃除されているし、心なしか快適です。

 あまりにも快適すぎて、たまに芸人崩れの浮浪者が貴族の目を盗んで雨風をしのぎに来たりするんですけどね。


 あたいは虫の声ひとつしない狭い通りを、おっかなびっくり歩いている。

 貴族と遭遇したら、頭を下げつつ逃げるしかありません。何をされるかわからないし、何をされても文句を言えないからです。


「こんなとこに売人なんかいるんすかねえ……。もうちょっと場所選んだ方がいいんじゃないすか……?」


 あたいはこの場所に潜むという薬売りの意図を理解できずにいます。


 普通、怪しいお店を開くなら、東の生活区域と南の商業区域の間でしょうに。あそこは表立って看板を出せないような、いかがわしい店が沢山あるし。

 ……というか、あたいのお母さんの酒場もあそこですし。えっちな踊りをさせているのも……まあ……そういう需要が……。


 そんなことを考えながら進んでいくと、あたいはついに人だかりを見つけることに成功する。


 こそこそと隠れながら、何かをやりとりしていますね。あの特有の空気感は、間違いなく()()()()

 暗くて人数は把握できないけど、かなりいます。誰が中心にいるのかわからないくらい集まっている。


「想像以上っすね」


 あたいは物陰に隠れながら、様子を見る。


 流石に暗すぎて、人がいること以外さっぱりわからない。結構派手な服装をしてるっぽいけど……劇団の人なんですかね?


「もっと……近くで……」


 あたいは息を殺して忍び足で近づく。

 まだ薬の現物さえ確認できてない。かといって安全だとわかるまでは話しかけにくいし……遠巻きに観察を……。


「誰だ」

「ぴえっ!?」


 後ろから声をかけられました。

 振り向くと、闇の中に溶け込むかのような、ぼんやりとした男の姿が。


 体の輪郭を覆い隠す外衣。ほのかに漂う薬の臭い。そして顔面につけられた、白い仮面。まるで劇団の背景役者のような……。


「広場から迷い込んだか……。見せ物ではないぞ」

「は、はい」


 しわがれた男の声。年寄りなのか。でも加齢臭はしない。宿をやっていると色んな人を見るけど、こんなにも恐ろしい気配を纏った人、見たことありません。


 どう見ても堅気の人じゃない。普通の薬売りがこんなに物騒なはずがない。

 というか、こんなに怖かったら物売れないでしょ。笑顔笑顔。


 あたいは一応半歩だけ距離を取ってから、ここに来た意味を思い出して、尋ねます。


「ここで、薬、売ってると聞いて……」

「……そうか。臭いがするな」


 男は仮面の口元についた長い鼻のような部分を突きつけて、あたいの臭いを無遠慮に確かめてくる。


 あの、あたいこれでも女の子なんですけど。そんなことされたら、夏だってのに寒気が……ぐぎぎ。


 でも男は納得してくれたようで、あたいを集団の方まで案内してくれます。

 なんとなく、事件の渦中に引きずり込まれたような心地がするんですけど……もう後戻りはできません。こうなったら潜入捜査しかありませんね。


「ここは仕入れ場だ。直接買い付けにくる場所ではない。売人になるなら、契約してやる」

「はあ」


 あたいは男が醸し出す謎の威圧感に圧倒されつつ、接客業の経験のおかげで、なんとか話を繋いでいる。

 もし何も知らない子供のままだったら、きっと背を向けて逃げ出していたでしょう。


 ひとまず、嘘は言わない方が良さそうです。都合の悪いことは隠しつつ、どうにか話を聞き出さないと。


「知り合いの売人の紹介で来たんすけど、具体的に何してるんすか?」

「ここで現物をやる。誰かに売れば、そのぶん給料として薬をやる。売上も半分はお前の分前になる。それだけだ」


 半分も? 話がうますぎる。

 どう考えても向こう側の利益が少なすぎます。何の得があってこんなことをしてるのやら。

 というか、売り物の薬と報酬の薬が、同じ物って。どういうことなんですかね。窃盗とか、お気になさらないので?


 大量の怪しい薬。わざわざ夜に行われる取引。これは黒ですねえ……。


 あたいが渋っていると、男は影法師のようにぬらりとした立ち姿で見下ろしてくる。


「お前、見たところ金回りが良くないな」

「恥ずかしながら」

「問題ない。むしろ好都合だ。薬を売って、稼ぐといい。楽な仕事だぞ」


 怪しい男は()()()()()()()()()言葉を囁いてくる。


「我々は薬を広められる。お前は今後、薬のために金を出す必要がなくなる。良い取引だろう?」


 そう言って、男は奥に積まれた木箱を指し示す。


 ……あたいの身長の倍くらいまで積み上げられてるんですけど、まさかあれ、全部薬なんですかね。どんだけばら撒くつもりなんすか。


 どう考えてもヤバい。思ったより話の規模が大きい気がしてきましたよ。

 そう思って、あたいは恐怖を飲み込んで拒絶しようとして……ふと、閃光のような衝撃を受ける。


「ぴっ!?」


 たまたま目に入った、人だかりの一部。

 その正体は……貴族。


 そんな凄い人が、箱を従者に運ばせて、馬車に積み込んでいる。自分の使用人……いや、きっと領地にいる人々にも、薬を売りつけるつもりなんだ。


「(あっ、これ……逆らったら死ぬやつだ)」


 ここまで知ってしまった以上、無事に返してもらえるはずがない。契約するか、このまま殺されるか。そのどちらかしかありません。

 ……隙を見て逃げ出せるといいんですけど。


 仮面の奥で、男が笑う。人間とは思えないような、不吉な声で。


「さあ、契約を」


 手下らしい他の面々があたいを取り囲む。

 見た目も背格好も、漂う雰囲気さえも男にそっくりだけど、何故か手下だとわかる、そんな連中。


 ……逃げる隙、無さそうですね。万事休す。


「(うああ……どうしましょ。どうしましょ!?)」


 あたいは心の中で、大好きなお父さんと、嫌いではないお母さんと、信仰している神のドリーちゃんに向けて、懺悔します。


 ごめん、みんな。あたい、ビビアンちゃんのところに行くかもしれません。馬鹿で、軽率で、本当にごめんね。許して。許してえ……。


 〜〜〜〜〜


 アンジェはドイルの部屋で、赤追い組合と悪魔祓いについての説明を受けている。


 アンジェは小さな椅子の上で、ニコルはドイル用の椅子の上。

 そしてドイルは……普段使っているだろう硬い寝床の上に座り、会話をしている。


「アンジェ。ニコル。お前たちは強い。そして優秀だ。本来なら組合に誘う場合、狩りの道具の名前や、先達への礼儀作法から教えるものだが、それらは必要ないだろうな」

「え、えへへ……」

「だが、狩人としては未熟だ」


 そう前置きしてから、ドイルは本題に入る。

 まずは、組合について。


「赤追い組合は要請に応じて魔物を狩ることを専門とした集団だ。商人の護衛や村への救援などが主な仕事だ」

「はい」


 イオ村の面々が呼ぼうとしていたのが、赤追い組合だ。森に魔物が出たから、それを退治してくれ。そんな内容の手紙をこの街まで送ろうとしていた。


 あれが赤追い組合の基本的な業務なのだろう。そして、組合に加入すれば、それを自分たちもすることになるのだろう。


 ドイルは続ける。


「赤追い組合には悪魔祓いと掛け持ちをしている者が多い」

「……加入するのは、危険ですかね?」

「そうでもない。お前が隠し続けている限り、狩人が相手でも気づかれることはない」


 ドイルからのお墨付きをもらってしまった。彼は悪魔祓いとしてかなりの凄腕だと思われるため、信憑性は高い。


 確かにアンジェは悪魔の魔力によって誰かに恐れられたことがほとんどない。ニコルやエイドリアンはほんの僅かに魔力の違いを感じ取れるらしいが……。


 比較対象のニコルが高度すぎるだけで、アンジェの擬態も高精度だったということか。

 もしかすると自慢に思っても良いのかもしれない。誰に対して誇るべきかわからないが。


「(悪魔祓いのお墨付きかあ。オレ、実は結構凄いのかも。ふふん)」


 だが、ドイルはそんなアンジェの増長に釘を刺す。


「そうだ。先に言っておかなければなるまい。狩人は問題ないが、悪魔祓いにはなるな。奴らの本部にも近づくな」

「何故ですか?」


 アンジェの頭にはドイルの同志たちを頼るという選択肢もあったのだが、彼は険しい表情でそれを否定しようとしている。


 擬態が完璧なら、危険はないはずなのだが……どういう理由だろうか。アンジェはその剣呑さに冷や汗を浮かべながら、ドイルの顔を見上げる。


「この街の悪魔祓いを率いている男は……きっとお前の正体に気がつくはずだからだ」

「唯一の例外ってことですか?」

「まあ、そうだな。擬態を破る手段は持ち合わせていないだろうが、奴なら勘で見抜いてくるだろう」


 勘。

 ただの勘……?


 ……それは確かに、厄介だ。どうしようもない。

 アンジェには理解できない道理で動いているのだとしたら、対策のしようがない。その人物から逃げ続けるより他あるまい。


 ドイルは一度姿勢をただし、話に区切りをつける。


「どうする? 悪魔祓いはともかく、組合に加入するなら手を貸すぞ」


 ドイルはあくまでアンジェたちの選択を尊重するつもりのようで、特に自らの意見を述べることなく尋ねてくる。


 当初の予定では、加入するつもりだった。

 だが……正直なところ、赤追い組合の組織としての性質を聞いて、怖気付いている。


 アンジェは知恵を絞り、妥協案を提出する。


「外部の助っ人として、任務に同行することはできませんか? 仕事の流れや、他の狩人さんの雰囲気を掴みたいので……」

「ふむ。後で何人か探してみよう」


 すると、ニコルが挙手をして口を挟む。

 そういえば、彼女にも意見を聞くべきだった。またひとりで話しすぎてしまった。反省だ。


「あの、ここってどういうところなんですか?」


 ニコルは組合や悪魔祓いに関しては置いておいて、今いるこの建物について、質問しておきたいらしい。


「赤追い組合の人たちが集まる場所みたいですけど、ドイルさんはここに住んでるんですか?」

「そうだ。ある程度の実績を積んだ狩人のみ借りられる宿舎だ。殺風景だが、家賃がいらん」


 新人のうちは各自で宿に泊まれということか。なかなか金銭的にきつい仕組みだ。


 無一文から成り上がろうとする若者は、収入の大半を宿代や装備代で消費してしまい、蓄えができないまま命を落としてしまうのではないだろうか。


 アンジェは厳しい現実を耳にして、部外者の身でありながら、非難のようなものを口に出してしまう。


「新参者こそ、本部に泊まらせてみっちり鍛えてあげた方がいいと思うんですけどね……。死人が多い仕事なんか、誰もやりたがらないでしょうに」

「新人には相方として熟練の者がつく決まりだ。それで十分だと、上は考えているらしい」

「上は、ということは、ドイルさんは不足だと思ってるんですね」

「……訓練所を併設してほしいとは思っている。維持が面倒という理由で却下されてしまったがな」


 どうやら赤追い組合の懐事情は火の車らしい。下で働く者たちからの上納金で成り立っているらしいが、それだけでは経営が苦しいのだろうか。


 そう思って尋ねてみると、ドイルは悟ったように澄んだ目で答える。


「そもそも魔物の出現は不定期だ。収入源として期待するのは、組織的にも倫理的にも間違っている」


 復讐狂いの悪魔祓いの口から倫理という言葉が出たのは意外だが、内容は至極まともである。

 金のために魔物が出現してほしいと願うのは、人のためにならない。

 知識の海にも、狩猟組合の仕事は魔物退治だけではないと記載されている。そちらが主な収入源なのだろう。


「狩猟組合の名の通り、魔物以外の猛獣を駆除することの方が多い」

「まあ、そうですよね。ドウの加護がある限り、魔物は滅多に出ませんし」

「次に多いのが、単発の護衛だ。隊商、豪商などの荷物を守る役目を請け負う。この場合、人間と戦うことも、ごく稀にある」


 ここで言う人間とは、盗賊や暗殺者だろう。それはつまり、場合によっては殺し殺される可能性があるということだ。


 ……なんとも血生臭い。そう思って、アンジェが身を引く姿勢を見せると、ドイルは弁解を始める。


「そう警戒するな。実のところ、戦うことなく帰ってくることがほとんどだ。その場合でも仕事をした分の賃金は出る。心配はいらない」


 もしかすると、ドイルは組合に加入してほしいのだろうか。今の発言からは、どことなく、2人を後押しするかのような姿勢が垣間見える。


「(ドイルさんにはお世話になったからなあ)」


 アンジェはまたニコルの方を見る。

 何やら嫌な事実が見えてきてしまったので、彼女は反対に回るかもしれない。


 しかし、ニコルは最低限の物しかない部屋を見回した後、あっけらかんと言う。


「私は加入してもいいと思います。人間と戦うことになったとしても」

「そうなの!?」


 最初に提案した身でありながら、アンジェは思わず驚いてしまう。

 ニコルは戦いが嫌いだ。この計画にも乗り気ではなかったはずだが……。どのような心境なのだろうか。


 そう思って目を丸くしていると、ニコルは苦笑しながらアンジェの疑問に答える。


「危険があるのはいつもの旅と同じだし……それに、この街以外でも通じる『立場』みたいなものが欲しいから……」


 ……ニコルは旅の最中で考えを改めたのか。

 巨大な魔物を下し、悪路を乗り越え、たった3人でこの街までやってきたのだ。彼女にとって、その経験が大きな自信となっているのだろう。


 それに、2人で生きていくと決めたのだから、収入源を確保したいのかもしれない。その考えは、アンジェの中にもある。


「(ニコルは成長している……。オレも……)」


 アンジェも腹を括らなければなるまい。自分が言い出したことなのだから、責任を持たねば。


「やります。オレたちを狩人にしてください」


 2人が真剣にそう告げると、ドイルは少しだけ嬉しそうに頬を緩める。


「辞めたい時は、いつでも言えよ」


 彼の気遣いは、何処かくすぐったい。アンジェは釣られて微笑みながら、そう思った。


 〜〜〜〜〜


 アンジェは下の広間に戻り、早速掲示板を見る。

 当時の予定通り、狩人として登録する前に、誰かの助っ人として依頼をこなしてみたいのだ。


「掲示板は誰でも依頼できるんですね」

「そうだ。ここはあくまで、依頼主と狩人を繋ぐ場でしかない。誰でも依頼し、誰でも剥がせる。お互いに負うべき責任は少なく、気楽だ」


 ドイルは別の場所に待機している受付を指差して、更に解説する。


「村の存亡に関わるような緊急性の高い用事は、あの窓口に申し込みをし、そこから信頼できる狩人に任されることになる」

「……もしかして、ドイルさんが泊まっている宿舎って」

「待機場所だ。常に部屋にいるわけではないがな」


 イオ村の件も、アンジェたちが来なければ使者を送ることになっていたという。


 料金は掲示板の相場より遥かに高い。小さな村が金をかき集めて、ぎりぎり頼める程度だ。そのうえ組合が後から料金を上乗せすることもある。


 命と金、どちらが大切か。そんな天秤がアンジェの脳裏に浮かびあがる。

 ドイルはそれを察してか、アンジェを揺さぶるような問いかけをする。


「酷いと思うか?」

「腕利きの狩人を短時間で集めるなら、それくらいかかるでしょうね」


 当然と割り切りつつも、2人の表情は少しだけ暗くなる。


 イオ村において、2人は無料で人を救った。

 だがそんな都合のいい話は、滅多に起こらない。

 大半の村は不幸にも魔物に襲撃された際、出費という更なる不幸を招き入れることになるのだ。


 資金を調達できず、すぐに人が来てくれることを祈りながら、掲示板の方に足を運ぶ者もいるのだろう。もし貧しいアース村が依頼を出すとしたら、こちらだったはずだ。


「(見捨てるべき命……目に入りさえしない命……)」


 預かり知らぬところで起きた不幸まで、背負い込む必要はない。そう思いつつも、理性とは違う部分で、アンジェは気負う。


 一方、ニコルは掲示板の依頼を吟味し始める。

 魔物退治から、採集や放牧の手伝いまで、内容は実に様々だ。


 意外にも、規定されている範囲から逸脱した内容の依頼が多い。半分便利屋のように使われている一面もあるのだろう。魔物と関係がある依頼の方が少ないくらいではないか。


「やっぱり、知識で見た情報と実態は違うな……」


 アンジェがそう呟くと、ニコルが何やら眉をひそめながら、掲示板の一角を睨んでいるのが見える。


「まだある……」


 彼女の目の先にあるのは、相変わらず目につく、例の薬の広告だ。


 販売員の募集と、薬の周知。両方を兼ねた、異様に目立つ巨大な紙。他の依頼を占領してまで主張している、怪しい広告。


 ニコルは素人目でもわかる不審な依頼を前にして、訝しむ。


「これ、なんなんです?」

「さあな……。昨日までは無かったものだ」


 アンジェとニコル、そしてドイルは揃って首を傾げる。

 彼も詳細を知らないのか。依頼を出したのは一体どんな奴なのか。ナターリアが服用している薬と関連があるのか。


 ……怪しすぎる。


 悩む2人の肩を後ろから叩き、ニコルは真剣な目でひそひそと声をかける。


「折角ですし、これを受けてみませんか?」

「なんで……?」


 最近のニコルはやけに積極的ではないか。そう思いつつ、彼女の意図を問う。

 ナターリアのためだと察しはついているが、念のためだ。


「友達がこの薬の被害に遭っているかもしれないんです。どう見ても怪しいので、いっそ突入して確かめてみたいです」

「却下だ」


 ニコルが提案した物騒な作戦を、ドイルはばっさりと切って捨てる。

 そして、先輩ぶったまじめ腐った顔で、実に地道で堅実な案を示す。


「突撃はやめておけ。依頼をした者について、まずは聞き込みだ」

「なるほど」

「ついでに、狩人の連中にお前たちの紹介もしよう。先輩たちから色々と学べ、後輩」


 アンジェにからかわれた意趣返しか、ドイルはずいぶんノリの良い言葉を返す。


 〜〜〜〜〜


 夕方までかけた聞き込み調査の結果、以下のことが判明した。


 貼り紙をしたのが誰かはわからない。昨日の夜から今日の朝までの間に、宵闇に紛れて忍び込んだ者がいたのだろう。


 この建物に貴重品は置かれておらず、守るべき機密情報もない。そのためろくに戸締りをしておらず、誰でも自由に出入りできる状態だ。


 また、この組合以外にも似たような貼り紙が随所で見られるらしい。

 大商会の入り口に。劇場の片隅に。場所を選ばず、手当たり次第にペタペタと。

 なんと悪魔祓いの本部にも同じような広告が貼られていたそうだ。


 そして極めつけは、悪魔祓いの元締めが言い放ったらしい一言。


「俺様の勘によれば、これは悪魔の仕業だな。西区に悪魔祓いを動員するぞ。ありったけな」


 例の勘である。


 悪魔祓いという名の暴漢たちによる、武力制圧。

 ただの噂ではなく、アンジェたちが西区の付近を見に行ってみると、確かに人が集まる気配がする。


 ……単なる悪戯か、あるいはたちの悪い営業だったとしても、もはや小規模な騒ぎでは済まなくなってしまった。

 ここまで事態が大きくなっては、領主も黙ってはいられまい。何かしらの声明を出すことになるだろう。


 〜〜〜〜〜


 ……調査の結果をまとめ、アンジェは唸る。


「結局、依頼どころじゃなくなってしまいましたね」


 組合にあった例の依頼は既に剥がされている。街中に広まっていたので、組合のお偉方によって、悪質な悪戯だと判断されたのだ。


 簡単に貼られ、簡単に削除される。掲示板の依頼など、組合にとってはその程度だ。

 今回はその身軽さが功を奏し、早期に組合から薬を追い出せた形となったが。


 ニコルは調査の最中で見たざわつく街の様子に不安を覚えている。

 噂話をする群衆たちに触手の耳を酷使し、列を成す悪魔祓いたちから逃げ、そして何よりナターリアの身を案じ、今のニコルは憔悴している。


「……ドイルさん。一旦、組合の件については保留でお願いします」

「理由はなんだ?」


 ニコルは決意を秘めた強い眼差しで、ドイルを正面から見据える。


「行きます。紙にあった地区に」

「行ってどうする」

「薬の効能、販売した理由、悪質な広告をばら撒いた目的、その裏にいる組織……洗いざらい調べます」


 ナターリアのためか。


 ……やはり、ニコルは優しい。自分の周りに不幸が起きることを何よりも嫌い、それを防ぐためなら自らを危険に晒すことさえ厭わない。


 まるで、アンジェが大好きな物語の英雄のように。


 ドイルは腰の剣を少し撫で、ため息混じりの笑みを吐く。


「ふん。……ならば、行くといい。俺も少しは協力しよう」

「ドイルさんも?」


 アンジェが疑問に思うと、ドイルは今度こそ明確に笑みを浮かべ、答える。


「友の戦いを、黙って見物する趣味はない。俺は俺の戦いをするだけだ」

「……暇なんですね」

「そうだな。そのうえ、悪魔とつるむ背信者だ」


 3人はお互いを見つめ合い、そして肩を並べて西区方面へと向かう。

 この街を飲み込もうとしている、巨大な陰謀に立ち向かうために。

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