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第40話『夢のような蝶々』

 アンジェとニコルは、すっかり暗くなったサターンの街を歩いている。


 いつでも何処でも騒がしい街とはいえ、夜遅くになると、外はだいぶ静かになる。

 代わりに酒場は活気を増し、人の多い生活区域に行くと、昼間とは段違いの喧騒に包まれることになる。


 アンジェたちは遠くから聞こえてくる酒盛りの音頭を聞き流しながら、のんびりと会話をする。


「この街の広場では、夜にしか行われない大宴会が開かれることがあるらしい」

「夜に? どうやって?」

「あの広大な広場全体に、灯りがつくんだよ」


 アンジェは知識の海から流れてくる情報を伝えながら、大宴会の光景を想像する。

 ありふれた日常の風景でさえ、この街は祭典のように賑やかだ。ならば本当の祭りとなれば、どれほどの大騒ぎになるのだろうか。


 詳しい知識を得たとしても、臨場感は得られない。その場に立ってみなければ、参加はできない。


「お祭り、直近の日にあるといいなあ」


 アンジェがどこか夢心地でそう呟くと、ニコルは手を口に当ててくすくすと笑う。


「お祭りに行きたいなら、開かれる日までここで待つのも手だよ」


 アンジェは彼女の意外な言葉を受け、しばし考え込む。

 ニコルは安住の地を見つけるまで旅をする予定のようだが、旅の期間は定めなかった。10年、あるいは死ぬまで旅を続けることも視野に入れているのかもしれない。

 だとすれば、次の祭りが1年先だったとしても、ニコルは平気でこの街に滞在することを選ぶだろう。


「ニコルはこの街、気に入ったの? 何ヶ月もここにいたいくらい、好き?」


 アンジェはそう尋ねる。

 このサターンは物流や自治の面では頼りになる。衰退することは当分ないだろう。

 だが貴族がよく訪れる点は、ニコルの精神衛生上よろしくないはずだ。そんな街に滞在することを、ニコルは良しとしてしまうのだろうか。


 ニコルは少し困ったように眉を曲げて、答える。


「それは、まだわからないかな。……ごめんね。お祭りのことしか考えてなくて」


 どうやらニコルは、アンジェにどうしてもこの街のお祭りを見せたかったが故に、それ以外の全ての要素を頭から抜き去ってしまったらしい。

 そそっかしいにも程がある。ニコルはたまに視野が狭くなるため、ヒヤヒヤさせられる。


 ……あるいは、ニコルも祭りを体験してみたくなったのかもしれない。故郷の近辺で行われる地味な祭事とは大違いの、華やかな宴が催されるはずだ。伝聞と想像だけでも、それは察せられる。


「(もっとはしゃいでもいいのに。もっと自分のやりたいことを出してほしいのに……)」


 宿に帰ったら、じっくりニコルの意見を聞いてみなくてはなるまい。ゆっくりくつろぎながら、寝るまでこの街のことを語り合おう。


「(さて、オレたちの宿は……こっちか)」


 アンジェは暗闇に包まれた細い道に飛び込み、ニコルの蔦を頼りに先に進む。

 行きの時に目印を置いてくれていたので、帰る時が楽で助かる。見知らぬ街でも、ニコルの気配を辿るだけで目的地に到着するのだから、これほど便利なことはない。


 アンジェはニコルの蔦を頼りに、更に細い路地裏へと足を踏み入れる。

 こんなところを通った記憶はないが、ニコルが導いてくれているなら、確かなのだろう。


 アンジェは何かを主張するようにうねうねと動くニコルの蔦を見て、光の届かない闇の中へ……。


 ……流石にここで、アンジェも気がつく。


「これ、本当に合ってる?」

「さあ……?」


 後ろを歩くニコルも、不安そうだ。どうやら彼女も道順を覚えていないらしい。

 視野が狭いのは、アンジェも同じだったようだ。人のことを言える立場ではなかった。


 2人は見事に、迷子になってしまった。


 〜〜〜〜〜


「落ち着け、オレ。まずは地図を確認しよう」


 先頭を歩くアンジェは、火の魔法を指先に灯し、光を確保して石板を取り出す。


 地図によると、この街の東区域と南区域の間は、妙に入り組んでいるらしい。狭い道がいくつもいくつも枝分かれして、迷路のようになっている。

 もう少し計画的に街を作ってほしいものだ。これではまるで、蟻の巣ではないか。


「(こんな道を好むのは、ドブネズミくらいだろ)」


 アンジェはしばらく地図とにらめっこをし、やがて呟く。


「しまった。現在地がわからない」


 アンジェは周囲を見渡しても自分の居場所がわからない絶望に、頭を抱える。

 そして、火をつけたまま頭を撫でてしまったせいで髪が火事になってしまう。


「あっちゃちゃちゃ!」

「アンジェ。慌てすぎ」


 ニコルはこの街に設置した触手の視界を借りて、どうにか現状を打破しようと試みる。

 宿の前に置いた触手だけでも、光らせたり音を出させたりすることができれば、解決はぐっと近づく。


 だが、そううまく事は運ばないようだ。

 ニコルは冷や汗を振り払いながら、目を開けてアンジェに結果を告げる。


「駄目。お花の数が減ってる。誰かに討伐されてるみたい」

「うぐっ。それはまずい。悪魔がいること、バレたかもしれない」


 今後ニコルが人前で蔦を生やした場合、悪魔だと気づかれる可能性が浮上した。なんということだ。


「(でも今はニコルに頼る必要がある。触手を道標にするにしても、空を飛ぶにしても、ニコルの魔法が不可欠だ)」


 アンジェは深呼吸して、やるべきことを考える。


 まず、今いる闇の中から抜け出すこと。ここにいるのは怖い。触手を倒した何者かが狙っているのではないかと思えてくる。

 最悪宿に帰れなくとも、朝になれば人が来る。人に尋ねて回れば宿の場所もわかるだろう。


「よし。来た道を戻ろう」

「うん。そうする」


 2人は方針を定め、一旦広場まで戻ることにする。

 宿で休めないのはつらいが、自業自得なのだから仕方ない。


 2人は踵を返し、設置した触手をたどり、再び同じ道を戻る。


 〜〜〜〜〜


 更なる深みにはまった予感がする。


 正確に引き返したはずが、見たことがない道に突入してしまっている。

 同じ道でも、行きと帰りでは違う印象になる。それが初めて訪れる地ともなれば、効果は倍増だ。


「わ、わわ。どうしようニコル。どうしよう!?」


 アンジェはいよいよ焦り、平常心を失いつつある。


 知識の海さえ頼りにならず、地形を破壊するほど派手な魔法を使うわけにもいかない。この苦難を乗り越える手段を、アンジェは持っていない。

 今の彼女にできることは、短い手足をせわしなく動かすことくらいだ。それで何かが解決するわけでもないが。


 しかしニコルは少しだけ悩んだ後、特に重大なことでもない様子で質問する。


「この辺りって、まだ生活区域だよね?」


 平常心を保ったままの幼馴染。その言葉に、アンジェは理性を取り戻して周囲の光景を確認する。


 集団で使うような大きな建物はなく、人が住んでいそうな、こじんまりとした石の建造物がぎっしりと並んでいる。

 マーズ村でもお目にかかれないような、凄まじい人口密度だ。ここは都会であるという事実がはっきりと見て取れる。


「うん。知識によると、これは集合住宅だね」

「そっか。なら、まだ起きている人を探そう。なるべく人がいる場所……こっちの方から声がするから、そこに行こうかな」


 アンジェはその発言の意味がわからず、ほんの一瞬だけ全身を凍りつかせる。

 人を探して、どうするのか。頼るのだろうか。まだ見ぬ誰かに。

 大丈夫だろうか。そいつは本当に頼りになるのか?


「(知らない人は、怖い。でも何もしないよりはいくらかマシ、か)」


 経験の差なのだろう。ニコルは人と接することにためらいがなく、アンジェは逆に臆病すぎる。だからこそアンジェでは、この方法にたどり着けなかった。


「(自分一人でなんでもこなそうとするのは、悪い癖なのかな)」


 アンジェはニコルの服をそっと掴み、先頭を交代する。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 私はさりげなく触手の無事を確かめながら、人がいるらしい音がする方向に向かう。


 アンジェはちゃんと後ろにいる。ぴょこぴょこ可愛らしく歩いてきている。

 いい子いい子。夜遅いけど、もう少しだけ我慢してね。


「(花はもう全滅してる。蝶々が拾った音は……ここかな)」


 蔦の触手はやられてしまったけど、試験的に作ってみた蝶のものは、まだ無傷のようだ。おかげでまだ開いている酒場を見つけることができた。


 店名はない。看板には私たちの宿屋に似た小鳥の絵が描かれている。

 とりあえず、私は怖がって尻込みするアンジェを待たせて、中の様子を見てみる。


「いってらっしゃい、触手ちゃん」


 夜中に何回も改良してできた細い触手。それを滑り込ませて、扉の間にそっと細い隙間を作る。

 店内に入ったら、勘でちょうどいい場所を探り当ててから、目と耳の機能を持った花を咲かせる。


 ……花だけだと、またやられちゃうかもしれない。蝶も追加して、扉の近くに待機させておこう。


「うわっ」


 感覚がわかるようになると同時に、お酒の臭いと、内容がわからないくらい混ざり合った声が伝わってくる。

 ちょっと顔をしかめてしまいそうだけど、おかげで誰一人として扉が開いていることに気づいていない。


「ニコル……何その魔法……意味わかんない……」


 人間の頭で振り向くと、アンジェが蝶の方を見て、年老いた犬みたいにしょぼくれた顔をしている。


「良い見た目だと思ったんだけど、駄目かな?」

「えっ。そうじゃなくて……」


 とりあえず、私はお花の髪飾りに化けた触手をアンジェに渡して、それで店の中の様子を共有してもらうことにする。

 私よりアンジェが見聞きした方が色々とわかりそうだからね。これが一番手っ取り早い。


「な、なにこれ。なにこれ……?」


 アンジェはお化けでも見るかのような怯えた目つきで花をいじってから、それを耳の近くにつける。

 これは前にも一度使ったことがあるんだけどなあ。もしかしてアンジェ、疲れてるのかな。盗み聞きするのが辛そうだったら、やめてもらおうか。


「(おっと。アンジェばかり見ていちゃ駄目だ。今は酒場に集中しないと)」


 私は酒場の中にある鉢植えに触手を潜り込ませて、内部を覗き見る。


 酒場の中には、昼間に見た覚えがある顔ぶれたちが集まっている。どうやらここは旅人たちの溜まり場のようだ。

 みんな服装は身軽で、化粧も落としている。髭が伸びてきて、すっかり何処にでもいる普通の男の人たちになっている。

 現地の人らしい姿はない。強いて言えば、店員さんらしい中年の女の人くらいかな。


「なるほど。芸人さんたちが横のつながりを作る場もあるんだね」


 せっかく耳を作ったのに、会話の内容までは聞き取れない。距離が遠いし、人数が多すぎるし、何より私の技量が足りない。修業不足だなあ、私。


 ……落ち込んでる場合じゃない。悪い癖だ。


「(アンジェのために、できることをやるだけ)」


 私は耳の機能を分離して、床板の隙間からどうにか距離を詰めて、聞こえる場所を探すことにする。

 その間に視力を持った花を移動させて、他のお客さんの様子も観察する。


 奥の方にいるのは、早めに仕事を切り上げたらしい人たちだ。だいぶお酒が回って、悪酔いしている。

 というか、あれはちょっと酔っ払いすぎじゃないかなあ。顔色が良くないし、ふらふらしている。明日の仕事に差し支えそうだけど……どうなんだろう。

 宿の場所を尋ねるにしても、あの人たちには関わらない方が良さそうだ。


「うわ。中毒だ。廃人……」


 アンジェがゾッとした顔で何か呟いたけど、意味がよくわからない。情報過多で頭が限界だから、気にしないことにする。


 私は花の向きを変えて、今度は店員さんの方に視界を移す。

 お酒がたくさん積まれた棚。その前にいる一番年長の女の人が、たぶん店主さんかな。雰囲気でわかる。


 他には、お酒や料理を配っている女の人が何人か。店の裏手に行ったりもしているから、正確な人数はわからない。

 結構派手な服を着ている。お化粧も厚めで、なんか大人っぽい。


「店主さんに聞くのが良いと思うけど、どうかな?」


 私が尋ねると、アンジェは何やら深刻そうな顔をしたまま、黙って頷く。

 私の蝶を見た時とは違う。それよりもっと真剣で、どこか悲しそうな雰囲気が漂っている。

 ただごとじゃない。何かに気がついたのだろうか。そう思って、私はアンジェの肩を軽く揺さぶり、酒場の外に意識を戻してもらう。


「何かあった?」

「うひゃっ!?」


 アンジェは何故か石板を隠しながら、ほとんど間を置かずに答える。


「何も見てない! 何も見てないから!」

「それ、見た人の反応だから。何か隠してるでしょ」

「うぐっ。……でも、ニコルは見ない方がいい。ここはちょっと、汚い」


 何があったのかはわからないけど、アンジェは必死に事実を隠蔽しようとしている。

 私に隠し事なんて、珍しい。私への好意さえ、真っ直ぐに伝えてくるのがアンジェなのに。嘘を吐かれるのはいつ以来だろう。


 私は自然に出てきたため息をかき消すように、アンジェの要望を飲む。


「わかった。アンジェがそう言うなら、やめとく」


 どうせこの覗き見に、大した意味はないんだ。ただ酔っ払いによる揉め事を避けつつ、道案内をしてもらうための布石でしかない。


 私はほっとするアンジェをじっと見つめつつ、触手を片付ける。

 ……何を秘密にされたのか、わかる日が来るのだろうか。なんだかモヤモヤするなあ。


 〜〜〜〜〜


 アンジェはだらだらと流れ出る冷や汗を拭き、酒場の入り口付近でニコルを待つ。

 今頃、ニコルは店主の女性に道を尋ねているはず。店員が出入りしている酒場の裏手までは進まずに済むだろう。


「そういえば、マーズ村にはこういうのが無かったからなあ。そっかあ。生活区域にあるのかあ……」


 アンジェは知識の海で見てしまった真実を、自分の頭の中で反芻する。


「この街は娯楽が多い。その中でも、根幹に位置する食欲、睡眠欲、そして……いかん、考えるな! おのれ悪魔め!」


 アンジェは燃えたばかりの頭を地面に叩きつけて、不埒な思考を追い払う。

 どうにも今日は、頭の内外を酷使し過ぎている。髪が消えてなくなってしまいそうだ。そうなったらニコルが悲しむ。


「むぐぐぐ……にこるぅ、ぶじでいてくれぇ……」


 アンジェはそこに飛び込む勇気が出ない自分に腹を立てつつ、無垢なニコルが真実に気づかないことを祈り続ける。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 酒場から出てくると、アンジェが額から血を流しながら待っていた。

 悪魔祓いに見つかったのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。


「ただの眠気覚ましだよ。それだけ」

「怪我なんかされたら、いよいよ話してもらうしかなくなっちゃうんだけど」

「うぐぅ……やめてニコル……」


 アンジェは泣きながら本気で私を拒む素振りを見せている。

 こんなにも強く拒絶されると、ちょっと……いや、かなり心苦しい。とても責める気にはなれない。


 アンジェなりの考えがあるんだろう、きっと。理由もなく私を突っぱねるような子じゃないし。


「しょうがないなあ。今から道順を教えるから、書いておいて」


 私は追及を諦めて、店主さんから聞いた内容を石板に書き記してもらう。


 ……それからは、何事もなく宿にたどり着いた。

 会話はやけに少なかったけど。


 〜〜〜〜〜


 《ニコルの世界》


 私たちは泊まっている『小鳥の巣』の扉を開き、預かった札を店番の女の子に見せる。


「あ、金貨の人っすねー!」


 女の子は金勘定を途中で放り出して、不在用の木札を受け取る。


 こんな時間までお仕事をしているなんて、大変そうだなあ。サボってばかりの私にはとても務まりそうにない。

 金貨の人って呼び方はどうかと思うけど。


 私たちは狭い廊下をとぼとぼと渡り、ようやく部屋まで帰り着く。

 扉を開いた途端に、ほのかに匂うお香。何故か最初に入った時よりも綺麗になっている机と椅子。

 念入りに掃除したでしょ、これ。ありがたいけど、ちょっと複雑な気分かも。


 アンジェは部屋の変化を知ってか知らずか、最後の気力を振り絞るように駆けていって、ぱたりと寝床に倒れ込む。

 灯りがついてないから部屋は暗いままだけど、私たちは夜目がきくから、ちゃんと部屋の様子が見える。

 アンジェが疲労困憊しているのも、わかってる。


「ちゅかりた」


 疲れた、と言っているのだろう。舌が回っていないけど、私にはわかる。


 最近のアンジェはだんだんと可愛らしくなっているような気がする。元から村一番の美少年だったけど、今は並ぶ者のいない美少女って感じだ。

 新しい自分の体に慣れて、旅をして、色んな人の目に触れて、ようやく女の子としての自覚が出てきたのかもしれないね。


 そんな子が寝床で無防備にしているだなんて、なんだか興奮するかも。アンジェが成長したら、こういうあられもない姿は、そのうち見られなくなっちゃうんだろうなあ。アンジェの痴態を楽しむなら、えっちなことへの意識が鈍い今のうちだ。


 おっと、いけないいけない。最近ドイルさんが邪魔で欲が溜まり気味だから、つい襲いかかりそうになってしまった。

 あのお店もえっちだったし、今の私は欲に当てられたケダモノだ。ふふふ……。


「にこう。ねていい?」


 アンジェは何故か入眠に際して、私に許可を求めてくる。

 なんでそんな事をいちいち聞いてくるんだろう。まるで私が手綱を握っているみたいじゃん。そういうのも……違う違う。


「もう。ここは宿なんだから、寝ちゃ駄目なわけないでしょ」

「だって……かんそう、とか……いろいろ……」

「また明日だね」


 どうやら今日の出来事について語り合いたかったらしい。そんなの、無理して起きてまですることじゃないと思うんだけど。


 ……言われて思い出したけど、そういえば私も、話したいことがたくさんあるんだった。

 この街で開かれる大宴会のこと。蝶々を見てびっくりしていたときのこと。アンジェが秘密にしていたこと。聞きたいことは山ほどある。


 特に……私の蝶のこと。魔法をたくさん知っているアンジェが、あんな顔をするなんて。そんなに嫌だったのかな。


 でも、それは今日やるべきことじゃない。明日でもいい。明後日でもいい。だって私たちには、時間があるんだから。


 私はアンジェを抱えて寝床に押し込み、毛布をかけてあげる。

 寝巻きに着替えさせてあげたいけど、アンジェはたぶん嫌がるし、私も我慢できる気がしない。せっかくの魔道具の服がしわになっちゃうけど、どうせ直せるからこれでいい。


 私はぼんやりと閉じかけたアンジェの目の上に、手のひらを乗せる。

 こうすることで、アンジェは寝付きが良くなる。こういうところは昔から変わらない。


「寝物語は、要る?」

「いらない……にこうだけでいい……」


 間もなく、アンジェはすうすうと寝息を立てて、穏やかな眠りに落ちていく。

 眠り姫。王子様の口付けで目を覚ます、御伽噺のお姫様。そんな空想をしてしまうほど、アンジェという幼児は愛くるしい。


「(アンジェが男の子でも女の子でも、私は変わらない。あなたを育てて、可愛がって、大きな人物にしてあげるだけ。それが私の信念)」


 だけど、この完全なる生物を見ていると、私の胸にある信念が、揺らぐような心地がしてくる。

 私がアンジェを好きなのは、動物のように飼いたいからではないのか。対等な人として見ていないのではないのか。


 ああ、なんで、なんで。どうして。どうして。

 私は私がわからない。何度考えても、わからない。

 自分の答えが、どこかにあればいいのに。


「私もきっと、疲れてるんだ」


 体力は余っているはずだけど、心がもう限界だ。私も休もう。これ以上頭を使いたくない。


 私はアンジェの寝床に潜り込み、同じ毛布に包まれる。

 振りかけられた香水の香りを、アンジェの甘い体臭が上書きしていく。その横から、私が負けじと主張する。


 ああ、至楽。


「私もアンジェになりたい……」


 私はすやすやと眠るアンジェの顔を見ながら、眠りにつく。


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